【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
中間テストの一限目が終了した。
A組の教室に休み時間の安堵はない。
生徒たちは休む間もなくノートや古典の単語帳を広げ、次なる筆記試験への最終確認に没頭していた。
「こんにちは。オレはB組の
張り詰めた空気を切り裂き、B組の実質的支配者である天竜天色が、
一斉に、クラス全員の視線が天色へと集中する。
「ごめんね。テストの勉強したいと思うけど、話を聞いて欲しくて」
天色は教壇の前へと歩を進める。
朱殷は天色から一歩引いた位置で停止し、沈黙のまま周囲を牽制した。
「B組がなんの用だよ、話って……」
「異能実技についての話だよ。投票自体はまだ先だけどね、試験自体はもう始まっている」
天色は教壇の縁に両手をつき、言葉を落とす。
「それは……そうだけど……」
「オレはこの不信人投票、全員無記名での突破を望んでいるんだ」
天色はA組の生徒たちを真っ直ぐに見据え、明確な意思を提示した。
その真剣な表情に、教室内が微かなざわめきに包まれる。
「全員加点無しになるけれど、誰かにペナルティを押し付けたくはないんだ」
天色は教室全体へ視線を配りながら、理想論を説く。
「そりゃあ……それが良いけどさ」
「誰かが名前書いちゃったら……ねえ……」
「だよね……」
「B組は全員無記名での投票に挑む予定だよ。A組の皆も無記名でお願いしたいんだ」
天色は右手を自身の胸に当て、誠実さをアピールする。
「でもそれ、B組が裏切らない保証はないよな」
「そうだね。でもそれはB組にも言えるリスクだよ」
天色は即座に切り返す。
裏切りのリスクは双方向に存在する。その論理自体に破綻はない。
「それ、言って良いのかよ……」
「そうだね、でも嘘はつきたくないからね」
天色は爪戯へ視線を移し、淀みなく答えた。
徹底した誠実さの演出。
「でもさ~そっちには紙使いの
「そうだね……キミ達が不安に思うのも無理ないよ」
天色は右手を顎に添え、思案するポーズをとる。
「じゃあ、A組の皆の前で痛めつけて言質を取ろうか」
直後、天色は満面の笑みを浮かべ、異常な提案を口にした。
教室内の温度が急激に低下する。
「ちょっ! 何もそこまでしなくても!」
朱美が弾かれたように立ち上がり、声を荒げた。
「でも、そうでもしないと不安なんだよね?」
天色は一切の悪びれもなく、笑顔のまま言い放つ。
後方に控える朱殷の口元が、不敵な弧を描いた。
「……っ」
朱美の額に冷や汗が滲む。反論の言葉を見失い、彼女は再び椅子へ座り直した。
「しなくて良い」
代わりに、玄が平坦な声で提案を却下する。
「そう……なら期待しても良いのかな?」
天色は玄を見つめ、確認をとる。
「まあ……考えておいて、ね?」
天色は踵を返し、教室の出入り口へと向かった。
朱殷が無言でその後を追う。
不穏な空気を残したまま、二限目の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
◇
二限目が終了し、再び休み時間が訪れる。
「B組に情報を得る、そう言った異能を持つ者がいると思う?」
爪戯が玄へ問いを投げる。
「居るんじゃないかな? 宿泊研修の登頂課題で、真っ先にA組に接触できた……ってなると索敵が出来る異能持ちが居るか、何か情報を得る異能持ちがいるとみて良いと思う」
玄は真面目なトーンで分析結果を提示する。
「で? それが何~?」
直後、玄はいつもの緩い表情へ戻り、爪戯へ問い返した。
「いや……どのタイミングで結果がロックされるか分からないと、紙使いの動きようがないかなーって思って」
爪戯はスマートフォンの画面に視線を落とし、推測を述べる。
「ふーん」
玄は生返事を返す。
その時、爪戯の手元からスマートフォンが滑り落ちた。
乾いた音を立て、端末が玄の足元へと転がる。
玄が身を屈め、スマートフォンを拾い上げる。
その瞬間、点灯した画面の表示が彼の視界に飛び込んだ。
ん……? なんだ、この……文字列……。
玄の眉間が微かに寄る。
開かれていたメッセージアプリの画面。そこには、意味を成さない不可解な文字列の羅列が表示されていた。
「ほい」
「どーも」
玄は表情を平坦に保ったまま、端末を爪戯へ返却する。
爪戯は何事もなかったかのように受け取り、鞄の中へしまった。
「ってかB組のどう思う?」
レイヴンが机に突っ伏し、疲労の色を濃くして言う。
