【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.39「魔の顕現」

 ⅩⅢ(サーティーン)が管理する観察棟の一室。

 無機質な照明の下、四月(しづき)レンは上層部からの指示を受けていた。

 

「四月、過去視で視えたものの報告を」

 

 通信機越しに響く声に対し、レンは微かに眉を寄せる。

 海皇(かいおう)高校の生徒たちによって引き起こされた同時多発的な暴動。その起点と首謀者を特定すべく、彼女は自身の異能である『過去視』を行使していた。

 しかし、網膜に結ばれるはずの過去の事象は、何らかのノイズによって完全に遮断されていた。

 

「それが、視えない」

 

 レンは事実のみを冷淡に告げた。

 彼女の特級過去視を妨害できる存在など、限られている。

 

「生徒だけでこんなことが出来るとは思えん……」

 

 レンはため息交じりに言った。

 単なる学生の暴走ではない。海皇高校の背後に、より高度な異能や技術を持つ何者かの支援が存在する。

 事態は彼女の予測を超えた階層へと移行しつつあった。

 

 ◇

 

 刃ケ丘(はがみおか)異能高等学校、医療棟。

 特別対策部の面々が集う室内で、ⅩⅢの一人である宮中潤(みやうち・じゅん)が口元を覆う黒いマスクを外し、異能の励起準備に入っていた。

 

「四月レンは……?」

 

 六大路辛(ろくおおじ・かのと)が、静かな声で宮中へ問う。

 宮中の動きが一瞬だけ硬直し、やがて口を開く。

 

「過去視の異能で、上に報告をしに行っているところだ……勿論出動要請は出ている。師も参戦はするが、中央防衛になるだろうな」

 

 宮中が答える。

 師と仰ぐ四月レンにも、制圧活動の任務が下されている。

 しかし、彼女の配置は海皇高校の生徒たちが狙う標的、海豚悪天(いるか・あくてん)が収容されている施設の防衛ラインだった。

 

「兎に角、オレの異能でお前らを三つに分け転送する。しかし、そこのお前は怪我人だからここに居ろ」

 

 宮中は視線を移し、強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)を指して言った。

 

「しかし──……!」

 

 翠柳が抗議の声を上げ、身を乗り出そうとする。

 だが、自身の左脚に巻かれた真新しい包帯が視界の端をよぎり、その動きが止まった。

 現状の身体機能では、戦力になるどころか足手まといになるという演算結果が彼の思考を支配する。

 

「いや……すまん、みんなに任せる」

 

 翠柳は両手の拳を固く握り込み、顔を伏せて言った。

 辛たちは何も言わず、ただ静かに頷きを返す。

 

 宮中が自身の異能『召喚・喚起』の概念を拡張し、空間転送の術式を構築する。

 床面に光の陣が展開され、特別対策部の面々の姿が次々と転送されていく。

 

 誰もいなくなった病室で、翠柳は己の無力さと悔しさから奥歯を噛み締めた。

 

 真白さんも、怪我をした時こんな気持ちだったのだろうか……。

 

 脳裏に浮かぶのは、宿泊研修で大空蒼によって負傷させられた佐倉真白(さくら・ましろ)の姿。

 彼女はその後、己の未熟さを痛感し、苛烈なまでの自主訓練に没頭していた。

 その感情の片鱗に触れた気がして、翠柳はただ俯くことしかできなかった。

 

 ◇

 

 第二地区。

 空間の歪みと共に、紺野爪戯(こんの・つまぎ)黒川玄(くろかわ・くろ)がアスファルトの上へ降り立つ。

 

「だーっ! なんであんたと! 辛が良かった!!」

 

 爪戯が頭を抱え、露骨な不満の声を上げる。

 

「まあまあ……多分辛君は一人だよ」

 

 玄がいつもの緩い表情でなだめるように言った。

 転送先は三箇所。爪戯と玄、蘇芳(すおう)レイヴンと紅桔梗志紀(べにききょう・しき)の二組がペアとなり、辛は単独で別の区画へと配置されている。

 宮中自身も、拘束した雲丹(うに)の連行など別行動へ移っていた。

 

「それにさ……辛君には味方が近くに居ない方が良い」

 

 玄は前方で暴れ回る海皇の生徒たちを見据え、冷徹な分析を口にする。

 

「なんでさ」

 

 爪戯が問い返すと同時、二人はそれぞれの異能を励起させる。

 

「入団試練とか宿泊研修とか、味方を巻き込む可能性があるってのが……辛君の足枷になってた」

 

 玄の足元から黒い影が這い出し、前方へ突進してくる暴徒の足を次々と絡め取っていく。

 爪戯も即座に反応し、大気中の水分を凍結させて敵の自由を奪う。

 

「生態系を崩す、一般人を巻き込む……それを避けるために全力は出さないと思うけどね」

 

 玄が言葉を続ける。

 辛が保有する五行の力。それは対象を的確に破壊する強力な矛であるがゆえに、周囲への被害範囲も広大になる。

 単独行動こそが、彼が最も効率的に制圧力を発揮できる環境であった。

 爪戯は辛の底知れぬ異能の出力を想像し、玄の論理を静かに肯定した。

 

 ◇

 

 第三地区。

 レイヴンと志紀の二人は、荒れた市街地を進んでいた。

 

(ゆい)使いって何でも対象に出来るのか?」

 

 警戒を怠らないまま、志紀がレイヴンへ問う。

 

「まあ……出来なくはないけど、オレは剣技で喧嘩したい!」

 

 レイヴンは無邪気な笑みを浮かべて答える。

 異能による事象の操作よりも、刃を交える物理的な闘争にこそ彼の価値基準は置かれていた。

 

「あ、そう……」

 

 志紀は呆れたように短く返す。

 

