【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.37「侵入者」

 水無月七日。

 他校である切ノ札(きりのふだ)学園と海皇(かいおう)高校の決闘が、ⅩⅢ(サーティーン)の管理下で執り行われた。

 その血生臭いニュースは、刃ケ丘(はがみおか)異能高等学校の生徒たちの間でも瞬く間に共有された。

 

 休日明け、一年A組の教室。

 

「聞いた? この間の……」

「決闘前、切ノ札の生徒……海皇の生徒に怪我させられてたらしいよ」

 

 錆御納戸雫(さびおなんど・しずく)青藤葵(あおふじ・あおい)が、教室の隅で声を潜めて言葉を交わす。

 

「帰り道に襲われて、医療棟送りにされたってね」

 

 雫が自身の肩を抱き、微かに震えた。

 

「それで最終的に決闘で決着……切ノ札が勝ったらしいけど、襲われたくはないよね」

 

 葵も両腕を胸の前で交差させ、警戒を口にする。

 

「三対三のルールを変更して四対四にしたらしいね、海皇が女子入れろって条件提示したって」

 

 紺野爪戯(こんの・つまぎ)が腕を組み、冷徹な事実を付け加える。

 

「女子入れて狙い撃ち?」

 

 黒川玄(くろかわ・くろ)がスマートフォンの画面をスクロールさせながら、事態の悪辣さを抽出する。

 

「何ー!? 卑怯だぞ!!」

 

 強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)が正義感を暴走させ、椅子を蹴立てて立ち上がった。

 

「それよりさー六大路ーあれから女子と連絡とってんの?」

 

 紅桔梗志紀(べにききょう・しき)六大路辛(ろくおおじ・かのと)の席の傍へ陣取り、鬱陶しく絡む。

 辛は志紀の無駄な音波をノイズとして遮断し、視線を前方へ固定して無言を貫いた。

 

 花緑青小春(はなろくしょう・こはる)からの接触は、中間テスト以降途絶えている。

 枯野(かれの)アカハとの連絡先交換も行ったが、彼女からの有意なアクションは確認されていない。現状維持が最適解と辛は判断していた。

 

「紅桔梗いつもそれだなー」

 

 色波樹(しきなみ・いつき)がストローでコーヒー牛乳を吸い上げながら、冷ややかに指摘する。

 

「青春には必要なことだ」

 

 志紀は樹の方へ顔を向け、堂々と言い放った。

 

「にしても、戦闘不得意な生徒にとっては狙われるのは勘弁だよねー」

 

 蘇芳(すおう)レイヴンが、手の中でペットボトルを回転させながら現実的な脅威を口にする。

 雫と葵が顔を見合わせ、深く同意する。

 灰塚(はいづか)こころは身を縮め、静かに肩を震わせた。

 佐倉真白(さくら・ましろ)は喧噪から意識を切り離し、火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)は頬杖をついて不快げに息を吐く。

 

 その時、A組の教室のドアがスライド音を立てて開かれた。

 

 クラス全員の視線が、開口部へと収束する。

 

 そこに立っていたのは、謹慎処分を受けていたはずの大空蒼(おおぞら・そう)だった。

 

「え……大空!?」

 

 樹の口から、純粋な驚愕が漏れ出る。

 クラスの大多数が目を見開き、事態の推移を処理しきれずに硬直した。

 

 蒼は向けられる無数の視線を無視し、緩慢な動作で自身の席へと向かう。

 

「なんで、お前が……?」

 

 志紀が顔を向け、問いを投げる。

 

「……こっちにも色々事情があるんだよ」

 

 蒼は鬱陶しそうに頬杖をつき、言葉を濁した。

 

「真白さんに謝れ!!」

 

 翠柳が蒼の席へ肉薄し、怒気を孕んだ声を叩きつける。

 

「私もこいつに二回も異能使われた!!」

 

 朱美も席を立ち上がり、蒼を指差して激昂する。

 

