【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.22「枯渇」

 六大路辛(ろくおおじ・かのと)は部屋を飛び出すと、宿の外を周回し、辺りの警戒に当たった。

 

「ご苦労なことだ」

 

 見回りの最中、引率の教師陣に呼び止められる。

 

「魔物が暴れたんだ、警戒は当然する」

 

 辛は冷徹な声で事実を述べる。

 対する教師陣は、微かな嘲笑を浮かべて顔を緩ませた。

 

「結界が張ってある。流石にこの中には入れんよ」

 

 外部の脅威を遮断する結界。それを展開する装置は、当然ながら結界の内側に設置されている。

 辛は表情筋も声帯も動かさなかったが、内面における警戒レベルを下げることはなかった。

 

 ◇

 

「そうですか、出直してきます」

 

 辛を訪ねてA組の男子部屋へ足を運んだ花緑青小春(はなろくしょう・こはる)は、不在を知ると静かに踵を返した。

 

 紅桔梗志紀(べにききょう・しき)蘇芳(すおう)レイヴン、そして強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)の三人が、僅かに開いた扉の隙間から小春の背中を見送る。

 

「何何!? 花緑青がなんで!?」

 

 志紀が困惑と嫉妬の混じった声を荒らげた。

 

「半妖って特異な出自だけど、ステータスか……?」

 

 レイヴンは顎に手を当て、真面目な顔で分析を始める。

 

「ステータスってなんだよ」

 

 志紀がすかさず突っ込みを入れる。

 

「点数稼ぎが良い子ちゃんにでも視えたんじゃね?」

 

 色波樹(しきなみ・いつき)が部屋の奥から、辛の顔を思い浮かべながら吐き捨てるように言った。

 志紀達の傍らで、翠柳は佐倉真白(さくら・ましろ)以外の存在に一切の興味を持たないため、完全に無関心な顔を貫いていた。

 

「でも辛君、顔整ってるし~春到来的な~?」

 

 黒川玄(くろかわ・くろ)がスマートフォンを操作しながら、普段通りの気の抜けたトーンで呟く。

 

「落ち着いてて、クールで能力デパートで、顔立ち整ってて……特異な出自……」

 

 志紀がブツブツと呪文のように呟き始める。

 

「紅桔梗」

 

 レイヴンが志紀の名を呼び、その肩に重々しく手を置いた。

 

「勝ち目ないわ」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」

 

 レイヴンからの無慈悲な宣告に、志紀は声にならない叫びを上げ、膝から崩れ落ちて両手を畳についた。

 

「あはは」

 

 一連の喜劇的なやり取りを眺め、玄が笑い声を漏らす。

 その様子を見ていた樹が、不意に口を開いた。

 

「さっきから何してんだ?」

 

 樹からの純粋な疑問。

 

「ちょっとクラスメイトの異能メモってるとこ」

 

 玄はスマートフォンの画面を見つめながら答える。彼が入力していたのは、クラスメイトの氏名と、それぞれが保有する異能の情報だった。

 

 なりを潜めたと言っても事件は解決していない……この中に犯人がいる……。

 

 文字を打ち込みながら、玄は思考の海に沈んでいく。

 不意に、脳裏にある記憶が蘇った。

 幼い玄と、謎の男との会話。

 玄がその男に拾われ、異能の指導を受けていた頃の断片的な光景。

 

 どうして今そのことを思い出している……? それにあれは前世──……。

 

 玄が思い出したのは、彼にとって「前世」とも呼べる不可解な記憶だった。

 

『闇使いは病み使いでもある──……』

 

 男が発した、その言葉。

 

 闇使いは確かに病み使いだけど……ん? 待てよ……。

 

 玄は言葉遊びにも聞こえるその一文から、一つの論理的な解を導き出していく。

 

 でも確証はない。証拠もない。でもこの文字がそういうことだとすると……。

 

 思考が核心へと近づくにつれ、玄の眼が徐々に限界まで見開かれていった。

 

 ◇

 

 一方、大浴場へと向かっていた女子生徒たち。

 

 列の先頭を歩いていた佐倉真白の足が、突如として止まった。

 

「佐倉さん?」

 

 前触れのない停止に、錆御納戸雫(さびおなんど・しずく)が首を傾げながら声をかける。

 

 直後、鼓膜を劈くような轟音が響き渡った。

 

 宿の壁と天井が物理的に破壊され、漆黒の魔物が剥き出しの牙を晒す。

 魔物は一直線に、真白へと襲い掛かった。

 

「迎撃」

 

 真白は一切の動揺を見せず、光の珠を操作して強烈な光線を放ち、魔物を撃ち抜く。

 突然の事態に、その場にいた雫、青藤葵(あおふじ・あおい)火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)の身体が完全に硬直した。