筆記試験の手応えから、既に絶望の淵に立たされているようだった。
「無記名で突破するやつ? 無理じゃね?」
志紀が天井を仰ぎ、同調する。
「でもさ、他に名前書きたいって人いる?」
葵がノートのページをめくりながら周囲へ問う。
「うーん……無記名で良い気がするよね」
雫も葵に同調する。
「そもそもさーオレや紅桔梗って、異能で脅すくらいしかできることないんだよね」
レイヴンが机に顔を押し付けたまま、自嘲気味にこぼす。
「それを言ったらオレも……」
樹が顔の前で手を組み、重いため息を吐いた。
「黒川とかも同じようなもんじゃね?」
志紀が項垂れながら玄へ話を振る。
「まあ、オレは相手の精神を病ませて、票をコントロールできなくは無いけど……」
玄が事も無げに恐ろしい手段を提示する。
周囲のクラスメイトたちが一斉に表情を引きつらせた。
「でも結局、花緑青さんがいるんじゃ後出しジャンケンで負けるね」
玄は緩い笑みを浮かべ、結論を締めくくった。
「後出しジャンケン……ね……」
朱美が頬杖をつき、言葉を反芻する。
「……辛は本当に何もしないのかな……?」
爪戯が辛の背中を見つめ、ぽつりと呟いた。
「するっつっても、六大路も介入出来るんか?」
志紀が懐疑的な見方を示す。
「後出しジャンケンに負ける! そしてオレは次の数学でお終いだあああ」
レイヴンが両手で頭を抱え、悲痛な叫びを上げた。
◇
昼休み。
午前の筆記試験を終え、志紀とレイヴンは完全に魂を抜かれたように項垂れていた。
「この状態でB組に探り入れたりすんの? 無理じゃね?」
レイヴンが虚ろな瞳で呟く。
「最後社会だってよ……終わった」
志紀の口から絶望の言葉が漏れる。
爪戯は二人の惨状を哀れむような目で見下ろしていた。
その傍らで、辛は飲料を購入するため、スマートフォンを手にして教室を出る。
雫と葵も昼食の調達へ向かい、真白は自席で黙々と食事を開始した。
翠柳がその様子を羨ましそうに見つめている。
こころは身を小さく縮め、朱美は重いため息をついていた。
辛は食堂近くの自動販売機へ到達し、端末をリーダーへかざす。
購入した飲料を左手に持ち、ポケットへ端末を戻して教室への帰路につく。
「六大路君、ちょっとよろしいでしょうか?」
廊下の角を曲がった直後、花緑青小春が辛の進路を塞ぐように現れた。
「なんだ?」
辛は足を止めず、最低限の言葉を返す。
要求の内容は、既に演算済みだ。
「今回の不信人投票、投票先を天竜君にして欲しいんです」
小春は前置きを省き、単刀直入に要件を突きつける。
辛は視線を向けず、そのまま歩みを進める。
「B組の支配者の座から引きずり下ろすためか」
辛が冷徹に目的を言語化する。小春が慌てて後を追う。
「そうです。またとないチャンスと捉えています」
小春の足音が背後で響く。
「オレはA組のリーダーでもなければ、支配者でもない。オレが何かを言ったところで、A組の投票先を天竜に集中させられると思うか?」
辛は歩調を崩さず、現実的な障壁を提示する。
「それは……」
小春の言葉が詰まる。
「それにB組はどうなんだ?天竜に入れるのか?」
辛が追撃の問いを放つ。
過半数の票を獲得しなければ、不信人の選出は不確実なものとなる。
A組の票が割れる以上、B組内部からの反逆票は不可欠だ。
だが、現在のB組に天色を裏切るだけの統率力、あるいは反骨心が残っているのか。
小春は完全に沈黙し、回答を提示できなかった。
その時、前方の階段を駆け下りてくる生徒の姿があった。
焦りからか、その生徒は足を踏み外し、バランスを崩して前方のめりになる。
辛の身体が反射的に動き、転倒する生徒の身体を腕で受け止めた。
「大丈夫か?」
辛が短い確認の言葉をかける。
「は……はい……」
腕の中に収まった少女は、顔を朱に染め、上擦った声で答えた。
明らかな心拍数の上昇が伝わってくる。
「
小春が、その少女の名を呼んだ。
枯野アカハ。B組に所属する生徒だ。
「あーっ! 急がなきゃお昼無くなっちゃう!」
アカハは辛の腕から離れると、パニックを起こしたように走り去っていった。
廊下の奥から「ありがとう!」という高い声が反響する。
辛は何もなかったかのように、再び歩みを再開した。
「六大路君、最悪私は異能を使います。それで天竜君を──……」
小春は辛の背中へ向け、焦燥を含んだ声で宣言した。
一方、同時刻。
食堂に併設された購買部にて、昼食を選んでいた雫と葵の前に、天色が現れ声をかけていた。