僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います) 作:まだら模様
例 本編2024年の場合 25年の婆、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)
攻略ノートの「飯田天哉」のページには、こう書いてある。
「飯田天哉:危険度・低(物理)/高(精神)。個性はエンジン——ふくらはぎから爆速。燃料は100%オレンジジュース。炭酸は厳禁(エンスト)。番組中にオレンジジュースを提供すると燃料補給により活性化する——するかしないか、どちらが安全かは不明。チョップによる衝撃波注意。超真面目——嘘や不誠実さは即座に指摘される。兄(飯田天晴/インゲニウム)への尊敬は深い。番組の進行を乗っ取ろうとする可能性あり(悪意なし)」
そして最後の一行。
「※ヴィランより胃が疲れる可能性がある。心して臨むこと」
眠りに落ちた瞬間——鳴った。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
スタジオに引き込まれた瞬間——
すでに、飯田は立っていた。
ソファに座っていなかった。
立って、スタジオを視察していた。
腕を組んで、眼鏡の奥の目を細めて、スタジオの隅から隅まで確認していた。
整然と。系統立てて。
「ふむ」
徹郎が舞台袖から出ようとした瞬間、飯田が振り返った。
「君!」
「は、はい!」
「このスタジオの非常口は、どこにあるか把握しているか!?」
(開幕から安全確認)
「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」
「ちょっと待ちなさい!」
「え」
飯田がずかずかとこちらへ歩いてきた。
手が、カクカクと四角く動いている。
「君! そのマイクの角度を見なさい! 三度ほどズレている!!」
「……え、そうですか」
「明らかにズレている! 正しい角度に修正しなさい! 放送に支障が出るぞ!」
「あの、夢の番組なので、視聴者はいない——」
「視聴者がいようといまいと、正しくあることが重要だ!!」
(そうか。この人はそういう人だ)
徹郎はマイクの角度を直した。
「よし!」
飯田が満足そうにうなずいた。そして自分でソファに座った——座り方も、背筋が完璧に伸びた正しい姿勢だった。
「それと」
「まだありますか」
「君の座り方だ。脊椎に負担がかかっている。もう少し骨盤を立てなさい」
「……はい」
「よし! では始めよう!」
「……あの、始めるのは私の方なんですが」
「では早く始めなさい! 時間は貴重だ!」
(司会権を奪われた……いや、まだある、たぶん)
「えー……本日のゲストをご紹介します。雄英高校ヒーロー科一年、飯田天哉さんです」
「飯田天哉だ! よろしく頼む!」
チョップが、空気を切った。
「……あの、飯田さん。今おいくつですか?」
徹郎は素早く確認した。恒例の時系列チェックだ。
「十五歳だ! 雄英一年生!」
(雄英一年。入学直後か、それとも数ヶ月後か)
「今日は、よく来てくれましたね」
「よく来た、というか——気づいたらこの空間にいた! 夢だと認識はしているが、夢の中でも気を抜いてはいけない! この空間の目的と構造を教えてもらいたい!」
「トーク番組です。三十分間、お話をするだけです」
「トーク番組!!」
飯田が目を見開いた。
「この空間は——徹子の部屋ではないか!!」
「そうです」
「あの伝説の!! 黒柳徹子が司会を務めた!!」
「……先祖が黒柳徹子で、その影響で私の個性がこういう形に」
「素晴らしい血統だ!!」
チョップが、また空気を切った。
「ところで君! 名前は!?」
「黒柳徹郎です」
「黒柳くん! これは——公共の番組という体裁を取っているわけだな!?」
「夢の中の架空の番組ですが」
「架空であろうと! 番組司会者という役割を担う以上、相応の責任感と品格が求められる! 心して臨みたまえ!!」
「……はい」
(ゲストに司会の心構えを説かれた。初めての経験だ)
五分が過ぎた頃。
飯田のチョップが、また入った。
「ところで黒柳くん!」
「はい」
「この番組、失敗したらどうなる!?」
