【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
朝の
一年A組の教室には、始業前の特有の喧騒が満ちていた。
「先日の事件見た〜?」
「また暴れたらしいね」
「『魔』による暴走のやつか……
「あ、黒川君おはよー」
「おはよー」
雫と葵からの挨拶に、玄は画面から視線を外さずに緩く応じる。
そのまま淀みない足取りで自身の席へと向かい、着席した。
「第二地区にて
玄の席へ
「
「ん?」
玄の口から自然にこぼれ落ちた名前に、爪戯が反応を示す。
「いやさ〜前に制圧現場を生で見たことあってさー」
玄はスマートフォンを制服のポケットへ滑り込ませながら答える。
宿泊研修の前、
四月レンという名は、その際に辛から提示された情報だった。
「にしても……なんで高校生やってるんだろう?」
玄は窓の外へ視線を向け、ぽつりと呟いた。
「んー?」
爪戯が聞き返す。
「ⅩⅢの四月レン……高校一年生なんでしょ? ⅩⅢやりながら高校生?」
玄は首を傾げ、純粋な疑問を口にする。
「しかも切ノ札学園だってね」
爪戯が情報を補足した。
「切ノ札学園……」
玄は微かに目を細める。
路地裏で遭遇した、他校の生徒の姿が脳裏にフラッシュバックした。
短く刈り込まれた黒髪。黒縁の眼鏡。指先を黒く染め上げた異質な爪。光を反射しない漆黒の瞳には、感情の機微が一切欠落していた。
あの少年もまた、切ノ札の制服を身に纏っていた。
「同い年でⅩⅢってことは、選ばれし子供達の一人ってこと!?」
机に突っ伏していた
彼の下敷きになっていたノートのページが、無残に折れ曲がっている。
「選ばれし子供達って悪い噂もなかったか?」
中間テストが迫る中、彼らなりに学習のポーズはとっているようだった。
「悪い噂……?」
雫と葵が互いの顔を見合わせ、揃って首を傾げる。
「訓練が厳しすぎて全滅したって……」
志紀は腕を組み、声のトーンを落とした。
「一家に支払われた報酬は手切れ金。関係は途切れ、連絡を取ることは許されない……生きてⅩⅢになれたのか、はたまた途中で死んだのか……元家族には知りようがない……ってこと!?」
玄が表情から緩さを消し、神妙な面持ちで推測を重ねる。
「でも、一人はⅩⅢやってるっぽいんなら、全滅じゃないんじゃね?」
爪戯が自身の席へ腰を下ろし、頬杖をつきながら至極真っ当な指摘を入れる。
「でも確かに活躍は聞かないかも」
葵が右手の指先を頬に当て、記憶を探るように言った。
「案外噂も本当ってこと?」
雫が自身の両腕を抱え込み、微かに肩を震わせる。
「選ばれてようが、選ばれてなかろうが、全員倒す! 私が一番になる!!」
教室の空気を物理的に破壊するように、
「味方倒すの?」
玄が目を瞬かせ、的確なツッコミを入れる。
その喧騒の隙を突くように、
「何? 朝から騒がしい」
続いて
入り口で朱美と視線が交差し、互いに顔をしかめて同時に「げっ」と声を漏らした。
「そうだ色波! お前も学力テスト勝負に参加しろよ!」
志紀が唐突に標的を変え、樹へ提案を投げかける。
先日カフェで持ち上がった、テストの最下位が告白の罰ゲームを受けるという不毛な遊戯。
玄が「駄目だよ」と呆れ混じりに小さく口を挟む。
「え……普段の学習態度から三馬鹿に負けるヤツ想像する方が無理」
樹は歩みを止めず、冷ややかな視線と共にキッパリと言い捨てた。
「「誰が三馬鹿だ!」」
志紀とレイヴンが息の合った抗議の声を上げる。
朱美は深くため息をつき、自身の席へと向かった。
遅れて、
足音すら立てず、機械的な動作で自身の席へと腰を下ろした。
直後、
「おはようございます! 真白さん!」
翠柳は腰を深く折り曲げ、大声で挨拶をした。
