【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.16「喧騒の中」

 休日のショッピングモール。

 来月に控えた宿泊研修へ向け、必要な物資を調達するため、六大路辛(ろくおおじ・かのと)黒川玄(くろかわ・くろ)は喧騒の中にいた。

 

「結局、爪戯(つまぎ)君来なかったね~」

 

 玄は合流して早々、周囲を見回しながら口を開く。

 

 辛の表情は相変わらず鉄面皮のままであった。

 だが、その胸の奥底には、紺野爪戯(こんの・つまぎ)が不在であることへの僅かな空虚さと共に、友と休日を共にするという未知の経験に対する微熱が灯っていた。

 

「こういうの初めてなんだが、どうすれば良い?」

「どうって……」

 

 辛のこれまでの人生において、対等な関係性を築けた同年代の他者は存在しない。

 休日に目的なく行動を共にするという事象自体が、彼にとって完全に新規の出来事であった。

 

「ってか初なの~? 別に特別なことする必要はないけど……とにかく行こう!」

 

 玄は屈託のない笑みを浮かべ、足を踏み出す。

 辛もまた、それに続いた。

 

 二人は並んで歩く。

 

「やっぱ日用雑貨かな、となるとこっち」

 

 玄が先導し、辛がその後を追う。

 

「てか、なんで凶たちも?」

「なんか困ってるって言うから?」

「えへへ。せっかくなので夜騎士君と王位君も呼んじゃいました!」

「……余計オレ、いらなくない?」

「まあ、いいじゃないか」

 

 人混みの中、すれ違った五人組からそんな会話が耳に届いた。

 

 すれ違う瞬間、辛の眼球が僅かに見開かれる。

 

 思わず振り返り、視線を背後へ向けた。

 

 群衆に紛れていく五人組の中に、一つだけ異質な姿があった。

 白髪に赤い瞳。頭の左側に生えた妖精の翅。

 

 だが、その姿はすぐに人の波へと呑み込まれ、視界から消え去る。

 

「辛君?」

 

 対象に気づかなかったのか、玄が不思議そうに首を傾げた。

 辛は「なんでもない」と短く返し、再び前を向く。

 

「今度はさ~爪戯君を何が何でも連れてきて、映画とかゲームとかいろいろしよ!」

 

 玄は普段通りの緩い口調で言葉を弾ませる。

 イレギュラーな出来事はあったが、彼はこの時間を純粋に楽しもうとしていた。

 辛は静かに首を縦に振った。

 

 穏やかな休日。

 そんな空気が支配していた空間は、不意に叩き割られた。

 

 フロアの奥から、甲高い悲鳴が響き渡る。

 直後、周囲の空気が急速に変質した。

 

 辛と玄の顔から一瞬にして緩みが消える。

 顔を上げ、音の発生源へと視線を向けた。

 

 その先では、人々が互いを押し退けながら逃げ惑っている。

 

 黒い靄のようなものを纏った人間が、獣のごとく暴れ回っていた。

 一人や二人ではない。五人、六人。

 理性を失い、「魔」に支配された者たち。

 

「どうする? この混乱じゃ満足に近づけないけど……」

 

 玄が辛へ方針を問う。

 パニックに陥った群衆が防壁となり、対象への物理的な接近は極めて困難な状況であった。

 

「避難経路を確保しよう。このままでは雪崩が起きて危険だ」

 

 辛の脳内で瞬時に演算が実行され、最適解が弾き出される。

 脅威の排除よりも、まずは二次被害の抑止。

 辛は目前の混乱を捌くため、即座に行動を開始した。

 

 床面に掌を向け、金属の防壁と誘導路を生成していく。

 玄も意図を正確に読み取り、自身の影を立ち上がらせて人波を安全な方向へと導く。

 

「落ち着いて!」

 

 玄は声を張り上げながら、巧みに影を操る。

 その時、フロアの奥深くから空気を裂くような乾いた轟音が響いた。

 

 稲光が空間を白く染める。

 目眩ましの閃光と共に放たれた雷撃が、暴徒たちの群れを一瞬にして薙ぎ払った。

 異常な出力でありながら、その軌道は逃げ惑う一般人を完全に避けている。

 

 辛の鋭い視線が、事象の中心を捉えた。

 

 逃げ惑う人々の隙間から見える姿。

 白い肌、黒髪、そして電光のような冷たい光を宿した瞳。

 

 ――四月(しづき)レン。

 

 彼女の指先から放たれる青白い稲妻が、正確なベクトルを描いて「魔」に憑かれた者たちを打ち抜いていく。

 その流麗かつ無駄のない動作は、一種の舞を思わせた。

 

 わずか数分。

 それだけの時間で、脅威は完全に沈黙した。

 

 静寂が訪れる。

 焼け焦げた床の上には、意識を刈り取られた暴徒たちだけが転がっていた。

 

ⅩⅢ(サーティーン)だ……!」

 

 群衆の誰かが声を漏らす。

 次の瞬間、安堵と称賛の拍手が波のように広がっていった。

 秩序を守る英雄を讃えるように。

 

 その歓声の中心で、レンは表情を変えることなくスマートフォンを耳に当てている。

 

「任務完了──」

 

 短い報告。

 だが、その一言だけで彼女はこの場の絶対的な支配者として君臨していた。

 

「ほえ~あの子同い年ぐらいだよね? すごいね、あの年でⅩⅢ」

 

 玄は手を額にかざし、遠くを見つめながら感嘆の息を漏らした。

 

「四月レン……」

「ん? もしかして知ってる的な?」

 

 辛の口から無意識に漏れた名前に、玄が反応する。

 

「何度か見たことがある、それだけだ」

 

 辛は詳細を省き、短く返答した。

 ⅩⅢという組織に対しては、弟である(ひのと)を奪われた一件から深い因縁を抱いている。

 だが、目の前の四月レンが示した圧倒的な制圧力と事態収束の手腕に対しては、純粋な戦力として高い評価を下していた。

 

 直後、黒いマスクで顔の下半分を覆った大男が人混みを割って現れた。

 宮中潤(みやうち・じゅん)

 

「師、そろそろ」

 

 宮中の低い声。

 レンは小さく頷き、スマートフォンを懐へ仕舞う。

 

「ああ」

 

 短い返答。

 彼女は周囲の歓声に振り返ることもなく、宮中と共に静かにその場を後にした。

 

 ほどなくして現れた清掃班が、焼け焦げた床の復旧作業を開始する。

 圧倒的な暴力の爪痕は迅速に消し去られ、日常が何事もなかったかのように上書きされていく。

 

「こうやってⅩⅢって仕事してんだ……『魔』による暴走も沈められる」

 

 玄が現場を見つめながら呟いた。

 

「それなのにオレ達に事件を任せた」

 

 辛の冷徹な声が、低い温度を保ったまま落ちる。

 

 アリーナや路地裏で発生した、異能の一時使用不可事件。ⅩⅢの戦力をもってすれば解決は容易であるはずだ。

 現在は沈静化しているが、根本的な原因が排除されていない以上、再び事象が発生する確率は極めて高い。

 

「解決もまだだったね……ちょっと不安」

 

 玄はいつもの緩い表情を崩さなかったが、その顔には微かな強張りが張り付いていた。

 

 不穏な風が、休日の空気を冷たく撫でていく。

 

 拭いきれない疑念と、迫り来る非日常への予感。

 ――宿泊研修が、目前に迫っていた。

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