「意識が永久幽閉されます」
「……なんと!?」
飯田が、少し前のめりになった。
「つまり——この番組の成立は、君にとって死活問題ということか!?」
「そうなります」
「ならば!」
飯田がソファからびしっと立ち上がった。
「私が全力で番組の成立に協力しよう! 何を話せばいい!? 得意分野は!? ジャンルは!? この三十分を最大限活用するために、今すぐ段取りを確認したい!!」
「……段取りというか、普通に雑談をしていただければ——」
「雑談で命がかかる!? そんな不誠実な態度では!!」
「いや、命がかかっているのは毎晩のことなので慣れて——」
「慣れているなら! なぜ段取りを明確にしない!! 事前準備が不足しているのではないか黒柳くん!!」
「……はい。すみません」
「よし! では私が話題を整理しよう!」
飯田が、架空の手帳を取り出す勢いで胸の前に手を当てた。
「まず雄英の近況! 次にヒーローとしての展望! 三つ目に兄の話! 四つ目に個人的な課題! これで三十分は十分に埋められる!! どうだ!?」
徹郎は一秒止まった。
「……飯田さん」
「なんだ!?」
「あなたはゲストです。段取りを決めるのは司会者の仕事です」
「……」
「……申し訳ない」
飯田が、少し照れたようにチョップを収めた。
「つい、やってしまった。委員長の癖だ」
「わかります。でも、今夜はゲストとして座っていてください」
「……了解した!」
(ここまで七分。残り二十三分)
(なんとかなる、たぶん、おそらく)
「では改めて——飯田さんの日常について聞かせてください」
「日常! わかった! では雄英の話をしよう!」
飯田が意気揚々と話し始めた。
授業のこと。訓練のこと。委員長としての仕事のこと。
話すたびに手が動く。
カク、カク、カクカクカク。
最初は徹郎も普通に相槌を打っていたが——途中から、チョップのたびに風が起きていることに気づいた。
スタジオの空気が、動いていた。
「——つまり委員長として大切なのは!」
カク。
「公平さと!」
カク。
「迅速な判断と!」
カクカク。
「全体の利益を最優先にした——」
カカカカカク!!
「っ!」
徹郎の前髪が、まとめてなびいた。
グラスが傾いた。
スタジオのフラワーアレンジメントが揺れた。
「……飯田さん」
「なんだ!?」
「手の動きが、少し——」
「少し?」
「衝撃波が出ています」
「……衝撃波?」
「チョップのたびにスタジオの空気が動いています。カメラが——少し揺れています」
飯田が、自分の手を見た。
「……これは、普通の手の動きでは?」
「普通の人間の手の動きで衝撃波は出ません」
「……む」
飯田が、少し手を収めた。
「申し訳ない。気をつける」
「よかったです」
「……ところで、司会者として一言申し上げていいか」
「どうぞ」
「君のネクタイが——先ほどから、また0.5ミリズレている」
(ヴィランより細かい)
十五分が過ぎた頃。
ガラステーブルの上のグラスを、飯田がじっと見た。
「……黒柳くん」
「はい」
「このグラスの中身はなんだ」
「オレンジジュースです」
飯田の目が、輝いた。
「!!」
「え、え?」
「これは——100%か!? 濃縮還元ではないか!?」
「……夢の中の架空の飲み物なので、設定は——」
「果肉の沈殿速度を見るに!!」
飯田が前のめりになった。
「これは搾りたてに近い!! 素晴らしい!! 黒柳くん、これは最高のもてなしだ!!」
「え、そんなに?」
「私の個性の燃料は100%オレンジジュースだ!! これほど高品質なジュースは滅多にお目にかかれない!! 感謝する!!」
「いや、普通に置いてあっただけで——」
「いただいてもよいか!?」
「……どうぞ」
飯田がグラスを手に取り、一口飲んだ。
「……」
二口。
「……!!」
三口。
「素晴らしい!! Brixが——糖度が!! 絞りの加減が——これは優秀なオレンジだ!! 産地はどこか!?」
「夢の中なので産地は——」
「夢の中にもかかわらず、これほど品質の高いオレンジを調達できる個性とは——黒柳くん! 君の個性は素晴らしい!!」
「……ありがとうございます」
「そして!」
飯田が立ち上がった。
ふくらはぎから、微かに排気音がした。
(給油した!!)
