【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
水無月七日。
他校である
その血生臭いニュースは、
休日明け、一年A組の教室。
「聞いた? この間の……」
「決闘前、切ノ札の生徒……海皇の生徒に怪我させられてたらしいよ」
「帰り道に襲われて、医療棟送りにされたってね」
雫が自身の肩を抱き、微かに震えた。
「それで最終的に決闘で決着……切ノ札が勝ったらしいけど、襲われたくはないよね」
葵も両腕を胸の前で交差させ、警戒を口にする。
「三対三のルールを変更して四対四にしたらしいね、海皇が女子入れろって条件提示したって」
「女子入れて狙い撃ち?」
「何ー!? 卑怯だぞ!!」
「それよりさー六大路ーあれから女子と連絡とってんの?」
辛は志紀の無駄な音波をノイズとして遮断し、視線を前方へ固定して無言を貫いた。
「紅桔梗いつもそれだなー」
「青春には必要なことだ」
志紀は樹の方へ顔を向け、堂々と言い放った。
「にしても、戦闘不得意な生徒にとっては狙われるのは勘弁だよねー」
雫と葵が顔を見合わせ、深く同意する。
その時、A組の教室のドアがスライド音を立てて開かれた。
クラス全員の視線が、開口部へと収束する。
そこに立っていたのは、謹慎処分を受けていたはずの
「え……大空!?」
樹の口から、純粋な驚愕が漏れ出る。
クラスの大多数が目を見開き、事態の推移を処理しきれずに硬直した。
蒼は向けられる無数の視線を無視し、緩慢な動作で自身の席へと向かう。
「なんで、お前が……?」
志紀が顔を向け、問いを投げる。
「……こっちにも色々事情があるんだよ」
蒼は鬱陶しそうに頬杖をつき、言葉を濁した。
「真白さんに謝れ!!」
翠柳が蒼の席へ肉薄し、怒気を孕んだ声を叩きつける。
「私もこいつに二回も異能使われた!!」
朱美も席を立ち上がり、蒼を指差して激昂する。
「煩いな……弱いから負けるんだよ」
蒼は悪態をつき、冷ややかな視線で二人を切り捨てた。
翠柳と朱美は怒りで言葉を失い、喉の奥で唸り声を上げる。
真白は一切の反応を示さず、沈黙を保つ。
樹は、蒼の異能の被害者であるこころへ視線を送るが、彼女は深く俯いたままだった。
「ちっ」
蒼は横目で辛を捉えると、あからさまな舌打ちを残し、顔を背けた。
◇
放課後。
「強矢お前は座学の成績が悪いからな、今日はこれを解いてから帰れ」
担任が翠柳の机に、分厚いプリントの束を叩きつけた。
赤点こそ免れたものの、担任の温情が執行されている。
翠柳は足早に教室を出る真白の背中を無念そうに見送り、プリントへ視線を落とした。
「特別対策部もここ最近は音沙汰なしだねー」
玄が鞄を肩に掛け、退室しながら呟く。
「それだけ平和ってことだよ」
爪戯が隣を歩きながら応じる。
辛も無言のまま、彼らと一定の距離を保って廊下を進む。
生徒たちが一人、また一人と帰路につき、教室の喧噪が徐々に引いていく。
静まり返った教室内で、翠柳だけがシャーペンの走る音を響かせていた。
「分からん」
翠柳はシャーペンを指先で回し、苛立ちを吐き出す。
その横、開け放たれた窓のサッシに、音もなく人影が降り立った。
侵入者。
抜き身の刀を右手に握り、翠柳へと肉薄する。
翠柳の身体が反射的に動き、上空へ跳躍する。
振り下ろされた刃が空を切り、机が衝撃で散乱した。侵入者の動きが僅かに止まる。
「何者っ!」
床に着地した翠柳が鋭く問う。
侵入者は言葉を発することなく、次なる刺突のために床を蹴った。
窓際に追い詰められた翠柳は、腰の鞘から帯刀していた刀を引き抜き、敵の刃を受け流す。
鍔迫り合いの最中、翠柳の視覚情報が侵入者の衣服を解析する。
羽織られたローブの隙間から覗く制服。
「その制服……海皇か!」
翠柳が敵の所属を特定した。
侵入者の口元が、薄く歪む。
直後、異能が励起された。
侵入者の体表から、鋭利な棘が無数に突き出してくる。
翠柳は即座に自身の異能で身体能力を爆発的に強化。交差した刃を力任せに弾き飛ばし、右方向へ緊急回避する。
射出された棘が窓ガラスを貫き、破砕音が教室に響いた。
