【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.34「不信人投票Ⅲ」

 中間テスト、五限目が終了した。

 次なる試練である「不信人投票」へ向け、一時間のインターバルが設けられる。

 

「B組に探り入れる?」

 

 蘇芳(すおう)レイヴンが、疲労の濃い表情で立ち上がる。

 

「筆記のうっぷん晴らしに行くか!」

 

 紅桔梗志紀(べにききょう・しき)も呼応するように立ち上がった。

 両者共に、午前の筆記試験において絶望的な手応えしか得られていない。

 その鬱屈した感情を、異能実技という名の心理戦へ向けようとしているのは明白だった。

 

「ホント馬鹿よね」

 

 火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)が呆れたようにため息を吐く。

 直後、B組の教室の方角から、志紀とレイヴン、そしてB組の浅黄(あさぎ)ゴウと西森シルヴァが交錯する喧騒が響いてきた。

 

「騒がしいな」

 

 色波樹(しきなみ・いつき)は席に座ったまま、不快げに視線を廊下へと向ける。

 

「すみません、そちらの生徒引き取ってくれないかな?」

 

 A組の教室の扉から、B組の炭野(すみの)るかが顔を覗かせ、困惑したように声をかけた。

 

「何暴走してるんだか」

 

 黒川玄(くろかわ・くろ)が緩い表情を微かに歪め、渋々と立ち上がる。

 紺野爪戯(こんの・つまぎ)の首根っこを掴むようにして伴い、騒ぎの鎮圧へと向かった。

 

 その間、六大路辛(ろくおおじ・かのと)佐倉真白(さくら・ましろ)は自席から一切動かず、静観を貫いていた。

 

「さっきのが炭野君だよね?」

 

 錆御納戸雫(さびおなんど・しずく)が、扉の方を見つめながら確認するように呟く。

 

「そうだね」

 

 青藤葵(あおふじ・あおい)が短く応じた。

 

 辛は視線を動かさず、意識の端で二人のやり取りを記録する。

 

 廊下では、B組の生徒と口論を繰り広げていた志紀とレイヴンが、玄と爪戯によって物理的に引き剥がされていた。ゴウもシルヴァに制止されている。

 その混沌とした光景の傍らで、B組の花緑青小春(はなろくしょう・こはる)だけが、両手を組み合わせ、祈るような不自然な姿勢で静止していた。

 

 そして、一時間のインターバルが終了し、投票の時間が訪れる。

 

 A組とB組、それぞれのクラスから生徒が一人ずつ指定の順序で呼び出され、投票場へと向かう。

 

「最後、六大路辛」

 

 担任のコール。A組の殿(しんがり)として、辛が呼び出された。

 同時に、B組の教室からは小春が姿を現す。

 

 廊下で交差する瞬間、小春の視線が辛の顔を捉えた。

 だが、辛は一切の感情を排した面持ちで、無言のまま歩みを進める。

 

 二人は投票場へと入室する。

 室内はパーテーションで厳重に仕切られており、互いの動向は完全に遮断される構造となっていた。

 

 辛は指定された机の前に立ち、用意された万年筆を手に取る。

 インクを吸わせ、紙の表面で何かを記述するような動作を数秒間行い、そのままペンを置いた。

 

 小春が先に投票を終えた音が響き、彼女が部屋を退出する。

 辛はそれを見計らうように、数拍遅れて投票場を後にした。

 

 全員の投票が完了し、システムによる結果のロックと、学校側の監査に基づく開票作業が開始される。

 

 小春も辛も、一切の言葉を交わすことなく、各々の教室へと帰還した。

 

 小春はB組の自身の席へ着くと、口元に密かな笑みを浮かべた。

 

 紙使いである小春の能力。それは物理的な紙の操作に留まらず、接触した紙面への情報の写し取り、ひいては書類の偽造をも可能とする。

 