「煩いな……弱いから負けるんだよ」

 

 蒼は悪態をつき、冷ややかな視線で二人を切り捨てた。

 

 翠柳と朱美は怒りで言葉を失い、喉の奥で唸り声を上げる。

 真白は一切の反応を示さず、沈黙を保つ。

 樹は、蒼の異能の被害者であるこころへ視線を送るが、彼女は深く俯いたままだった。

 

「ちっ」

 

 蒼は横目で辛を捉えると、あからさまな舌打ちを残し、顔を背けた。

 

 ◇

 

 放課後。

 

「強矢お前は座学の成績が悪いからな、今日はこれを解いてから帰れ」

 

 担任が翠柳の机に、分厚いプリントの束を叩きつけた。

 赤点こそ免れたものの、担任の温情が執行されている。

 

 翠柳は足早に教室を出る真白の背中を無念そうに見送り、プリントへ視線を落とした。

 

「特別対策部もここ最近は音沙汰なしだねー」

 

 玄が鞄を肩に掛け、退室しながら呟く。

 

「それだけ平和ってことだよ」

 

 爪戯が隣を歩きながら応じる。

 辛も無言のまま、彼らと一定の距離を保って廊下を進む。

 

 生徒たちが一人、また一人と帰路につき、教室の喧噪が徐々に引いていく。

 

 静まり返った教室内で、翠柳だけがシャーペンの走る音を響かせていた。

 

「分からん」

 

 翠柳はシャーペンを指先で回し、苛立ちを吐き出す。

 その横、開け放たれた窓のサッシに、音もなく人影が降り立った。

 

 侵入者。

 抜き身の刀を右手に握り、翠柳へと肉薄する。

 

 翠柳の身体が反射的に動き、上空へ跳躍する。

 振り下ろされた刃が空を切り、机が衝撃で散乱した。侵入者の動きが僅かに止まる。

 

「何者っ!」

 

 床に着地した翠柳が鋭く問う。

 侵入者は言葉を発することなく、次なる刺突のために床を蹴った。

 窓際に追い詰められた翠柳は、腰の鞘から帯刀していた刀を引き抜き、敵の刃を受け流す。

 

 鍔迫り合いの最中、翠柳の視覚情報が侵入者の衣服を解析する。

 羽織られたローブの隙間から覗く制服。

 

「その制服……海皇か!」

 

 翠柳が敵の所属を特定した。

 

 侵入者の口元が、薄く歪む。

 直後、異能が励起された。

 

 侵入者の体表から、鋭利な棘が無数に突き出してくる。

 

 翠柳は即座に自身の異能で身体能力を爆発的に強化。交差した刃を力任せに弾き飛ばし、右方向へ緊急回避する。

 射出された棘が窓ガラスを貫き、破砕音が教室に響いた。

 

 翠柳はさらに距離をとるため、脚力を解放して床を蹴る。

 だが、その瞬間、追尾してきた棘が翠柳の左脚を深く貫通した。

 

「っ!!」

 

 翠柳の口から苦悶の声が漏れる。鮮血を撒き散らしながら、後方のロッカーへと激突した。

 侵入者が刀を上段に構え、致命の一撃を放つべく距離を詰める。

 

 しかし、翠柳の闘争本能は途切れていない。

 激痛を身体強化の異能でねじ伏せ、床を蹴って侵入者の左側方へ回り込む。

 視界の外からの死角を突いた斬撃。

 だが、侵入者の反応速度はそれを上回った。

 

 金属の衝突音が鳴り響き、刃と刃が完全に拮抗する。

 

 翠柳は脚の痛みを無視し、全体重を乗せて侵入者を押し込む。

 粉砕された窓ガラスを突き破り、二人の身体は校舎外の空中へと放り出された。

 

 翠柳は左脚の出血を異能で抑制しながら、空中で侵入者と刃を交える。

 重力に引かれながら数合の打ち合いを演じ、二人は敷地外の道路へと着地した。

 

