【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.2「決闘システム」

 入学式での混乱が収束した後、軽症と診断された生徒たちはホームルームが行われる各教室へと移動を開始していた。

 一年A組の教室に入室しようとした六大路辛(ろくおおじ・かのと)の視界を、隣のB組に所属する不良めいた体格の少年、浅黄(あさぎ)ゴウが遮る。

 

「おい、入学式でイキってた『化け物』はお前だな? 俺の『鉄膚使い』とどっちが硬えか試してやるよ」

 

 ゴウの好戦的な挑発。

 辛の顔面に感情の波は浮かばない。彼にとって無許可での戦闘は退学や処罰へと直結する規定違反のリスクでしかなく、弟の解放という至上命題から遠ざかる愚行であった。故に、ただ沈黙を保ったままその場を立ち去ろうと身を翻す。

 

「無視すんじゃねえ!」

 

 ゴウの怒号とともに、拳が空気を裂いて振り下ろされる。

 自身の異能によって皮膚の組成を鉄と同等まで硬化させた一撃。辛は最小限の重心移動のみでその軌道から外れ、拳を虚空に通過させる。

 その間も、辛の表情の筋肉は一切動いていない。

 

「てめえ……」

 

 自らの攻撃が容易く躱され、かつ相手が何の反応も示さないことに、ゴウはいら立ちを隠そうとしなかった。

 

「やめなよ、君達」

 

 張り詰めた空気に割り込んだのは、辛のクラスメイトである黒川玄(くろかわ・くろ)だった。

 

「なんで止めるのよ。A組が舐められてるのに逃げる気?」

 

 同調するように声を上げたのは、プライドの高さが伺える火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)。彼女もまたA組の生徒である。

 

「逃げるとか以前に退学にでもなったら……」

 

 玄が至極論理的な懸念を口にする。

 

「うるせえ! なんならお前からやってやろうか!?」

 

 ゴウの敵意が、容易に玄へと向き直る。

 その瞬間、辛の眉がわずかに持ち上がった。

 自身に向けられる敵意や害意は計算の範疇に収まる。だが、入学式の場で自らを庇護しようと動いた玄が不条理な標的とされることだけは、彼の理性が許容しなかった。

 辛の眼光が鋭さを増し、肌を刺すような冷たい気配がゴウを射抜く。

 

「なんだあ? やる気になったか?」

 

 明らかな敵対の意思を感知し、ゴウの意識が再び辛へと固定される。

 

「やめなよゴウ。無許可戦闘でB組の評価を落とす気? ……やるなら『決闘(アリーナ)』で合法的にやりなよ」

 

 背後から牽制したのは、同じくB組の西森シルヴァであった。

 異能者間特例決闘調停制度。通称、決闘システム。

 治安維持組織であるⅩⅢ直属の監査局が管理し、学園内外での紛争や対立を合法かつ管理下で解決するために設けられた制度である。未承認の戦闘は犯罪行為としてⅩⅢの介入対象となるため、生徒間の実力行使はこのシステムを介することが絶対条件とされていた。

 

「ちっめんどくせえ」

 

 ゴウは舌打ちを交えて不満を漏らす。

 

「決闘でなら受ける」

 

 辛は短く提案を承諾した。

 合法的な決闘での勝利は、ⅩⅢへの所属に向けた実績として計上される。そして何より、玄への理不尽な矛先を折るための確実な手段だった。

 

「オレのクラスメイトに手を出そうとしたんだ。覚悟はできているんだろうな」

 

 声帯を震わせる音声は極めて平坦でありながら、薄緑の瞳の奥には冷徹な怒りが沈殿していた。

 

「辛君……」

 

 玄が微かに喉を鳴らす。

 周囲を取り囲むA組とB組の生徒たちは、嫌悪、あるいは羨望など、さまざまな視線を辛へと向けていた。

 

