僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います) 作:まだら模様
例 本編2024年の場合 25年の婆、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)
攻略ノートの「緑谷出久」のページには、こう書いてある。
「緑谷出久:危険度・変動。時系列によって完全に別人。無個性時代・OFA取得直後・雄英入学後・成長期以降——どの段階で来るかで対応が全て変わる。必ず最初に『今いくつ?』を確認すること。ワン・フォー・オールの件は絶対に触れるな。OFAとAFOの関係も絶対に触れるな。オールマイトの体のことも、絶対に——」
そこから先が、一番難しかった。
書き直した。三回。
最終的にこう残した。
「絶対に、全部知っていることを悟られるな。でも——嘘もつくな。この子は、嘘に傷つく子だ」
眠りに落ちた瞬間——鳴った。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
スタジオに引き込まれた瞬間——
静かだった。
今まで来たどのゲストの夜とも違う、種類の違う静けさだった。
爆豪の夜は火薬の気配があった。死柄木の夜は腐った空気があった。轟の夜は温度があった。
でも今夜は——何もなかった。
スタジオの空気が、ただ静かに、そこにあった。
舞台袖から、ゆっくりとソファを確認した。
少年が、座っていた。
緑がかった黒髪。まだ少し小さい体。よれた中学の制服。
両手で、キャンパスノートを膝の上に抱えていた。
きょろきょろとスタジオを見回して——
「あの……」
目が合った。
「ここって、夢ですか?」
(今、何歳だ)
舞台袖から出ながら、徹郎は素早く出久を観察した。
制服。学ランのサイズが少し大きい——体に追いついていない。背が伸びる前に買ったか、あるいは余裕を持って選んだか。あの感じは、中学生だ。
手元のノートの表紙が、少し見えた。
「ヒーロー分析ノート No.13」
(No.13)
徹郎の胸が、きつく収縮した。
(このノートは、あの日——ヘドロヴィランの現場で、オールマイトにサインしてもらう前のやつだ)
(つまり今夜の緑谷出久は——まだ、何も持っていない)
「えーっと……こんばんは。皆様、本日もご覧いただきありがとうございます」
「あっ、こ、こんばんは!」
出久が、慌てて背筋を伸ばした。律義にお辞儀をした。
「本日のゲストをご紹介します。緑谷出久さんです」
「は、はい! 緑谷出久です、よろしくお願いします!」
声が裏返った。緊張しているのか、あるいは素でこういう子なのか。たぶん両方だ。
「今日は、よく来てくれましたね」
「よく来た、というか……気づいたらここにいて……あの、怖い場所じゃないですよね?」
「大丈夫ですよ。普通のトーク番組です」
「ト……トーク番組!?」
「はい。三十分間、話をするだけです。危ないことは何もありません」
「そ、そうなんですか……」
出久が、少しだけ肩の力を抜いた。
「……あの、一つだけ聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「今、何歳ですか」
出久が、きょとんとした。
「え? えっと……中学三年、十四歳です。なんで……」
「いえ」
徹郎は素早く頭の中で整理した。
(十四歳。中学三年。ノートはNo.13。オールマイトと出会う前か、あるいは出会った直後。どちらにせよ——まだ、OFAは持っていない)
(この子に、まだ何も起きていない)
「——では、改めて。今夜は来てくれてありがとうございます、緑谷くん」
「あ、はい! こちらこそ……え、あの、この番組って何ですか?」
「徹子の部屋、といいます」
「……徹子の部屋!? あの、昔すごく有名なやつですか!?」
「よく知ってますね」
「ヒーロー史の授業で習いました! 黒柳徹子さんって、すごい人ですよね、ヒーロー社会になる前から——あっ、すみません、興奮して喋りすぎて」
出久が、顔を赤くして謝った。
徹郎は少し、笑ってしまった。
「いいですよ。興奮して話してくれる方が、番組は盛り上がるので」
最初の五分は——拍子抜けするほど平和だった。
出久は緊張しながらも、喋った。
オールマイトのことを聞けば目を輝かせた。ヒーロー分析ノートについて聞けば、照れながらも嬉しそうに語った。
「——このMt.レディの分析、すごく細かいですね」
徹郎は手を差し伸べて、ノートを少し覗き込んだ。
出久が、ぱっとノートを胸に抱いた。防衛反応だった。
「あっ、す、すみません! 見てもいいですよ、別に……でも、変なこと書いてるかもしれないですし……」
「変じゃないですよ。少し見えましたけど——すごく鋭い分析でした」
「え」
「Mt.レディの個性の反動と移動速度の相関を数値で出してる。プロでも気づかないことを書いてる」
出久が、固まった。
「……え?」
「本当のことですよ」
「……でも、僕、個性がないし、ヒーローになれるかどうかもわからないから、こんなの……ただの趣味というか……誰かに見せるものじゃないと思ってて……」
