【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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一年生・文月
case.45「VIP護衛戦」


 文月。

 刃ケ丘(はがみおか)異能高等学校、一年A組の教室。

 

 水無月後半に発生した大規模な世界の揺らぎは、クラスメイトの誰一人として観測していなかった。

 彼らの日常は途切れることなく続いており、その特異な事象が話題に上ることは一切なかった。

 

 そして、期末テストが開始される。

 

 二日間にわたる過酷な筆記試験。

 それが終了した直後、大半の生徒が机に突っ伏し、これ以上の知的労働を拒絶する姿勢を見せた。

 

 三日目。異能実技試験の日が訪れる。

 

 指定された場所は、刃ケ丘の第一訓練場。

 広大な空間の中央で、A組とB組の生徒たちが互いの陣容を確かめ合うように向かい合って整列した。

 

「今回の異能実技試験はVIP護衛戦。各クラスからVIPを1名選出し、制限時間内に敵のVIPを戦闘不能にする……これがクリア条件だ」

 

 A組の担任が、抑揚のない声でルールを開示する。

 

「VIPは陣地から移動することを禁止する」

 

 続けて提示された制約。

 訓練場の床面には、白線で描かれた正方形の陣地が設置されていた。VIPに選ばれた者は、その枠組みの中から一歩でも外へ出ることを許されない。

 

「勿論殺害も禁止だ、これは決闘の規則(ルール)に準ずる」

 

 殺傷の禁止、第三者被害の防止、時間制限。ⅩⅢ(サーティーン)が定める決闘の三原則に則った、徹底された管理下での模擬戦であった。

 

「中間テストのペナルティだが、花緑青にはこの試験中は異能制限を受けてもらう」

 

 B組の担任が歩み寄り、花緑青小春(はなろくしょう・こはる)の腕に鈍色の腕輪を取り付ける。

 小春は無言のままそれを受け入れた。その腕輪によって、彼女の異能出力には明確な制限が課された。

 

「では各自、VIPを決める時間を取る。VIPが決まったら報告するように」

 

 A組の担任の言葉を合図に、両クラスはそれぞれの陣営で円陣を組み、戦術の構築へと移行した。

 

「どうする? 倒されないように強い人をVIPにする? それとも……」

 

 黒川玄(くろかわ・くろ)が、周囲の顔を見渡しながら口火を切る。

 

「相手の方にも切り込まないといけない……ってなると戦力は欲しい」

 

 紺野爪戯(こんの・つまぎ)が右手を口元に当て、盤面を整理する。

 VIPは移動が制限される。戦力となる人間をその場に固定するのは、攻撃の手数を減らす結果に直結する。

 

「でも、相手がやってきたら抵抗できないと……」

 

 錆御納戸雫(さびおなんど・しずく)が胸の前で両手を固く握り、懸念を提示した。

 

「雫も私も戦闘向けの異能じゃないからね……周りで固めてくれるなら、ありだとは思うけど……」

 

 青藤葵(あおふじ・あおい)が同調する。

 彼女たちがVIPとなった場合、前線への戦力供給は最大化されるが、防衛ラインを突破された瞬間にチェックメイトとなる。

 

「ある程度応戦が出来た方が良いってこと……? つまり……誰?」

 

 蘇芳(すおう)レイヴンが首を傾げ、条件に合致する人物を探す。

 

「正直にぶっちゃけちゃいなよ。攻撃性のある異能だけど、積極的に戦えない無能を選びたいですって」

 

 大空蒼(おおぞら・そう)が両手を頭の後ろで組み、悪びれる様子もなく残酷な真理を言語化した。

 

「はあ!? ちょっとあんたねぇ!」

 

 火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)が蒼を睨みつけ、声を荒げる。

 

「誰もあんたとは言ってない」

「はあ!?」

 

 蒼は朱美へ視線を向けることなく、言葉を投げ返した。朱美の顔に怒りの色が浮かぶ。

 

 六大路辛(ろくおおじ・かのと)佐倉真白(さくら・ましろ)は、その喧騒から完全に切り離されたように静観を保っていた。

 

「ちょっと! 今は仲間割れしてる場合じゃないだろ!」

 

 色波樹(しきなみ・いつき)が二人の間に割って入り、険悪な空気を物理的に遮断する。

 

「でも……火乃宮の異能なら迎撃出来そう……?」

 

 紅桔梗志紀(べにききょう・しき)が右手を顎に当て、思考を口にする。

 その一言で、クラスの視線が朱美へと集中した。

 

「何よ、私が無能ってこと……!?」

 

 朱美は顔を歪め、鋭い視線を周囲へ突き刺す。

 

「無能とまでは言わないけど、無防備ってのは良くないし……」

 

 志紀が言葉を選びながら、防衛網の正当性を主張する。

 

