【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.21「一時の安息」

 宿泊研修の地、神ヶ山。

 過酷な道のりを越え、一年A組はついに登頂を果たした。

 

 クラスメイトの大半が肩で息をし、疲労に顔を歪めている。

 彼らの脳裏には、「もう二度と山になんて登りたくない」という共通の認識が刻まれていた。

 

「きっつ~」

「途中怖かったけど、何とかゴール?」

 

 錆御納戸雫(さびおなんど・しずく)青藤葵(あおふじ・あおい)は地べたに座り込み、互いに顔を見合わせて乾いた笑いをこぼす。

 

「つーかどんだけ? 六大路と佐倉、息切らしてすらないじゃん」

「不気味~」

 

 紅桔梗志紀(べにききょう・しき)が、全く呼吸を乱さずに直立する六大路辛(ろくおおじ・かのと)佐倉真白(さくら・ましろ)を見て指摘する。

 隣に座り込む蘇芳(すおう)レイヴンも、率直な感想を漏らした。

 

「真白さああああああん!」

 

 殿を務めていた強矢翠柳が、腕を振り回しながら全力疾走で真白の元へ駆け寄っていく。

 

「あいつはあいつで元気だな」

「馬鹿っぽい」

 

 志紀が呆れたように言うと、レイヴンも深いため息をついた。その後方では、大空蒼(おおぞら・そう)が欠伸交じりに伸びをしている。

 

 この「クラス全員での登頂」という課題を経て、己の無力さを改めて痛感している三人がいた。

 色波樹(しきなみ・いつき)火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)灰塚(はいづか)こころである。

 

 樹は深く俯き、朱美は分かりやすく苛立ちを顔に表している。

 こころは木の陰に隠れるようにして、縮こまって座り込んでいた。

 

「大丈夫?」

 

 黒川玄(くろかわ・くろ)が樹へと歩み寄り、いつもの緩い声で尋ねる。その口調には、確かな心配の色が混じっていた。

 

「測定と言い、決闘と言い、良いところなしだな」

 

 樹は自嘲気味に呟くと、顔を上げて前を向いた。

 

「いやいや、一部が凄すぎるんだって……」

 

 紺野爪戯(こんの・つまぎ)がフォローするように言葉をかける。

 その時、爪戯のスマートフォンのバイブレーションが振動した。

 爪戯は端末を手に取ると、表示された画面へ視線を固定し、動きを止めた。

 

 ◇

 

 生徒たちは、神ヶ山の山頂に建造された宿泊施設へと案内された。

 

「つ、つ、疲れた~」

 

 あてがわれた男子部屋。だらしなく畳へ腰を下ろし、大きなため息と共に言い放ったのはレイヴンだった。

 

「待て蘇芳。戦はこれからだ」

 

 志紀が神妙な面持ちで語りかける。

 

「戦?」

 

 レイヴンが怪訝な顔で首を傾げる。

 

「こういう合宿の場では恒例のイベントがあるだろ? そうだろ?」

 

 志紀は両手を組み、妙に真剣な顔つきで熱弁を振るう。

 辛を除くA組男子一同の頭上に、疑問符が浮かんだ。

 

「お前ら、女子に興味はないのか!!」

 

 目を限界まで見開き、志紀が叫んだ。

 部屋に一瞬の沈黙が落ちる。

 

 辛は無言のまま、所定の位置に荷物を置くと、即座に部屋を出て行った。

 これから展開されるであろう非生産的な会話に、一切の興味を抱かなかったためだ。

 

「女子ってもなあ~なんかうちってパッとしないって言うか……火乃宮とか性格きつくて無理だし」

 

 レイヴンは天井を仰ぎながら率直な評価を下す。

 

「その発言もどうかと思うけど、アレだよ? 昨今色々厳しいからね? 羽目を外さないでよね!?」

 

 玄が不穏な空気を感じ取り、たしなめるように言う。

 だが、志紀は完全に聞く耳を持たなかった。

 

「A組はそうかもだけど、B組は良いの揃ってんじゃん? 花緑青(はなろくしょう)とか」

 

 志紀は前のめりになりながら主張する。

 その名前に、男子一同が小さく息を呑んだ。

 

「つーか色波って灰塚とどうなん?」

「え? オレ?」

 

 レイヴンが不意に話題を振り、あっけにとられた樹が思わず声を上げる。

 

「庇って決闘までしてさ」

「それは──……」

 

 レイヴンの指摘に樹は言葉を詰まらせる。

 正義感からの行動であることは事実だが、こころが自身の幼馴染と瓜二つであるという情報を開示するべきか。

 樹の脳内で高速の演算処理が行われ、最適解を導き出す。

 

「あれは火乃宮が悪いだろ普通に。黙って見てるって訳にもいかなかった。それだけだ」

 

 樹は腕を組みながら結論のみを提示した。幼馴染の件は伏せる判断を下した。

 

「本当にそれだけか~?」

「怪しい」

 

 志紀とレイヴンから疑いの目を向けられ、「本当にそれだけ!」と樹は声を荒らげて否定した。

 