「誰かに、褒めてもらったことは?」
出久が、少し止まった。
「……ないです」
一言だった。
あっさりと言った。傷ついている様子もなかった。
それが逆に——徹郎の胸に刺さった。
傷ついていないのではない。
傷つくことに、慣れてしまっているのだ。
「……このノート」
徹郎は、ゆっくりと言った。
「いつか——本当にすごいことになると思います」
「え」
「このノートで積み上げてきた分析の目が、いつかあなたの一番の武器になると思っています」
出久が、徹郎を見た。
「……なんで、そんなこと言えるんですか」
「根拠があります」
「……でも、個性がなければ」
「個性のない目で見てきたから、見えるものがある」
出久が、黙った。
ノートを、少しだけ強く抱いた。
「……ありがとう」
小さい声だった。でも、確かに聞こえた。
十五分が過ぎた頃。
「……あの、聞いてもいいですか」
出久が、少し遠慮がちに言った。
「どうぞ」
「かっちゃんのこと……爆豪くんのこと、なんですけど」
徹郎の手が、膝の上でわずかに固まった。
「……どんなこと?」
「その……昔は、すごく仲良かったんです。二人でオールマイトを見て、ヒーローになろうって言ってた。でも……個性が出て、僕が無個性だってわかってから」
言葉が、途切れた。
「……変わりましたか」
「変わった、というか……なんか、僕がそこにいると、かっちゃんが嫌そうな顔をするんです。最近は特に。それが……なんか」
「なんか?」
「わかんないです。怖いとかじゃなくて——もったいないな、って。昔の僕たちに、もどれないのかなって」
(かっちゃんの今の気持ちも、徹郎には全部わかっている)
(爆豪が今、出久に向けているものの正体も)
(そして——この二人が、それでも最終的にどうなるかも)
「……緑谷くん」
「はい」
「かっちゃんは、あなたのことが嫌いじゃないと思いますよ」
「え」
「根拠はないですけど——そういう気がします。嫌いな人のことを、あんなに意識しないと思うので」
出久が、少し目を丸くした。
「……そう、なのかな」
「たぶん」
「……難しいですね」
「難しいですね」
「……でも、ありがとう。そう言ってくれる人、いなかったから」
言いながら——出久の目が、少しだけ赤くなった。
あわてて前を向いて、目を瞬かせた。
(泣くまい、としている)
(この子はずっと、泣くまいとしてきた)
残り八分。
「……あの」
出久が、ゆっくりと口を開いた。
「個性がなくても——ヒーローに、なれますか?」
スタジオが、静かになった。
この質問は——今日、出久がオールマイトに向かって叫ぶはずの言葉だった。
「個性がなくても、あなたみたいになれますか?」
その問いは今日、別の場所で、別の人物に向けられるはずだった。
でも今夜、この子はそれを——徹郎に向けてきた。
(どう答える)
(嘘はつけない。でも——)
「……プロのヒーローになるには、個性が必要という現実は変わらない。それは否定できません」
出久が、少し肩を落とした。
「……そうですよね」
「でも」
徹郎は、続けた。
「ヒーローに、なれるかどうか」
「……はい」
「それは——個性とは別の話だと、私は思っています」
出久が、顔を上げた。
「助けを求めている人を見て、体が動く。そういう人間が、ヒーローなんだと思います。個性はそのための手段で——個性がなくてもその心があれば、いつかそれに見合う力が追いついてくる。そういうことが、ある」
「……根拠は?」
「あなたに会ったことが、根拠です」
出久が、固まった。
「……どういう意味ですか」
「あなたのノートを見て、あなたの話を聞いて——この人は、ヒーローになると思いました。個性の有無に関係なく」
「でも、僕は何もできないし、どこにでもいる普通の——」
「どこにでもいる普通の人間は」
徹郎は、少しだけ声に力を込めた。
「ヒーロー分析ノートを十三冊も書きません」
出久の目が、揺れた。
「……」
「諦めなかった。ずっと。無個性だとわかった日から今日まで——諦めなかった。それだけで、あなたは十分すごい」
ノートを抱く出久の腕が、少しだけ震えていた。
涙をこらえているのが、わかった。
「……泣いてもいいですよ」
徹郎が、静かに言った。
「この夢は、翌朝あなたには残りません。だから——ここでだけ、泣いても誰にも見られない」
出久が、少しだけ唇を噛んだ。
「……夢の中でだけ、弱くてもいいですか」
「いいです」
「……ありがとう、ございます」
声が、少しだけかすれた。
涙は、こぼれなかった。こらえた。
でも——堪えながら、笑った。
ぼろぼろの、全部さらけ出したような笑顔だった。
そのとき。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪
エンディングのテーマが、流れ始めた。
魔の三十秒。
出久が、少し驚いた顔をした。
「もう終わりですか……」
「終わりです」
「あっという間でした……」
「緑谷くん、今日は来てくれてありがとうございました」
「こちらこそ! 本当に、楽しかったです」
