【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

43 / 45
case.43「水無月後半」

 水無月も後半に差し掛かった。

 刃ケ丘(はがみおか)異能高等学校一年A組の教室。

 

文月(らいげつ)初め、期末テストが行われる。全員対策を怠らないように」

 

 教壇に立つ担任の、一切の感情を排した声が教室に響く。

 生徒たちの反応は顔を強張らせて静かに演算を始める者、絶望に顔を歪めて思考を放棄する者などに分かれていた。

 

「それから強矢、お前はペナルティとして、筆記の点数を各教科マイナス五点とする。それを加味したうえで赤点を回避しろよ?」

 

 担任は強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)へと視線を向け、冷徹な事実を突きつけた。

 当の翠柳は自身が抱えるリスクの致死量に気づいていないのか、頬杖を突いたまま、前方へ座る佐倉真白(さくら・ましろ)の後ろ姿へ視線を固定していた。

 

「期末が終われば、夏休みだね」

 

 錆御納戸雫(さびおなんど・しずく)が、窓の外へ視線をやりながらぽつりと呟いた。

 その言葉に、後方の青藤葵(あおふじ・あおい)が深く頷く。

 

「夏休みーーーーーーー!!」

 

 紅桔梗志紀(べにききょう・しき)が椅子を蹴立てて立ち上がり、歓喜の声を張り上げた。

 

「赤点取ったら、夏休み期間に補習だぞ」

 

 担任が即座に言葉の刃で志紀を刺し貫く。

 志紀の動きが完全に停止し、重力に引かれるようにゆっくりと椅子に座り直した。

 そのまま、力なく机へと頭を打ち付ける。

 

 後方の席では、蘇芳(すおう)レイヴンも同様に机へ突っ伏し、深い絶望に沈んでいた。

 

 ◇

 

 放課後。

 火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)は自身の異能の制御精度を上げるべく、訓練場の確保へ向かった。

 灰塚(はいづか)こころもまた、能力の暴走という懸念を払拭するため、足早に教室を後にする。

 

 真白が鞄を手に取り、静かな足取りで教室を出た。その後を追うように翠柳が駆け出していく。

 

「なあ、六大路~助けてくれ~」

 

 レイヴンが六大路辛(ろくおおじ・かのと)の席へと歩み寄り、机に頭を擦りつけて懇願する。

 

「教室じゃ集中できないよな! よし、六大路の家に行こう!!」

 

 志紀も辛の机に身を乗り出し、強引な論理を展開して叫んだ。

 

「いやいや、なんで辛の家!?」

 

 紺野爪戯(こんの・つまぎ)が自身の椅子を弾き飛ばし、驚愕の声を上げた。

 大空蒼(おおぞら・そう)は一連の騒ぎを冷ややかに一瞥し、呆れたようなため息を残して帰路につく。

 色波樹(しきなみ・いつき)は開いた教科書から視線を上げ、辛の方へ顔を向けたまま目を瞬かせた。

 

「はい! オレも行きたいです!」

 

 黒川玄(くろかわ・くろ)が右手を勢いよく挙げ、参戦の意思を表明する。

 

「いやいや、だからなんで……」

 

 爪戯が玄の肩に手を置き、状況の整理を試みる。

 

「モテの秘訣を知る為には必要なことだ」

 

 志紀は極めて真剣な面持ちで、自身の行動理念を言い放った。

 爪戯が「いや勉強しろよ」と的確に突っ込む。

 

「そもそも辛が了承するとは決まってなっ……」

 

 爪戯が言葉を紡ぐ最中。

 辛はポケットからスマートフォンを抜き出し、画面のスケジュールデータを読み込んでいた。

 

「別に構わんが」

 

 辛は表情筋を微塵も動かさず、短い肯定を返した。

 

 ◇

 

 六大路家。

 

「お邪魔します!」

「お邪魔しま~す」

 

 辛の案内に従い、玄、志紀、レイヴンの三名が玄関をくぐる。

 

「爪戯君も来ればよかったのに」

 

 玄がリビングへと続く廊下を歩きながら、不在のクラスメイトへと思いを馳せる。

 爪戯は「自分のような下民は、辛の家に行くわけにはいかない!」と過剰な自己卑下を展開し、六大路家への侵入を固辞したのだった。

 

 リビングに到着し、中央のテーブルを囲むように三人が腰を下ろす。

 

「あいつよく分かんねーよな」

 

 志紀が鞄のファスナーを引きながら、爪戯の不可解な行動原理について呆れたように言った。

 辛は無言のままキッチンへと向かい、来客用の飲料の準備を開始する。

 

「にしてもなんか……」

 

 レイヴンが首を傾げ、リビングの空間構造を視覚で解析する。

 一般的な家庭の風景からは大きく逸脱した、専門的な測定器具や高度な医療機器が、極めて整然と配置されていた。

 

「春画探すか」

「春画って……」

 

 志紀が冗談交じりに提案し、玄が即座に突っ込む。

 

