【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
未だ卯月。
アリーナでの決闘以降、事件はなりを潜め、学園は表面上の平穏を保っていた。
朝のホームルーム。
他の生徒たちも、各々に思い思いの朝の時間を過ごしていた。
教員が教室に入るなり、手元の端末を操作する。
直後、学生証を兼ねた生徒全員のスマートフォンへ通知が届いた。生徒たちの視線が一斉に液晶画面へと向けられる。
「
担任の言葉と送られてきた資料に、教室内がざわめきに包まれた。
「宿泊研修って?」
「オリエンテーションとかするあの?」
「楽しみ!」
期待と好奇心の入り交じった声が飛び交う中、
彼の意識は、周囲の喧騒から完全に切り離されている。
先日、
その内容が、樹の脳内で幾度も反芻されていた。
異能の状態……どういうことだ? 分からない……。
彼は思考を巡らせ、事の真相を探ろうとしている。
この情報を、特別対策部へ伝えるべきか。
その選択肢が頭をよぎった瞬間、樹は隣の席の
こんな空っぽの奴に伝えてどうなる……点数稼ぎに使われるだけだ……。
辛への不信感が、情報を共有するという選択を打ち消す。樹は目を逸らし、自身の中だけで推論を組み立てる道を選んだ。
休み時間。
「宿泊研修だって~夜は恋バナでもする~?」
「こここ、恋バナ!?」
歩み寄ってきていた
「どうした?」
辛が短く問いかけた。
「いやいや、ダメダメ……健全な高校生活が乱れる!!」
爪戯は大げさに腕を振り回し、玄からさらに距離を取る。
「十分健全じゃない!?」
玄が上体を起こし、もっともな突っ込みを入れた。
「いや違うね、この年頃の学生の話が……しかも恋の話となれば必然、健全な訳がなあああい!」
爪戯の頭の中でどのような妄想が膨らんでいるのか。
玄は呆れたように口角を微かに上げたが、辛の表情が動くことはない。
彼にとって、その会話の意図は理解の範疇を超えていた。
「いやまあ……生物としては当然じゃね?」
「いや、だめだめ」
玄の冷静な指摘を、爪戯は頑なに否定し続ける。
「俺は真白さん一筋ですから!」
その場に、強矢翠柳が突然割り込んできた。
「「あ、うん」」
爪戯と玄は、脈絡のない宣言を適当な相槌で流す。
「良いかお前ら、絶対に渡さないからな!」
翠柳は一方的に言い放つと、「真白さ~ん」と彼女の名前を呼びながら、目当ての席へと駆けていった。
玄と爪戯の間に、数秒の沈黙が落ちる。
「まあ良いけど……この時期の宿泊研修って言ったら、
玄が気を取り直し、新たな話題を口にした。
「そういや……切ノ札学園もⅩⅢの管轄だったよね。あっちの方がかなり緩いみたいだけど」
爪戯が言葉を継ぐ。
辛たちが在籍する刃ケ丘異能高等学校と、四月レンが所属する切ノ札学園。双方は共にⅩⅢの管理下にある。
「緩いっても体育祭は決闘みたいだけどね、戦うのはちょっと遠くの他校みたいだけど」
爪戯がさらに詳しい事情を付け加えた。
「詳しいね」
玄が感心したように返す。
「まあ、切ノ札学園に行くか迷ってたし……卒業と同時にⅩⅢに所属出来るのは刃ケ丘ってんで、こっちにしたけど」
爪戯は右手の指先を見つめながら答えた。
両校の決定的な違い。それは卒業後の進路にある。刃ケ丘異能高等学校が卒業と同時にⅩⅢへ直属できるのに対し、切ノ札学園は訓練校を経由する手順が定められていた。
「ふーん」
玄は後頭部で両手を組み、気の抜けた返事をする。
オレがもしあっちに行ってたら……いや、気まずいな。
彼は自分の中にあるもしもの話を思い浮かべ、視線を天井へと逃がす。
「まあ、おかげで辛に会えたのは嬉しいけど」
爪戯は辛の顔を見ることなく、独り言のように呟いた。
玄もまた「オレも~」と軽い調子で同調する。
辛は一切の反応を示さず、ただ前方の黒板を見据えていた。
「そうだ、今度の休みに買い出しいかない? 色々入り用だし!」
玄からの唐突な誘い。しかし、爪戯の様子が再びおかしくなる。
「待って! ダメ! プライベートな時間を取るわけには!」
「何? 仲良くなれたと思ったのに」
爪戯は両手を前に突き出し、全力で拒絶の姿勢をとる。玄の冷静な突っ込みが空を切った。
「オレの様な下民、同じ特別対策部になれただけで光栄なのに……ダメダメプライベートは駄目だって」
自分を極端に卑下する爪戯は、それ以上の会話を打ち切り、教室から逃げるように立ち去ってしまった。
「な~んであんなに卑下しながら避けるかな?」
玄は爪戯の消えた扉を見つめ、不思議そうに首を傾げる。
爪戯の根底にあるのは、辛の圧倒的な能力に対する畏怖と羨望である。自分のような存在が彼と肩を並べるのはおこがましいという思い込みが、一定以上の親しい付き合いを遠ざけていた。
「時間はあまりとれないが良いか?」
辛は玄へ視線を移し、誘いに応じる姿勢を見せた。
「全然!」
玄の顔に、無防備な笑みが広がる。
その穏やかなやり取りが交わされた瞬間、教室の死角で、何者かの口元が不気味な弧を描いていたことに、まだ誰も気づいていなかった。