【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.25「談笑」

 夜の神ヶ山。

 魔物の襲撃により大浴場は著しく破損し、立ち入りが完全に禁止された。

 

 安全上の理由もあり、生徒たちは已む無くそのまま宿で一夜を明かすこととなった。

 

「どこ行ってた!?」

 

 A組の男子部屋。

 扉を開けた紺野爪戯(こんの・つまぎ)を、腕を組んで仁王立ちする強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)が迎え撃った。

 

「えっと……」

 

 爪戯はばつが悪そうに視線を泳がせ、人差し指で頬を掻く。

 

「親に呼ばれて!」

 

 爪戯はスマートフォンの画面を突き出しながら、苦しい言い訳を口にした。

 

「宿泊研修の日に呼び出す親って何!?」

 

 すかさず紅桔梗志紀(べにききょう・しき)が鋭い突っ込みを入れる。

 

「何? 毒親?」

 

 蘇芳(すおう)レイヴンが眉をひそめ、不穏な推測を呟いた。

 

「こっちとらぁ真白(ましろ)さんが大変な目に遭ったんだぞおおおお!」

「強矢静かにして。先生来る」

 

 翠柳が怒りに任せて叫び、志紀が慌ててその口を塞ごうとする。

 

「爪戯君が無事なら良いんだけどさ」

 

 黒川玄(くろかわ・くろ)は完全に脱力した姿勢で畳に座りながら、いつもの調子で言った。

 

「え? 何? なんかあった?」

 

 爪戯は室内に漂うただならぬ空気と、全員の表情から事態の深刻さを察知する。

 

「大空のせいで魔物の侵入を許した」

 

 色波樹(しきなみ・いつき)が腕を組んだまま、地を這うような低い声で告げた。

 

「大空……?」

 

 爪戯が疑問符を浮かべて首を傾げる。

 

「あのいつも眠たそうにしてた……」

「ああ……!」

 

 レイヴンの補足で、爪戯の脳内に該当する人物の顔がようやく浮かび上がった。

 

(そう)君が異能一時使用不可事件の犯人だったんですよって」

 

 玄が淡々と決定的な情報を付け加える。

 大空蒼(おおぞら・そう)。授業を真面目に受けず、隙あらば寝てばかりの無気力な少年。

 そんな大人しそうな彼こそが、学園を騒がせた一連の事件の元凶であった。

 

「まじ……?」

 

 爪戯は限界まで目を見開き、喉をゴクリと鳴らす。

 

「もしかして辛が……?」

 

 爪戯の視線が、自然と六大路辛(ろくおおじ・かのと)へと向かう。

 辛は座布団の上に静かに座り、無表情のまま窓の外の暗闇を見つめていた。

 

「そ、辛君が倒して解決~」

 

 玄が気の抜けた声で事の顛末を簡潔にまとめる。

 

「ズルいよな。オレも駆けつけられたら……女子にモテた!」

「それはない」

 

 志紀の野望に満ちた叫びを、レイヴンが即座に無慈悲に切り捨てる。

 志紀は「なんだと!」と叫びながらレイヴンをヘッドロックし、ギリギリと締め上げた。

 

「俺も真白さんを守ったのに!!」

「強矢は静かにしろ」

 

 翠柳が負けじと声を張ると、レイヴンの頭を固定したままの志紀が再び制止する。

 樹はその光景に目を伏せ、深いため息を漏らした。

 

「でもさ、六大路のおかげでこの程度で済んだとも考えられるよなあ」

 

 志紀にヘッドロックを極められながらも、レイヴンが冷静な評価を口にする。

 その言葉に、爪戯が力強く頷いた。

 

「もっと冷酷無慈悲な奴かと思ってた」

 