「補給完了だ!! 残り何分あるか!?」
「あと——十三分です」
「十三分! 有効活用しよう!!」
チョップが、また動き始めた。
(速い。さっきより速い)
(給油後の飯田くん、出力が上がっている)
「飯田さん! 少し落ち着いて!!」
「落ち着いている!! これが私の平常運転だ!!」
「チョップがさっきより二十パーセント速くなっています!!」
「……そうか?」
「衝撃波が出ています! またスタジオが揺れています!!」
「申し訳ない! しかし!!」
飯田が、こちらを向いた。
「兄の話をしてもいいか!?」
チョップが止まった。
声のトーンが、少しだけ変わった。
(——ここだ)
徹郎は、素早く切り替えた。
「……もちろん。聞かせてください」
飯田が、ソファに座り直した。
背筋は伸びたまま。でも、少し——さっきと違う顔をしていた。
「兄は、インゲニウムという名で活動するヒーローだ。都内で六十五人のサイドキックを率いている」
「素晴らしいヒーローですね」
「ああ。兄は言うんだ——」
飯田が、少し口ごもった。
「……俺一人じゃ何もできないから支えてもらっているんだ、って。六十五人ものサイドキックを抱えているのに、そう言うんだ」
「謙虚な人なんですね」
「そうだ。だから私は——」
チョップが、少しだけ静かになった。
「私は、兄のように人を導けるヒーローになりたい。規律を重んじ、周りをまとめ——でも、兄みたいに誰かに支えてもらえるような、そういうヒーローに」
「……委員長になったのも、そのためですか」
「そうだ。委員長というのは偉いから目指すのではない。みんなが安心して学べる場を作るために、誰かがその役割を担わなければならない。ならば私がやるべきだと思った」
「……すごいですね」
「すごくはない。当たり前のことを当たり前にやるだけだ」
「当たり前のことを当たり前にできる人は、少ないですよ」
飯田が、少し止まった。
「……そうか?」
「はい」
「……ありがとう。黒柳くん」
チョップが、完全に止まっていた。
そしてメガネの奥の目が、少しだけ柔らかくなっていた。
(飯田天哉は——真面目すぎるから天然で、でも本当はとても優しい人だ)
(それが今夜、確認できた)
残り五分。
「……黒柳くん、一つ聞いてもいいか」
「どうぞ」
「この番組は——毎晩、誰が来るかわからないと言っていたな」
「そうです」
「ヴィランが来ることもある、と」
「……あります」
飯田が、少し真剣な顔をした。
「それは——危険な話だ」
「知っています」
「なぜ続けている。個性の発動を止める方法は?」
「ありません。毎晩強制です」
「……それは」
飯田が、まっすぐ徹郎を見た。
「それは、過酷だ。黒柳くん」
「慣れています」
「慣れるべきではない話だ」
「……でも、慣れるしかないので」
しばらく沈黙があった。
飯田が、ゆっくりと口を開いた。
「一つだけ言わせてもらっていいか」
「どうぞ」
「そういう状況にある人間が——一人で抱えているのは、正しくない」
徹郎は、少し黙った。
「……誰にも言えないことなので」
「だからこそ、だ」
飯田の声は、今夜初めて静かだった。チョップもなかった。
「誰かに言えないことを一人で抱えている。それは——孤独だ。孤独に慣れるべきではない」
「……」
「私では力になれないかもしれない。覚えてもいないかもしれない。でも——今この夢の中だけは、一人ではないことを覚えていてくれ」
思ったより、重い言葉だった。
あんなにチョップを振り回していた人間が、こんな言葉を言える。
徹郎は少し、笑ってしまった。
「……飯田さんは、面白い人ですね」
「面白い?」
「チョップで衝撃波を出していた人が、さっきの言葉を言う。落差がすごい」
「……チョップの何が問題なのかは、まだよくわかっていないが」
「衝撃波が出ていることです」
「……私には衝撃波など出ていないが?」
「出ています」
「……本当に?」
「本当に」
飯田が、困惑した顔をした。
「……それは初耳だ。失礼した」