「!?」

 

 帰路についていたレイヴンと志紀の視界に、空から降ってきた翠柳と侵入者の姿が飛び込む。

 

 翠柳は激しく肩を上下させ、刀を構えたまま侵入者を睨みつける。

 対する侵入者は、一度刀を鞘に収め、低く重心を落とした居合の構えへと移行した。

 

 侵入者の右手が、鯉口を切るために柄を握り込む。

 その瞬間、レイヴンが音もなく二人の間に割り込んだ。

 レイヴンの左手が、抜刀しようとする侵入者の右手を上から押さえつける。

 レイヴンの視線は敵ではなく、背後の翠柳へと向けられていた。

 

「っ!!」

 

 想定外の干渉に、侵入者の目が驚愕に見開かれる。

 

「何? 何? 喧嘩か?」

 

 レイヴンが、事態を愉しむような軽い調子で口を開く。

 

「待て、そいつは……!」

 

 翠柳が警告を発する。

 レイヴンが前方へ顔を向ける。

 侵入者の体表から、再び無数の棘が励起し始めた。

 

 レイヴンの反射神経が機能し、瞬時に左手を離して後方へ跳躍する。

 

「っと! あぶね!」

 

 レイヴンが余裕を含んだ声を上げる。

 志紀は少し離れた位置から、無言で事態の推移を観察していた。

 

「その制服……」

 

 レイヴンが侵入者の衣服のディテールを視覚に収める。

 

「ああ、海皇高校……」

 

 翠柳が刀を構え直し、敵の所属を確定させる。

 侵入者は体表の棘を収縮させ、再び刀を抜き放った。

 

「何が狙いか知らないけど……喧嘩を売るってんならオレは買う」

 

 レイヴンの口元に、好戦的な笑みが浮かぶ。

 

「丸腰で何を言って……」

 

 翠柳がレイヴンの非武装状態を指摘する。

 志紀が翠柳の肩に手を置き、その言葉を遮った。

 

「まあ、見てなって」

 

 志紀が確信に満ちた声で告げる。

 レイヴンの左手には何も握られていなかった。

 だが、次の瞬間。空間がわずかに歪み、レイヴンの手の中に一本の刀が顕現した。

 

「──!!」

 

 侵入者の瞳孔が収縮する。

 

 刀を何処から……!?

 

 物理法則を無視した現象。

 それが蘇芳レイヴンの異能『(ゆい)使い』。

 対象と対象を「結びつける」能力。引き寄せ、移動といった事象を引き起こすその能力自体に殺傷力はない。

 だが、彼の卓越した戦闘センスが、それを極めて攻撃的な手札へと昇華させていた。

 

「剣士には剣士。刀には刀」

 

 レイヴンは冷たく告げ、顕現した刀を鞘から引き抜く。

 一瞬で距離を詰める。

 

 硬質な金属音が道路に反響する。

 侵入者が反撃のために棘を励起させる。

 しかし、それより速く、レイヴンの刀が空を切り裂き、侵入者の右手の指を深く斬り裂いた。

 

 何故届く──!!

 

 侵入者の脳内に混乱が走る。

 間合いの外からの斬撃。

 先ほど、レイヴンが左手で侵入者の右手に触れた瞬間、異能による「結びつき」は完了していた。

 放たれた斬撃は、物理的な距離を無視し、結ばれた座標へと直接転送されたのだ。

 

「あいつ剣の腕なら誰にも負けない」

 

 志紀がレイヴンの剣技を冷静に評価する。

 

 レイヴンは敵の反撃の棘を紙一重で躱し、流れるような動作で二撃目を放つ。

 

 その直後、二人の間合いに複数の手榴弾が投げ込まれた。

 

 レイヴンの刃の軌道が瞬時に変化し、空中の手榴弾を両断する。

 爆発が回避された僅かな隙。

 煙が晴れた時、海皇の侵入者は既にその場から姿を消していた。

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