【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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一年生・水無月
case.32「不信人投票」


 水無月の初め。

 梅雨の到来を予感させる重い湿気が刃ケ丘(はがみおか)異能高等学校を包み込む中、中間テストの幕が上がる。

 

 一年A組の教室。朝のホームルーム。

 

「今日は一日、中間テストを行う。筆記五教科に加え、異能実技だ」

 

 担任は教壇の上で端末を操作し、生徒たちのスマートフォンへ試験の概要を一斉送信した。

 無機質な電子音が教室のあちこちで鳴り、生徒たちは各々の端末を取り出して画面へ視線を落とす。

 

「異能実技に関しては、一限目からスタートする。五限目の筆記終了後、一時間のインターバルをとった後、投票へと移る」

 

 担任の言葉に、A組の生徒たちの顔に戸惑いが浮かぶ。

 

「投票……?」

「確かにそう書いてあるけど……」

「実質六限目まであるってこと?」

 

 クラス内から疑問の声が漏れ出る。

 

「順を追って説明しよう。異能実技試験の内容は不信()投票だ。インターバルの後、生徒は一人ずつ呼ばれ投票所へ行ってもらう」

 

 A組とB組の生徒がそれぞれ一人ずつ指定の投票所へ向かい、A組またはB組の誰か一人の名前を書いて投票するという、至極単純なルール。

 

 投票は完全な匿名制で行われる。

 

「即日開票され、不信人に選ばれた生徒には次回の期末テストにてペナルティが発生する」

 

 開票の結果、最も多く名前を書かれた生徒一名が、次回の期末テストで明確なペナルティを負う。

 同数の得票者が複数出た場合は再投票が行われ、必ず一名の「不信人」が選出されるシステムとなっている。

 

「無記名や複数の名前を書くといった無効票も可能だ。そして誰一人不信人者を出さないという結果も勿論歓迎する。」

 

 無記名投票の許可。

 無効票はすべて無記名扱いとして処理される。

 全員が無記名を選択すれば不信人は発生せず、誰にもペナルティは下されない。

 

「ただし、不信人者を出さない場合はペナルティもないがプラスも与えられない。不信人者が発生した場合、その者以外には期末テストでの査定にプラス点が贈られる」

 

 不信人に選ばれた一名にはペナルティ。それ以外の全員には査定への加点。

 集団の利益と個人の犠牲を天秤にかける、悪意に満ちたインセンティブの提示。

 

「みんなで加点無しでクリアするか、誰かを蹴落として加点を貰うか……ってことか」

 

 色波樹(しきなみ・いつき)が腕を組み、冷ややかな声で本質を突いた。

 

「裏切ってプラス狙いに行く人も居たり……?」

 

 錆御納戸雫(さびおなんど・しずく)の額に、じわりと冷や汗が滲む。

 

「こわっ……」

 

 青藤葵(あおふじ・あおい)が自身の肩を抱き、微かに震えた。

 

「でも、それと異能がどう関わるわけ?」

 

 火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)が眉をひそめ、最も根源的な疑問を口にする。

 

「投票には、この紙とペンとインクを用いて貰う。投票所に設置されているものだ」

 

 担任は朱美の疑問に直接答えることなく、教壇の下から無地の紙、万年筆、そしてインク瓶を取り出して掲げた。

 そして、それらを無造作に教壇の上へ置く。

 

「投票終了後、結果を確定させるまで、学校側は一切感知・関与はしない」

 

 ルールにおける最大の特記事項が告げられる。

 その言葉の裏に隠された真意に、クラスの何名かが即座に気付いた。

 

「なるほどね〜結果が確定するまでは、異能で好き勝手しても良いってわけね」

 

 黒川玄(くろかわ・くろ)が緩い表情を崩さないまま、冷酷な事実を言語化する。

 

「ちょっと待って……それって一部の生徒が有利そうなんだけど……私とか何も出来ないじゃない!」

 

 朱美が椅子から立ち上がり、不公平を訴える。

 炎を操る彼女の異能は、緻密な工作には全く不向きだった。

 

「それはいつもそうだろ? これがもし一対一のタイマンって内容だったら、戦闘系の異能じゃない生徒は不利じゃん?」

 

 紺野爪戯(こんの・つまぎ)が頬杖をつき、冷静な論理で反論する。

 

「それは……そうかもだけど……」

 

 朱美は反論の糸口を見失い、重いため息をついて席に座り直した。

 

「どう捉えてもお前たちの自由だ。詳細は端末を確認しておけ。以上、ホームルームを終了する」

 

 担任はそれ以上の説明を放棄し、ホームルームの終了を宣言した。

 

「あ、くれぐれもカンニングはするなよ」

 

 教室から退室する間際、担任は皮肉めいた忠告を付け加えた。

 

 教室内が喧騒に包まれる中、六大路辛(ろくおおじ・かのと)佐倉真白(さくら・ましろ)だけは一切の動揺を見せず、ただ静観を貫いていた。

 

