【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.42「新メンバー」

 ⅩⅢ(サーティーン)の観測室。

 海豚悪天(いるか・あくてん)を奪取されることなく、各地区に顕現した巨大な魔物の完全討伐という戦果に、無機質な室内が微かな安堵と歓喜の熱を帯びていた。

 

四月(しづき)レン、良い活躍でした」

 

 総指揮官が、静かな足取りで帰還した四月レンへ向けて、形式的な拍手を送りながら言った。

 

「私ではない、刃ケ丘(はがみおか)異能高等学校の生徒のおかげだ」

 

 レンは表情一つ変えず、冷徹な事実のみを述べる。

 巨大な魔物が消失した市街地では、既にⅩⅢの調査班、回収班、清掃班、そして処理班が迅速に展開され、痕跡の隠滅と復興作業が機械的な効率で進められていた。

 

 暴徒と化した海皇(かいおう)高校の生徒たちは無力化された後、速やかに拘束され、ⅩⅢの厳重な監視下へと移送された。

 大規模な魔の顕現という事象は、表沙汰になることなく、情報統制の壁の内側で速やかに処理されていく。

 

「海豚悪天を今後どうする気で……?」

 

 宮中潤(みやうち・じゅん)が、口元を覆うマスク越しに核心を問う。

 海豚悪天は現在、ⅩⅢの実験棟に拘束され、監査という名目の実験に晒されている。だが、それは実験とは名ばかりの、過酷な拷問に等しい処置であった。

 

「彼は自ら魔と契約した者──いわゆる『魔堕ち』です。その治療法を確立するために役に立ってもらいます」

 

 総指揮官は、メインモニターに映し出された拘束下の海豚を見下ろしながら、感情の欠落した声で言った。

 

 実験棟の最深部。

 拘束台の上で、冷ややかな金属音が響く。

 透明なチューブが海豚の腕に這い、未知の液体が脈管へと流れ込むたび、皮膚の下を不気味な光の脈動が走った。

 

 息を吸い込むたびに、肺の奥から細胞を焼き尽くすような激痛が走る。

 それでも、彼は叫び声を上げない。

 ただ、奥歯が砕けそうなほど静かに唇を噛み締めていた。

 

「それより通達を」

 

 観測室の隅で端末を操作していたⅩⅢの一員が、冷たく言葉を紡いだ。

 

 重苦しい沈黙を切り裂くように、メインコンソールが低い電子音を鳴らす。

 通信回線が自動で接続され、巨大なモニターに新たな通達文が表示された。

 

〈特別対策部・十三部 再編成通知〉

 

「切ノ札と刃ケ丘ともに再編成、か」

 

 レンが画面の文字列を読み上げ、宮中がその真意を測るように微かに眉を顰めた。

 

 ◇

 

 水無月の刃ケ丘異能高等学校。

 一年A組の教室。昨日、海皇の襲撃によって粉砕された窓ガラスは、ⅩⅢの修復技術によって既に元通りの状態へと復元されている。

 

「あー昨日は大変だったあ~」

 

 蘇芳(すおう)レイヴンが自身の席に腰を下ろすと同時、背もたれに深く寄りかかって天井を仰ぎ見た。

 

「あれくらい活躍出来れば女子にモテる!?」

 

 前方から紅桔梗志紀(べにききょう・しき)が振り返り、身を乗り出して言う。

 

「お前そればっか……」

 

 レイヴンは視線を志紀へと移し、深い呆れを含んだ声で吐き捨てた。

 

「まあああああしろさああああん!!」

 

 教室の扉が乱暴に開き、強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)が弾かれたように飛び込んできた。

 一直線に佐倉真白(さくら・ましろ)の席へと向かい、勢いよく頭を下げて朝の挨拶を叩きつける。

 真白は視線すら動かすことなく、黒板へ意識を固定し続けていた。

 

「おっ! 強矢君、元気だね? 脚大丈夫?」

 

 黒川玄(くろかわ・くろ)が、いつもの緩やかな足取りで教室に入り、右手を軽く挙げて声をかけた。

 

「うむ! この通り!」

 

 翠柳は左の太腿を力強く叩き、完治を証明する。

 貫通傷は、医療棟の高度な治癒技術によって完全に塞がっていた。

 

「?」

 

 昨日の放課後の惨劇を知らない色波樹(しきなみ・いつき)が、交わされる会話の文脈を読み取れずに首を傾げた。

 

「昨日海皇高校の生徒に急襲にあって、そこから魔物が出現して~ってまあ、色々あったのよ」

 

 玄が事態の深刻さを極限まで薄めた口調で説明する。

 樹の顔から表情が抜け落ち、こめかみを一筋の冷や汗が伝った。

 

「強矢は負傷した」

 

 志紀が余分な情報を削ぎ落とし、事実のみを提示する。

 翠柳は己の右手を強く握り込み、未熟さから来る悔恨に肩を震わせた。

 

「ってか……蘇芳君、あの時四月レンに何を見せられたの?」

 

 玄が自身の席に座りながら、昨夜の最も不可解な事象について問いかける。

 レイヴンの脳髄へ、強制的に世界の深淵が流し込まれたあの瞬間。

 

「ん~……言語化が難しい」

 

