【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
宿泊研修の全日程が終了し、帰路についた後のこと。
バスを降り、連れ立って校門へと向かう道中、気怠い空気を切り裂くように声が上がった。
「流石に疲れたな……この後どっか寄ってく? ってのは無理だから、今度の休みにみんなで出かけね? もっと仲良くなろう的なさ!」
「あんたは女子とお近づきになりたいだけなんじゃ?」
すかさず
「せっかくだし佐倉と火乃宮のお見舞いも行こうぜ、火乃宮はギャーギャー騒ぐだろうけど」
「うおおおおお真白さああああああん!」
唐突に
「私は賛成かな」
「私も!」
その輪から少し外れた位置を歩いていた
「辛君はどうする~?」
玄の問いに対し、辛が口を開くより早く、前方を歩いていた爪戯が勢いよく振り返る。
「プライベートの時間をいただくわけには!」
「なんで頑なに拒否するの」
玄は呆れたように手を伸ばし、慌てる爪戯の額を軽く突いた。
そのやり取りを横目に、辛は衣服のポケットから
「悪いが、予定が入ってる」
辛は視線を落としたまま端末をポケットへ戻した。
「えーちょっとでもダメ~?」
玄が両手を前で合わせ、懇願のポーズをとる。端から無理を承知の上での軽口だった。
「そもそもオレは居ない方が良いだろ」
辛の口から冷淡な事実がこぼれ落ちる。
己の内に流れる半妖の血。それが他者にどのような感情を抱かせるか、辛自身が最も正確に計算していた。輪の中に混じることは、集団の和に不要な摩擦を生むだけに等しい。
「そんなことないと思うけどな~?」
玄は予想外の回答を受けたかのように、眉尻を下げて困惑の表情を浮かべてみせる。
「そうだよ、むしろ親睦会でしょ? もっと色々知りたいな」
「何、雫。積極的じゃない?」
「そ、そんなんじゃないよ!」
顔を朱に染め、両手で顔を覆いながら天を仰ぐ雫。葵がからかうように笑い声を立てた。
一方、爪戯は女子の反応に絶句したのか、開いた口をそのままに固まっていた。玄がその顎を下から持ち上げ、無理やり口を閉じさせる。
「は、
雫が視線を移し、問いを投げる。
名指しされた灰塚こころは俯いたまま、歩みだけを進めていた。数秒の空白が落ちる。
「…………色波君が居るなら」
「え? オレ?」
消え入るような細い声が、しかし確かな輪郭を持って周囲に届く。予想だにしない名前を挙げられ、
そんなやり取りを交わしながら、一行は校門へと到達する。
だが、そこには先客がいた。
B組の
「六大路君ちょっとよろしいでしょうか?」
挨拶もそこそこに、小春は要件のみを切り出した。
「なんだ?」
「此処ではちょっと……」
辛が足を止めて聞き返すが、小春は周囲を取り囲むA組の生徒たちへ視線を滑らせ、言葉を濁した。人目を避ける意図は明白だった。
「悪いがこの後予定が入ってしまって──……」
先ほど確認したⅩⅢからの呼び出し。そのスケジュールを脳内で参照しながら、辛は拒絶の意志を示す。
「分かりました。では後日改めて……あの、出来れば連絡先を教えていただけないでしょうか?」
小春は引き下がりつつも、手にした端末を胸元で掲げた。
辛は再度ポケットから端末を取り出す。二人は短い操作を交わし、情報の交換を完了させた。
「えっ……待って、オレまだ辛の連絡先知らないや」
その一連の動作を呆然と眺めていた爪戯が、乾いた声で呟いた。直後、膝から力が抜けたように崩れ落ち、両手をアスファルトにつく。
「これを機に交換してもらえば?」
玄が屈み込み、爪戯の肩を軽く叩いた。
「いや、でもさ……オレみたいな下民が許されるのか?」
爪戯は地面を見つめたまま、暗い声でこぼす。
