【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.29「共闘提案」

 休日が明け、新たな週の始まり。

 一年A組の教室には、謹慎処分となっている大空蒼(おおぞら・そう)を除くすべての生徒が揃っていた。

 

「来月初め、中間テストを行う。一般教科の筆記試験に加え、異能実技試験も行われる。各自対策を怠らないように」

 

 朝のホームルーム。担任からの無機質な通達に、教室の空気が一気にざわめき立つ。

 

 喧騒の中、六大路辛(ろくおおじ・かのと)は自身の席で静かに呼吸を整えていた。

 先日の休日に行われた、ⅩⅢ(サーティーン)の強制負荷実験。

 肉体的な損傷こそ治癒されたものの、精神の深部に刻み込まれた疲労は確実な重りとして残っている。

 

 それでも、刃ケ丘(はがみおか)を無事卒業し弟の(ひのと)を取り戻すという至上目的を達成するため、辛は平素と寸分違わぬ冷徹な仮面を被り登校していた。

 

 筆記試験は問題ない……実技試験の内容次第か。

 

 感情を切り離し、純粋な状況分析に思考を割く。

 周囲を見渡せば、復帰した火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)も実技試験という単語に鋭い反応を示していた。

 佐倉真白(さくら・ましろ)は宿泊研修で蒼に不覚を取った焦りを隠しきれず、しかし表面上は微動だにせず黒板を見つめている。

 

「はい! 先生!」

「どうした? 青藤」

 

 青藤葵(あおふじ・あおい)が挙手し、沈黙を破った。

 

「大空君は……これからどうなるんですか?」

 

 クラス全員が共有しながらも口に出せなかった疑問。

 蒼の処遇について、全員の意識が担任へと集中する。

 

「ⅩⅢの決めることだ。今議題に上がっている」

 

 担任は教壇の上でプリントの束を揃えながら、冷淡に事実のみを告げた。

 

「最悪退学?」

「でも悪いのは魔だよね?」

「でも実行したのはあいつだし」

 

 生徒たちの口から、憶測と不安がないまぜになった声が漏れる。

 

「それより、お前たちは中間テストを乗り切れ。ああ、言い忘れていたが筆記試験で赤点を取れば補習が待っている。そして、順位がクラス内最下位の生徒には次回の期末テストでペナルティを与える」

 

 生徒たちのざわめきを切り裂くように、担任は新たな事実を投下した。

 

「クラス内最下位にペナルティ!?」

「どうしよう」

「無理無理!」

 

 教室は先ほど以上の混乱と落胆の声に包まれた。

 

 ◇

 

 放課後。

 黒川玄(くろかわ・くろ)は自身の机に突っ伏し、だらりと両腕を垂らしていた。

 

「何? 筆記試験ヤバイ系?」

 

 紺野爪戯(こんの・つまぎ)が歩み寄り、上から覗き込むように声をかける。

 

「いや〜流石に最下位はないと思うけどね。気乗りしないのも事実」

 

 玄は顔だけを横に向け、相変わらずの緩い表情で応じた。

 

「日頃から勉強してれば、慌てなくて済むでしょ!」

 

 朱美が腕を組み、椅子から立ち上がりながら言い放つ。

 

「何? お前自信あんの?」

 

 紅桔梗志紀(べにききょう・しき)が眉をひそめて問う。

 

「三馬鹿よりはマシ」

 

 朱美は視線で志紀を射抜き、冷ややかに告げた。

 

「三馬鹿って誰だよ!」

 

 蘇芳(すおう)レイヴンが噛み付くように反応する。

 

「蘇芳、紅桔梗、強矢(きょうや)の三人に決まってるでしょ! ちなみに金魚のフンは紺野と黒川」

 

 朱美は一気にそう言い切ると、鼻を短く鳴らして教室のドアへと向かった。

 

「マジ……あいつ……」

 