「無効票がありなんだから、火乃宮の場合は最悪燃やしてしまうとかもできるんじゃね」

 

 蘇芳(すおう)レイヴンが英単語帳のページをめくりながら、物理的な破壊という選択肢を提示する。

 

「異能で脅して投票先をコントロールとか?」

 

 紅桔梗志紀(べにききょう・しき)も自身のノートで最終確認を行いながら、暴力による支配の可能性を口にした。

 

「脅しだの、燃やすだの物騒な……」

 

 朱美が呆れたように吐き捨てる。

 

「でもこれってそういうこと……だよね?」

 

 雫が不安げな視線を彷徨わせる。

 

「物騒でも学校側が関与しないってことは、しても問題にしないってことよね」

 

 葵がルールの抜け穴を正確に指摘する。

 灰塚(はいづか)こころは会話に加わることなく、机に突っ伏すようにしてノートを見つめていた。

 

「やれって言うの!?」

 

 朱美が目を見開き、信じられないといった様子で声を張る。

 玄が「やらんで良い、やらんで良い」と気の抜けた声でなだめた。

 

「俺は真白さんの言う通りに動きます! うおおおお!」

 

 強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)が突如として立ち上がり、暑苦しい咆哮を上げた。

 クラスメイトたちの間に、「あ、いつものね」という呆れを含んだ空気が流れる。

 

 真白本人は翠柳の忠誠宣誓を完全に黙殺し、ただ静かに一限目の開始を待っていた。

 

「スマホ……見る限り、最後の人の投票が終わり次第、結果がロックされるみたいだね」

 

 玄が端末の画面をスクロールさせ、システムの仕様を確認する。

 

「仮にロックされたあとに、何かしらの方法で改ざんが出来たとしても、ⅩⅢ(サーティーン)の技術があればわかる……」

 

 爪戯も画面を見つめ、技術的なリスクを演算する。

 

 異能の痕跡を検知するⅩⅢの監査システム。ロック後の改ざんは即座に捕捉され、学校側からのペナルティ対象となる公算が極めて高い。

 

 逆を言えば、ロックが完了するその瞬間までは、完全な無法地帯が許容されている。

 

 辛は静かに席を立ち、教壇へと歩み寄った。

 置かれた紙、ペン、インク瓶を冷徹な視線で観察する。

 

「紙って言えば、花緑青(はなろくしょう)が紙使いだよな」

 

 レイヴンが、教壇に立つ辛の背中へ言葉を投げる。

 

「一番有利ってことか」

 

 樹が両手を顔の前で組み、情報を分析する。

 玄と爪戯の視線も、自然と辛の動向へと集中した。

 

 辛は物品の確認を終え、一切の感情を見せずに席へと戻る。

 

「辛君はどうする? この試験……」

 

 玄が探るような問いを投げかけた。

 

「……オレが何かすることはないな」

 

 辛は机に両腕を置き、冷淡に即答した。

 

「花緑青と密会してたじゃん? それはどうするんだよ!」

 

 志紀が身を乗り出し、カフェでの出来事を持ち出す。

 爪戯が咎めるように志紀を横目で睨みつけた。

 

「密会!?」

「何? 何?」

 

 雫と葵が色めき立つ。緊迫した状況下で、場違いな恋愛のゴシップを期待したらしい。

 

「花緑青か……最初から信用してない」

 

 辛は周囲の喧騒を切り捨てるように、氷点下の声で事実を告げた。

 

「えっ」

 

 クラスメイトたちから、想定外の返答に驚きの声が漏れる。

 

「研修帰りにあの場で話が出来なかった時点で、な。A組を証人にしなかったからな……いや、したくなかったんだろうな」

 

 辛の脳内で、過去のデータが冷徹に再生される。

 宿泊研修の帰路。花緑青小春(はなろくしょう・こはる)が接触を図ってきた際、彼女はA組の生徒たちが周囲にいる状況を忌避し、後日の一対一での面会を要求した。

 

 それは証人の存在を嫌う、極めて不透明な交渉の初手だった。

 

「紙使いに念書を偽造って点も考えられるが……異能による偽造は、異能の因子や波長が残るからな。ⅩⅢの技術で暴ける。仮に投票終了までに偽造で脅してくるようなら、こちらも異能で対抗するが、それは建設的じゃないと分かってるだろうな」

 

 辛は小春の能力と状況を天秤にかけ、彼女が取れる合理的な行動を既に予測し終えていた。

 無駄な行動は取らない。それが辛の結論だった。

 

「なんとなく分かるような分からないような。それより誰に入れるとかA組で合わせるか?」

 

 志紀が理解を放棄し、具体的な方策を提案しようとしたその時。

 チャイムと共に、一限目の担当教師が教室へと足を踏み入れた。

 

 これ……異能実技のこと考えながら筆記試験にも挑まないといけないのか。

 

 クラスメイトの大多数が、筆記という眼前の課題と、その後に控える異能を用いた心理戦という二重の重圧を前に、重い足取りで思考の迷宮へと足を踏み入れた。

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