【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
辛の処置を医師である父の
「どう思う?」
歩きながら窓の外へ視線を向け、爪戯が口を開いた。
「オレがもっと強く言ってたら……オレ、辛君の体調の変化に気づいてたのに……」
玄は俯き加減に足を進める。
彼は辛が疲労の蓄積をわずかに隠しきれていないことに気づいていた。
あの時、もっと強く休息を促していれば。その悔恨が、彼の表情に暗い影を落としている。
「いやいや、あんたのせいじゃないって……」
爪戯が隣を歩きながら言葉をかける。
「原因は
爪戯は両手を頭の後ろで組み、苛立ちを隠さずに言った。
「ってかさ……そもそも、妖ってなんだろうね? 魔物とは違うの? って思うと色々ⅩⅢが関わってそうっていうか……」
玄は口元に手を当て、思考を巡らせる。
「辛の誕生からⅩⅢが関わってた……?」
爪戯が玄の言葉から推測を口にした。
「半妖の誕生から管理、その中で弟を人質に……みたいな?」
玄の額を、一筋の冷や汗が伝う。
ⅩⅢの支部の近くにあった中学校からの出身者、辛君の管理、弟君の幽閉……ⅩⅢは思ってる以上に闇が深そうだね……。
玄の脳内で、治安維持機構という表向きの顔の裏に潜む、底知れぬ闇の構造が渦巻いていた。
「一応もうすぐ夏休みだし、辛君も休め……いや、長期休暇中にⅩⅢに呼ばれてより酷いことされる……?」
玄が推測を口にし、乾いた喉を鳴らす。
その言葉に、爪戯の背筋にも冷たいものが走った。
「いや……うーん……確かに? 今日倒れたのを考えると、過激になる?」
爪戯が腕を組む。
辛にどのような定期検査が行われていたのか、彼らは詳細を知らない。
だが、突如として高熱を発して倒れたという事実が、その検査の過酷さを容易に想像させていた。
通常の学園生活と並行して行われていたこれまでの検査。
それが長期休暇に突入すれば、より苛烈なものになるという予測は、極めて論理的だった。
「オレ達に出来ることってないのかな……?」
玄は顔を上げ、無機質な廊下の天井を見つめた。
「相手は治安維持の為の制裁機構だよ? 無理くね?」
爪戯が現実的な力関係を突きつける。
二人は重い足取りのまま教室へと戻った。
「六大路君は?」
「あ、うん。疲れからちょっと熱が出たみたい」
玄は心配をかけまいと、いつもの緩い笑顔を作って応えた。
「お父さんが来てた、治療してたし大丈夫」
爪戯も続く。
その言葉に、雫と葵は胸をなでおろし、安堵の息を漏らした。
「倒れたって?」
魔の討伐を終え、教室へ戻ってきた
「六大路、きちんとしてるし……体調管を理怠るとは意外だな」
当初は辛に反発していた樹だが、彼の隙のない日常を知るにつれ、体調管理を怠るような人間ではないと認識を改めていた。
「完璧に見えて、そうじゃなかったってことでしょ!」
宿泊研修で触れた辛の抱える悲痛な背景。そして、自身がⅩⅢと交わした取引の中で辛の名が挙がった事実。
蒼の脳内で点と点が繋がり、ⅩⅢと辛の間に何か決定的な事象が起きているという確信が形成されていた。
「お見舞いは……迷惑かな……?」
「トロ子なんで……?」
朱美が弄っていた髪から手を離し、驚きに目を見開く。
「期末まで……ずっと六大路君が頑張ってくれてたから……」
こころは勇気を振り絞るように言葉を紡ぐ。
決闘、魔の制圧、宿泊研修、そして期末試験。辛は常にクラスの先頭に立ち、事態を打開してきた。
その事実の積み重ねが、春先には辛を避けていたクラスメイトたちの意識を確実に変化させていた。