だが真白の視線は黒板へ固定されたままであり、顔の筋肉が動くことさえなかった。
「強矢はいつも元気と言うか……」
樹が席につきながら振り返り、ため息交じりに呟く。
「馬鹿なだけでしょ」
朱美が腕を組み、冷酷な評価を下す。
そして、ホームルーム開始の直前。
六大路辛が静かに教室へ姿を現した。
毎朝、自身の肉体の数値を測定し、ⅩⅢへデータを送信するという義務。
その工程が存在する以上、彼の登校時刻はどうしても遅れがちになる。
「辛君おはよ~」
「辛おはよう!」
玄と爪戯が歩み寄り、声をかける。
辛は視線を合わせず「ああ」と短く返した。
「辛君は四月レンのこと何回か見たことあるんだよね?」
玄が問いを投げる。
辛は自身の席に腰を下ろし、静かに頷いた。
「その話に戻るの?」
爪戯がすかさずツッコミを入れる。
「なんかちょっと気になるんだよね~なんで高校生やってて、しかもそれが切ノ札学園なのか」
玄は辛の机に上半身を預けるように突っ伏し、首を傾げた。
「刃ケ丘じゃなくて切ノ札ってのが引っかかると?」
爪戯が玄の肩を掴み、机から引き剥がそうと力を込める。
「だって刃ケ丘は卒業後ⅩⅢに入れるけど、切ノ札は訓練校挟むんでしょ~?」
玄は机にしがみつき、爪戯の力に抵抗しながら言葉を紡ぐ。
「訓練校挟む分、切ノ札からⅩⅢに入った場合は、ちょっと上からのスタートになるらしい」
爪戯はさらに力を込め、玄の体を引き起こそうとする。
「刃ケ丘と切ノ札は、ⅩⅢのスタートラインが違うってこと!?」
玄はついに机から引き剥がされ、体勢を崩しながらも声を上げた。
治安維持組織ⅩⅢ。その内部構造には厳格な序列が存在する。
刃ケ丘の卒業生は直接ⅩⅢへ配属されるが、扱いは最下層からのスタートとなる。
対して切ノ札は、卒業後に訓練校での過程を経ることで、より上位の階級からキャリアを開始できる。
さらに頂点には、十三傑と呼ばれる最上位の者たちが君臨している。
四月レン、
その中にも序列はあり、一番下が宮中潤、一番上が総指揮官と規定されている。
「……」
辛の脳内で、情報が静かに演算される。
仮に四月レンが刃ケ丘に所属していた場合、どのような変数が発生していたか。
現状でも、刃ケ丘にはⅩⅢの関係者が過剰に集積している。
そこに特級過去視の保持者まで加われば、学園内のパワーバランスは大きく崩れていたはずだ。
「実は誰かの陰謀だったりして?」
レイヴンが会話に割って入り、根拠のない憶測を口にした。
「陰謀!?」
「陰謀論者!?」
「いや、ないない」
クラスメイトたちが各々に反応を示し、教室の喧騒が一段と増す。
辛はその騒ぎから意識を切り離し、静かに首を左右へ振った。
鞄から文庫本を取り出し、活字の世界へと沈降していく。
◇
同時刻。
切ノ札学園の校舎内。
「師はどうして切ノ札へ? 師ほどの実力なら刃ケ丘でも活躍は簡単だったでしょうに……」
宮中潤が、前を歩く四月レンの背中へ問いかける。
校則や試験の基準において、切ノ札は刃ケ丘よりも緩く設定されている。
レンは歩調を変えず、振り返ることもなく口を開いた。
「あんな息の詰まるところお断りだな」
「そう……ですか」
想定外に俗っぽい返答に、宮中は拍子抜けしたように相槌を打つ。
「それに所属を決めたのは『あいつ』だからな。私が居て解決がスムーズでは面白くないのだろう」
「あいつ?」
レンの口から出た代名詞に、宮中の眉間に微かな皺が寄る。
「そもそも切ノ札の面子を決めたのは『あいつ』……」
レンは足を止めず、視線だけを天井へと向けた。
それ以上の情報が開示されることはない。宮中もそれを理解しており、追及を諦めて静かに後を追った。
──刃ケ丘異能高等学校で中間テストが始まる。