【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.44「水無月後半Ⅱ」

 夜の帳が下りた。

 黒川玄(くろかわ・くろ)紅桔梗志紀(べにききょう・しき)蘇芳(すおう)レイヴンの三人が夕食を終え、六大路(ろくおおじ)家を後にする。

 喧騒が去り、静寂が戻ったリビング。

 

「いや~お前も学園生活楽しんでたんだな」

 

 父の北王(ほくおう)が、テーブルの表面を布巾で拭き上げながら口を開く。

 

「……別に」

 

 (かのと)は流し台に立ち、スポンジで食器の汚れを落としながら淡々と返した。

 弟である(ひのと)を奪還するため、ⅩⅢ(サーティーン)への入隊を志し、刃ケ丘(はがみおか)異能高等学校の門を叩いた。

 

 当初は単独でカリキュラムをこなし、最速で目的の座標へ到達する算段だった。しかし、ここ数カ月で彼を取り巻く環境と、彼自身の内面には確実に変化が生じている。

 辛は洗い終えた食器を乾燥機へ並べながら、その事実を静かに咀嚼していた。

 

「……そうだ、みんなの出身中学がこれなんだが……ⅩⅢと関連あると思うか?」

 

 辛は手をタオルで拭うと、ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を点灯させて北王へ差し出した。

 北王はそれを受け取り、表示されたメモの羅列に視線を落とす。

 

「確かに……どれもⅩⅢの支部に近い中学だな。特に黄昏と無限は、何かありそうだな」

 

 北王はスマートフォンの画面を見つめたまま、推測を口にする。

 

「やはり……」

 

 辛は短く応じる。自身が弾き出した演算結果と、父の導き出した見解が完全に一致した。

 

「ん?」

 

 ふと、北王の口から微かな疑問の声が漏れた。

 辛は視線を向け、わずかに首を傾げる。

 

灰塚(はいづか)こころ……この名前、研究員の書類で見たな」

 

 北王は左手を口元に当て、記憶の糸をたぐるように言った。

 

「灰塚が?」

「と言っても見えたのは名前だけで、内容までは知らん……」

 

 過去に一度、北王はⅩⅢの研究員が所持していた機密書類の表層を目撃する機会があった。

 詳細なデータへのアクセスは不可能だったが、そこに『灰塚こころ』という文字列が存在していた事実は網膜に焼き付いている。

 

「色波の反応といい……灰塚にも何かある、か」

 

 辛は左手を伸ばしてスマートフォンを回収し、静かに呟いた。

 同じ蒼嵐(そうらん)中学出身である火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)との確執もさることながら、白曜中学出身の色波樹(しきなみ・いつき)が彼女へ向ける特異な反応。

 そこに何らかの因果関係が存在することは明白だった。

 

 ◇

 

 玄は二人と別れ、一人で夜の市街地を歩いていた。

 その時、視界を構成する空間の座標がわずかにズレた。

 

 鼓膜の奥で高周波の耳鳴りが鳴り響く。

 視界のパースペクティブが歪み、平衡感覚が奪われる。

 

 見上げた夜空の暗雲が物理法則を無視して両断され、一条の閃光が地表を抉るように降り注いだ。

 その瞬間、世界を構成する境界線が、ほどけるように崩壊を開始した。

 

 ――もっと、見せてくれ。

 ――面白いものを。

 

 玄の脳内に、直接その音声が響き渡った。

 

「……闇神?」

 

 玄はその声の周波数に明確な覚えがあった。

 自身の中に存在する、前世と定義している不可解な記憶。そこで出会った男の声。

 頭部の右側に妖精の翅を生やした、人ならざる特異な存在のシルエットが脳裏にフラッシュバックする。

 

 同時刻。ⅩⅢ本部、観測室。

 空間を切り裂くような警報が鳴り響き、壁面を埋め尽くすモニター群が警告の赤に染まり上がる。

 宮中潤(みやうち・じゅん)の指がコンソールの上を滑り、展開された因子波の解析を瞬時に実行する。

 

「――異常発生、座標A-03。風悪(ふうお)の波形が暴走してる!」

 

 無数の電子データの海から、ひとつの異常値が抽出される。

 因子コード:L-13

 

 モニターに表示される数値が、設定された制御上限を軽々と突破していく。

 単なる電磁波の乱れではない。対象の因子そのものが、周囲の空間事象を巻き込んで『再構築』を開始していた。

 

「これは……再生現象!? まさか、世界構造が……!」

 

 宮中がスクリーンへ顔を近づけ、戦慄を覚える。

 画面の中心で、ひとつの名が明滅を繰り返していた。

 

 〈L-13:反応開始〉

 

「……創造者の因子が、動いたか」

 

 四月(しづき)レンは自身の拳を固く握り込んだ。

 そこに恐怖の感情はない。ただ、冷徹な状況把握だけが存在する。

 