「お前らに言っておくが、真白さんは渡さないからな!!」

 

 翠柳が右手で二人を指差し、声高に宣言する。

 

「佐倉な~……容姿は悪くないけど、六大路以上に何考えてるか分からないんだよな」

 

 志紀がため息をつきながら評価する。

 

「言葉遣いも独特だよな」

 

 レイヴンも同調した。

 

「で? なんでこんな話してるんだ?」

 

 樹が単刀直入に尋ねた。

 女子への興味の有無から始まった会話だが、ここに至る志紀の真意が不明であった。

 

「こういう合宿イベントにはつきものだろうが! 覗きが!」

「駄目だからね」

 

 志紀が拳を振り上げて宣言した瞬間、玄が冷ややかに制止する。

 

「何故だ黒川!! お前は興味ないのかー!!」

「炎上どころでは済まないよ!?」

 

 志紀の叫びに、玄が極めて現実的なリスクを提示する。

 

「翠柳君も止めて! このままじゃ佐倉さんの身体が狙われるよ」

「何ー!?」

 

 玄は方向性を変え、翠柳を焚きつけた。

 翠柳は曲がったことを極端に嫌い、何より真白へ強い好意を寄せている。当然、強硬な否定派へ回る。

 

「男だらけの中、少しでも楽しみを見出そうとしてるんだ!」

 

 志紀は理不尽なほどの真剣さで訴える。

 

「強矢はむしろ見たくないの? 佐倉の……」

 

 レイヴンが翠柳の背後に回り込み、耳元で悪魔の囁きを落とす。

 次の瞬間、部屋の引き戸が勢いよく開け放たれ、真白が姿を現した。

 

翠柳(すい)、命ずる。見張り」

 

 真白の表情は平時と変わらず、声も機械的であったが、その一言は室内の熱気を完全に凍りつかせるのに十分な威力を孕んでいた。

 

「はっ!」

 

 翠柳は軍人のような元気な返事をし、立ち去る真白の背中を見送る。

 そして即座にドアの前に陣取り、男子たちを牽制し始めた。

 

「強矢頼む! 少しだけ!」

「ならん!」

「なんでだよ! くそーっ!」

 

 志紀、レイヴン、そして翠柳が入り乱れてのもみ合いに発展する。

 玄はその光景を緩い顔つきで眺めながら、小さくため息をついた。

 

 合宿前の爪戯君の様子からして、こういった同性同士の空間では慌ててるんじゃ……?

 

 玄はそう思考し、室内へ視線を巡らせる。

 しかし、そこに爪戯の姿はなかった。

 

「あれ?」

 

 ずっと居たと思っていたが存在しない事実に首を傾げる。

 ついでに言えば、蒼の姿もどこにも見当たらなかった。

 

 ◇

 

「ほんっと! 男子サイテー」

 

 一方、女子生徒たちは大浴場へと向かう廊下を歩いていた。

 その最中、男子部屋から漏れ聞こえた会話を処理し、明確な嫌悪を露わにしている。

 

「いざとなったらぶっ飛ばす!」

 

 朱美は拳を固く握りしめ、迎撃の意思を宣言する。

 雫と葵は顔を見合わせ、「だね」と短く同意した。

 

 先頭を歩く真白も、思うところがあったのか口を開く。

 

「発見次第、殺処分」

 

 その表情は変わらず無機質であった。

 冗談と受け取る要素が一切排除されているため、一層の恐怖を背後に募らせる。

 

「佐倉さんなら本当にやりそう……」

「頼もしいけど怖い……」

 

 雫と葵が息を呑んで囁き合う。

 

 朱美は、前を歩く真白の背中を見つめた。

 異能測定、今日の魔物戦、そしてあのアリーナでの決闘。自身が熱量のコントロールを失った事実を思い出し、顔を歪めて視線を逸らす。

 

 今の私じゃ……足手まとい、か……。

 

 胸中は不快感で満たされていた。しかし、それが現在の己の実力であるという事実を、冷徹に受け止めるしかなかった。

 

「ちょっとよろしいでしょうか?」

 

 廊下を進むA組女子たちへ、背後から声がかけられた。

 B組の花緑青小春(はなろくしょう・こはる)である。

 真白以外の全員が足を止めた。

 

「えっと……B組の……?」

「花緑青小春と申します」

「花緑青さん、何かな?」

 

 雫が問いかけ、葵が警戒を解かずに要件を促す。

 小春の顔には暗い影が落ちており、どこか思い詰めたような様子だった。

 

「六大路君はいらっしゃいますでしょうか?」

 

 小春は小さくため息をついた後、その名前を口にした。

 辛に用があるらしい。

 

「六大路君? 部屋に居るんじゃないかな?」

「ありがとうございます」

 

 葵が推測を伝えると、小春は軽く頭を下げ、男子部屋の方向へと歩いていく。

 小春の後ろ姿を見送りながら、雫が疑問を口にする。

 

「何の用なんだろ……?」

 

 その問いに対し、葵は「さあ」とだけ短く答えた。

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