 投票順が最後であったことは、彼女の計画にとって最良の変数だった。

 仮に最終投票者でなかったとしても、バックアッププランは用意してある。

 

 B組の炭野(すみの)るか。彼の異能『水鏡(ミラーフレーム)』は、直前の事象の複製、情報の抽出を可能とする。

 最後の投票者が記入を終えた直後、炭野の能力で情報を観測し、自身の紙使いの能力で遠隔から記述内容を改ざんする。それが彼女の描いた完璧なシナリオだった。

 

 天竜君失脚を狙ったように見せかけて……私の本当の狙いは──……。

 

 小春の脳内で、冷酷な演算が完了する。

 勝利の確信が、彼女の鼓動をわずかに早めた。

 

「では投票の結果を発表する」

 

 B組の教室に担任が入室し、即座に開票結果の通達を始める。

 

 この投票、狙いは『彼』……これで天竜君への手土産とする。

 

 小春の口角がさらに上がる。

 彼女の真の標的は天色ではない。別の『彼』を不信人へと陥れ、その実績をもって天竜天色(てんりゅう・あまいろ)の懐へ取り入ること。

 それが彼女の描いた生存戦略であった。

 

「投票の結果、残念ながら不信人に選ばれた者が出た。その不信人に選ばれたのは──……」

 

 担任の無機質な声が教室に響く。

 

 『六大路辛』──……。

 小春の脳内で、その名が既に再生されていた。

 

「花緑青小春」

 

「え?」

 

 宣告されたのは、己の名前だった。

 小春の思考回路が、処理不能な事態にショートを起こす。無意識のうちに、間の抜けた声が漏れていた。

 B組全員の冷ややかな視線が、一斉に小春へと集中する。

 

「待って下さい! 何かの間違いです!!」

 

 小春は弾かれたように立ち上がり、声を荒げた。

 

「間違いはない。花緑青、お前だ」

 

 担任は生徒の動揺を一顧だにせず、冷徹な事実のみを突きつける。

 

「そんな……はずは……」

 

 小春の額から、絶望の冷や汗が流れ落ちる。

 

「花緑青さん、どうしたのかな?」

 

 天色が、小春へ向けて静かに声をかけた。

 その声には、一切の温度が含まれていなかった。

 

「違う! 私は確かに──……」

 

 小春は机に両手を叩きつけ、必死に弁明を試みる。

 

「誰か陥れようとしたの?」

 

 天色は小春を見据え、核心を突く。

 

「て、天竜君ではないです! 私は確かに六大路辛を──……」

 

 小春の口から、隠蔽すべき標的の名がこぼれ落ちる。

 

「そっか……キミはその程度ってことだよ」

「っ!」

 

 天色の見下すような一言に、小春の言葉が完全に詰まった。

 

 ◇

 

 試験の全日程が終了し、A組の生徒たちが帰路につく。

 廊下を進む彼らの視線は、無意識にB組の教室へと向けられていた。

 

 辛と玄も、並んでその場を通り過ぎる。

 

「辛君、何かした~?」

 

 玄が歩調を合わせながら、緩い口調で核心を問う。

 

「オレは何もしていない」

 

 辛は視線を前方へ固定したまま、事実のみを述べる。

 言葉の通り、彼自身は物理的な干渉を一切行っていない。

 

 B組の教室が完全に視界から外れた位置で、辛が再び口を開いた。

 

「何かしたのは爪戯だ」

 

 予想外の人物の名に、玄が目を瞬かせる。

 

「爪戯君が……?」

 

 玄が問い返す。

 

「インクを操ったんだ。水使いのあいつなら出来る」

 

 辛は冷徹な分析結果を開示する。

 投票に用いられたインク。水溶性の液体であれば、水使いである爪戯の干渉領域だ。

 

「水って言ったら辛君も出来るよね?」

 

 玄が疑問を呈す。

 五行使いである辛も水流の操作は可能だ。だが、微細なインクの操作という観点においては、特化型である爪戯の精度が勝る。

 

