【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.28「A組の休日」

 白を基調とした無機質な廊下に、複数の足音が響く。

 一年A組の面々は、ⅩⅢ(サーティーン)の監察医療棟を訪れていた。

 

「真白さん、もう帰っただと!?」

 

 強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)が目を見開き、大きな声を上げた。

 本日の目的は、過日の事件で負傷し治療を受けている佐倉真白(さくら・ましろ)火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)の慰問だった。

 

「はい、それに火乃宮さんは面会謝絶となっております」

 

 受付の職員から機械的に告げられ、一同は踵を返すほかなかった。

 重苦しい空気が漂う中、彼らは監察医療棟の自動ドアを抜ける。

 

 監察医療棟……オレは一度訪れ、そして話を耳にした……。

 

 色波樹(しきなみ・いつき)は歩調を落とし、視線を足元へと落とした。

 

 脳裏に蘇るのは、灰塚(はいづか)こころが倒れて搬送された際の記憶。

 面会が叶わなかったあの時、彼は偶然にも四月(しづき)レンと宮中(みやうち)潤の会話を立ち聞きしていた。

 

「あの時オレが伝えていれば……」

 

 樹の口から、微かな後悔が漏れ出る。

 彼のすぐ背後を歩いていたこころが、その様子を静かに見つめていた。

 

「ん~?」

 

 先頭付近を歩いていた黒川玄(くろかわ・くろ)が、歩みを止めずに振り返る。

 

「異能一時使用不可事件……異能の状態という情報が提示されていない、ゆえに自身の持つ情報と合致しないそんなことを言ってるのを聞いたんだ」

 

 樹は完全に足を止め、絞り出すように告白した。

 

 もしその情報を共有していれば、犯人の特定は前倒しで完了していたかもしれない。

 宿泊研修における大空蒼(おおぞら・そう)の暴走と、それに伴う被害も未然に防げたのではないか。

 因果関係の計算が、樹の思考を黒く塗りつぶしていく。

 

「それ聞いてても分かったかは微妙じゃね?」

「だね~」

 

 紺野爪戯(こんの・つまぎ)の軽い言葉に、玄が同調する。

 

「でも!」

 

 樹は言い返し、しかし続く言葉を見失った。

 

「後からとやかく言うのは簡単だよ。色波君のせいじゃない」

 

 玄の声音は平坦でありながら、過剰な自責を断ち切る響きを含んでいた。

 

「いや、点数稼ぎに使われる……そう思って伝えなかったのはオレのミスだ。すまん」

 

 樹は深く頭を下げた。

 自身の矜持と野心が情報の共有を阻害した。その事実を客観的に認識し、非を認める。

 

 玄と爪戯は気にするなとばかりに、微かに口角を上げて樹の肩を叩いた。

 

 一行は場所を移し、市街のカフェへと足を運んだ。

 各々が飲み物を注文し、テーブルを囲んで席につく。

 

「なんにせよさ、一番悪いのは『魔』でしょ?」

 

 青藤葵(あおふじ・あおい)がグラスに刺さったストローを指先で弾きながら言った。

 

「『魔』による事件……か?」

 

 玄が皿上のチーズケーキを切り分け、口に運びながら応じる。

 

「ってか『魔』って何?」

 

 蘇芳(すおう)レイヴンが左手でコーヒーカップを持ち上げ、根本的な疑問を口にした。

 

「そういや、なんだろうな? 当たり前のように受け入れてるけど」

 

 紅桔梗志紀(べにききょう・しき)が腕を組み、視線を天井付近へと向ける。

 

「目に見えない現象。暴走の元凶……でも大空君、暴走した感じじゃなかったよ」

 

 葵の隣に座る錆御納戸雫(さびおなんど・しずく)が、手元のカップを見つめながら呟いた。

 

「『魔』による事件って言えば……中学二年の冬に、神ヶ原(かんがはら)中学校で生徒のほとんどが『魔』に侵され、暴徒と化した……ってのあったよな?」

 

 志紀が視線を移し、隣のレイヴンへ問いかける。

 

「大なり小なりあったくね? 魚篇(さかなへん)学園付属中学とか海王中学とか」

 

 レイヴンの記憶から、いくつかの教育機関の名称が引き出された。

 

「ってか、みんな何処出身なの?」

 

 爪戯がティースプーンで紅茶をかき混ぜながら、周囲に視線を配る。

 

「オレ神ヶ原だったよ~」

 

 玄が緊張感のない表情で、事も無げに言った。

 

「え? ええ? 大丈夫だったの!?」

 

 葵が目を丸くし、隣の雫も明らかに動揺を見せた。

 

「丁度体調崩して休んでたんよね~だから正直ピンとこない」

 

 玄は再びチーズケーキを口に運ぶ。

 その緊迫感の欠如に対し、同席した全員の内心に同じ感想が浮かんだ。

 