そのとき。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪
エンディングのテーマが、流れ始めた。
飯田が、即座に時計を確認するような動作をした。
「ちょうど三十分だな!! 正確だ!!」
「……そうですね。お時間となりました、飯田さん」
「了解した! 最後に締めの言葉が必要だな!?」
「最後に一言、いただけますか」
「では!」
飯田が立ち上がった。背筋が完璧に伸びた。
チョップが、構えた。
徹郎が少し引いた。
「黒柳くん! 今夜の司会についての改善点を申し伝えよう!!」
「……いただきます」
「一! マイクの角度の初期設定が三度ズレていた! 事前確認を徹底すること!!」
「はい」
「二! 座り方が序盤から崩れていた! 姿勢は最後まで保つべきだ!!」
「はい」
「三! オレンジジュースの補充タイミングが遅い! ゲストの個性に合わせた給水計画を立てること!!」
「……はい」
「四!!」
テーマ曲が、最後の段階へ向かって流れていく。
「今夜の君の番組運営はおおむね良好だった!! だが——」
飯田が、真っすぐ徹郎を見た。
「最後に一つだけ!!」
「……はい」
「一人で抱えるな!! それだけだ!!!」
♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——
「改善点は合計三十二個ある!! 次回の放送までにレポートにまとめておきたまえ!!!」
飯田の姿が、颯爽と消えていった。
チョップの残像だけが、一瞬だけスタジオに漂った。
目が覚めた。
朝の六時半。
布団の中で、徹郎は天井を見ていた。
胃のあたりが、少し重かった。
(……疲れた。物理的ではなく精神的に疲れた)
でも——笑っていた。
なんとなく、笑っていた。
「改善点は三十二個」という声が、まだ耳に残っていた。
攻略ノートを開いた。
「飯田天哉(雄英一年):今夜のゲスト。開幕から番組の安全確認を始める。司会権を一瞬奪われかけた。チョップは衝撃波が出る——本人は自覚していない(要注意)。オレンジジュースで給油すると出力が上がる——次回は補給タイミングを考えること。炭酸は厳禁。兄(インゲニウム)への尊敬は深い、本物。委員長としての使命感は本物。でも——本質的にはとても優しい人だった。危険度:物理低(チョップ除く)/胃への負担:高」
ペンを止めて、最後の一行を書いた。
「※『一人で抱えるな』と言われた。チョップで衝撃波を出していた人から言われた言葉なので、複雑だが——嬉しかった。内緒。あと三十二個の改善点は、次回もたぶん言われる。心の準備をしておくこと」
その日、学校の帰り道にスーパーに寄った。
果汁100%のオレンジジュースが目についた。
手を伸ばして——やめた。
夢の中に持ち込める物質はない。
(でも、次回のために品質の高いものを確認しておくのは——)
(……いや、そもそも夢の中の食材に産地はない)
(飯田くんが「産地はどこか」と聞いたとき、なんと答えるかを考えておく必要がある)
スーパーを出ながら、徹郎は少し考えた。
これは攻略だ。
次回のゲストへの準備だ。
それだけだ。
(……でも)
改善点が三十二個あると言って消えた委員長のことが、なんとなく頭から離れなかった。
あの人は翌朝、この夢を覚えていない。
「改善点が三十二個ある」と言ったことも、「一人で抱えるな」と言ったことも。
でも——徹郎は覚えている。
夜になれば、また鳴る。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪
明日のゲストは誰だろう。
また飯田なら——今度こそちゃんと三十分、チョップなしで喋ってもらえるよう工夫しよう。
(無理だと思うけど)
それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。
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