「オレが教室で花緑青を信用していないと言えばあいつは動く。花緑青のことは信用していないが、オレはあいつの羨望や好意はかっている」

 

 辛の言葉には、他者の感情すら盤上の駒として扱う冷静さが宿っていた。

 爪戯の抱く好意と功名心。それらを計算に組み込み、自身の手を汚すことなく事態を誘導したのだ。

 

「それで教室で……でも、花緑青さんが異能を使った後にやらないと意味ないよね?」

 

 玄が時間的な制約を指摘する。

 情報の改ざんは、最終的な観測者の後に行わなければ意味を成さない。

 

「炭野るかってのが居ただろ? あいつが情報を得る異能者だろうな。爪戯が自身の能力で炭野の異能に干渉した、もし干渉できないようなら……玄に炭野の精神を操らせ情報を引き出させただろうな」

 

 辛は、炭野という変数を既に完全に把握していた。

 爪戯が炭野の観測にどう干渉したか、あるいはバックアップとして玄の能力の行使まで、複数の思考ルートを構築し終えていたのだ。

 

「確かに教室で情報を得る異能の話してたし、オレの異能で精神がーとか話したけど、なんでそれが炭野君って……」

 

 玄は首を傾げ、情報の出処を問う。

 

「錆御納戸が反応してただろ? おそらく、天竜が錆御納戸に接触した。錆御納戸の異能ならインクの染料を浄化して全員無記名状態に出来るからな……そして錆御納戸には炭野のことを話した。錆御納戸も花緑青の後に異能を使う必要があるからな」

 

 辛の脳内で、点と点が線へと繋がっていく。

 教室での雫と葵の会話。天色の行動。それらすべての事象を演算し、天色が雫を「インクの浄化」という保険として配置していた事実を導き出した。

 

 雫もまた、最終的な結果を操作するために、炭野という観測者の存在を共有されていたはずだ。

 

「でもそれなら、天竜君は無記名に失敗したってこと……?」

 

 玄が結果の矛盾を指摘する。

 小春が不信人に選出された以上、全員無記名という結末には到達していない。

 

「多分……自分の名前が書かれてないのを知ったから、錆御納戸に指示を飛ばさなかっただけ……だと思う」

 

 辛は天色の思考をトレースする。

 天色の目的は、自身と朱殷(しゅあん)の安全確保。彼らに票が集まっていないことを炭野の観測で確認した時点で、雫による浄化というリスクを伴う保険を発動させる必要が消滅したのだ。

 

「錆御納戸は保険ってことか……」

 

 玄は両手を頭の後ろで組み、歩きながら呟く。

 

 でも爪戯君、いつ炭野君のこと知ったんだろ……?

 

 玄の内心に、一つの疑問が残る。

 だが、その答えを口に出すことはなかった。

 

 ◇

 

 静寂が戻ったA組の教室。

 紺野爪戯は一人、自席に留まっていた。

 

 ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を点灯させる。

 表示されているのは、玄が拾い上げた際に目にした、あの不可解な文字列。

 

 それは、爪戯が独自ルートで入手した、炭野るかに関する能力と動向を記した暗号化データであった。

 

「辛には全部バレてそう……」

 

 爪戯は画面を見つめながら、自嘲気味に呟く。

 己の行動が、すでに辛の盤上で計算されていたであろうことを察知していた。

 

 画面を数回タップし、暗号データを完全に消去する。

 

「ま、良いか」

 

 爪戯は端末をポケットへ戻し、椅子から立ち上がった。

 身体を大きく反らせて伸びをし、冷ややかな空気を肺へ取り込む。

 

「さて……()りに行くか」

 

 その口から漏れ出たのは、日常にはそぐわない、凍てつくような殺意を帯びた言葉だった。

 鞄を掴み、爪戯は誰もいない教室を後にした。

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