【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.24「密度」

 神ヶ山の横に位置する風ヶ森。

 そこは、切ノ札(きりのふだ)学園が宿泊研修の地として滞在している場所であった。

 四月(しづき)レンは宿を背にし、玄関の前で静かに立ち尽くしていた。

 

 手にはスマートフォン。

 画面には、ⅩⅢ(サーティーン)からの指令が冷たく点灯している。

 

「……すぐ、戻る」

 

 レンは背後に立つクラスメイトに短く告げると、地を蹴り、その場から姿を消した。

 夜の闇に、紫電の残滓だけが焼き付いていた。

 

 ◇

 

「空気の浄化」

 

 佐倉真白(さくら・ましろ)が、抑揚のない声で短く発した。

 

「く、空気!?」

 

 錆御納戸雫(さびおなんど・しずく)が思わず声を上げる。

 

「よく分かんないけど、空気が澱んでて光が大空君に届いてないみたいだから、綺麗にしろってことじゃない?」

 

 青藤葵(あおふじ・あおい)が右手で天を指さしながら、状況を即座に言語化した。

 

「あっ……そっか。出来る、出来るよ……ちょっと自信ないけど」

 

 雫が両手を胸元に寄せ、震える声で同意する。

 そのわずかな怯えを察知し、葵は雫の手を力強く握りしめた。

 

「大丈夫。私が補佐する」

 

 葵は力強く言い放った。

 彼女の異能は『時使い』。自身には適用できず、効果範囲も極めて狭く短いという制約がある。

 だが、それでも雫の異能行使の助けになればと、即座に演算を切り替えた。

 

 雫の浄化速度を、加速させる!

 

 二人は同時に異能を励起させる。

 上空でその気配を察知した六大路辛(ろくおおじ・かのと)は、大空蒼(おおぞら・そう)から距離を取り、空中に生成した金属の足場に着地した。

 

 真白と蒼を隔てていた澱んだ空気の層が、急速に透明度を取り戻していく。

 蒼の眼が驚きに見開かれた。

 

「標的確認」

 

 真白が手をかざすと、光の珠が臨界に達し、光線を放つ。

 だがその瞬間、蒼が生存本能から先手を打った。

 圧縮された不可視の空気弾が、真白の右脇腹を正確に貫いた。

 

 真白の眼が見開かれ、体勢が大きく崩れる。

 蒼の構築していた空気の壁は光線によって破壊されたものの、真白の照準も僅かにブレ、致命の一撃は蒼の頬を掠めるに留まった。

 

 辛は今の一撃の攻防から、一つの仮説を構築し、思考を回す。

 

 火乃宮(ひのみや)を狙ったのは、彼女の出力が『(から)』にする条件に当てはまったからだけか?

 違う……空気を固める際の密度……多分それが関係している。

 

「佐倉さん!」

 

 雫と葵が悲鳴を上げる。

 真白は脇腹を押さえ、片膝を突いていた。

 

「不覚」

 

 そこへ、結界の綻びから新たな魔物が雪崩れ込んでくる。

 真白は蒼へ追撃を放つ前に、眼前の魔物処理へ異能を割かざるを得なくなった。

 

 辛は五行の『火』を励起させ、周囲の空気の温度を急激に引き上げていく。

 対象に悟られぬよう、最小出力で、だが確実に熱量を上げた。

 

 蒼の眼が再び見開かれる。

 辛は足場を蹴り、一瞬にして蒼の懐へ肉薄した。

 

 蒼は反射的に空気の壁を展開して防ごうとするが、熱によって密度を失い脆くなった壁は、辛の蹴撃によって容易く粉砕された。

 

 強烈な蹴りが、蒼の肉体を捉える。

 

「かっ」

 

 蒼は後方へと吹き飛ばされるが、辛は追撃の手を緩めない。

 空中に新たな足場を連続して展開し、蒼の上方へと回り込むと、脳天から下方へ向けて容赦のない蹴りを叩き込んだ。

 

 轟音。

 

 蒼は墜落の間際に空気の層を展開して衝撃を和らげたが、完全に殺し切ることはできず、宿の床へと激突した。

 

「気づいた? あの一撃で?」

 

 粉塵が舞う床に仰向けになったまま、蒼が弱々しく呟く。

 

 火乃宮と違って、ボクの『空』の条件に抵触しない絶妙な出力であの熱量……完全に上位互換。

 

 蒼は心中で辛を化け物と評しながらも、その最適化された戦闘能力にどこか称賛の念を抱いていた。

 

 蒼が構築する空気の硬度は、直前の大気の密度に密接に依存している。

 温度が上昇し密度が低下すると、固められた空気も薄く脆くなる性質があった。

 

 彼が火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)を真っ先に狙ったのは、彼女の出力が条件に合致したからでもあるが、最大の理由は自身の弱点を突かれないためであった。

 

 蒼の顔の右側、数ミリの距離に、鋭利な金属の刀が突き刺さる。

 上空から舞い降りた辛が、蒼の上に馬乗りになっていた。

 

「良いよね、半妖。特異な存在。一般人のボクにはない、特別な存在」

 

 蒼は掠れた声で、絞り出すように言葉を紡ぐ。

 辛の表情筋はピクリとも動かなかった。

 しかし、その内奥では、感情の波が微かに震えていた。

 

「産まれてからずっとⅩⅢ(あいつら)に管理され、教育され戦わされ、人質も取られた。何もいいことなんてない」

 

 辛の脳裏に、ⅩⅢの暗部によって教育、調教、調整、検査、そして非人道的な実験を施され続けた凄惨な記憶がフラッシュバックする。

 ただ一人の弟を、理不尽に人質として奪われたあの日の絶望が反芻される。

 

