【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.38「権限付与」

 爆発が回避された僅かな隙。

 煙が晴れた時、海皇の侵入者は既にその場から姿を消していた。

 

「おっと……もう一人いたか。逃げられた」

 

 蘇芳(すおう)レイヴンが手榴弾の投擲軌道を逆算し、背後に潜んでいたであろう未知の伏兵の存在を口にする。

 

「ねえ、どうする? オレの異能があれば──……」

 

 レイヴンは刀を下げ、背後の紅桔梗志紀(べにききょう・しき)強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)へと視線を向けた。

 

「いや、まずは強矢の手当てが先だ」

 

 志紀が即座に追撃の思考を切り捨て、冷戦な判断を下す。

 

「……っ」

 

 翠柳は貫かれた左脚を押さえ、顔を歪めて痛みを堪えていた。

 

 三人は刃ケ丘(はがみおか)異能高等学校の敷地内へと戻り、医療棟へと足を踏み入れた。

 異能の暴走や他校との衝突、そして目に見えぬ『魔』の脅威。常に負傷のリスクを伴うこの学園には、高度な医療設備と人員が常駐している。

 

 清潔に保たれた無機質な白い部屋。

 処置を終えた翠柳は、血の滲むズボンの代わりに真新しい包帯を巻かれ、ベッドの縁に腰を下ろしていた。

 

「急襲とはいえ……未熟っ」

 

 翠柳は己の太腿に置いた拳を固く握り込む。

 その傍らで、レイヴンと志紀が無言で付き添っていた。

 

「襲われたって!?」

 

 静寂を破り、医療棟の廊下から室内に飛び込んできたのは黒川玄(くろかわ・くろ)だった。

 その直後、六大路辛(ろくおおじ・かのと)紺野爪戯(こんの・つまぎ)が足音もなく部屋へと姿を現す。

 緊急の事態を受け、特別対策部の三名が即座に集結したのだ。

 

「おー特別対策部!」

 

 レイヴンが空気を軽くするように声を上げる。

 

「刀を振るう相手だった。あと逃がす為に動いたもう一人が居た」

 

 志紀が余計な感情を排し、取得した情報のみを提示する。

 

「制服は海皇(かいおう)のものだった」

 

 翠柳が低い声で決定的な証拠を付け加えた。

 

「海皇……この前切ノ札(きりのふだ)とやりあったばかりじゃ……」

 

 爪戯が右手を口元へ当て、情報を検索する。

 水無月七日。切ノ札学園と海皇高校の間で執り行われた凄惨な決闘。その火種は、海皇側による事前の襲撃と医療棟送りという暴力行為であった。

 

「狙いはなんだろう?」

 

 玄が腕を組み、不可解な状況に首を傾げる。

 

「本人に聞いてみるか」

 

 辛が微塵の動揺も見せず、冷徹に告げた。

 

「本人にって……?」

 

 翠柳が意図を測りかねて問い返す。

 

「おお、分かってんじゃん!」

 

 レイヴンが歓喜の声を上げ、突如として室内の何もない空間へと手を伸ばした。

 空間が僅かに歪み、一人の少年がレイヴンの腕の中に引きずり出されるように顕現する。

 レイヴンはそのまま少年の肩を組み、満面の笑みを作った。

 

 辛とレイヴンを除く全員の視線が、突如として現れた人物へと釘付けになる。

 肩を組まれた海皇の侵入者自身も、現状を認識できずに両目を見開き、顔面を大量の冷や汗が伝い落ちていた。

 

「うわああっ!」

 

 侵入者は恐慌状態に陥り、レイヴンの腕を乱暴に払いのけて後方へ飛び退いた。

 だが、その足が床につくより速く、辛の異能が励起する。

 床面から伸びた強固な金属の帯が、侵入者の四肢を壁際へと縫い止めた。

 

「何? 何?」

 

 玄が予想外の展開に目を瞬かせる。

 