「何故そこまで卑屈に~?」
玄の気の抜けたツッコミが、夕暮れの校門に小さく響いた。
◇
無機質な空気が満ちる、監視棟の一室。
外部の音を一切遮断する構造の尋問室に、男の静かな声が落ちた。
「よく出来ました」
ⅩⅢの総指揮官は、呼び出した辛に対し短い賛辞を述べる。
「お前らが最初から動いていれば被害は出なかった。何故オレ達に任せた?」
辛は表情筋を微かに硬直させ、地の底を這うような低い声で問いただした。
特級過去視の異能を保有する
「君の成長の為ですよ」
総指揮官は一切の感情を交えず、淀みなく答えた。
椅子の背もたれに深く体重を預け、天井の冷たい照明を見上げる。
「その為なら犠牲が出ても良いというのか」
辛の鋭い眼光が、男の喉元を射抜くように向けられる。
「必要経費です」
返ってきたのは、命の重さを数字と同列に扱う冷徹な言葉だった。
辛はそれ以上反論の言葉を紡がなかった。
この男の論理機構において、感情や倫理という変数は計算式に組み込まれていない。言葉を重ねたところで、意味を成さないことは明白だった。
「次も期待していますよ」
総指揮官の締めくくりの言葉を背に受けながら、辛は小さく息を吐き、尋問室の扉を開けた。
激しい叱責を受けたわけではない。しかし、底なし沼のような底意地の悪さに触れたことで、精神的な疲労がわずかに蓄積するのを感じていた。
「辛?」
廊下に足を踏み出した直後、聞き慣れた声が鼓膜を打った。
そこに立っていたのは父・
「父さま……」
辛は廊下の壁に背を預け、短い呼称を返した。
「あー今度の検査、事件解決後の変化を見るという建前で無理を強いるかもしれん……」
北王は重いため息とともに、内情をこぼす。
軍医の立場にある北王も同席する手はずではあるが、ⅩⅢの暗部は常に想定外の要求を突きつけてくる。それは単なる検査という名目を被った、過酷なデータ収集実験となる公算が高かった。
「それ、どのくらいで終わるか分かるか?」
辛は予定の算出を試みる。
検査は休日に設定されている。先ほどの玄の提案を脳内で反芻し、もし数時間でも自由が確保できるのならば、クラスの集まりに顔を出すという選択肢もゼロではないと計算した。
「あいつら次第だろうな」
北王は伏し目がちに答える。
その反応から、辛は明確な終了時間が担保されないことを悟った。予定の調整は不可能だ。
「帰る」
辛は結論だけを短く告げ、壁から背を離す。踵を返し、出口へと向かって歩き出した。
北王の視線が背中を追うのを感じながら、辛はただ足を動かす。
その道中、廊下に面した窓の向こう側に視線が引き寄せられた。
向かい側の棟の廊下。一つの扉が開き、そこから一人の生徒が姿を現した。
B組の生徒だ。彼は深く頭を下げて扉を閉めると、足早に歩き去っていった。
あいつは確かB組の……でも何故此処に……。
辛の脳内で、複数の情報が急速に結びつき始める。
ここは
同時に、宿泊研修で四月レンが残した警告が、鮮明な音声として再生された。
『それより自分達の心配をするんだな。刃ケ丘……思ってる以上にⅩⅢの手が入っているぞ』
あの時、辛はその言葉を教師陣の構成や特例決闘調停制度などの学園システムに対する介入だと推測していた。
だが、事象はより深い層にまで及んでいる。
生徒という集団そのものに、ⅩⅢの息のかかった者、あるいは監視の目となる人物が紛れ込んでいる。そう仮定すれば、目の前の光景と完璧に辻褄が合う。
刃ケ丘はⅩⅢ直轄の機関だ。システムという表面的な枠組みだけでなく、内部の構成員という血肉の部分にまで、彼らの手は伸びている。
「B組か……」
冷たい廊下に、辛の独白が小さく溶けた。
新たな変数を思考の回路に組み込みながら、辛は再び歩みを再開した。