 歩を進める彼らの前方に、一つの人影が現れた。

 先ほど、刃ケ丘付近の道路で雲丹を逃がすために手榴弾を投擲した海皇高校の生徒。

 電話の向こうで声を荒げていた主でもあった。

 

「雲丹はどうした!?」

 

 生徒が敵意を剥き出しにして叫ぶ。

 

「どうかな~?」

 

 レイヴンは口角を吊り上げ、にやにやと笑いながら挑発する。

 

「六大路にボコられて、ⅩⅢに連行されてる」

 

 志紀が首を左右に振り、残酷な事実を淡々と突きつけた。

 

「っ! お前ら!!」

 

 激昂した生徒の周囲の空間が微かに歪み、何もない中空から手榴弾が出現。ピンが弾け飛び、レイヴンたちへ向けて投擲される。

 

「お? 転送系の異能か?」

 

 レイヴンの右手に、虚空から引き寄せられた刀が握られる。

 迷いのない太刀筋が空気を切り裂き、飛来した手榴弾を空中で両断した。

 

 爆轟と共に煙が立ち昇り、突風が視界を晴らす。

 

「見た感じ、物限定の転送かな?」

 

 レイヴンは敵の能力の性質を分析しながら、地を蹴って肉薄する。

 その瞬間、上空の座標から別の海皇生徒が急降下してきた。

 レイヴンは速度を落とさずに身体を捻って奇襲を躱す。同時に志紀の異能が発動し、増大した重力が落下してきた敵をアスファルトへと叩きつけた。

 

「くっそ!」

 

 手榴弾を投擲した生徒が絶叫し、さらに大量の爆発物を空中に顕現させる。

 レイヴンは重力から逃れるように空へと跳躍し、空中で身体を回転させながら刃の軌跡を描く。

 全ての手榴弾が起爆前に斬り捨てられた。

 

 硝煙が舞う中、レイヴンは軽やかに地へと舞い降りる。

 

 だが、決着をつけるより早く、海皇の生徒たちが突如として自身の身体を掻きむしり、もがき苦しみ始めた。

 直後、周囲の空気を震わせるような異形の咆哮が轟く。

 

 志紀とレイヴンの眼が、驚愕に見開かれた。

 

 ◇

 

 第六地区。

 辛は、暴徒と化した海皇の生徒たちを、殺害することなく的確に制圧していた。

 地中から生成された金属の帯が、敵の四肢を縛り上げ、無力化していく。

 

「高校生だけで、ⅩⅢに捕らえられた存在を解放できるとは思えない」

 

 辛は倒れ伏す敵兵を見下ろし、冷徹な思考を巡らせる。

 戦力差、情報の非対称性。いかに奇襲をかけようとも、学生の集団が治安維持機構の中枢を突破する確率は限りなくゼロに近い。

 

「すみません……海豚さん」

 

 拘束された生徒たちの口から、うわ言のように同じ名が漏れ続ける。

 

「生徒たちの目的は海豚……それは事実」

 

 辛が低く呟く。

 末端の動機は共通している。しかし、全体の戦略として見れば、あまりにも無謀で不自然な暴動だった。

 

 他に目的のある存在が、海皇高校の生徒を焚きつけたのか……?

 

 辛の頭脳が、背後に潜む第三者の存在を導き出す。

 その思考を遮断するように、遠くから鼓膜を突き破るような咆哮が響いた。

 

 辛の目が鋭く細められる。

 足元で拘束されていた生徒たちが一斉にもがき苦しみ、その身体から黒い靄が噴出し始めた。

 漏れ出た靄は空中で結びつき、収束し、やがて巨大な黒い二足歩行の魔物へと変貌を遂げる。

 

「『魔』による……魔物の生成……?」

 

 辛が目前の事象を言語化する。

 魔によって精神を破壊された異能の暴走。それが物理的な質量を持った異形として顕現したのだ。

 

 魔物が剛腕を振り上げ、辛の頭上へと叩き落とす。

 辛は微塵の動揺もなく身を躱し、そのまま地を蹴って魔物の眼前の空中へと跳躍する。

 右手に金属を凝縮させ、一振りの刀を生成した。

 

 重力を味方につけ、魔物の身体へ向かって鋭利な刃を振り下ろす。

 魔物は本能的な反応で回避を試みたが、辛の速度が上回り、その右腕が根元から斬り落とされた。

 

 しかし、黒い靄が断面を覆うと、切断されたはずの右腕が即座に結合し、再生を果たす。

 

「斬撃は効果が薄いか」

 

 辛は着地と同時に体勢を整え、低く呟いた。

 物理的な切断が意味を成さない敵。同じ光景が、今、各地区で一斉に展開されていた。

 

 ◇

 

 実験棟へ向けて急行する四月レンの通信機に、切迫した報告が飛び込んでくる。

 

「各地で魔物が出現しています! 原因は『魔』です!」

 

 その報告を受信したレンは、さらに歩調を速めた。

 過去視を妨害された時点で、嫌な予感はあった。

 

「海豚悪天の奪取、それが生徒の望みであることは間違いない。しかし、おそらく海皇高校の生徒の背後にいる奴の狙いは魔物の方か……」

 

 レンは走りながら推論を口にする。

 海皇の生徒たちは、黒幕にとってただの触媒に過ぎない。

 彼らの暴走を引き金として『魔』による魔物を顕現させることが、敵の真の盤面だった。

 

 各地で出現し暴れだした魔物……いや、本当にそれだけか?

 

 レンの思考がさらに深く潜る。

 ただ無差別に破壊を振りまくためだけに、これだけの手間をかけるのか。

 敵の目的の終着点が、まだ完全には見えていない。

 

「今は急ぐか」

 

 レンは思考を一時中断し、自身の最高速度で夜の街を駆け抜けた。

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