「オレはあいつの右手には触ってたからね……異能で結びつけておいたから、いつでもどこでも呼び寄せられる」

 

 レイヴンが種明かしをする。

 対象と対象を強制的に結びつける異能。道路での斬り合いの最中、レイヴンは既に敵を自身の支配下に置いていたのだ。

 

「くそっ!」

 

 壁に縛り付けられた侵入者が悪態をつき、体表から棘を励起させようと力を込める。

 しかし、それより一瞬早く志紀の瞳が鋭く細められた。

 侵入者の周囲の空間が軋み、尋常ではない質量の重力が対象の肉体を床へと押し潰す。

 

「この人数だ、無駄な抵抗はやめるんだな」

 

 志紀が腕を下げたまま、静かに警告する。

 志紀の異能「重力使い」。

 極限の重圧に骨を軋ませながら、侵入者はただ荒い呼吸を繰り返すことしかできない。

 

 その時、侵入者の衣服から電子音が鳴り響いた。

 辛が無駄のない歩法で近づき、拘束された男のポケットから一機のスマートフォンを抜き取る。

 

「急に消えたんだ。連絡ぐらいするか」

 

 辛は画面の着信表示を確認し、通話ボタンを押して自らの耳へと当てた。

 

「おい! 雲丹(うに)! 無事か!?」

 

 スピーカー越しに、焦燥に駆られた海皇の生徒の怒声が響く。

 

「単刀直入に聞く。お前らの目的はなんだ?」

 

 辛は相手の感情の波を完全に無視し、氷点下の声で要求を突きつけた。

 

「なっ……誰だ!? 雲丹はどうした!?」

 

 電話の向こうの相手が明らかな混乱を示す。

 

「素直に話せば、手荒な真似はしない」

 

 言葉とは裏腹に、辛は冷酷な動作で左足を上げ、重力に押し潰されている雲丹の胸板を無造作に踏みしめた。

 

「ぐっ」

 

 肺から無理やり空気が絞り出され、雲丹の口から苦悶の音が漏れる。

 その生々しい音声が、マイクを通じて通話先へと送り込まれた。

 

「そこに居るのか!?」

 

 仲間の危機を察知し、電話越しの声が震えを帯びる。

 

「大丈夫だ! 絶対に喋るな!」

 

 拘束下の雲丹が顔を紅潮させ、激痛に耐えながら絶叫した。

 その叫びと共に、重力を跳ね除けるほどの強い意志で異能を強制発動させようとする。体表が波打ち、棘が突き出そうとした瞬間。

 辛の冷たい視線が雲丹を射抜いた。

 

 金属が這うような硬質な音が部屋に響く。

 辛の足元から生成された数本の金属の棘が、雲丹の肩と大腿部を無慈悲に貫いた。

 

「ぐああっ!」

 

 肉を裂かれた雲丹が、絶叫を上げて身をよじる。

 

「雲丹っ!?」

 

 受話器の向こうから、悲痛な叫びがこだまする。

 強烈な痛覚信号が脳を支配し、雲丹の異能の発動プロセスは完全に強制終了された。

 

「死にはしない。人体構造は理解している」

 

 辛は血に濡れた金属を一瞥し、一切の抑揚を持たない声で告げた。

 その佇まいは、効率的に敵の反撃の芽を摘む冷徹な機械そのものであった。

 

「六大路怖~っ」

 

 レイヴンが右手を口元に当て、玄の背後へ隠れるようにして呟く。

 爪戯がその不謹慎な態度を咎めるように、鋭い視線をレイヴンへと向けた。

 

「オレのクラスメイトに手を出したんだ。覚悟しろ」

 

 辛が通話口へ向けて、静かに、だが確かな熱量を帯びた声で宣言した。

 ただ敵を排除するための暴力ではない。その根底に流れる、身内に対する確かな守護の意志。

 その言葉の重みに、玄や志紀、そして負傷した翠柳の胸の内で何かが熱く反応する。

 

