【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
休日の前夜。
放課後の時間を削り、
定期検査という名目で執り行われる、実験と拷問の境界線が曖昧な負荷測定。
限界まで精神と肉体を削り取られ、辛は冷たい床へと崩れ落ちる。
「……辛っ!」
待機していた父の
直ちに治癒の異能が展開され、損なわれた細胞組織の修復が始まる。
辛は抵抗することなく、深い暗闇の中へと意識を手放した。
そして休日。
辛は自室のベッドで目を覚ました。
夜の間に北王が処置を終え、自宅まで運び込んでいたらしい。
家の中に父の気配はなく、ⅩⅢの呼び出しで既に出向いていることが推測できた。
「……」
辛は静かに布団の中から左腕を伸ばし、枕元のスマートフォンを探る。
充電ケーブルが接続された端末を手に取り、画面を点灯させた。
時刻表示は、本来の集合予定時刻をとうに過ぎている。
画面には、
「……寝過ごした」
辛は喉の奥で静かに呟いた。
休日の集まりに顔を出すと了承したものの、前夜の過剰な負荷により睡眠状態からの浮上が遅れたのだ。
画面を操作しようとした矢先、着信音が室内に響いた。
表示された名は玄。辛は迷わず通話ボタンを押す。
「辛君? 大丈夫?」
電話の向こうから、普段の緩さを潜めた心配の音声が届く。
「……すまん、寝過ごした」
辛は弁解を省き、素直に事実と謝罪を口にした。
「う、うん。大丈夫なら良いんだけど……オレ迎えに行こうか? 何処?」
玄の問いに、辛は僅かに思考を巡らせた後、自宅の住所を伝達した。
玄はクラスメイトへ一時離脱の断りを入れると告げ、通話は切れた。
しばらくして、玄関のチャイムが鳴る。
辛は部屋着のまま扉を開け、玄を招き入れた。
「お邪魔しまーす」
辛の背後につき、玄がリビングへと足を踏み入れる。
ソファへ座るよう視線で促し、辛は洗面台へと向かった。
「本当に大丈夫?」
玄が背中へ声をかける。
「ああ……さっきまで色々測定してた」
辛が洗面台の鏡越しに答える。
毎朝義務付けられているⅩⅢへの測定報告。玄の到着前にそれを済ませていたため、着替えにまで手が回っていなかった。
「測定……?」
玄は首を傾げ、リビング内へ視線を巡らせる。
一般的な家庭には存在しない、専門的な測定器具や医療機器が整然と配置されていた。
「お父さん、お医者さんなんだっけ……?」
玄は先日カフェで得た情報を確認するように問いかける。
視線は依然として並べられた機材を捉えていた。
「そう言えば弟君は?」
思考の延長で、玄の口から何気ない疑問がこぼれ落ちる。
その瞬間、洗面台に立つ辛の動きが完全に停止した。
「何故、弟のこと──……」
辛の低い声が響く。
クラスメイトの誰にも、弟の存在を開示した事実はない。
情報漏洩の経路が見当たらず、辛は冷ややかな視線を玄へ向ける。
玄の表情が微かに引きつる。
「あーいや! 写真がね! ほら此処に家族写真あるじゃん! これ弟君だよね?」
玄は慌てて棚の上に飾られた写真立てを指差した。
そこに収められていたのは、辛と弟の
辛からの返答はない。彼は沈黙のまま洗面台を離れ、着替えのために別室へと姿を消した。
一人残された玄は、密かに安堵の息を吐く。
彼の中には、明確な前世の記憶が存在する。
かつての生で、辛は敵対する神に弟を攫われた。
そして、その手引きをしたのは他ならぬ玄自身だった。
家の中に弟の気配が欠落していることに気付き、無意識のうちに所在を探ってしまったのだ。
数分後、身支度を終えた辛が部屋から出てきた。
「すまん、待たせた」
「良いよ~」
辛の短い言葉に、玄は普段の緩い笑顔を作って返す。
辛はスマートフォンと鍵をポケットに収め、家を出る。
二人は並んで住宅街を歩き出した。
一定の距離を進んだところで、辛が静かに口を開いた。
「……弟のことなんだが……幽閉されている」
その言葉に、玄は目を見開いて歩みを止めた。
前世では攫われた弟が、今世では幽閉されているという事実に、玄の脳内で情報の再構築が行われる。
「何処に幽閉されてるの……?」
玄は探るような声色で問いかける。
「場所は知らない、ⅩⅢが連れて行った」
「えっ!?」
辛の回答に、玄の口から驚愕の声が漏れた。
かつての敵は神。しかし、現在の辛から自由を奪っているのは、この世界の秩序の象徴であるⅩⅢ。
「って……え? 辛君ってⅩⅢ目指してるんだよね?」
玄は混乱を隠せずに問う。
敵対組織への入隊を志願する理由に、論理的な整合性が見出せない。
「ⅩⅢに入ることが弟の解放条件、奴らが提示した」
辛は自身の行動原理の根幹を、感情を交えずに開示した。
「まじかー……」
玄は右手を口元へ当て、重い事実を反芻する。
数秒の思考の後、玄は歩き出し、辛の肩に自身の腕を回した。
「じゃあ一緒に弟君を取り戻すためにがんばろう!」
玄の顔には、屈託のない笑みが浮かんでいた。
「なんであんたまで……」
「友達でしょー協力しよ!」
辛の疑問を、玄は即座に切り捨てる。
前世での裏切りに対する悔恨。
今世では確実に味方として立ち回るという、玄自身の内なる誓いがそこにあった。
「ⅩⅢと言えば、そういえば出身中学校がⅩⅢの支部の近くだって話したよな?」
辛は肩の腕を気にする素振りも見せず、話題のベクトルを転換した。
「あー言ってたねそれ……」
玄は腕を離し、視線を前方へと戻す。
「誰が何処出身か分かるか?」
辛が具体的な情報の開示を求める。
「えっとねー……
玄は記憶のデータベースを検索し、指を折りながら該当者の情報を羅列した。
辛はその情報を脳内で演算し、意味の抽出を図る。
「裏任務や特殊任務に特化した謎多き学校・黄昏……異能研究・開発の教育に強みの無限……この辺はⅩⅢの息がかかってそうだな」
辛の口から、冷徹な分析結果がこぼれる。
「爪戯君と錆御納戸さんが……? B組にもⅩⅢの息がかかった生徒いるんだよね……なんか居すぎな気もする」
玄の額に一筋の汗が流れる。
偶然という言葉で片付けるには、あまりにも変数が偏りすぎている。
「辛君の弟を捕えてたり、大空君の事件では特別対策部に解決させたり……ⅩⅢってなんか、こう……」
玄は眉を寄せ、言語化しきれない疑念に形を与えようとする。
栄誉職であるはずのⅩⅢ。しかし、その根底には底知れぬ暗部が広がっている。
「なんか……こう、ふわふわと謎がある感じが……」
玄は天を仰ぎ、曖昧な言葉で印象をまとめた。
「
辛は視線を前方に固定したまま、静かな警告を発する。
「学校に生徒にⅩⅢの影……かあ……」
玄は軽くため息をつき、複雑な事情を受け入れる。
二人はその後も他愛のない会話を交わしながら歩みを進め、やがて先行していたクラスメイトたちと合流した。
その光景から少し離れた人混みの向こう。
一人の人物が、抜き身の刃のような鋭い視線で辺りを巡らせている。
対象を見定めるような冷酷な眼差しは、やがて喧騒の影へと静かに溶けていった。