【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.35「復学交渉」

 ⅩⅢ(サーティーン)が管理する観察棟。

 一切の装飾を排した無機質な一室に、乾いた音声が響く。

 

「取り引きをしよう」

 

 分厚い強化ガラスの向こう側に腰を下ろした男が、眼鏡の奥から冷たい視線を投じた。

 対面する位置には、手枷で自由を奪われ、異能を封じられた大空蒼(おおぞら・そう)が座っている。

 

「何? どういうこと?」

 

 蒼は眉を顰め、椅子の背もたれに斜めに身を預けたまま応じた。

 

「君は『魔』のよって事件を起こしたにしては理性がありすぎる」

 

 男は机の上で両手を組み、淡々と事実を告げる。

 

「どうだか。犯行時の精神状態なんて、誰に何が分かるっての」

 

 蒼の口から悪態がこぼれ落ちる。

 

海豚悪天(いるか・あくてん)のようだ」

「いるか……?」

 

 突如として男の口から発せられた未知の単語に、蒼は思わず聞き返した。

 自身の記憶データベースを検索しても、該当する情報は存在しない。

 

「こちらとしては経過観察として復学を許可してやっても良い」

「はあ?」

 

 男は蒼の反応を完全に無視し、一方的に交渉のカードを切る。

 その唐突な提示に、蒼の口から間の抜けた声が漏れた。

 

 数秒の沈黙が室内に落ちる。

 蒼はすぐさま思考を切り替え、状況の分析を始めた。

 

「それで? 何をさせたいわけ?」

 

 蒼は姿勢を正し、身体を男の正面へと向ける。

 向こうから取り引きを持ちかけてきた以上、明確な見返りを要求されるはずだ。

 

「ある人物を退学に追い込みたい」

 

 男の表情から僅かな緩みすら消え去り、絶対的な命令として言葉が落とされる。

 

「ある人物、ねぇ……ちなみに誰?」

 

 蒼は興味が薄いことを装い、視線を外して問う。

 

天竜天色(てんりゅう・あまいろ)

「てんりゅ……?」

 

 蒼は首を傾げる。

 学園内の人物相関図に、その名前の優先度は低かった。

 

「B組の生徒だ。ⅩⅢの息がかかっている。六大路辛(ろくおおじ・かのと)の成長の為に用意された駒に過ぎないがな」

 

 男は中指で眼鏡のブリッジを押し上げ、冷酷な事実を明かす。

 

「てっきり、その六大路辛の方を退学に追い込みたいんだと思ったよ」

 

 蒼は視線を天井の照明へと向け、皮肉を交えて言った。

 

「彼は将来のⅩⅢだからな。戦力としてほしい」

 

 男は揺るぎない眼差しで蒼を見据える。

 

「そこは嘘でも戦力とか言わない方が良いんじゃない?」

 

 蒼は呆れたように息を吐き出す。

 

「ってか、天竜って奴に潰されるならその程度ってことだろ、六大路」

 

 蒼の口から、冷ややかな評価が下される。

 

「それはそうだ。君に頼みたいのは、六大路が天竜を倒した後の話だ」

 

 男が発したその一言で、蒼の表情が急激に硬直した。

 事態は単なる生徒間の派閥争いではない。

 より深い階層での盤上遊戯が展開されていることを悟る。

 

「ところで、君はどうして刃ケ丘(はがみおか)に?」

 

 男が不意に話題のベクトルを転換する。

 

「? 別に。栄誉職にでもなってみたら人生変わるかなーってそんだけ」

 

 蒼は眉を顰めたまま、平坦な声で答えた。

 

「ならこの話は退屈な人生に色を添えるだろう」

 

 この交渉が始まって以来、初めて男の口元に明確な笑みが浮かんだ。

 

 ◇

 

 水無月の刃ケ丘異能高等学校。

 

 一年A組の教室のドアの前で、小規模な接触が起きていた。

 B組に所属する枯野(かれの)アカハが、六大路辛を廊下へと呼び出している。

 

「この間はありがとうございました!」

 

 アカハは勢いよく頭を下げ、謝礼として購入した飲料のボトルを辛へと差し出した。

 中間テストの折、階段でバランスを崩した彼女を辛が受け止めた事象に対する見返りだ。

 

「いや、別に……」

 

 辛は表情筋を微塵も動かさず、短い拒絶を示す。

 彼にとって、あのアクションは特別に謝礼を要求するような類のものではなかった。

 

「これ貰って下さい!」

 

 アカハは引き下がらず、ボトルを辛の胸元へ強引に押し付ける。

 これ以上の押し問答は不合理だと判断し、辛は渋々そのボトルを受け取った。

 

「あ、あと……いやなら、断ってくれて良いんですけど……」

 

 アカハの頬が急速に熱を帯び、視線が足元へと泳ぎ始める。

 彼女は制服のポケットに手を入れ、自身のスマートフォンを取り出すと、その画面を辛の正面へと突き出した。

 

「良かったら! 連絡先を交換してくれませんか!!」

 

 アカハの張り上げた声が、教室の隅々にまで反響した。

 

 紺野爪戯(こんの・つまぎ)は目を見開き、信じられないものを見るように肩を震わせる。

 黒川玄(くろかわ・くろ)はいつもの緩い表情でその光景を眺め、錆御納戸雫(さびおなんど・しずく)青藤葵(あおふじ・あおい)は無言で互いの顔を見合わせた。

 

 辛は自身のポケットから端末を取り出し、画面を操作して連絡先の交換を完了させる。

 

