【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.30「不確定要素」

 放課後のカフェ。

 B組の花緑青小春(はなろくしょう・こはる)が去った後、空気がにわかに緩む。

 六大路辛(ろくおおじ・かのと)の冷たい呼びかけに応じ、背後の席から紅桔梗志紀(べにききょう・しき)蘇芳(すおう)レイヴン、紺野爪戯(こんの・つまぎ)黒川玄(くろかわ・くろ)の四人が気まずそうに姿を現した。

 

「いっ……いつから……」

 

 志紀が頬に冷や汗を伝わせながら、探るように辛へ問う。

 

「最初からだ」

 

 辛は微塵も表情を変えず、淡々と事実のみを返した。

 玄が何の躊躇いもなく辛の隣へ腰を下ろす。それを見た爪戯が「ずるい!」と声を上げたが、隣にスペースはなく、不承不承といった様子で向かいの席へ座った。

 

「まさかの協力の申し込み、か。実際どうなん?」

 

 レイヴンも向かいの席に座りながら、先ほどの会話の真偽について問う。

 

「B組支配の話は本当だと思うぞ。宿泊研修の登頂課題の時に奴らに会ったが、天竜天色(てんりゅう・あまいろ)を中心に朱殷実果(しゅあん・みはか)と圧をかけてたからな」

 

 辛はストローを口に運びながら、冷静な分析結果を提示した。

 

「あー確かに知らない二人居たね。不良の浅黄(あさぎ)君とか、もっと突っかかってきそうなのに大人しくしてた」

 

 玄が隣で緩く同調する。

 宿泊研修での登頂課題中、辛と玄はB組の集団と遭遇している。その際、血の気の多いはずの生徒たちが奇妙なほど統制され、天竜と朱殷という二名の見知らぬ生徒の強い影響下にあることを、玄も確かに感じ取っていた。

 

「二人が見てるならそうなんだろうな」

 

 志紀も納得したように深く頷く。

 

「辛はあの花緑青と手を組むの?」

 

 爪戯が身を乗り出し、最も重要な核心を突く。

 辛はフラペチーノを一口飲み、沈黙を選択した。明言を避けるその態度は、肯定とも否定とも取れた。

 

「なんにせよB組とは、いつかやりあうんでしょうな~」

 

 玄が両腕をテーブルに投げ出し、突っ伏すようにして言った。

 学園の構造上、他クラスとの衝突はシステムに組み込まれた必然だ。

 

「中間の異能実技の内容次第じゃ、すぐにってことも……」

 

 爪戯が推測を口にする。

 その言葉に含まれた「中間」という単語に反応し、辛を除く四人が一斉に重いため息をついた。

 

「つーか、良いよな六大路は。余裕そうで」

 

 志紀がテーブルに突っ伏したまま、恨みがましい声を上げる。

 事実、辛の学習進度は学年でも群を抜いている。ただし、それはⅩⅢ(サーティーン)の徹底した管理と、父・北王(ほくおう)による過酷な英才教育の賜物であった。

 

「……父がその手のことに詳しいだけだ。日々教わっている」

 

 辛はⅩⅢという最大の変数を隠蔽し、事実の断片のみを提示した。

 

「うわ……六大路のお父さんとか、滅茶苦茶頭良さそう」

 

 レイヴンが勝手な想像を膨らませる。

 

「何してる人?」

「医者」

 

 爪戯の問いに、辛は即答した。

 その回答に、辛以外の全員が妙に納得した表情を浮かべる。

 

「よし、このままここで辛君に勉強見てもらお!」

 

 玄が突如顔を上げ、満面の緩い笑みを浮かべて提案した。

 

「おー荷物取ってこよーぜ」

「注文もした方が良くね?」

「そこ任せるわー」

 

 四人が慌ただしく立ち上がり、それぞれの用事を済ませるために散っていく。

 喧噪の中、辛は静かにストローを口に運び、カップを置くと鞄から文庫本を取り出してページを開いた。

 

「ちょっとさ……言っておきたいていうか、聞いておきたいって言うか」

 

 数分後、いち早く戻ってきた玄が辛の隣に座り直し、静かなトーンで口を開いた。

 

 辛は本から視線を外さず、ページをめくる指を止めて続きを促す。

 

「この前、みんなの出身中学の話になったんだよ。そしたらさ、ほぼ全てがⅩⅢの支部の近くの中学校だった……」

 

 玄は手元で指を組み、探るような視線を落として言った。

 

「ほぼ全員……」

 

 辛が低く呟く。

 

「あーオレだけ。オレだけが違ったからさ。これって偶然と思う?」

 

 玄は頬杖をつき、辛の横顔を見つめた。

 

「どうだろうな、ⅩⅢに入る為に刃ケ丘(はがみおか)に進学する生徒で構成されているだろうし……中学も関連性があっても不思議とは思えんが」

 

 辛は視線を文字の羅列に固定したまま、最も論理的な推論を述べる。

 

「それはオレも考えた。そもそも支部が近いからって必ずしも、何か関係があるとは限らないんだけどさ~」

 