「私と大空君が同じ星環(せいかん)

 

 葵が軽く右手を挙げて答える。

 

「私は無限中学だよ」

 

 雫が続いた。

 そこからは情報の提示が連続した。爪戯は黄昏、志紀が天衡(てんこう)、レイヴンが緋迅(ひじん)、翠柳と真白が蒼界(そうかい)、こころと朱美が蒼嵐(そうらん)、そして樹が白曜(はくよう)

 

「こう見ると結構バラバラ?」

 

 志紀が頬杖をつき、テーブルの上の面々を見回す。

 

 あれ……? 神ヶ原以外、ⅩⅢの地方支部が近くにある学校じゃん……。

 

 咀嚼を続けながら、玄の脳内で急速な情報処理が行われた。

 提示された各中学校の所在地と、治安維持組織ⅩⅢの拠点マップを照合する。

 一致率は異常な数値を示していた。

 

 これは偶然? 刃ケ丘がⅩⅢの管轄でⅩⅢ目指す子が入る場所だから、必然的に集まった……?

 

 玄は思考の海に沈む。だが、確定的な解を導き出すには、まだ因子が不足していた。

 

(かのと)ってどこなんだろう?」

 

 爪戯の純粋な疑問が、場に落ちる。

 全員がさあ、と首を傾げた。

 

「小中と半妖のうわさは聞かなかったような?」

 

 レイヴンがコーヒーを喉に流し込みながら記憶を探る。

 

刃ケ丘(はがみおか)入る直前に聞いたけど……」

「確かに覚えがないよね」

 

 葵と雫の言葉にも、同調の空気が流れた。

 六大路辛(ろくおおじ・かのと)という特異な存在の過去は、奇妙なほど空白に包まれている。

 

「中学って言えば、変な組織誕生しなかった?」

 

 樹が眉を顰め、話題のベクトルを変えた。

 こころはテーブルの端で身を縮め、無言で会話の推移を見守っている。

 

「あーなんか、選ばれなかった子どもに救いを~とかなんとか言って鍛える塾? みたいなやつ?」

 

 志紀が即座に反応を示し、樹はそれだと頷いた。

 

 かつて、国策に等しい規模で実行された計画があった。

 全国から特別な適性を持つ五百人の子どもが選別され、ⅩⅢ予備軍としての訓練を施される。

 選出された家庭には莫大な報酬が支払われた。

 

 絶対的な英雄像として君臨するⅩⅢへの憧憬と、現実的な富。

 その強烈な光は、当然のごとく色濃い影を落とした。

 

 選別から漏れた子どもたちと、その事実を受け入れられなかった家族たちの間に、修復不可能な亀裂が生じたのだ。

 

「なんでうちのが選ばれないんだって、家庭崩壊したところがその変な組織に入れられてたな……そういや」

 

 爪戯が当時の狂騒を思い出し、呆れたように吐き捨てた。

 

「うちは元から険悪だわ~」

「ええええええ」

 

 レイヴンが自身の家庭事情を一切の重みを感じさせずに暴露し、周囲から驚愕の声が上がる。

 

「いや、他人(ひと)のこと言えないや……」

 

 爪戯が深い息を吐き出した。

 どうやら彼の家庭環境も、平穏とは程遠い状態にあるらしい。

 

「はー変な組織はともかく、あの時選ばれてたらⅩⅢへの道、短かったんかな~」

 

 葵がテーブルに上半身を預け、実現しなかった未来を口にする。

 その様子を見て、玄は微かに喉を鳴らして笑った。

 

「楽しそうで良かった」

 

 突如、玄の背後から男の声が落ちた。

 玄の眼が、限界まで見開かれる。

 脳内の音声データベースが即座に検索をかけ、過去の記憶と照合した。聞き覚えのある周波数。

 

 玄は無言のまま背後を振り返る。

 しかし、そこには空席と店舗の壁があるだけで、人影は一切存在しなかった。

 

「黒川~?」

「黒川君?」

 

 急激な挙動と硬直した表情に気付き、級友たちが声をかける。

 

「……な、なんでもない」

 

 玄は瞬時に表情筋を操作し、平素の緩やかな笑みを貼り付けた。

 

 ◇

 

 視界が切り替わる。

 冷たい空気が滞留する、私営の訓練施設。

 ⅩⅢへの入隊を至上目的とするその無機質な空間に、佐倉真白の姿があった。

 

「はあ……はあ……未熟」

 

 乱れた呼吸を繰り返し、全身から汗を滴らせる。

 大空蒼との戦闘において露呈した自身の力不足。

 

 それを埋めるためだけに、彼女は己の肉体と異能を限界まで酷使し続けていた。

 

 彼女の眼に宿る焦燥と自己破壊的なまでの修練。

 それもまた、ⅩⅢという巨大なシステムが作り出した、逃れられない闇の一部であった。

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