 爪戯は拳を握りしめ、肩を震わせる。

 玄が苦笑いを浮かべながら、爪戯の背中を軽く叩いた。

 

「何でオレが三馬鹿なんだよ!」

「絶対お前より上とる!」

 

 志紀とレイヴンの怒声が背中に浴びせられるが、朱美は振り返らない。

 

「火乃宮さん、残って勉強していかないの?」

 

 錆御納戸雫(さびおなんど・しずく)が控えめに声をかける。

 

「……実技の方がやばいからね、訓練場借りて特訓すんのよ」

 

 朱美は歩みを止めず、それだけを残して教室を出て行った。

 

 入学以来、自身の能力を十全に発揮できていない現状への苛立ち。

 特に炎の精密操作という弱点を克服するため、彼女は実技の特訓を最優先事項としていた。

 

 灰塚(はいづか)こころは、去りゆく朱美の背中を静かに見送っていた。

 傲慢に見える振る舞いの裏にある、確固たる向上心。

 自分にはないその強さを、こころは密かに眩しく感じている。

 

「ちぇっ……益々筆記負けられなくなったじゃん」

 

 レイヴンは舌打ちをしつつも、カバンから参考書を取り出した。

 志紀も無言で頷き、自身の席へと戻る。

 

 その傍らで、帰り支度を終えた辛と真白も席を立ち、ドアへと向かっていた。

 

「あれ? 辛君帰っちゃうの?」

 

 玄が声をかける。

 

「真白さん!?」

 

 強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)が椅子を派手な音を立てて後ろに倒し、立ち上がった。

 だが、真白は一切の反応を示すことなく、無言で教室を後にした。

 

「ちょっと予定がある」

 

 辛は玄へ短く返答し、廊下へと足を踏み出した。

 

「なあ、六大路って花緑青(はなろくしょう)と連絡交換してたよな」

 

 志紀が目を細め、推測の糸をたぐり寄せる。

 

「話があるって言ってた!」

 

 レイヴンが身を乗り出し、志紀の言葉に乗っかる。

 

「それが今日かもって……こと?」

 

 爪戯の目が驚きに見開かれる。

 玄は三人のやり取りを、緩い笑みを浮かべたまま眺めていた。

 

「追うぞ」

「だがバレるなよ!」

「花緑青って奴許さん」

 

 志紀、レイヴン、爪戯の三人が同時に声を上げ、弾かれたように席を立つ。

 

「お前ら勉強しろよ」

 

 色波樹(しきなみ・いつき)が呆れ顔で突っ込みを入れた。

 

「あの三人じゃ不安だからオレも行くか……」

 

 玄がのんびりとした動作で立ち上がり、三人の後を追う。

 教室には、もぬけの殻となった真白の席に向かって虚しく名を叫ぶ翠柳の姿が残された。

 

 ◇

 

 夕暮れの通学路。辛とB組の花緑青小春(はなろくしょう・こはる)が一定の距離を保ちながら並んで歩いている。

 その後方、十数メートルの距離を置いて、志紀、レイヴン、爪戯、玄の四人が物陰に隠れながら追跡を続けていた。

 辛は彼らの未熟な尾行に早々に気付いていたが、指摘する労力を省き黙殺を選択した。

 

 二人は市街のカフェへと入る。

 レジ前で注文を終え、小春が財布を取り出そうとした。

 

「良い、オレが出す」

 

 辛は小春の動きを短い言葉で制止し、自身の端末を決済リーダーへかざす。

 電子音が鳴り、二人分の支払いが完了した。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 小春は瞬きを繰り返し、戸惑いの表情を浮かべた。

 計算外の行動だったのだろう。辛という人間に備わった「気遣い」という変数は、彼女の事前データには存在しなかった。

 

 テーブル席に付き、商品が運ばれてくる。

 

「意外でした。お好きなんですか? 甘いもの」

 

 小春の視線の先には、辛が注文した季節限定の新作フラペチーノがあった。生クリームが山のように盛られている。

 