「俺は真白さんの言う通りにします!!」

 

 強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)が右手を勢いよく挙げ、盤面を無視した宣言を放つ。

 

「その佐倉は、何も言わないけどね」

 

 爪戯が横目で沈黙する真白を捉え、冷ややかに突っ込んだ。

 だが、翠柳はその事実を気にする素振りも見せない。

 

 次々と交錯する意見。

 視線が彷徨い、クラスメイトたちが困惑の海に沈む中、灰塚(はいづか)こころは両手の拳を固く握り締め、深く俯いていた。

 

 ある程度、応戦が出来て……敵陣に進めない無能……。

 

 こころの脳内で、先ほどの蒼の言葉が冷たく反響する。

 

 自分は無能だ。異能の出力制御もままならず、戦場に立つことすら恐ろしい。

 そう思うこころだが。

 

 こころは細く息を吸い込み、握り込んだ拳にさらに力を込めた。爪が手のひらに食い込む。

 

 勇気を、勇気を出すんだ……。

 

 彼女は顔を上げないまま、震える唇を開いた。

 

「あの……私がやります。やらせてください……」

 

 振り絞った声は小さかった。視線もまだ、足元をさまよっている。

 

「灰塚、無理は……」

 

 樹が案じるように声をかける。

 

「無理……でも……この中で私は、敵陣に突っ込む勇気はない……」

 

 こころは言葉を紡ぐ。自身の弱さを、隠すことなく曝け出す。

 

「でも、それでも……役に立ちたい」

 

 こころは顔を上げ、クラスメイトたちを見据えた。

 

「わ、私だったらある程度異能で自分を守れる。全く無策で言ってるわけじゃない! 六大路君とかは前線が良いと思うし、遠距離攻撃が出来る人は後方支援とかの方が良いって思ったし……それなら、私がやるのがベストだと考えた!!」

 

 語気が強くなる。肩は微かに震え、両の拳は白くなるほど握りしめられていた。

 異能で戦う恐怖は消えていない。だが、前を向いて歩みを進める朱美の姿が、こころの背中を押していた。

 

「灰塚……」

 

 樹がその決意を受け止め、彼女の名を呟く。

 

「灰塚がそういうなら、オレが身を挺して守るよ」

 

 樹は自身の胸に右手を当て、真っ直ぐに宣言した。

 こころの目が驚きに見開かれる。

 朱美もまた、その光景を前に言葉を失い、額に汗を滲ませていた。

 

「まあ、お前のカウンターなら盾役が良いわな」

 

 志紀が空気を軽くするように言う。

 

「盾役!?」

 

 樹がその役割名に素早く反応する。

 

「さ、サポートなら私頑張る」

 

 葵がこころの姿勢に引かれるように、自らの役割を引き受ける。

 

「錆御納戸はB組の毒に対応させたいな……なんかあったら、青藤のサポートでオレか強矢が駆けつけるか」

 

 レイヴンが全体のバランスを見渡し、機動力を持たせた配置を提案する。

 

「毒か~いけるかな~」

 

 雫が自身の胸に手を当て、不安げにこぼした。

 

「とりあえず灰塚さんのいる陣地を中心に青藤さんと錆御納戸さんを配置して、その周りを遠距離の出来るオレ・佐倉さん・爪戯・火乃宮さんで固めるのが良いと思う」

 

 玄が人差し指を立て、具体的な陣形を定義づける。

 

 こころは自分の名前が戦略の中心に組み込まれていく様を、瞬きを繰り返しながら見つめていた。

 

「はあ? なんで私が……」

 

 朱美が防衛の役割に抗議の声を上げる。

 

「勝つためなんだから、今ぐらい素直になれよ……」

 

 樹が呆れたように息を吐く。朱美は不満げに舌打ちをし、そっぽを向いた。

 

「六大路が先陣きって突っ込むか……蘇芳と強矢は行き来する感じか? 守りが多すぎる?」

 

 志紀が前線の質量を計算し、疑問を投げる。

 

「まあ、オレ達もある程度は前に出ても良いけど……」

 

 爪戯が射程距離の長さを活かし、状況に応じた前進の余地を残す。

 

「大空君は?」

 

 玄が視線を動かし、蒼へと問いかける。

 

「ボクは後方で適当にさせてもらう」

 

 蒼は興味を失ったように視線を外し、早々に役割を放棄するような回答を投げた。

 

「えええ……」

 

 玄が苦笑を浮かべる。

 

 こころの勇気が、A組という不揃いな歯車を噛み合わせた。

 彼女の決意を核として、それぞれの役割が明確に配置されていく。

 

 こころは胸の前で両手を固く組んだ。

 踏み出した一歩は間違っていなかった。迫り来る試練を乗り越えるため、彼女は静かに足元へ力を込めた。

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