【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.14「情報の欠如」

 同時刻、ⅩⅢ(サーティーン)監察医療棟。

 

 白を基調とした無機質な病室にて、灰塚(はいづか)こころと火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)はベッドに横たわっていた。

 異能が強制的に使用停止状態に陥ったことによる反動が、彼女たちの意識を深い底へと沈めている。

 

 色波樹(しきなみ・いつき)はこころの容態を確認すべく施設を訪れたが、受付で面会謝絶を告げられた。

 彼はその場を離れる選択をせず、ロビーの長椅子に腰を下ろし、ただ時間の経過を待っていた。

 

「師はこの件の犯人分かりましたか?」

 

 静謐な空間に、男の声が響く。宮中(みやうち)潤のものであった。

 廊下の向こうから、宮中の前を歩く四月(しづき)レンの姿が現れる。

 

「総指揮官は過去視を頼ることなくたどり着いた、しかも簡単だと言った……そこで私も簡単にだが推理してみた。実に簡単な話だったな」

 

 レンの声には、すでに事象の全容を完全に掌握した者の響きが含まれていた。

 二人の足が同時に止まる。

 

「師までも……ですが、分かっていながら動かないのはやはり──……」

 

 宮中の言葉が途切れる。

 元凶を特定しておきながら、組織として物理的な介入を行わないⅩⅢ。

 しかし、その方針に異議を唱えたところで上位の権限によって制圧される結末は、過去の事例から明白であった。

 

 分かっていながら動かない……?

 

 その会話を耳にした樹は、無意識に眉間に皺を寄せ、思考を巡らせる。

 その微細な動きを、廊下に立つレンの視界が捉えた。彼女は視線だけを樹へ向けたが、すぐにそれを宮中へと戻し、一瞬だけ目を伏せる。

 

「まあ、フェアではないな。彼らには情報が一つ欠けている」

「と、言いますと?」

 

 レンの提示した未知の要素に、宮中が問いを返す。

 樹は姿勢を崩すことなく、息を潜めたまま聞き耳を立てた。

 

「そもそも、何故異能が使えなくなった途端に気を失ったと思う?」

 

 レンは宮中の思考力を試すかのように問いを投げた。

 

「異能は人体と密接に関わっています。異能も特殊体質と同じ──人体の機能の一つ。それが一時的にとはいえ停止するとなれば、身体への影響が出るのは当然かと」

 

 宮中はロビーに潜む樹の存在に気付いていない。

 自らの知識から即座に見解を述べる。

 

「そうだ、そこまでは良い。では一時的に停止した異能の状態は?」

 

 レンの追加の問いに対し、宮中は黙り込む。

 医療棟へと搬送された異能者たち。その失われた異能がどこへ向かったのかを頭の中で組み立てているのだろう。

 

「それと事件がどう言う──」

「決闘当日、観客席にいた生徒の異能と照らし合わせろ」

 

 宮中の言葉を遮り、レンが決定的な条件を提示する。

 宮中は情報の処理に集中し、再び思考の海へと沈んだ。ロビーの樹もまた、提示された断片を己の脳内で噛み砕こうと試みる。

 

「フェアじゃないな本当に。彼らには異能の状態という情報が欠けている。簡単には結びつかないだろう」

 

 レンは視線を足元に落としたまま、再び歩き出した。宮中も遅れてその後を追う。

 

「異能の状態という情報が提示されていない、ゆえに自身の持つ情報と合致しない……ということですか?」

「ああ」

 

 宮中の焦りを帯びた問いに、レンは短く肯定した。

 

 合致しない? 異能の状態? どういうことだ?

 

 樹の額から一筋の汗が滲み出し、顎を伝って落ちる。

 眉間の皺をさらに深くし、推論を限界まで引き上げる。

 

 異能の状態……使用不可……いや、そもそもどうして使用不可なんだ? 一時的とはいえ……待て、何故一時的なんだ?

 

 脳細胞を極限まで駆動させる。

 

 情報が合致しないということは、未申告の異能持ちか? それとも、何か勘違いをして……。ダメだ分からん。

 

 樹の思考力をもってしても、不足したピースの穴を埋める解答は導き出されなかった。

 彼は己の頭髪を乱暴に掻きむしり、深く項垂れた。

 

 ◇

 

 路地裏。

 

 無機質なアスファルトの上に立つ六大路辛(ろくおおじ・かのと)の元へ、紺野爪戯(こんの・つまぎ)黒川玄(くろかわ・くろ)が歩み寄る。

 

「なんか分かった?」

 

 爪戯が問いかけると、辛は短く首を横に振った。

 目新しい物理的痕跡は何も残されていない。

 

「聞き込みも収穫なし的な〜? そういや爪戯君、A組に犯人いる的なこと言ってなかった?」

 

 玄はいつもの弛緩した声色に戻り、辛への報告を終えると同時に爪戯へと矛先を向けた。

 

「決闘の時A組が見に来てたからってやつ? でも他のクラスも居たって、あんたに突っ込まれたけど」

 

 爪戯の口調には、自身の推理の穴を指摘されたことへの微かな不服が混じっている。

 

「いや、A組にいると思うぞ」

 

 路地裏の停滞感を、辛の平坦な声が断ち切った。

 爪戯と玄が目を丸くする。

 

「根拠は?」

 

 爪戯が即座に裏付けを求める。

 

「正直、確証もなければ証拠もない。感覚の話だが良いか?」

 

 辛が前置きを口にすると、二人は迷うことなく首を縦に振った。

 

「あの時、A組の居た最後列から最前列へ向かっていた時……感じたんだ。魔の残滓、その波長を」

 

 辛の声は低く、そして徹底的に冷徹であった。

 

「なるほど、A組で席を埋めつくしてたあの場から魔を感じた。ということか」

 

 玄の顔から一瞬だけ緩みが消え、右手を口元へ当てて事象を言語化する。

 

「ほら! やっぱりA組じゃん!」

 

 爪戯は自身の推理が肯定されたことに対し、分かりやすく高揚した。

 辛の内部で、予測モデルの誤差が検知される。魔の波長という極めて抽象的かつ主観的な感覚データ。それをこれほどまでに無条件で受容されるとは、彼の演算には含まれていなかった。

 

「信じる……のか? この話を……」

「「当然」」

 

 辛の口から無意識の疑問が漏れ落ちた直後、二人から完全に重なった肯定の声が返される。

 その反応を受け取った辛の胸の奥底で、温度を持たないはずの心臓が、微かな熱を帯びるのを感知した。

 

 辛の感覚データと推理が導き出した最適解。一年A組の中に元凶が潜伏している。

 この点において、爪戯の直感的な推理とも完全に合致した。

 残るタスクは対象の特定のみ。しかし、それが現在の彼らにとって最も難解な障壁であった。

 

「この辺を歩くA組が第一容疑者的な〜? 誰も通ってないや」

 

 玄は周囲を見渡し、再び脱力した調子に戻る。

 

「この前も居たのオレらだけだし……え、犯人オレら!?」

 

 爪戯が状況の矛盾を突き、自虐的な結論を口にする。

 

「待って、なんかのフラグになりかねないから止めて!」

 

 玄が笑い混じりに遮った。

 

 二人のやり取りの傍らで、辛は視線を前方の虚空へ固定していた。

 事象の完全な解明と脅威の排除。その目的を達成するための演算を、彼は祈るような静けさの中でただ冷徹に継続していた。

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