「わ……わかった……」

 

 仲間の損壊をこれ以上許容できなかったのか、電話の向こうの声は完全に戦意を喪失した。

 

「俺達は海豚(いるか)さんを解放したいだけなんだ!」

 

 自暴自棄に近い叫び声が、病室に響き渡る。

 

「海豚……」

 

 辛がその単語を口の中で反芻した直後。

 辛の手にあるスマートフォン、そして玄や爪戯の端末が一斉に不快な警告音を発し始めた。

 同時に、医療棟の天井に備え付けられた赤いランプが回転し、けたたましいアラートが空間を支配する。

 

「何~?」

 

 玄が首を巡らせ、異常事態の発生源を探る。

 

「なんかあちこちで襲撃? ってよ」

 

 爪戯が素早くスマートフォンの画面を操作し、通知された情報を読み上げた。

 

 部屋の扉が開き、長身の男が静かな足取りで室内に姿を現した。

 現役のⅩⅢの一人、宮中潤(みやうち・じゅん)

 

「海皇高校の生徒が各地で暴走しているんだ」

 

 宮中が現状を簡潔に定義する。

 

「あちこちで? なんで?」

 

 レイヴンが理解が追いつかずに首を傾げる。志紀と翠柳も、敵の目的が見えずに怪訝な表情を浮かべた。

 

「海豚を解放したいと言っていたぞ」

 

 辛が先ほど得た情報を宮中へとパスする。

 

「ああ、この間の切ノ札との決闘を引き起こした主犯──それが海豚悪天(いるか・あくてん)だ。彼は魔によって異能を強化していたが、理性を保っていた存在……」

 

 宮中が事の真相を語る。

 

「理性が……?」

 

 翠柳が喉を鳴らす。

 魔に侵食された異能者は、例外なく理性を焼き尽くされ暴徒と化す。それがこの世界の理だ。

 しかし例外は存在する。

 

「そこでⅩⅢ(サーティーン)が身柄を拘束していた」

 

 宮中は身を屈め、血を流して壁際で沈黙する雲丹の腕を引き寄せると、異能を物理的に遮断する特殊な手枷を嵌め込んだ。

 

「揺動か……」

 

 辛の頭脳が、散乱する情報を即座に繋ぎ合わせる。

 各地で同時多発的に引き起こされる海皇の暴走。それはⅩⅢの戦力を分散させるための囮。

 真の目的は、手薄になった収容施設から海豚悪天の身柄を奪還すること。

 

「それって、こんなところで呑気にしてる場合じゃ……」

 

 志紀が事態の急迫性を察知し、焦燥を顔に浮かべる。

 

「ああ、オレもすぐ向かう。しかしオレ達は人手不足だ、そこで……刃ケ丘の特別対策部に一時的に制圧権限を渡す。お前たちにも手伝ってもらう」

 

 宮中がここへ現れた真の目的を告げる。

 拘束者の転送。そして、学園内の有事に備えられた特別対策部への、異能行使を伴う戦闘許可の付与。

 

「おっ! オレちょっと喧嘩したりなかったんだよね~」

 

 レイヴンが刀を構える仕草をしながら、嬉々とした笑みを浮かべる。

 

「あんた特別対策部じゃないじゃん」

 

 爪戯が冷ややかな視線で的確なツッコミを入れた。

 

「良いじゃん。やらせろよ」

 

 レイヴンは全く悪びれずに要求を突き通す。

 

「まあ、襲われたわけだしな」

 

 志紀が拳を鳴らし、翠柳もベッドの上で力強く頷いた。

 辛は視線を前方の虚空へと固定し、思考の階層を戦闘モードへと移行させる。

 玄は緩やかな動作で頭の後ろで手を組み、爪戯は呆れたように小さく首を振った。

 

「分かったとりあえず、この場の刃ケ丘の生徒に権限を与える」

 

 宮中が、彼らの闘志を認めるように厳かに宣言した。

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