【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.5「行動原理」

 卯月の風が新緑を撫でる、登校時刻の刃ケ丘(はがみおか)異能高等学校。

 通学路において、六大路辛(ろくおおじ・かのと)の周囲には明確な空白ができていた。

 

 入学式と測定テストで示された常軌を逸した実力、そして半妖という出自。

 それらの事実は、生徒たちに恐怖や嫌悪を植え付けるには十分すぎた。

 

 紺野爪戯(こんの・つまぎ)のように羨望の眼差しを向ける者もいたが、彼でさえも身分違いを自認するように一定の距離を保っている。

 

 物理的にも心理的にも、辛は完全に孤立していた。

 

「おっはよ〜」

 

 その見えない壁を、全く緊張感のない声が容易くすり抜けてきた。

 黒川玄(くろかわ・くろ)である。彼は辛の特異性を知りながらも、ただ一人、対等な立ち位置から接してくる存在だった。

 

「何故、お前はオレに……」

 

 辛は無意識に言葉を口にしかけ、途中でそれを飲み込んだ。仮に理由を探ったところで、己から彼に対するスタンスが変わることはないと結論づけたためだ。

 

「ん〜人間離れしてるところはあるけど、オレ的にそれは些細なことって言うか〜むしろ避ける方がおかしくね?」

 

 玄は歩調を合わせ、並んで歩きながら言葉を続ける。

 

「こんなすごい人と友達になれたら自慢じゃん!」

 

 玄は表情を緩め、無防備な笑顔を向けた。

 辛の顔面は鉄面皮のままだ。だが、その言葉を聞いた瞬間、冷徹な思考の奥底で、無視できない微かな熱の灯りを感じていた。

 

 その光景を後ろから見ていた爪戯が、突如として二人の間へと割り込む。

 彼は玄の襟首を掴み、力ずくで辛の隣から引き剥がした。

 

「なんでお前だけ仲良くなろうとしてるんだ!」

 

 爪戯が玄へ鋭い視線を送る。

 引き剥がされた玄は、相変わらず気の抜けた顔をしている。

 

「え〜君も仲良くしたらいいじゃん」

 

 極めて単純な提案。対する爪戯は、大げさなほどに首を左右に振った。

 

「いやいや、こんな下民のオレ如きが……畏れ多い!」

「下民って……」

 

 爪戯の極端な卑下に、玄が呆れたように返す。

 辛はそのやり取りを、歩みを止めずに視界の端で捉えていた。

 

「半分妖なんだって」

「化け物」

「しかも異能は規格外らしい」

「ますますやばいよね」

 

 すれ違う生徒たちの口から、容赦のない悪意が漏れ出た。

 集団による排他の意思表示。

 

 辛の表情筋は微塵も動かない。しかし、耳に届く言葉の数々は、鋭利な刃のように思考の片隅を削り取っていく。

 彼は視線をわずかに落とし、周囲の景色を視界から締め出すことで情報を遮断しようとした。

 

 その微細な変化を察したのか、玄は爪戯を適当にいなすと、再び辛の隣へと並んだ。

 

「ささ、早く行こ! 遅れるよ〜」

 

 玄は軽口を叩きながら、辛の肩を軽く叩いた。

 化け物と忌み嫌われ、遠ざけられる日々。父と弟以外の人間から、これほどまでに自然な接触を受けた記憶はない。

 

 辛にとって、悪意に満ちたこの学園で玄が示す裏表のない態度は、今後の行動を左右する重要な要因となっていた。

 辛は伏せていた視線を前へと戻し、一定の歩調で校門をくぐった。

 

 ◇

 

 午前中の座学。

 大半の生徒にとって、ただ知識を詰め込むだけの時間は苦痛を伴う。

 

 大空蒼(おおぞら・そう)は机に突っ伏して寝息を立てており、教員の注意を受けている。

 火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)は黒板を睨みつけているものの、その視線は時折、斜め前方に座る灰塚(はいづか)こころへと向けられ、不満と苛立ちを隠そうとしない。

 

 当のこころは、極端に背中を丸め、力なくノートに文字を書き写していた。

 強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)は授業をそっちのけで、佐倉真白(さくら・ましろ)の後頭部を見つめ続けている。

 対象である真白は、余計な動きを一切見せず、淡々と板書をノートにとっていた。

 

 爪戯と玄は机に肘を突き、色波樹(しきなみ・いつき)は窓外の風景に意識を逃がしている。

 

 その中で辛は、背筋を真っ直ぐに伸ばし、左手で規則正しくペンを走らせていた。整然と並んでいた文字列。それが、不意に途切れる。

 

 空間の歪み。

 異能が発現する特有の気配を、辛の肌が捉えた。

 

 本日は一年B組が別棟の演習施設で実習を行っている。だが、感知したエネルギーの波長は正常な制御下にあるものではない。しかも、発生源は一つではなかった。

 

 直後、空気を震わせる悲鳴がA組の教室まで響いてきた。

 

 教員が即座に授業を中断し、生徒へ避難を指示する。

 その騒ぎの中、辛は迷うことなく席を立ち、B組の演習施設へと駆け出した。

 

 この世界における異能の行使は、決闘および緊急事態下での正当防衛を除き、厳しく制限されている。

 辛は現在の状況を後者であると即座に判断した。

 

 ⅩⅢ(サーティーン)の評価を得るための点数稼ぎ。それが第一の理由。そして、他者が理不尽に傷つくことを良しとしない性質。それが、彼を動かすもう一つの要因であった。

 

 極めて合理的な計算でありながら、その根底には人間らしい防衛本能が混在している。

 

「辛君……」

 

 遠ざかる背中を、玄が見つめながら呟く。

 

「点数稼ぎだろ、やなヤツ」

 

 樹が吐き捨てるように言った。

 玄は肩をすくめると、思考を切り替え、爪戯と共にクラスメイトの避難誘導に回った。

 

 B組演習場。

 

 原因は魔。目に見えない脅威が精神に干渉し、理性を溶かして異能の暴走を誘発させる現象。

 

 複数の生徒が同時に制御を失い、破壊行動に及んでいた。

 木々の破片が凶器となって宙を舞い、暴風が吹き荒れ、異常な熱量と岩石が乱れ飛ぶ。

 

 辛は速度を落とすことなく、その混沌の只中へ踏み込んだ。

 進行方向へ金属の装甲板と土の壁を即座に生成し、降り注ぐ物理攻撃の軌道を逸らす。

 

「これ以上は……止める」

 

 短く宣告すると同時に、辛は地面を蹴った。

 障壁を解除し、死角から暴走する生徒の懐へ潜り込む。急所を的確に打ち抜き、脳への血流を瞬時に断つことで、次々と意識を刈り取っていく。

 

ⅩⅢ(サーティーン)はまだか!」

 

 教師陣の焦りに満ちた声が響く。

 

「先生! あれ!」

 

 一人の生徒が演習場の中央を指差した。

 ⅩⅢの到着を待つまでもなく、そこには無力化され横たわるB組の生徒たちと、その中心で無傷のまま静かに立つ辛の姿があった。

 

 弟を取り戻すための冷徹な計算。そして、目の前の崩壊を防ぐという無意識の選択。

 二つの行動原理が交差する場所で、六大路辛はただ静かに呼吸を整えていた。

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