「ありがとうございます!」

 

 アカハは満面の笑みを浮かべ、再度深く頭を下げると、足早にB組の教室へと去っていった。

 

「六大路いいいいい!」

 

 事の顛末を監視していた紅桔梗志紀(べにききょう・しき)が、猛獣のような雄叫びを上げて辛へと突進する。

 辛は志紀の放つ騒音を不要なノイズとして遮断し、静かな足取りで自身の席へと向かった。

 

「お前っ! 女子の!」

 

 志紀は辛の背中を追いすがり、彼の席の横で非難の声を浴びせる。

 

「オレ……まだ辛の連絡先知らない……」

 

 爪戯が自身の席で肩を落とし、空虚な声で呟いた。

 

「まだ交換してなかったの?」

 

 玄が歩み寄り、爪戯の肩に軽く手を置く。

 

「六大路……卯月の頃とは違って避けられなくなったって言うか、まあ良いことなのかもな」

 

 蘇芳(すおう)レイヴンが教室の空気の変化を感じ取り、冷静に評価を下す。

 入学当初、半妖という特異な性質を持つ辛は、明確な異物として忌避されていた。

 しかし、数カ月の時間の経過が、クラスメイトの認識に確実な変化をもたらしている。

 

「辛君良い奴だよ~」

 

 玄がレイヴンの見解に同意する。

 

「色波もさ……突っかかるのやめた?」

 

 レイヴンが視線を移し、色波樹(しきなみ・いつき)へと問いかける。

 女子の連絡先を入手した辛に対し、志紀が過剰な嫉妬をぶつけているこの状況下でも、樹は静観を保っていた。

 

「あいつがⅩⅢを目指す理由は知らない。ぶっちゃけ今でも空っぽなんじゃねーのとは思ってる。でも、オレが無力なのは自覚してる……そこは認めて努力しないとって思った」

 

 樹は両手を強く握り込み、己の現状を正確に言語化する。

 この数カ月、彼は目立った戦果を上げていない。自身の無力さを客観的に認識し、無益な衝突よりも自己の能力向上を優先する判断を下したのだ。

 

 灰塚(はいづか)こころは樹の横顔を静かに見つめ、机の影で己の両手に力を込めた。

 自身もまた、前へ進まなければならない。その強い意志が彼女の内側に芽生える。

 

 火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)は腕を組み、退屈そうに窓の外の景色を眺めている。

 佐倉真白(さくら・ましろ)は黒板へ視線を固定したまま微動だにせず、強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)は机に突っ伏して完全に意識を手放していた。

 

 チャイムが鳴り響き、ホームルームの開始が告げられる。

 

「今日は先日の中間テストの結果を発表する」

 

 教壇に立つ担任が、束になったプリントの端を揃えながら通達した。

 

「一位、六大路辛」

 

 担任が順位と名前を読み上げ、解答用紙を返却していく。

 

 辛は席を立ち、静かな動作で用紙を受け取る。クラスの空気は、既にその結果を規定事項として受け入れていた。

 

 順次、返却作業が進行する。

 

 クラス内最下位は強矢翠柳。

 そして、下から二番目が志紀であった。

 

「強矢君は罰ゲーム参加してないってことは……紅桔梗君が罰ゲームの対象ってこと!?」

 

 玄が事実関係を整理し、残酷な結論を提示する。

 

「はっ!? オレ!?」

 

 志紀が椅子を蹴るような勢いで立ち上がり、間の抜けた声を上げた。

 ゲーム参加者の中で最下位を取った者が、誰かに告白をするという罰ゲーム。その発案者は他ならぬ志紀本人である。

 

「言い出した奴が悪い」

 

 樹が冷淡に言い放つ。

 

「まじかあああああ」

 

 志紀の悲痛な叫びが、教室の壁に反射した。

 

「紅桔梗静かにしろ。強矢、お前は次回の期末でペナルティだ」

 

 担任は志紀の騒ぎを一刀両断し、翠柳へ冷徹な通告を下す。

 赤点による補習対象者はゼロであったが、クラス内最下位という事実は、次回の期末テストにおける明確なペナルティを発生させる。

 

「真白さんの為に頑張ります!」

 

 翠柳は勢いよく立ち上がり、見当違いの決意を表明した。

 

「中間テストも頑張ってくれよ……」

 

 担任の口から、疲労の滲む声がこぼれ落ちた。

 

 休み時間の到来。

 教室のあちこちで、テストの点数を開示し合う騒がしい空気が形成される。

 

「なあ……せっかく中間テストも終わったし、また遊びにいかね?」

 

 志紀が自身の解答用紙を固く握りしめ、話題の転換を図る。

 

「罰ゲームの話を流そうとしてる?」

 

 レイヴンが志紀の手元を覗き込もうと身体を乗り出す。

 志紀は強烈な視線でレイヴンを威嚇し、紙面を隠す。

 

「良いね、前回辛君とか居なかったし」

 

 玄が緩やかな笑みを浮かべ、提案に賛同した。

 

「辛が居るならオレは……!」

 

 爪戯が反射的に拒絶の姿勢を見せるが、玄がそれを手で制して黙らせた。

 

「でも六大路空いてんの?」

 

 レイヴンは志紀の解答用紙への執着を保ちながら、辛へ視線を向ける。

 

 辛はポケットから端末を取り出し、スケジュールのデータを読み込む。

 

「……空いてる」

 

 辛の口から、肯定の言葉が短く発せられた。

 その瞬間、クラスメイトたちの目が驚愕に見開かれた。

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