【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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一年生・卯月
case.1「入学式」


「警告する。それ以上の異能発動は規定違反(ルール・ブレイク)だ」

 

 吹き荒れる毒の霧。その中心で狂乱する同級生を前に、六大路辛(ろくおおじ・かのと)はただ静かに告げた。

 

 事の始まりは、数時間前の入学式に遡る。

 

 辛は現代ファンタジーとも言うべき異能や特異体質が存在する世界の象徴、刃ケ丘(はがみおか)異能高等学校の門をくぐっていた。

 周囲の浮かれた新入生たちを一瞥する。彼にとってこの学園は青春を謳歌する場ではない。弟──(ひのと)の命を買い戻すための檻である。

 

 人間の命には明確な値札がある。辛は歩みを止めず、ただ思考だけを巡らせていた。

 

「ねえ、見て」

「あの髪色に、あの瞳……」

「化け物」

「しっ! 聞こえるわよ」

 

 周囲の生徒たちがざわめく。

 青い髪に薄緑の瞳。その特異な外見は、辛が人間とは異なる存在であることの証明として機能していた。

 

「異能、特異体質のあるこの世界において、何を今さらって感じだよね~」

 

 頭の後ろで手を組み、一人の少年が呟いた。

 ウルフカットの黒髪を持つ彼の名は、黒川玄(くろかわ・くろ)。彼は無遠慮な視線から辛を庇うように言葉を発した。

 

「……」

 

 辛は無言のままその場を離れる。

 庇われた事実を認識しつつも、これ以上関与すれば玄自身が好奇の対象へと変わる。それを避けるための最適解だった。

 

「……ありゃりゃ」

 

 玄は立ち去る辛の背を黙って見送った。

 

 舞台は入学式へと移る。

 生徒たちの顔には怯えや驚愕の色が入り混じっていた。

 体育館で行われる式典でありながら、校長からの祝辞などの儀礼的な手順は一切省かれている。

 

「君達には今から異能測定テストを受けてもらう」

 

 その宣言が体育館の空気を支配した。

 

「もしここでE判定になった者は即退学とする」

 

 続けられたのは無慈悲な選別。

 

「え……」

「入学できたはずだろ!?」

「退学なんて聞いてない!」

「入学式じゃないの!?」

 

 各々が不満を口にする。

 入学式という名目で集められ、即座に退学を賭けたテストが課されるのだから当然の反応だった。

 

「ここ刃ケ丘異能高等学校は、ⅩⅢ(サーティーン)直属の管理下にある。卒業後はⅩⅢに配属される。しかし、考えてみてみろ。あのⅩⅢに入れる栄誉を受けられる生徒が全員な訳なかろう」

 

 校長の言葉が響く。

 この世界の裏側には制裁機構たるⅩⅢが存在する。彼らは秩序の象徴であり、正義の免罪符でもあった。揉め事の解決は戦いで決まり、勝者がルールとなる。栄誉職とされ、誰もが憧れる英雄の象徴であるⅩⅢは、命を賭ける危険な任務の代わりに破格の報酬を得る。メディアで流れる活躍は、若者の夢となっていた。

 

 刃ケ丘異能高等学校は卒業と共にそのⅩⅢへの所属が決まるが、そこへ到達できる者は極僅かである。

 辛の表情は微塵も変わらない。

 無表情のまま、その名を脳内で処理する。

 

 直後、体育館内に未知の気体が充満した。

 重圧に耐えきれなくなった一人の生徒が、自らの異能を暴走させたのだ。

 

 対人間用の毒。

 生徒のみならず、教師陣すらも次々と床に伏していく。

 玄もまた、辛の後方で呼吸を乱し、膝を突いた。

 

「毒……厄介だね」

 

 発汗しながらも、その表情にはどこか余裕が残っている。

 玄は発生源を特定すべく、周囲の状況を観察していた。

 

「ここに居ろ」

 

 辛が短く命じる。

 その表情に変化はなく、呼吸すら乱れていない。

 

「ここに居ろって……あっ!」

 

 玄の返答を待つことなく、辛は駆けた。

 発生源たる生徒へと最短距離で接近する。

 

「警告する。それ以上の異能発動は規定違反(ルール・ブレイク)だ」

 

 吹き荒れる毒霧の中心で、辛は狂乱する同級生に静かに告げた。

 

「煩い煩い煩い!」

 

 毒の濃度がさらに増す。

 これ以上の猶予はないと判断し、辛は間合いを消失させた。

 掌から金属の棒を生成し、対象の腹部へ一撃を沈める。

 意識を刈り取られた生徒が崩れ落ちると同時に、異能の供給が断たれた。

 

「きゅ、救護班急げ」

 

 教師の指示により救護班が投入され、倒れた者たちが搬送されていく。

 

「君、平気なの?」

 

 呼吸を荒らげた玄が辛に問う。

 

「オレは、化け物だ(人間じゃない)からな」

 

 辛の表情は相変わらず平坦であったが、その視線はどこか遠くを捉えていた。

 

 ◇

 

 時間を遡る。

 それは入学式よりも前の出来事。

 

 ⅩⅢの尋問室。

 室内には首輪と手枷、足枷を施された黒髪の少年が立たされていた。

 顔は下を向き、その目に生気はない。

 中央には、同じく手枷を嵌められた辛の姿があった。

 

「L-13による妖との子の生成物とはな」

 

 黒づくめの人物が音声を発する。

 

「丁を、離せ」

 

 辛は黒づくめの人物を鋭く睨み据える。

 

「これの異能は特別貴重。簡単には手放せない」

 

 黒づくめが淡々と応じた。

 

「交換条件を出しましょう」

 

 黒づくめの背後から、白いスーツを纏った男が姿を現した。その指には黒い指輪が鈍く光っている。彼こそがⅩⅢの総指揮官であった。

 

「しかし総指揮官」

「いいんだ」

 

 黒づくめの制止を意に介さず、総指揮官は辛との距離を詰める。

 

「我がⅩⅢ直轄の学園、刃ケ丘。そこで無事卒業して見せなさい」

「……なにっ」

 

 その条件に、辛の眉がわずかに動く。

 

「無事卒業し、我々ⅩⅢの仲間となり活躍が出来れば……君の弟は解放しましょう」

 

 総指揮官の提示した取引。

 

「待って下さい! それでは彼は──」

 

 口元を黒いマスクで覆った大男が異議を唱える。

 だが、その言葉は即座に遮られた。

 

「末席が。口を慎め」

 

 全身を黒い封印装束で包み、ヴェールで顔を覆った封印局長が冷徹に制止する。

 

「はあ……予習させて」

 

 傍らでは、少年のような風貌の少女が退屈そうに単語帳をめくり、この場を俯瞰していた。

 室内の者たちが各々の反応を示す中、辛は躊躇うことなく首を縦に振った。

 

「君は賢い。それでいい」

 

 総指揮官は拍手を一つ鳴らし、辛を下がらせる。

 

「良いのですか?」

 

 黒づくめの問いに対し、総指揮官は口角を上げた。

 

「良い駒となるでしょう」

 

 その声に反応し、俯いていた辛の弟──丁が、わずかに顔を上げた。

 

 

 辛は無機質な廊下を一定の歩調で進んでいた。

 弟を解放するという目的のためだけに、彼は刃ケ丘異能高等学校の生徒となった。

 その事実が、彼の歩みを止めることはない。

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