 レイヴンは腕を組み、脳内のデータベースにアクセスする。

 だが、彼の保有する語彙力では、四月レンから叩き込まれた魔物の構造、魔という存在の本質、そしてこの世界の成り立ちを正確に言語化することは不可能だった。

 

 クラスメイトたちが次々と教室に現れ、朝の喧騒が満ちていく。

 最後に姿を見せたのは、六大路辛(ろくおおじ・かのと)

 

 毎朝のルーティンであるⅩⅢへの測定報告。それに時間を割かれるため、彼の登校はこの時間帯に固定されつつある。

 歩法も姿勢も、一見すればいつもの辛と相違ない。

 だが、その眼差しの奥には、隠しきれない極度の疲労が澱のように沈殿していた。

 

 朝のホームルーム。

 

「ⅩⅢから連絡が入った。特別対策部に新メンバーを追加する、立候補はいるか?」

 

 教壇に立った担任が、感情を排した声で通達事項を読み上げる。

 教室の空気が僅かに波立ち、生徒たちの間で視線が交錯した。

 

「まあ、昨日のことがあった以上……やるしかないわな」

 

 レイヴンが左手を気怠げに挙げ、参入の意思を示す。

 

「だな」

 

 志紀も間髪入れずに右手を挙げた。

 昨夜の海皇高校の制圧、そして巨大な魔物の討伐。

 正規メンバーではなかった彼らだが、あの死線を超えた以上、特別対策部としての権限と義務を負うことは必然の演算結果であった。

 

「マジ……?」

 

 火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)が、挙手した二人を交互に見比べ、信じられないというように呟く。

 

「大空はどうだ?」

 

 担任は視線を動かし、意図的に大空蒼を指名した。

 

「まさか……ボクがするわけない」

 

 大空蒼(おおぞら・そう)は頬杖をついたまま、退屈そうに欠伸を噛み殺して答える。

 その視線が一瞬だけ辛の横顔を掠めたが、すぐに興味を失ったように窓の外へと向けられた。

 

 樹もまた、辛から視線を切り離し、静かに窓際へと目を向ける。

 

「蘇芳と紅桔梗だな、分かった」

 

 担任は二人の意思を確認し、手元の端末を操作して特別対策部の権限リストを更新した。

 〈特別対策部・十三部〉の新たな陣容が、ここに確定する。

 

 ◇

 

 昼休み。

 辛の机の周囲に、紺野爪戯(こんの・つまぎ)と玄が集まり、昼食のパッケージを開く。

 

 辛の無表情な顔面は完璧に保たれていた。だが、玄の鋭敏な観察眼は、その表面に生じた微小なノイズを的確に捉えていた。

 

「辛君大丈夫?」

 

 玄は思わず、その懸念を音声にして出力する。

 爪戯は玄の唐突な問いかけに、目を丸くして辛の顔を覗き込んだ。

 

 魔物との戦闘に加え、ⅩⅢによる限界を超えた負荷測定。辛の肉体と精神は、すでに許容量の限界値付近を推移していた。

 

「体調管理も自己責任……少し休めば、なんとかなる……」

 

 辛は極限まで抑揚を殺した声で呟き、左手に持った箸を正確な軌道で動かした。

 

「無理だけは駄目だよー」

 

 玄は惣菜パンを口に運びながら、忠告を投げる。

 

「何? なんでお前には、辛のことが分かるっ!?」

 

 爪戯が玄の脇腹を小突き、抗議の声を上げる。

 玄は爪戯の拳を、いつもの緩やかな笑みで受け流した。

 

「ってか辛の弁当って、誰が作ってるの?」

 

 爪戯が不毛な追及を打ち切り、話題のベクトルを転換する。

 

「時間がないからな、父が用意してくれる」

 

 辛は視線を弁当箱に固定したまま、事実のみを簡潔に返す。

 

「辛君もたいがいだけど……お父さんもスペック高くね?」

 

 玄は自らの手にあるパンと辛の精巧な弁当を見比べ、感嘆を漏らす。

 

 一方、自身の席ではレイヴンが、広げた昼食の容器を前にして明らかな機能低下を起こしていた。

 

「お前って小食だよなー」

 

 志紀が背後から振り向き、レイヴンの状態を指摘する。

 

「食べるの好きじゃないんだよ……」

 

 レイヴンは眉間を指で強く押さえ、不快感を露わにする。

 

「ってか紅桔梗よ、罰ゲームのこと忘れてないからね?」

 

 レイヴンは指を離し、志紀へ冷酷なリマインドを実行した。

 中間テストにおける、最下位の者への罰ゲーム。

 自ら発案し、自ら最下位へと沈んだ志紀が負うべき、告白という名の処刑。

 

「くっ……誰に告白をしろと……」

 

 志紀は箸を握る右手を小刻みに震わせ、絶望の淵を覗き込む。

 

「優良物件は六大路だぞ」

 

 レイヴンは口角を吊り上げ、辛の背中を指差して致命的な冗談を放つ。

 

「だああああめええええ!!」

 

 その音声を受信した瞬間、爪戯が椅子を蹴立てて立ち上がり、教室中に響き渡る絶叫を上げた。

 A組の教室が一気に騒然となる。

 その無秩序な喧騒の渦中で、辛は周囲の音波を完全にシャットアウトし、ただ黙々と弁当のカロリーを摂取し続けていた。

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