【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
放課後のカフェ。
B組の
「いっ……いつから……」
志紀が頬に冷や汗を伝わせながら、探るように辛へ問う。
「最初からだ」
辛は微塵も表情を変えず、淡々と事実のみを返した。
玄が何の躊躇いもなく辛の隣へ腰を下ろす。それを見た爪戯が「ずるい!」と声を上げたが、隣にスペースはなく、不承不承といった様子で向かいの席へ座った。
「まさかの協力の申し込み、か。実際どうなん?」
レイヴンも向かいの席に座りながら、先ほどの会話の真偽について問う。
「B組支配の話は本当だと思うぞ。宿泊研修の登頂課題の時に奴らに会ったが、
辛はストローを口に運びながら、冷静な分析結果を提示した。
「あー確かに知らない二人居たね。不良の
玄が隣で緩く同調する。
宿泊研修での登頂課題中、辛と玄はB組の集団と遭遇している。その際、血の気の多いはずの生徒たちが奇妙なほど統制され、天竜と朱殷という二名の見知らぬ生徒の強い影響下にあることを、玄も確かに感じ取っていた。
「二人が見てるならそうなんだろうな」
志紀も納得したように深く頷く。
「辛はあの花緑青と手を組むの?」
爪戯が身を乗り出し、最も重要な核心を突く。
辛はフラペチーノを一口飲み、沈黙を選択した。明言を避けるその態度は、肯定とも否定とも取れた。
「なんにせよB組とは、いつかやりあうんでしょうな~」
玄が両腕をテーブルに投げ出し、突っ伏すようにして言った。
学園の構造上、他クラスとの衝突はシステムに組み込まれた必然だ。
「中間の異能実技の内容次第じゃ、すぐにってことも……」
爪戯が推測を口にする。
その言葉に含まれた「中間」という単語に反応し、辛を除く四人が一斉に重いため息をついた。
「つーか、良いよな六大路は。余裕そうで」
志紀がテーブルに突っ伏したまま、恨みがましい声を上げる。
事実、辛の学習進度は学年でも群を抜いている。ただし、それは
「……父がその手のことに詳しいだけだ。日々教わっている」
辛はⅩⅢという最大の変数を隠蔽し、事実の断片のみを提示した。
「うわ……六大路のお父さんとか、滅茶苦茶頭良さそう」
レイヴンが勝手な想像を膨らませる。
「何してる人?」
「医者」
爪戯の問いに、辛は即答した。
その回答に、辛以外の全員が妙に納得した表情を浮かべる。
「よし、このままここで辛君に勉強見てもらお!」
玄が突如顔を上げ、満面の緩い笑みを浮かべて提案した。
「おー荷物取ってこよーぜ」
「注文もした方が良くね?」
「そこ任せるわー」
四人が慌ただしく立ち上がり、それぞれの用事を済ませるために散っていく。
喧噪の中、辛は静かにストローを口に運び、カップを置くと鞄から文庫本を取り出してページを開いた。
「ちょっとさ……言っておきたいていうか、聞いておきたいって言うか」
数分後、いち早く戻ってきた玄が辛の隣に座り直し、静かなトーンで口を開いた。
辛は本から視線を外さず、ページをめくる指を止めて続きを促す。
「この前、みんなの出身中学の話になったんだよ。そしたらさ、ほぼ全てがⅩⅢの支部の近くの中学校だった……」
玄は手元で指を組み、探るような視線を落として言った。
「ほぼ全員……」
辛が低く呟く。
「あーオレだけ。オレだけが違ったからさ。これって偶然と思う?」
玄は頬杖をつき、辛の横顔を見つめた。
「どうだろうな、ⅩⅢに入る為に
辛は視線を文字の羅列に固定したまま、最も論理的な推論を述べる。
「それはオレも考えた。そもそも支部が近いからって必ずしも、何か関係があるとは限らないんだけどさ~」
玄は天井を仰ぎ、不確定要素の多さを嘆く。