「モテの秘訣を探すんだ!」

「勉強」

「ただいまー辛~帰ったぞー」

 

 志紀と玄の無益なやり取りを遮るように、玄関の扉が開く音が響いた。

 父の北王(ほくおう)が、複数の買い物袋を両手に提げて帰宅する。

 

「あれ? 友達来てんのか?」

 

 北王がリビングへと足を踏み入れ、予期せぬ来客の姿に声を上げる。

 

「お邪魔してます」

 

 玄が挨拶を返し、志紀とレイヴンが反射的に頭を下げた。

 辛はグラスの乗ったトレイをテーブルに置き、自身の定位置へ座る。

 

「明日は槍が降るな」

 

 辛が微かな感情の起伏も見せず、冷徹な冗談を放った。

 

 玄たち三人の眼が驚愕に見開かれる。

 

「オレだって早く帰れる日くらいあるぞ。だから夕飯作ってやろうと、買ってきたぞ」

 

 北王は息子の発言を軽く受け流し、買い物袋を持ち上げて見せた。

 そのまま足早にキッチンへと向かう。

 

「あれがお父さん?」

「似てる……」

 

 レイヴンが確認するように呟き、志紀がその観察結果を肯定した。

 色彩を欠いた白い髪に、辛と同一の色相を持つ薄緑の瞳。表情筋が機能している辛、といった印象を彼らに与えた。

 

「お前らも夕飯食べて行くか?」

 

 北王がキッチンから顔を出し、リビングの三人へ向けて提案する。

 

「食べます!」

「じゃあ連絡しよ」

「オレ少量で……」

 

 三者三様の反応が即座に返された。

 辛は彼らのやり取りを完全に無視し、手元の本を開いて文字情報の処理を開始する。

 

「お父さん、医者で料理出来て……もうあれ? 遺伝子からモテの要素なのか?」

 

 志紀は教科書を強く握り込み、己の推論に肩を震わせた。

 

「逆に弱点を探そうぜ」

 

 レイヴンがノートのページを捲りながら、新たな作戦目標を提示する。

 

「君達赤点回避の為に来たんだよね?」

 

 玄が苦笑いを浮かべ、本来の目的を彼らの脳内へ再インストールする。

 

「高校一年生ってどんなことしてるんだ?」

 

 知的探求心を刺激されたのか、北王がキッチンからリビングへと移動し、レイヴンの手元にあるノートを覗き込んだ。

 直後、北王の動きが硬直する。

 

「えっ……えー……」

 

 北王の口から、困惑を多分に含んだ声が漏れる。そして、右手で自身の眉間を深く押さえた。

 辛は本から視線を一切外さず、玄たち三人は北王の過剰な反応の理由を解析できずに首を傾げた。

 

「すまん、オレも世間に疎いから……あー、厳しくしすぎたな」

 

 北王は眉間から手を離し、辛の肩に軽く手を置いて言った。

 そして、何事か納得したようにキッチンへと戻っていく。

 

「どういうこと!?」

 

 志紀が目を見開き、事態の解説を求めて叫んだ。

 

「オレらのレベルが低いってことか……駄目だ紅桔梗、オレ勝てる気がしないわ」

 

 レイヴンが自己の現状能力を正確に見積もり、自嘲気味に言い放ちながらノートをテーブルへ放り投げた。

 放物線を描いたノートが、辛の開いている本の上に落下し、そのページ内容が辛の視界へ強制的に割り込む。

 

「蘇芳……此処と此処と此処間違えてる」

「あ゛ーっ!」

 

 辛が冷徹に誤答箇所を指摘し、レイヴンが頭を抱えて絶叫した。

 

 数時間の学習プロセスを経て、夕食の時間が訪れる。

 食卓には、スパイシーな香辛料の匂いを漂わせるカレーが並べられた。

 

「でもまさか、辛が友達を連れてくる日が来るなんてな……」

 

 北王は口元に微かな笑みを浮かべ、感慨深げに言った。

 

「辛君良い奴ですから~」

 

 玄もいつもの緩い笑顔を返し、同意を示す。

 

「いや~しかし友達としては、六大路の弱点が知りたいんですよ~」

 

 レイヴンが両手の指を組み合わせて顔の前に配置し、探りを入れる。

 

「いただきます、(から)いけどうまい!」

 

 志紀はスプーンを素早く動かし、カレーの味覚情報を処理して歓声を上げた。

 

「辛はサバとニラを見るだけでも逃亡するぞ」

 

 北王が息子の致命的な弱点を、笑い混じりにあっさりと開示した。

 辛は無言のまま左手でスプーンを操り、淡々とカレーを口内へと運び続ける。

 

「マジか……でもそれもギャップか?」

 

 レイヴンが新たな情報を取得し、肩を震わせた。

 北王は、息子に友人ができ、こうして自身の領域へ迎え入れたという事象に対し、確かな喜びを感じながら微笑んでいた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。