 志紀もレイヴンを解放し、認識を改めたように言う。

 蒼の攻撃で負傷者は出たものの、辛は女子たちを守り抜き、元凶である蒼を殺すことなく制圧して見せた。

 さらに、登頂課題においても、辛はクラス全員の進行を助けるために異能を行使し、大きく貢献した。

 それらの事実が、彼に付随していた「冷酷無慈悲な化け物」というレッテルを剥がしつつあった。

 

「辛君は良い奴だよ~」

 

 玄が屈託のない笑顔を向ける。

 玄の笑顔に辛の表情筋は一切反応しなかったが、胸の奥底に微かな温もりが広がるのを感じていた。

 

「どうだか……ⅩⅢ(サーティーン)に入りたいから媚び売っただけだろ」

 

 樹は表情を険しく歪めて吐き捨てると、頭から布団を被った。

 誰の反論も聞かないという、強固な拒絶の意思表示だった。

 

「お前いっつもそれだな」

「認めるところは認めるべきだと思うぞ」

 

 志紀とレイヴンが苦言を呈する。

 しかし、布団の中の樹は固く目を閉じ、口を真一文字に結んだまま沈黙を貫いた。

 

「どんなに凄かろうと負ける気はない! 真白さんは渡さんぞ!!」

 

 翠柳が辛へ指を突きつけ、勝手にライバル宣言を放つ。

 辛はここに至るまで、終始無言を貫いていた。

 

「ホント、佐倉のこと好きだよね~」

 

 爪戯が呆れと感心が混ざったため息を吐く。

 それぞれが布団に潜り込みながら、とりとめのない談笑が続く。

 

「女子って言えばさ、B組の花緑青(はなろくしょう)が六大路を訪ねて来てたよな」

「それ!!」

 

 志紀が思い出したように話題を振り、レイヴンが強く同意する。

 

「六大路!! お前女子に興味はないのか!?」

 

 志紀が身を乗り出して問い詰める。

 その話題から逃れるために一度部屋を出たというのに、結局こうして包囲されているのが現状だった。

 

 辛の脳内で、高速の演算が開始される。

 

 完全に興味がないと答えれば、それは生物学的見地から見て明白な虚偽となる。

 だが、オレは通常の人間とは異なる……年中ではなく、特定の『期間』が存在する。

 その特異な生体情報を彼らに開示すべきか……そもそも、どう言語化して伝達すべきか……。

 

 演算処理は即座に終了し、最適化された一つの回答が弾き出された。

 

「今はない」

 

 短く一言だけ告げ、手元のスマートフォンへ視線を落とす。

 

 辛の肉体と精神は、ⅩⅢによって完全に管理されている。

 身体測定、数値の記録、戦闘教育、能力調教、精神調整、あらゆる検査が日常的に実行されている。

 特にその『期間』中は、管理体制がさらに厳重なものとなる。

 脳裏にフラッシュバックする、忌まわしく、痛みに満ちた日々の記憶。

 

 辛は誰にも聞こえないほどの小さなため息をつくと、スマートフォンを傍らに置き、壁に背を向けて静かに目を閉じた。

 

「春って言えば……オレ爪戯君に聞いてみたかったんよね」

「何?」

 

 玄が頭の後ろで両腕を組み、天井を見上げながら口を開く。

 すかさず爪戯が聞き返す。

 

「ぶっちゃけ辛君のこと好きなん? 的な~」

 

 玄の唐突すぎる発言に、爪戯が「ぶはっ!」と盛大に吹き出した。

 

「な、ななな、何を急に!?」

 

 布団から勢いよく跳ね起き、真っ赤な顔で身振り手振りを交えながら激しく動揺する。

 

「そういやお前、宿泊研修前に同性同士がどうとかって慌ててたよな」

 

 志紀が過去の発言を掘り起こして追撃をかける。

 

「好きに性別は関係ないとは思うけどさ、襲うなよ?」

 

 レイヴンが意地悪な笑みを浮かべ、冗談めかして忠告する。

 

「しない!!」

 