現状のデータだけでは、単なる統計的な偏りか、何らかの意図的な選別の結果であるかを断定することは不可能だ。
「この前、ⅩⅢの監視棟でB組の生徒を見かけた」
辛は文字から視線を切り、横目で玄を捉えた。
「え? B組が……?」
玄が軽く目を見開く。
「ⅩⅢと何かあるかもな、この刃ケ丘」
辛は再び視線を本へと戻し、短く告げた。
刃ケ丘異能高等学校と治安維持組織ⅩⅢ。その繋がりは単なる運営と管轄という表面的なものに留まらず、生徒という内部の構成要素にまで深く浸透している。
「んーその何かの部分が気になるんだけどねー」
玄は目を伏せ、両手を頭の後ろで組んで思考の海へ沈む。
「聞かないんだな」
「んー?」
辛の微かな呟きに、玄が反応する。
「何故オレが監視棟に居たのかを」
辛はページを一枚めくりながら言った。
「別にそこ詮索する気はないからねー」
玄はあっけらかんと答える。他者の内情へ無思慮に踏み込まない距離感。それが黒川玄という人間の処世術であった。
「そうか。……ところで中学のうちわけ、分かるか?」
辛は本を閉じ、明確な意志を持って玄へ向き直った。
情報の詳細な分析が必要だと判断したのだ。
「ってめー玄! なんでもう居やがる!」
だが、玄が口を開くより早く、荷物を抱えた爪戯が声を荒げて戻ってきた。
「静かにしろよー」
レイヴンも遅れて合流し、注意を促す。
「しっかし見事に男だけになったな、悲しい」
志紀が向かいの席にドカッと座り、わざとらしく嘆いてみせた。
レイヴンと爪戯もそれぞれの席へ着く。
「お前、いつもそれだな」
志紀の隣で、レイヴンが呆れたようにツッコミを入れた。
「なあ……この中で一番下になった奴には、罰ゲームとして誰かに告白しね?」
志紀が突如として、妙に真剣な表情で突拍子もない提案を投下した。
他の面々が教科書やノートを広げ、学習モードへ移行しようとしている最中のことだった。
「巻き込まれる子が可哀そうだからダメだよ」
玄が間髪入れずに、最もな理由で却下する。
「良いじゃん、いっそ高嶺の花にアタックして玉砕して来い」
志紀は自身の提案に酔いしれるように拳を握り込む。
「高嶺の花って誰だよ」
レイヴンが横目で志紀をねめつける。
「でもさ、仮にそれ採用したとして……下取らない自信あんの?」
爪戯がノートを開きながら、志紀へ冷ややかな視線を送った。
志紀は腕を組み、数秒の沈黙の後、力強く頷く。
「行ける!」
「三馬鹿言われてたよね?」
自信満々な宣言を、爪戯が冷酷な事実で打ち砕いた。
「待て! それオレにもダメージが」
レイヴンが大仰に胸を押さえる。
「爪戯、お前やれるのか?」
志紀が矛先を爪戯へと向ける。
「多分あんたらよりはマシって自覚はある」
爪戯はシャーペンを回しながら、真っ直ぐに志紀を見据えて言い放った。
◇
同時刻、放課後のA組教室。
「灰塚さんまたね」
「またねー」
残っていた
「色波君は……」
こころは教室の出入り口へ向かう直前、足を引き摺るように止め、ぽつりと呟いた。
その声に反応し、
「……いえ……なんでもない……」
樹と視線が交差する前に、こころは深く俯き、逃げるように歩き出した。
「えっ!?」
樹は突然の行動に戸惑い、思わず間抜けな声を上げる。
雫と葵も顔を見合わせ、首を傾げた。
こころは廊下を歩きながら、思考を深い場所へと落とし込んでいく。
色波君は、多分私に似た子を知っている……だから私を庇うんだと思う……。
過去の断片的なやり取りや、樹が時折見せる痛切な視線。それらがこころの内で一つの推測を結像させる。
私に姉妹は居ない。
あの子は──……。あの子は──……。
己という暗い沼。そこに沈む真実に触れる恐怖が、こころの足取りを重くする。
夕暮れの光が差し込む廊下で、こころの背中には長く暗い影が伸びていた。