「迷惑かは知らないけど、心遣いは嬉しいんじゃないかな!?」
玄が瞳に光を宿し、前向きな言葉を返す。
雫と葵も顔を見合わせて深く頷き、爪戯は黙って親指を立てた。
「あっそ」
朱美は腕を組み、興味がないとばかりに視線を逸らした。
この日、辛は早退扱いとなり、父である北王によって自宅へと連れ帰られた。
放課後。
「じゃあ、オレちょっと行くところあるから!」
玄がいつもの緩い笑顔で鞄を持ち上げる。
「え? お見舞い行くんじゃ……?」
爪戯が目を瞬かせ、予定の違いに疑問を呈する。
「無駄かもしれないけど、やれることやっておきたくて的な?」
玄の顔から緩い笑みが消え、真剣な眼差しが覗いた。
「まあ、全員で押しかけても悪いし……別行動で良いんじゃね?」
レイヴンが帰り支度を進めながら状況を整理する。
「ふん、勝手に慣れあってなさいよ」
朱美は捨て台詞を残し、教室を後にした。
「ボクも帰ろっと」
蒼も退屈そうに席を立ち、帰路に就く。
「紺野は?」
志紀が爪戯の動向を尋ねる。
これまで辛のプライベートに踏み込むことを過剰に避けていた彼が、どう動くのか。
「オレ、黒川がちょっと不安だから……ついて行く」
爪戯はそう答え、玄の背中を追って教室を出た。
学園の門を抜けた二人は、並んで歩き出す。
「これから何処へ行くんだよ」
爪戯が隣を歩く玄に問いかける。
「
玄は前を見据えたまま、目的地と標的の名を口にした。
四月レン。治安維持機構ⅩⅢの一員にして、切ノ札学園の生徒。
「言っても無駄かもしれない、けど……何もしないよりはって思って」
玄の足取りに迷いはなかった。
◇
切ノ札学園。
異能保有者特別育成校。通称〈異能学園〉。
威圧感のある鋭い意匠の校章が掲げられた校門の前にて、玄と爪戯は目的の人物の出現を待っていた。
「あの……
不意に、切ノ札の女生徒から声をかけられる。
他校の制服姿で佇む二人は、この空間において明らかな異物であった。
「あ、えっと……一年生の四月レンさんに会いたくて」
玄は即座に無害な笑顔を作り、目的を告げる。
爪戯は一歩下がった位置からそのやり取りを見守っていた。
「四月さんですね、職員室に呼び出されていたので……ちょっと見てきますね」
長い黒髪を揺らし、女生徒は校舎の方へと引き返していった。
それから数分後。
四月レンが校門へと姿を現した。
「なんだ? 私に用があると?」
レンは二人の姿を視界に収めるなり、前置きを省いて問いかける。
爪戯は、目の前の小柄な少女がⅩⅢの正規メンバーであるという事実に、内心で驚きを覚えていた。
「単刀直入に言います。六大路辛君の扱いを改善してください」
玄はレンの目を真っ直ぐに見据え、要求を突きつけた。
「直球ぅ」
爪戯が思わず横から声を漏らす。
「六大路辛の扱い……?」
レンはわずかに首を傾げる。
直後、彼女の瞳の奥で『過去視』の異能が励起した。
玄が辛の倒れた経緯を説明しようと口を開きかけたが、レンは右手をスッと前に出してそれを制止する。
「すまん、今分かった。熱を出して倒れた原因が、そうか」
レンは前に出した右手を自身の額に当て、静かに言葉を紡ぐ。
何も説明していないにも関わらず、全てを理解したレンの反応に、玄と爪戯は困惑を浮かべた。
「ああ、私は過去視の異能持ちでね……今視た。お前たちが此処を訪れた理由も分かる」
レンが淡々と事実を開示する。
「じゃあ……」
爪戯が期待を込めて身を乗り出した。
「ただ、期待に答えられるかは……」
レンは小さく息を吐き、冷酷な現実を突きつけるように応えた。