出久が立ち上がった。ノートをしっかりと抱きしめた。
「最後に一言、いただけますか」
出久が、少し考えた。
それから、まっすぐ徹郎を見た。
「……変な夢だったけど。でも——なんか、頑張れそうです。明日から」
「よかった」
「あはは、変ですね。夢に励まされるなんて」
「変じゃないですよ」
「……司会の人、名前は?」
「黒柳徹郎、といいます」
「黒柳さん……ありがとうございました。僕、明日からも、諦めないでいようと思います。無理かもしれないけど」
テーマ曲が、最後の段階へ移り始めた。
♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー……
出久の体が、少し透けてきた。
消えていく。
「緑谷出久!!」
徹郎の口から、声が出ていた。
計算じゃなかった。司会のルールも忘れた。
「……え?」
出久が、消えかけながら振り返った。
「君のノートは——いつか、世界を救う教科書になる」
出久の目が、見開いた。
「諦めるな。絶対に。何があっても——諦めるな」
「……黒柳、さん」
「明日、何かがある。どんなことになっても——君なら、乗り越えられる。絶対に」
出久の目から、涙がこぼれた。
こらえきれなかったのか、それとも——こらえなくてもいいと思えたのか。
「……うん」
小さく、でも確かな声で言った。
「うん。頑張る」
♪ ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
旋律が最後の一音まで鳴り切ったとき——
緑谷出久は、笑いながら消えていった。
目が覚めた。
朝の——六時だった。
布団の中で、徹郎は動けなかった。
顔が濡れていた。
(……泣いていた)
また、泣いていた。
ミッドナイトの夜以来、二回目だ。
でも今夜は——種類が違った。
ミッドナイトの夜は「知っているから」泣いた。
今夜は——「知っているのに、何もできないから」泣いた。
この子は今日、あるいは明日、オールマイトに会う。
「個性がなくてもヒーローになれますか」と叫ぶ。
一度は「なれない」と突きつけられる。
泥ヘドロの現場で爆豪を見て、体が動く。
オールマイトに見込まれる。
全部、知っている。
でも——知っているからといって、徹郎に何かができるわけではない。
この子は今日、あの現場に一人で飛び込む。
それを止めることも、隣にいることも、徹郎にはできない。
(それでいい)
徹郎は、天井を見ながら思った。
(止める必要はない。この子は、あそこに飛び込まなければならない。それがこの子の始まりで——それがなければ、緑谷出久は緑谷出久にならない)
でも——
(一人じゃなかった、と思っていてほしい。今夜だけでも、誰かが——君のノートをすごいと言った夜があったと、覚えていてほしい)
覚えていなくても、いい。
翌朝、出久は忘れる。
「変な夢を見た」と思って、一日を始める。
でも夢の中で、誰かが「諦めるな」と言ったことは——どこかに残るかもしれない。
感情の残滓として。
攻略ノートを開いた。
震えていない手で、書いた。
「緑谷出久(無個性時代・中3):今夜のゲスト。オールマイトと出会う前か直後。OFAはまだなし。ヒーロー分析ノートNo.13所持。個性への問いを、今夜は俺にぶつけてきた——たぶん、明日オールマイトにも聞く。干渉しすぎた。でも、後悔はしていない」
ペンを止めて——最後の一行を書いた。
「※泣いた。泣いてしまった。でも——最後に笑ってくれた。それだけで、今夜は十分だ」
その日の朝、学校に行く前にスマートフォンでニュースを確認した。
商店街のヘドロヴィラン騒動の記事があった。
昨日の夕方のことだ。
プロヒーローが多数出動するも膠着状態が続いたところ、一人の中学生が現場に飛び込み、結果的にオールマイトが駆けつけてヴィランを制圧した——という内容だった。
その中学生の名前は、記事には出ていなかった。
でも徹郎にはわかった。
画面を閉じて、鞄を持って、玄関を出た。
秋の朝の空気が、冷たかった。
「……お疲れ様」
誰にも聞こえない声で、言った。
「最高のゲストだったよ、緑谷くん」
夜になれば、また鳴る。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪
明日のゲストは誰だろう。
もしかしたら——また出久が来るかもしれない。
でも今度は、雄英の制服を着た出久が来るかもしれない。
OFAを持った出久が来るかもしれない。
この番組のゲストは、時系列がバラバラだ。
同じ人物の別の時代が来ることがある。
今夜の出久は——おそらく、今日変わった。
そしていつか雄英の一年生として、この番組に来るかもしれない。
そのときの出久は、今夜のことを覚えていない。
でも徹郎は——覚えている。
泥まみれでもヒーローだった少年のことを、覚えている。
それで、いい。
それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。
今回の回が心に残ったり、面白かったら是非お気に入りに登録、感想、評価付与をしていただければ幸いです!
励みになります!