 普通に、人間に生まれたかった。それが辛の抱える、誰にも言えない悲痛な本音であった。

 辛の底知れぬ闇の深さを察したのか、蒼は言葉を失い、沈黙した。

 

 轟音。

 辛は顔を上げて立ち上がり、未だ跋扈している魔物の討伐へと歩みを進める。

 

「何者にもなれないって言ったが、何になるかはお前次第じゃないか?」

 

 辛は蒼に背を向けたまま、静かに言葉を落とした。

 左手で刀の柄を強く握り直す。

 

 次の瞬間、空間を裂くような雷鳴が轟き、群がっていた魔物が一瞬にして霧散した。

 

 一体何が起きたのか理解できず、雫と葵は互いの手をきつく握りしめて身をすくませる。

 真白は右脇腹を手で押さえたまま、魔物の完全な消滅を確認し、周囲の光の珠を収束させた。

 

「丁度解決か?」

 

 土煙が晴れていく中、凛とした声が響く。四月レンであった。

 特別対策部には事件解決の任務が下りていた。

 元凶である蒼が制圧された今、事象は解決したと定義していいだろう。

 

「魔物討伐及び、器物損害容疑で対象の連行を実行する」

 

 レンは蒼の方へと無機質な足取りで歩み寄りながら宣告した。

 器物破損──それは結界を維持する封印装置の破壊を指している。

 だが、それはあくまで表向きの建前であり、異能一時使用不可事件という余罪の追求こそが本命であった。

 

「余罪は追々……宮中!」

 

 レンが短く叫ぶと、暗がりから宮中潤(みやうち・じゅん)が姿を現した。

 

 宮中は口を覆っていた黒いマスクを外す。

 露わになった舌の表面には、逆五芒星の魔方陣が禍々しく刻み込まれていた。

 彼は迷いなく舌先を噛み破り、血を一滴、地面へと滴らせる。

 

 瞬間――青白い光の幾何学模様が地を走る。

 逆五芒星を起点とし、空間を強制的に書き換える転送の陣が展開された。

 風が凪ぎ、夜の喧騒さえもが凍りつく。

 

 淡い光が、床に倒れる蒼の身体を優しく包み込む。

 まるで慈悲深い抱擁のように、静かで、しかし絶対的な強制力を伴っていた。

 

「転送完了。負傷者は?」

 

 宮中が立ち上がり、低い声で問う。

 

「あ、あの……火乃宮さんと佐倉さんが……」

 

 雫が恐る恐る宮中に声をかけた。

 宮中は朱美の傍らへ歩み寄り、膝をついて異能を励起させる。

 朱美の身体もまた、青い光に包まれて転送された。

 

「次!」

 

 宮中は短く告げ、真白の元へと向かう。

 

 蒼の構築していた空気の壁が完全に消滅し、黒川玄(くろかわ・くろ)たちがようやく現場へと駆け込んできた。

 

「うわ、何この惨事!」

「何があった!?」

「真白さあああああん!?」

 

 紅桔梗志紀(べにききょう・しき)蘇芳(すおう)レイヴンが惨状を前に声を上げ、強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)が悲痛な叫びを上げる。

 

 事態の収束を悟ったB組の天竜天色(てんりゅう・あまいろ)朱殷実果(しゅあん・みはか)は、興味を失ったように踵を返し、自室へと戻っていった。

 その他の生徒たちは、不安と緊張の面持ちで周囲を見渡している。

 

「辛君は大丈夫?」

 

 玄は辛の元へと一直線に駆け寄り、状態を確認する。

 

「オレは別に」

 

 辛は小さく息を吐き、平坦な声で答えた。

 

「私にもっと権限でもあれば、この事態は防げた……」

 

 辛の横に並び立ったレンが、自戒を込めるように呟く。

 彼女に上位の権限があり、ⅩⅢの戦力を迅速に動かせていれば、未然に防ぐことができた事象だった。

 

 それゆえに、レンは己の現在位置と無力さを痛烈に自覚していた。

 辛はわずかに視線を伏せ、口を開く。

 

「いや、オレにもっとチカラがあれば……」

 

 辛は両手の拳を強く握り込み、己の未熟さを噛み締めた。

 

「い、いや……オレがもっと早く気付ければ良かったんだよ!」

 

 玄が、メモを表示したスマートフォンの画面を提示しながら割って入る。

 

(から)使いのもう一つの能力にたどり着いていたのか?」

 

 辛が純粋な疑問を向ける。

 

「確証はなかったけどさ、もしかしたらって……でも気づいた時にはもう……」

 

 玄が申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「いや、やめよう。誰の責任でも無いな」

 

 レンが腕を組み、冷徹な声で感傷を断ち切る。

 

「私たちはすぐ戻る」

 

 レンが任務の完了を告げ、踵を返そうとした。

 

「待ってくれ。あんたなら知ってるか? 『魔』が近くに来ている……大空はそう言ったんだ」

 

 辛が問いを投げる。レンは一瞬だけ目を伏せ、再び口を開いた。

 

「ああ、近いだろうな。だから魔物達も暴走している──……」

 

 レンの声は低く、重かった。

 

「それ──……」

 

 玄が何かを言いかけた瞬間、レンがその言葉を遮る。

 

「それより自分達の心配をするんだな。刃ケ丘(はがみおか)……思ってる以上にⅩⅢの手が入っているぞ」

 

 レンが残した、静かな警告。

 辛の表情は変わらず鉄面皮のままであったが、玄の頬には冷たい汗が一筋、静かに伝い落ちた。

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