 

 ◇

 

 屋外で警戒に当たっていた辛が、異変を感知して即座に駆け出す。

 

「何事だ!?」

「結界が突破されました!」

「何!?」

 

 教師陣から焦燥に満ちた声が上がる。

 結界を維持するための装置の一つが、何者かの手によって無残に破壊されていた。

 

 辛は破壊音の発生源である魔物の位置を特定し、最短経路で一直線に駆ける。

 結界に生じた綻びから、次々と魔物が雪崩れ込んでくる。

 

 真白が単独で応戦しているが、硬直した三人を守りながらの戦闘は、彼女の処理能力をもってしても厳しい状況に陥りつつあった。

 

 我に返った朱美が、加勢しようと自身の異能を励起させる。

 

「負けっぱなしじゃいられない!」

 

 朱美は声を張り上げ、熱の出力を急速に引き上げていく。

 

「火乃宮さん無茶は──……」

「やらなきゃやられるでしょ!?」

 

 葵の制止の言葉を、朱美は即座に跳ね返す。

 

 やらなきゃ、やらなきゃ、やらなきゃ、やらなきゃ、やらなきゃ!

 

 切迫した思考の中で右手をかざし、熱のコントロールを試みる。

 

 その時、空間のどこかで誰かが不敵に微笑んだ気配がした。

 次の瞬間。

 

 朱美の手のひらから放出されようとしていた炎が、電源を落とされたかのように一瞬にして消失した。

 同時に、朱美の肉体からあらゆる力が抜け落ち、彼女は崩れるようにして床面へ膝をついた。異能が強制的に使用不可となったことによる、強烈な反動であった。

 

「ひ、火乃宮さん!?」

 

 あのアリーナでの決闘時と全く同じ現象。葵が悲鳴のような声を上げた。

 真白の光線を潜り抜けた一体の魔物が、倒れ伏す朱美へと肉薄する。

 

 真白が思わず振り返り、迎撃態勢を取る。

 

 その瞬間、一閃。

 

 現場に到達した辛が、生成した金属の刃で朱美に迫っていた魔物を一撃のもとに斬り伏せた。

 

「無事か?」

「六大路君」

 

 辛の短く平坦な問いかけに、腰が抜けて座り込んでいた雫が震える声でその名を呼ぶ。

 辛は膝をつき、倒れた朱美の容態を素早く確認した。

 

 なんだ、これは……まるで異能が──……。

 

 辛の両眼がわずかに見開かれる。

 そして、脳内で超高速の演算を開始した。

 

 異能がどのような原理で発動するのか、その完全なメカニズムは未だ解明されていない。

 ただ、一般的に「魔力」と呼ばれる未知のエネルギーが動力源となっていると定義されている。

 現在の火乃宮朱美の肉体は、まさにその魔力というエネルギーが完全に枯渇した状態を示していた。

 

 そこから導き出される、たった一つの答え。

 

「簡単な話だった……」

 

 辛は結論を呟くと、ゆっくりと立ち上がり、周囲の気配を探り始めた。

 

 一方、男子部屋。

 轟音に反応して部屋を飛び出そうとした彼らだったが、見えない強固な壁に阻まれ、廊下へ出ることすらできずにいた。

 

「何が起きてる!?」

「すごい音だぞ」

「真白さああああああん!」

 

 志紀、レイヴン、翠柳がそれぞれに叫び声を上げる。

 樹の顔にも、隠しきれない焦燥が滲んでいた。

 

「な、何があったの……?」

 

 自室に籠もっていた灰塚(はいづか)こころが、怯えた表情で男子たちと合流する。

 

 玄は手の中のスマートフォンを強く握りしめ、額から冷や汗を流していた。

 

 見えない壁……多分空気の壁──……。そんなことが出来るのは……。

 

 玄の思考が確信へと変わっていく。一筋の汗が頬を伝い落ちた。

 

 (から)使い──……大空蒼(おおぞら・そう)

 

 玄の導き出した結論と完全に同期するように、辛が上空の座標に大空蒼の姿を捉えた。

 破壊された天井の向こうに広がる夜空。

 蒼は空気を異能で極限まで圧縮して足場を構築し、虚空に直立していた。

 

「大空……」

 

 辛が地を這うような低い声でその名を呼ぶ。

 

「大空君?」

「どうして?」

 

 雫と葵も天を仰ぎ、信じられないものを見るような声を漏らした。

 粉塵が舞い、瓦礫が散乱し、黒い魔物が跋扈する混沌の中。

 蒼は、ただ不気味な微笑を浮かべて彼らを見下ろしていた。

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