翠柳はさらに距離をとるため、脚力を解放して床を蹴る。
だが、その瞬間、追尾してきた棘が翠柳の左脚を深く貫通した。
「っ!!」
翠柳の口から苦悶の声が漏れる。鮮血を撒き散らしながら、後方のロッカーへと激突した。
侵入者が刀を上段に構え、致命の一撃を放つべく距離を詰める。
しかし、翠柳の闘争本能は途切れていない。
激痛を身体強化の異能でねじ伏せ、床を蹴って侵入者の左側方へ回り込む。
視界の外からの死角を突いた斬撃。
だが、侵入者の反応速度はそれを上回った。
金属の衝突音が鳴り響き、刃と刃が完全に拮抗する。
翠柳は脚の痛みを無視し、全体重を乗せて侵入者を押し込む。
粉砕された窓ガラスを突き破り、二人の身体は校舎外の空中へと放り出された。
翠柳は左脚の出血を異能で抑制しながら、空中で侵入者と刃を交える。
重力に引かれながら数合の打ち合いを演じ、二人は敷地外の道路へと着地した。
「!?」
帰路についていたレイヴンと志紀の視界に、空から降ってきた翠柳と侵入者の姿が飛び込む。
翠柳は激しく肩を上下させ、刀を構えたまま侵入者を睨みつける。
対する侵入者は、一度刀を鞘に収め、低く重心を落とした居合の構えへと移行した。
侵入者の右手が、鯉口を切るために柄を握り込む。
その瞬間、レイヴンが音もなく二人の間に割り込んだ。
レイヴンの左手が、抜刀しようとする侵入者の右手を上から押さえつける。
レイヴンの視線は敵ではなく、背後の翠柳へと向けられていた。
「っ!!」
想定外の干渉に、侵入者の目が驚愕に見開かれる。
「何? 何? 喧嘩か?」
レイヴンが、事態を愉しむような軽い調子で口を開く。
「待て、そいつは……!」
翠柳が警告を発する。
レイヴンが前方へ顔を向ける。
侵入者の体表から、再び無数の棘が励起し始めた。
レイヴンの反射神経が機能し、瞬時に左手を離して後方へ跳躍する。
「っと! あぶね!」
レイヴンが余裕を含んだ声を上げる。
志紀は少し離れた位置から、無言で事態の推移を観察していた。
「その制服……」
レイヴンが侵入者の衣服のディテールを視覚に収める。
「ああ、海皇高校……」
翠柳が刀を構え直し、敵の所属を確定させる。
侵入者は体表の棘を収縮させ、再び刀を抜き放った。
「何が狙いか知らないけど……喧嘩を売るってんならオレは買う」
レイヴンの口元に、好戦的な笑みが浮かぶ。
「丸腰で何を言って……」
翠柳がレイヴンの非武装状態を指摘する。
志紀が翠柳の肩に手を置き、その言葉を遮った。
「まあ、見てなって」
志紀が確信に満ちた声で告げる。
レイヴンの左手には何も握られていなかった。
だが、次の瞬間。空間がわずかに歪み、レイヴンの手の中に一本の刀が顕現した。
「──!!」
侵入者の瞳孔が収縮する。
刀を何処から……!?
物理法則を無視した現象。
それが蘇芳レイヴンの異能『
対象と対象を「結びつける」能力。引き寄せ、移動といった事象を引き起こすその能力自体に殺傷力はない。
だが、彼の卓越した戦闘センスが、それを極めて攻撃的な手札へと昇華させていた。
「剣士には剣士。刀には刀」
レイヴンは冷たく告げ、顕現した刀を鞘から引き抜く。
一瞬で距離を詰める。
硬質な金属音が道路に反響する。
侵入者が反撃のために棘を励起させる。
しかし、それより速く、レイヴンの刀が空を切り裂き、侵入者の右手の指を深く斬り裂いた。
何故届く──!!
侵入者の脳内に混乱が走る。
間合いの外からの斬撃。
先ほど、レイヴンが左手で侵入者の右手に触れた瞬間、異能による「結びつき」は完了していた。
放たれた斬撃は、物理的な距離を無視し、結ばれた座標へと直接転送されたのだ。
「あいつ剣の腕なら誰にも負けない」
志紀がレイヴンの剣技を冷静に評価する。
レイヴンは敵の反撃の棘を紙一重で躱し、流れるような動作で二撃目を放つ。
その直後、二人の間合いに複数の手榴弾が投げ込まれた。
レイヴンの刃の軌道が瞬時に変化し、空中の手榴弾を両断する。
爆発が回避された僅かな隙。
煙が晴れた時、海皇の侵入者は既にその場から姿を消していた。