 玄は天井を仰ぎ、不確定要素の多さを嘆く。

 現状のデータだけでは、単なる統計的な偏りか、何らかの意図的な選別の結果であるかを断定することは不可能だ。

 

「この前、ⅩⅢの監視棟でB組の生徒を見かけた」

 

 辛は文字から視線を切り、横目で玄を捉えた。

 

「え? B組が……?」

 

 玄が軽く目を見開く。

 

「ⅩⅢと何かあるかもな、この刃ケ丘」

 

 辛は再び視線を本へと戻し、短く告げた。

 刃ケ丘異能高等学校と治安維持組織ⅩⅢ。その繋がりは単なる運営と管轄という表面的なものに留まらず、生徒という内部の構成要素にまで深く浸透している。

 

「んーその何かの部分が気になるんだけどねー」

 

 玄は目を伏せ、両手を頭の後ろで組んで思考の海へ沈む。

 

「聞かないんだな」

「んー?」

 

 辛の微かな呟きに、玄が反応する。

 

「何故オレが監視棟に居たのかを」

 

 辛はページを一枚めくりながら言った。

 

「別にそこ詮索する気はないからねー」

 

 玄はあっけらかんと答える。他者の内情へ無思慮に踏み込まない距離感。それが黒川玄という人間の処世術であった。

 

「そうか。……ところで中学のうちわけ、分かるか?」

 

 辛は本を閉じ、明確な意志を持って玄へ向き直った。

 情報の詳細な分析が必要だと判断したのだ。

 

「ってめー玄! なんでもう居やがる!」

 

 だが、玄が口を開くより早く、荷物を抱えた爪戯が声を荒げて戻ってきた。

 

「静かにしろよー」

 

 レイヴンも遅れて合流し、注意を促す。

 

「しっかし見事に男だけになったな、悲しい」

 

 志紀が向かいの席にドカッと座り、わざとらしく嘆いてみせた。

 レイヴンと爪戯もそれぞれの席へ着く。

 

「お前、いつもそれだな」

 

 志紀の隣で、レイヴンが呆れたようにツッコミを入れた。

 

「なあ……この中で一番下になった奴には、罰ゲームとして誰かに告白しね?」

 

 志紀が突如として、妙に真剣な表情で突拍子もない提案を投下した。

 他の面々が教科書やノートを広げ、学習モードへ移行しようとしている最中のことだった。

 

「巻き込まれる子が可哀そうだからダメだよ」

 

 玄が間髪入れずに、最もな理由で却下する。

 

「良いじゃん、いっそ高嶺の花にアタックして玉砕して来い」

 

 志紀は自身の提案に酔いしれるように拳を握り込む。

 

「高嶺の花って誰だよ」

 

 レイヴンが横目で志紀をねめつける。

 

「でもさ、仮にそれ採用したとして……下取らない自信あんの?」

 

 爪戯がノートを開きながら、志紀へ冷ややかな視線を送った。

 志紀は腕を組み、数秒の沈黙の後、力強く頷く。

 

「行ける!」

「三馬鹿言われてたよね?」

 

 自信満々な宣言を、爪戯が冷酷な事実で打ち砕いた。

 

「待て! それオレにもダメージが」

 

 レイヴンが大仰に胸を押さえる。

 火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)によって命名された「三馬鹿」という不名誉な称号。強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)、紅桔梗志紀、蘇芳レイヴンの三名が該当する。

 

「爪戯、お前やれるのか?」

 

 志紀が矛先を爪戯へと向ける。

 

「多分あんたらよりはマシって自覚はある」

 

 爪戯はシャーペンを回しながら、真っ直ぐに志紀を見据えて言い放った。

 

 ◇

 

 同時刻、放課後のA組教室。

 灰塚(はいづか)こころが帰り支度を終え、静かに席を立った。

 

「灰塚さんまたね」

「またねー」

 

 残っていた錆御納戸雫(さびおなんど・しずく)青藤葵(あおふじ・あおい)が、明るい声で見送る。

 

「色波君は……」

 

 こころは教室の出入り口へ向かう直前、足を引き摺るように止め、ぽつりと呟いた。

 その声に反応し、色波樹(しきなみ・いつき)が顔を上げてこころの方へ視線を向ける。

 

「……いえ……なんでもない……」

 

 樹と視線が交差する前に、こころは深く俯き、逃げるように歩き出した。

 

「えっ!?」

 

 樹は突然の行動に戸惑い、思わず間抜けな声を上げる。

 雫と葵も顔を見合わせ、首を傾げた。

 

 こころは廊下を歩きながら、思考を深い場所へと落とし込んでいく。

 

 色波君は、多分私に似た子を知っている……だから私を庇うんだと思う……。

 

 過去の断片的なやり取りや、樹が時折見せる痛切な視線。それらがこころの内で一つの推測を結像させる。

 

 私に姉妹は居ない。

 あの子は──……。あの子は──……。

 

 己という暗い沼。そこに沈む真実に触れる恐怖が、こころの足取りを重くする。

 夕暮れの光が差し込む廊下で、こころの背中には長く暗い影が伸びていた。

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