「こういう時でもないと飲めないからな」

 

 辛はストローを口に含み、冷徹な表情のまま答えた。

 ⅩⅢの厳重な管理下に置かれている辛だが、摂取するカロリーや嗜好品に関する制限は比較的緩い。

 

 小春は自身のカフェオレに口をつけ、一息つく。

 そして、空気を一変させ、本題へと切り込んだ。

 

「六大路君、単刀直入に言います。私と手を組みませんか?」

 

 小春の真っ直ぐな視線が、辛を射抜く。

 辛はフラペチーノをゆっくりと飲み下し、沈黙で先を促した。

 

「なんでオレなんだ」

 

 辛の短い問いが落ちる。

 小春はわずかに視線を伏せた。

 

 その様子を、少し離れた席からメニュー表で顔を隠した四人の男子生徒が凝視している。

 

「A組で頼れそうなのが貴方でしたので……」

 

 小春はカップの縁を指でなぞりながら呟く。

 

「B組では駄目なのか?」

 

 辛は妥協のない視線を向ける。

 

「B組には入学式から一週間後に二人の生徒がやって来ました。天竜天色(てんりゅう・あまいろ)君と朱殷実果(しゅあん・みはか)君です」

 

 小春の声に、微かな緊張が混じる。

 

 辛の脳内で、宿泊研修時に目撃した見知らぬ二人の顔とデータが符合する。

 

「二人が来てから空気が変わりました。天竜君と朱殷君、二人によって支配されています」

 

 小春の手に力がこもる。

 

「耐えられないんです……今のB組には。朱殷君は天竜君の付き人みたいな感じなので、天竜君をクラスの中心から引きずり落としたいんです」

 

 小春は顔を上げ、決意に満ちた強い眼差しを辛に向けた。

 辛はストローから口を離し、カップを静かにテーブルへ置く。

 

 片方はⅩⅢの監視棟で姿を見たな。

 

 辛の思考回路が、先日監視棟で目撃した朱殷実果の姿と今の情報をリンクさせる。点と点が繋がり、一つの推論が構築されていく。

 

「分かった。その代わり条件がある」

 

 辛が静かに口を開く。

 

「条件……ええ、当然です」

 

 小春は即答した。交渉における等価交換の原則は理解している。

 

「あんたの異能の詳細を教えてくれ」

「えっ?」

 

 辛の提示した条件に、小春の顔に明確な驚愕が走った。

 

「てっきりB組全員の異能を教えろと……」

 

 小春は、クラス全体の戦力情報という強力なカードを切る覚悟でこの場に臨んでいた。

 だが、辛が要求したのは彼女個人の情報のみ。

 

「良い、あんたのだけで良い」

 

 辛はフラペチーノに再び口をつけながら、冷淡に言った。

 不確定な他者の情報よりも、目の前で交渉を行う人間の手札を完全に把握すること。それが辛の提示した戦術だ。

 

「私の異能は紙使い。紙を操作したり、紙に触れると『情報を写し取る』ことも可能です。書類操作・偽造・サポートも可能です」

 

 小春はバッグから一枚の白い紙を取り出し、異能を発動させる。

 紙の表面に、今彼女が口にした内容がインクを帯びたように浮かび上がった。それをテーブル越しに辛へと差し出す。

 辛は紙面を一瞥し、情報の真偽と能力の性質を脳内にインプットすると、紙を小春へと押し返した。

 

「分かった」

 

 辛の口から、契約成立を意味する短い一言が発せられる。

 小春は安堵の息を吐き、残りのカフェオレを飲み干すと、深々と頭を下げて席を立ち、帰路へと就いた。

 辛はその背中を見送ることなく、手元のカップを見つめたまま口を開く。

 

「そこで何をしている。紅桔梗、蘇芳、爪戯、玄」

 

 辛の氷のような声に、背後の席で身を屈めていた四人の生徒の動きが完全に停止した。

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