 爪戯の叫びが部屋に響き渡った。

 布団を被った樹は眉間に皺を寄せたままであり、翠柳はすでに安らかな寝息を立てていた。

 辛は一連の騒動を音声データとして受信していたが、表情一つ変えることなく無反応を貫いた。

 

 ◇

 

 翌日。

 朝食後、下山してバスで学園へと帰還する手はずとなっていた。

 

 朝食の時間。

 

 昨夜の陰惨な光景が幻であったかのように、食堂は生徒たちの笑い声で満たされていた。

 食器が触れ合う音、焼き立てのパンの匂い、平穏な日常のざわめき。

 それらすべての要素が、辛の感覚器官にはどこか現実感を喪失したものとして処理されていた。

 

「あ、六大路君。昨日はありがとう」

「助かったよ」

 

 錆御納戸雫(さびおなんど・しずく)青藤葵(あおふじ・あおい)が辛の姿を視界に捉えると、小走りで駆け寄り、昨夜の救出に対する礼を述べた。

 

「いや……佐倉と火乃宮が……」

 

 辛は事実を正確に伝達しようとし、言葉を淀ませる。守り切れず、二人を負傷させてしまったという事実が思考にブレーキをかけた。

 

「し、仕方ないよ」

「怪我を負わせたのは大空君だし」

 

 雫と葵が、辛の背負おうとする責任を軽くするようにフォローを入れる。

 

 そのやり取りを、少し離れた位置から爪戯が凝視していた。

 朝食の乗ったトレーを持ったまま、わなわなと全身を震わせている。

 

「辛君と先に仲良くなったのはオレらなのに! って顔に書いてあるよ」

 

 爪戯の横にスッと並び立った玄が、その内面を正確に言語化して代弁した。

 

「べべべ別にそんなんじゃ!」

 

 図星を突かれた爪戯の顔面から、大量の冷や汗が噴出する。

 

「まあ、みんなと仲良くなれてるのは良いことじゃない?」

 

 玄がいつもの緩い笑みを浮かべ、穏やかに言い放つ。

 

 列の最後尾で、所在なげに立ち尽くしていたのは灰塚(はいづか)こころだった。

 

「灰塚、大丈夫か?」

 

 声をかけたのは樹。

 こころが明らかに顔色を悪くして立ちすくんでいたため、無意識に言葉が口を突いて出た。

 

「火乃宮さん、また倒れて……ちょっと心配で」

 

 こころの口から出たのは、火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)を案じる言葉だった。

 

「あんなに灰塚に噛みついてくる奴のこと心配するんだな」

 

 樹は純粋な疑問をぶつける。

 日常的にこころを「トロ子」と見下し、攻撃的な態度を取る朱美を案じる心理構造が理解できなかった。

 

「火乃宮さんは一生懸命なだけだよ……」

 

 こころは消え入るような声で呟き、再び深く俯いて口を閉ざした。

 樹はこころのつむじを数秒見つめた後、無言のまま列へと合流した。

 

 食事を受け取った生徒は、あらかじめ指定された席に着くルールとなっていた。

 辛は自分の席に座ろうとして、僅かに動きを止め、周囲の空間配置を視線で確認する。

 その微細な挙動を察知したレイヴンが、即座に席の交代を申し出た。

 

「なっ!? えっ……どうした!?」

 

 席を替わる二人を見て、爪戯が驚きの声を上げる。

 

「あいつ左利きだろ〜」

 

 本来辛が座るはずだった席へ腰を下ろしながら、レイヴンが事もなげに言った。

 右利きの人間の右側に座る席の配置は、左利きの人間にとって腕が干渉し合い、極めて食事がしにくい環境となる。

 

「よく気づいたね」

 

 玄が素直に感嘆の声を漏らす。

 

「まぁ…」

 

 レイヴンは無機質に言葉を濁す。

 そして、手元の食事へと視線を落とすと、その顔に一瞬だけ暗い影がよぎった。

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