「流石に『これ』ではまずいか」

 

 レンが言葉を発し終えるより早く、観測室の防弾ガラスが重低音を響かせて震動した。

 

 ガラス越しの外界の景色が、ピクセル単位で『書き換わる』。

 空の色彩、雲の質量、街を構成する建造物の輪郭。

 ほんの数秒の間に、世界の前提条件が確実に改ざんされようとしていた。

 

 レンは肺に溜まった空気を深く吐き出す。

 そして、前方を見据えて静かに呟いた。

 

「今は駄目だ……風悪」

 

 モニターの中で、風が逆流するかのように波形の乱れが増幅する。

 その中心点に、風悪と呼ばれた少年の名が浮かび上がっていた。

 

 〈L-13:覚醒〉

 

 世界は、再び『創られ』始めていた。

 

 空間の至る所から軋むような異音が漏れる。

 空のテクスチャはひび割れ、雲は重力に逆らって流動し、街の景観は無数の光の線によって断ち切られていく。

 

 物理法則の根底からの書き換え作業。

 

 だが、事象の進行が唐突に停止した。

 世界が揺れを収め、流れる時間そのものが凍結したかのような錯覚。

 レンの網膜に映るモニターには、二つの異なる波形が完全に重なり合うデータが提示されていた。

 

「同期完了……これなら、いけます!」

 

 宮中の指がキーボードを乱打する。

 モニターの中で暴走していた因子コード〈L-13〉の数値が、反転して低下を開始した。

 創造者の因子が、別の少年の波長によって強制的に『同調』され、抑制フェーズへと移行していく。

 

 観測室の空気が、張り詰めた静寂を取り戻す。

 

 空間に溢れていた光が一点へと収束する。

 狂い咲いていた暴風も、断裂した空も、巻き戻るように元の形態を再構築していった。

 

「異常値、すべて収束。L-13、沈静化を確認。……風悪の生命波も安定してる」

 

 レンが手元の端末を操作し、現場の状況を告げる。

 

「風悪は『外の世界』で作られた妖精だからな。

 彼の中には、この世界とは異なる法則――〈創造者因子〉が眠っている。

 だから、こちらの常識では測れない」

 

 レンの口から淡々とした説明が紡がれる。

 だが、その声の底には、微細な安堵の成分が含まれていた。

 

 窓の外を見上げれば、夜の闇が少しだけ濃度を落としていた。

 遠くの街並みが本来の輪郭を取り戻し、大気の流れが再び正常に機能し始める。

 

 宮中は装着していたヘッドセットを外し、安堵の息を長く吐き出した。

 モニターには、最後の波形データが緩やかな安定線を描いて流れている。

 

「終わったか……」

 

 レンはその画面を見つめながら、わずかに口角を上げた。

 

「いいえ。……まだ始まったばかりですよ、師」

 

 宮中の声が、冷水を浴びせるように静かに響く。

 モニターの片隅。暗転した領域に、小さな文字列が揺らめいていた。

 

 〈L-13:安定中/再構築準備〉

 

 ――それは、一時的に沈黙した『創造者』の、次なる呼吸の予兆であった。

 

 ◇

 

 玄は立ち尽くしたまま、世界が異形へと変貌し、そして再び元へと戻る一連のプロセスを網膜に焼き付けていた。

 

「……」

 

 玄の口から言葉が紡がれることはない。

 

 この世界は? 闇神の声? いったい何が……。

 

 玄の頭脳がフルスピードで演算を行うが、導き出される答えは悉くエラーを吐き出す。

 

 前世と呼ぶ謎の記憶。そこに存在した闇神という男。

 幻聴ではない。確かにあの声が脳髄を直接揺らした。その事実が、玄の思考回路に激しいノイズを走らせていた。

 

「居る……のか……」

 

 玄は夜の空気に呟きを溶かす。

 前世の記憶の中にも、六大路辛という存在は確かに居た。

 そして現在、この世界にも彼は実在している。

 ならば、闇神と呼ばれる存在もまた、この世界のどこかに実在している。その仮説が、玄の中で揺るぎない確信へと変わっていく。

 

 一人立ち尽くす玄の背後。

 遠く離れた暗がりに、ひとつの影が溶け込んでいた。

 

 黒の短髪。黒縁の眼鏡。そして、黒く染まった爪を持つ少年。

 かつて、一時的に異能が使用不可となる現象が発生した路地裏で遭遇した、切ノ札(きりのふだ)学園の生徒。

 

「まさか……記憶があるとはな」

 

 黒い少年は、玄の背中を冷ややかな視線で捉えたまま、低く呟いた。

 その言葉を残し、少年は足音一つ立てることなく、夜の闇の底へと完全に姿を消した。

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