【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.12「中止」

 ねぇ、前世って信じる? オレはね、存在しない記憶があるんだよね。これ絶対前世だと思うんだよ。

 

 黒川玄(くろかわ・くろ)の視界を、圧倒的な質量を持つ瓦礫が埋め尽くそうとしていた。

 死という不可避の事象を前に、極限状態の脳が引き起こした走馬灯。非現実的な記憶が高速で流れる。

 

 だが、その光景は一瞬にして霧散した。

 観客席を覆う見えない防御結界が物理的な衝突を検知し、飛来した瓦礫の運動エネルギーを完全に相殺したのである。

 

「うわ……オレ死ぬかと思った」

 

 玄は何度か瞬きを繰り返し、平時と変わらない気の抜けた声を出した。

 その傍らから、最後列に位置していた六大路辛(ろくおおじ・かのと)が演壇へ向けて瞬時に駆け出す。

 

「辛!」

 

 紺野爪戯(こんの・つまぎ)の鋭い声が背中を追うが、辛の足は止まらない。

 

 演壇上では、火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)が空間を灼き尽くす熱量の制御(コントロール)を取り戻そうと尽力していたが、その炎はすでに彼女の手から完全に離れていた。

 色波樹(しきなみ・いつき)は入場ゲート付近に立つ灰塚(はいづか)こころの元へ最短経路で接近する。

 

「灰塚!」

 

 樹の声は空間のノイズに掻き消された。こころは眼球を動かすことなく虚空を見つめ、ただ異常な濃度の念の暴走だけを継続させている。

 

 事態の深刻さを認定したⅩⅢ(サーティーン)の監査官は、即座に決闘の中止プロセスを実行した。

 制圧行動へと移行し、熱制御プログラムを内包した端末を起動して空間の熱量を強制的に奪い去る。同時に、念の暴走を抑え込むための封印術式を並行して展開していく。

 

 混沌と化した空間を駆け抜ける最中、辛の感覚器官がもう一つの異質な波長を捉えた。

 魔の残滓。

 辛の表情筋はピクリとも動かなかったが、背筋に氷を這わせたかのような強烈な悪寒が走る。

 

 眼球がわずかに見開かれた。

 空間のどこかで、誰かが微笑んだ気配がする。

 

 次の瞬間、こころの念と朱美の炎が、まるで電源を落とされたかのように一瞬にして消失した。

 

「なんだ?」

「え?」

「ⅩⅢがやったのか?」

 

 観客席から一斉に疑問の声が漏れ出す。

 こころと朱美の肉体から力が抜け落ち、二人は崩れるように床面へ膝をついた。異能が強制的に使用不可となったことによる反動であった。

 

 こころの傍らへ到達した樹が、倒れ込む彼女の身体を抱きとめる。

 

「おい! 大丈夫か!」

 

 樹の呼びかけに対し、こころからの応答はない。

 監査官の顔にも焦りの色が見える。この突然の異能停止は、ⅩⅢの行使した術式による結果ではなく、完全に想定外の事態であった。

 監査官は即座に通信機を起動し、救護班を要請する。

 

 辛は観客席の最前列へと到達した地点で、その足を完全に止めた。

 ゆっくりと首を巡らせ、すり鉢状の観客席を見渡す。

 

 ……この中に、あの事件の犯人が……?

 

 辛の思考領域に、数日前の路地裏の光景がフラッシュバックする。

 異能者が一時的に能力を奪われ、路上に倒れていた不可解な事件。現在の状況と完全に一致している。

 

 駆けつけた救護班によって、意識を失ったこころと朱美が担架に乗せられ、演壇から搬出されていく。樹は迷うことなくその後を追った。

 観客席に残された生徒たちの動揺は収まらない。

 

「異能の暴走……」

 

 爪戯が額から冷や汗を流しながら、乾燥した喉を鳴らす。

 玄は全身の緊張の糸が切れたように、だらしなく座席へへたり込んでいた。

 