 放課後。

 ⅩⅢ異能結界アリーナ第三層、闘技の演壇。

 正式な承認を受けた辛とゴウの決闘が、まさに開始されようとしていた。

 演壇の中央には二人の姿があり、すり鉢状の観客席からは両クラスの生徒たちが注視している。

 

「コレ、もしかしてオレのせい?」

 

 自身の不用意な介入が事態を招いたのではないかと、玄が隣の生徒に言葉を投げた。

 

「自惚れるな」

 

 同じくクラスメイトの紺野爪戯(こんの・つまぎ)がそれを一蹴する。爪戯の視線は、演壇上の辛の姿に強く固定されていた。

 

 演壇上。

 辛の掌から冷たい光沢を放つ金属が生成され、瞬時に日本刀の形状へと凝縮される。

 対するゴウは、首から下の皮膚を黒鋼の如く硬化させていた。

 

「金属使いか? 悪いが無駄だ!」

 

 ゴウが床を蹴り、強引に間合いを消し去る。

 辛は返答の言葉を持たない。彼の有する異能の本質は、単なる金属操作に留まるものではなかった。

 

 肉迫するゴウの硬化された拳を、辛は紙一重の体捌きで回避する。

 交差の瞬間、白刃が閃く。

 金属の衝突音。しかし、浅黄の硬化皮膚に損傷の痕跡は確認できない。

 観客席のA組生徒たちの間に、攻撃が通用しないことへの焦燥が伝播する。

 

「無駄だ!」

 

 体勢を立て直したゴウが、再び剛腕を振り抜く。

 辛の動きに淀みはない。回避と同時に放たれた二撃目の斬撃は、先ほどと全く同じ座標を的確に捉えていた。

 

「無駄だと言っているだろ!」

 

 ゴウは怒声を上げながら、両腕と両脚を駆使した連続攻撃へと移行する。

 対する辛は、表情の筋肉を一切動かすことなくその暴力を捌き続ける。

 三度、四度。回避の合間に放たれる斬撃は、すべてゴウの左肩の装甲の一点、数ミリの誤差すらない同一の箇所に撃ち込まれていた。

 感情を欠落させた機械のように精密な反復行動。その底知れぬ異常性は、対峙するゴウのみならず、観客席の生徒たちにも言語化できない恐怖を植え付けていく。

 

 辛はゴウの言葉を空間のノイズとして処理し、冷徹な計算のもとに刃を振るう。

 そして、左肩の装甲の同一座標に、寸分違わず三十回目の斬撃が重なった。

 

「死ね!」

 

 ゴウが体重を乗せた大振りの一撃を放つ。

 直後、硬質な物質が限界を迎える微細な破砕音が空間に響いた。

 ゴウの左肩の装甲に、肉眼では捉えきれない極小の亀裂が走る。

 

「……閾値(いきち)に達した」

 

 辛の口から、無機質な音声が漏れた。

 彼が刀の峰に左手を添えた瞬間、そこに異能が介在する。

 発現したのは火の属性。青白い高温の爆炎が、推進器のように背後へ向けて噴出された。

 

 爆発的な推進力を付与された金の刃が、発生した亀裂に向けて一閃される。

 大気を震わせる爆音とともに、絶対の強度を誇った浅黄の鉄膚が、砕け散るガラスのように広範囲にわたって粉砕された。

 推進力を殺しきった刃は、ゴウの頸動脈の直前、皮一枚の距離で静止する。

 刃から伝播した衝撃波のみで脳髄を揺らされたゴウは、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。

 

 決闘は、誰の目にも明らかな辛の完全な制圧によって決着した。

 

「勝者、六大路辛!」

 

 審判役を務めるⅩⅢの監査官が右手を高く掲げ、冷徹に結果を宣告する。

 静まり返っていた観客席から、堰を切ったように声が漏れ始めた。

 

「あいつ、金属使いじゃないのかよ」

「なんだ最後の」

「化け物」

 

 畏怖と困惑の入り混じった声が、演壇に立つ辛へ向けて降り注いでいた。

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