【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
水無月も後半に差し掛かった。
「
教壇に立つ担任の、一切の感情を排した声が教室に響く。
生徒たちの反応は顔を強張らせて静かに演算を始める者、絶望に顔を歪めて思考を放棄する者などに分かれていた。
「それから強矢、お前はペナルティとして、筆記の点数を各教科マイナス五点とする。それを加味したうえで赤点を回避しろよ?」
担任は
当の翠柳は自身が抱えるリスクの致死量に気づいていないのか、頬杖を突いたまま、前方へ座る
「期末が終われば、夏休みだね」
その言葉に、後方の
「夏休みーーーーーーー!!」
「赤点取ったら、夏休み期間に補習だぞ」
担任が即座に言葉の刃で志紀を刺し貫く。
志紀の動きが完全に停止し、重力に引かれるようにゆっくりと椅子に座り直した。
そのまま、力なく机へと頭を打ち付ける。
後方の席では、
◇
放課後。
真白が鞄を手に取り、静かな足取りで教室を出た。その後を追うように翠柳が駆け出していく。
「なあ、六大路~助けてくれ~」
レイヴンが
「教室じゃ集中できないよな! よし、六大路の家に行こう!!」
志紀も辛の机に身を乗り出し、強引な論理を展開して叫んだ。
「いやいや、なんで辛の家!?」
「はい! オレも行きたいです!」
「いやいや、だからなんで……」
爪戯が玄の肩に手を置き、状況の整理を試みる。
「モテの秘訣を知る為には必要なことだ」
志紀は極めて真剣な面持ちで、自身の行動理念を言い放った。
爪戯が「いや勉強しろよ」と的確に突っ込む。
「そもそも辛が了承するとは決まってなっ……」
爪戯が言葉を紡ぐ最中。
辛はポケットからスマートフォンを抜き出し、画面のスケジュールデータを読み込んでいた。
「別に構わんが」
辛は表情筋を微塵も動かさず、短い肯定を返した。
◇
六大路家。
「お邪魔します!」
「お邪魔しま~す」
辛の案内に従い、玄、志紀、レイヴンの三名が玄関をくぐる。
「爪戯君も来ればよかったのに」
玄がリビングへと続く廊下を歩きながら、不在のクラスメイトへと思いを馳せる。
爪戯は「自分のような下民は、辛の家に行くわけにはいかない!」と過剰な自己卑下を展開し、六大路家への侵入を固辞したのだった。
リビングに到着し、中央のテーブルを囲むように三人が腰を下ろす。
「あいつよく分かんねーよな」
志紀が鞄のファスナーを引きながら、爪戯の不可解な行動原理について呆れたように言った。
辛は無言のままキッチンへと向かい、来客用の飲料の準備を開始する。
「にしてもなんか……」
レイヴンが首を傾げ、リビングの空間構造を視覚で解析する。
一般的な家庭の風景からは大きく逸脱した、専門的な測定器具や高度な医療機器が、極めて整然と配置されていた。
「春画探すか」
「春画って……」
志紀が冗談交じりに提案し、玄が即座に突っ込む。
「モテの秘訣を探すんだ!」
「勉強」
「ただいまー辛~帰ったぞー」
志紀と玄の無益なやり取りを遮るように、玄関の扉が開く音が響いた。
父の
「あれ? 友達来てんのか?」
北王がリビングへと足を踏み入れ、予期せぬ来客の姿に声を上げる。
「お邪魔してます」
玄が挨拶を返し、志紀とレイヴンが反射的に頭を下げた。
辛はグラスの乗ったトレイをテーブルに置き、自身の定位置へ座る。
「明日は槍が降るな」
辛が微かな感情の起伏も見せず、冷徹な冗談を放った。
玄たち三人の眼が驚愕に見開かれる。
「オレだって早く帰れる日くらいあるぞ。だから夕飯作ってやろうと、買ってきたぞ」
北王は息子の発言を軽く受け流し、買い物袋を持ち上げて見せた。
そのまま足早にキッチンへと向かう。
「あれがお父さん?」
「似てる……」
レイヴンが確認するように呟き、志紀がその観察結果を肯定した。
色彩を欠いた白い髪に、辛と同一の色相を持つ薄緑の瞳。表情筋が機能している辛、といった印象を彼らに与えた。
「お前らも夕飯食べて行くか?」
北王がキッチンから顔を出し、リビングの三人へ向けて提案する。
「食べます!」
「じゃあ連絡しよ」
「オレ少量で……」
三者三様の反応が即座に返された。
辛は彼らのやり取りを完全に無視し、手元の本を開いて文字情報の処理を開始する。
「お父さん、医者で料理出来て……もうあれ? 遺伝子からモテの要素なのか?」
志紀は教科書を強く握り込み、己の推論に肩を震わせた。
「逆に弱点を探そうぜ」
レイヴンがノートのページを捲りながら、新たな作戦目標を提示する。
「君達赤点回避の為に来たんだよね?」
玄が苦笑いを浮かべ、本来の目的を彼らの脳内へ再インストールする。
「高校一年生ってどんなことしてるんだ?」
知的探求心を刺激されたのか、北王がキッチンからリビングへと移動し、レイヴンの手元にあるノートを覗き込んだ。
直後、北王の動きが硬直する。
「えっ……えー……」
北王の口から、困惑を多分に含んだ声が漏れる。そして、右手で自身の眉間を深く押さえた。
辛は本から視線を一切外さず、玄たち三人は北王の過剰な反応の理由を解析できずに首を傾げた。
「すまん、オレも世間に疎いから……あー、厳しくしすぎたな」
北王は眉間から手を離し、辛の肩に軽く手を置いて言った。
そして、何事か納得したようにキッチンへと戻っていく。
「どういうこと!?」
志紀が目を見開き、事態の解説を求めて叫んだ。
「オレらのレベルが低いってことか……駄目だ紅桔梗、オレ勝てる気がしないわ」
レイヴンが自己の現状能力を正確に見積もり、自嘲気味に言い放ちながらノートをテーブルへ放り投げた。
放物線を描いたノートが、辛の開いている本の上に落下し、そのページ内容が辛の視界へ強制的に割り込む。
「蘇芳……此処と此処と此処間違えてる」
「あ゛ーっ!」
辛が冷徹に誤答箇所を指摘し、レイヴンが頭を抱えて絶叫した。
数時間の学習プロセスを経て、夕食の時間が訪れる。
食卓には、スパイシーな香辛料の匂いを漂わせるカレーが並べられた。
「でもまさか、辛が友達を連れてくる日が来るなんてな……」
北王は口元に微かな笑みを浮かべ、感慨深げに言った。
「辛君良い奴ですから~」
玄もいつもの緩い笑顔を返し、同意を示す。
「いや~しかし友達としては、六大路の弱点が知りたいんですよ~」
レイヴンが両手の指を組み合わせて顔の前に配置し、探りを入れる。
「いただきます、
志紀はスプーンを素早く動かし、カレーの味覚情報を処理して歓声を上げた。
「辛はサバとニラを見るだけでも逃亡するぞ」
北王が息子の致命的な弱点を、笑い混じりにあっさりと開示した。
辛は無言のまま左手でスプーンを操り、淡々とカレーを口内へと運び続ける。
「マジか……でもそれもギャップか?」
レイヴンが新たな情報を取得し、肩を震わせた。
北王は、息子に友人ができ、こうして自身の領域へ迎え入れたという事象に対し、確かな喜びを感じながら微笑んでいた。