 辛は再び最後列へと歩みを進める。その道程において、先ほど感知した背筋を凍らせる魔の波長は、すでに空間から完全に消え去っていた。

 

「ねえ、これどうなっちゃうの?」

「てか大丈夫かな?」

 

 周囲の生徒たちから漏れ出る不安の声。

 辛はそれらの情報を処理しながら、周囲の人間へ鋭い観察の視線を向ける。

 

 この群集の中に、事象の元凶が潜んでいる可能性が高い。その疑念が、辛の思考から消えることはなかった。

 

 決闘は、勝敗の判定を下すことなく完全に中止された。

 

 

 事件直後。ⅩⅢ監視棟の一室。

 無機質な空間の中央には長方形を形成するように机が配置され、組織の中枢を担う者たちが各々の席についていた。

 

 四月(しづき)レンが自身の有する過去視の異能を励起させ、アリーナで発生した事象の根源を特定しようと動き出す。

 だが、その行動は白いスーツに身を包んだ男、総指揮官によって即座に制止された。

 

「何故止める」

 

 レンの冷徹な視線が総指揮官を射抜く。

 総指揮官は口元に微かな微笑を浮かべたまま、壁面のモニターに映し出される辛の姿を指差した。

 

「この際、彼に任せてみましょう」

 

 総指揮官は両手で指を交差させ、ゆっくりと言葉を続ける。

 

「いずれはⅩⅢに入る身。馴らしでしたか……その意味でも、この件を彼に解決させましょう」

 

「それはあんまりです!」

 

 張り詰めた空気を叩き割るように、黒いマスクで顔の下半分を覆った宮中(みやうち)潤が立ち上がった。

 

「それに、これ以上被害者を増やすわけには……今すぐ我々で処理すべきです!」

 

 宮中の言い分は極めて合理的であった。レンの異能を行使すれば、元凶の特定は容易い。

 ⅩⅢの戦力を投入して対象を制圧すれば、これ以上の被害の拡大は確実に防げる。

 しかし、総指揮官の顔から不敵な笑みが消えることはなかった。

 

「ⅩⅢは人手不足ですからね、四月レンに頼り切りも良くない。それにこの程度の事件すら解決できないようでは、ⅩⅢで活躍も難しいでしょう」

 

 総指揮官の声は滑らかで、そこに反論の余地を挟ませない圧力が内包されていた。

 

「彼にはⅩⅢに入って活躍してもらわないといけませんからね」

 

 その言葉は、辛が弟である(ひのと)を解放するための絶対条件を示唆している。

 宮中の顔が強張る。

 

「しかし──……!」

「良い、宮中。下がれ」

「師……」

 

 食い下がろうとする宮中を、レンの静かな、だが絶対的な権限を伴う声が制した。

 

「馴らしと表したのが仇となったか……」

 

 レンは腕を組み、自身の失策を噛み締めるように極小の音で呟いた。

 かつて辛への処罰を回避させるために用いた「馴らし」という言葉が、今、彼へ試練を課すための口実として逆用されている。

 

「しかし総指揮官殿、この程度の事件と言いましたか。犯人に心当たりでも?」

 

 レンは感情を完全にフラットに戻し、総指揮官の言葉の真意を探るべく問いを投げる。

 総指揮官の口調には、すでに事象の全容と犯人の正体を把握しているかのような確信が含まれていた。

 

「簡単なことですよ」

 

「ならば尚更! やはり我々で──……」

 

 総指揮官の回答を聞いた瞬間、宮中が再び席を蹴り立てて声を荒らげる。

 

「くどいぞ」

「すみません」

 

 レンの冷ややかな一言により、宮中は反論を諦め、静かに椅子へと腰を下ろした。

 レンは総指揮官の決定を覆す手立てを持っていない。組織の歯車の一つとして機能する現状において、己の無力さを冷徹な事実として受け入れるしかなかった。

 

「若者が育っていくのは良いですね」

 

 総指揮官は背もたれに体重を預け、天井の無機質な照明を仰ぎ見ながら、極めて上機嫌に呟いた。

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