【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
目的の人物である
「ただ、期待に答えられるかは……」
レンの口からこぼれたのは、冷酷な現実を突きつけるような低い声だった。
「少し、場所を移そうか」
言葉少なに背を向け、歩き出す。
玄と爪戯は視線を交わし、その背中を追った。
向かった先は、切ノ札学園の駐車場。
指定された黒いセダンの前に立つと、レンは二人を後部座席へと促した。
「四月さん!?」
運転席の男が、他校の生徒を乗せようとするレンの行動に目を剥く。
「良いんだ。連れていけ、場所は……例の場所だ」
助手席に腰を下ろしたレンは、シートベルトを引き出しながら前方を睨んだまま告げた。
後部座席に収まった玄と爪戯の顔には、疑念が浮かんでいる。
「わ、分かりました」
運転手は僅かに口元を引きつらせ、エンジンを始動させた。
窓の外を流れる景色が、市街地から寂れた山道へと変わっていく。
車内を満たすのは、エンジンの駆動音だけだった。
山の外れ。
かつての訓練場跡地に広がるのは、無数の墓標の群れ。
「降りろ」
短い指示を残し、レンは車を降りる。
冷たい風が吹き抜ける墓地へと足を踏み入れた。玄と爪戯も無言で後に続く。
「此処って……?」
立ち並ぶ墓石群を見渡し、爪戯が口を開いた。
その数、四百九十九。
「墓地……」
玄の喉仏が上下する。
レンは墓標の前に立ち止まり、そこに刻まれた名前の輪郭を指先でゆっくりとなぞった。
「お前たちは、選ばれた子ども達を知っているな?」
振り返ることなく、レンが問いを投げる。
「小四の頃に国から選ばれた子ども達が、訓練を経て
爪戯が即答する。
国から「特別な適性」を見出され、訓練の末に治安維持組織〈ⅩⅢ〉へ入隊する権利を得る。
選出された家庭には莫大な報酬が支払われたという。
「やっぱり、キミはその選ばれし子ども達の一人!?」
玄の確信めいた問いに、レンは僅かに顎を引いた。
「ああ……そしてこの墓は私以外の子ども達のものだ。五百人の子ども達は……私だけを残し、皆死んだよ」
無機質な声で紡がれた事実に、玄と爪戯の呼吸が止まる。
教室で全滅したという不穏な噂の真相を目の当たりにし、二人の視線が硬直した。
「ⅩⅢを夢見て、英雄だと信じた子ども達。しかしそれをⅩⅢは、最初から裏切っていた」
レンは身をかがめ、冷たい石の表面を見つめる。
「なんで……その話を?」
爪戯が周囲の墓標群へ視線を這わせながら尋ねる。
「ⅩⅢは世間が抱くような英雄とはかけ離れた闇の部分が沢山ある……六大路辛のことも、そう」
沈み込むような声だった。
「とはいえ……子ども達と比べて半妖の出自は貴重だからな。今回のことをキツく言っておけば、少しは……と言っても本当に少しだろうがな。一応掛け合ってみよう」
レンは立ち上がり、二人に向き直る。
その双眸の奥には、薄暗い陰りが落ちていた。
「ありがとうございます」
玄が深く頭を下げ、爪戯もそれに倣う。
「……良い味方を持ったな。外の世界といい……」
レンの口角が僅かに上がり、語尾は冷たい風に溶けて消えた。
二人が顔を上げる。
用件は終わった。
墓地を去る直前、レンは無数の墓標へ向けて静かに一礼する。
玄と爪戯もまた、それに倣い頭を下げた。
一方、六大路家。
ベッドに横たわる辛の意識は、深い闇の中に沈んでいた。
視界を覆うのは、白。
両手首が白衣の研究員の手で頭上で固定され、冷たい感触が肌を縛る。
両足も同様に押さえつけられ、仰向けの身体を隠す衣服はない。
「……っ……離せ」
乾いた唇から漏れた拒絶は、周囲を取り囲む白衣の者たちには届かない。
拘束を振り解こうと筋肉を収縮させるが、力は虚無へ吸い込まれるように伝わらない。
無機質な手が、辛の肌を這う。
「痛っ!? あっ……はぁ」
神経を直接撫でられるような鋭い痛みと、それを侵食する異様な快楽の感覚。
辛は背を反らせるが、その手の動きは止まらない。
「あっ」
意図せず声がこぼれる。
心拍数が跳ね上がり、呼吸が乱れる。
体温が不自然に上昇していく。
そこへ、仮面で顔を隠した女が近づいてくる。
その姿を捉えた瞬間、辛の全身が強張った。
「っ……やめ……助け……」
女の影が辛を覆う。
白衣の者たちの手が離れ、痛覚が消え去った直後、それを塗り潰すような異常な快楽の感覚が神経を焼いた。
理性を置き去りにした肉体の生理反応。
女の質量が、辛の身体へと沈み込んでくる。
「……っ! ……助け」
「辛! 辛!」
唐突に、視界の白が暗転した。
現実世界の重力が身体を取り戻す。熱に浮かされた辛の肩を揺すり、意識を引き上げたのは父・
「水分補給しろ、ほら」
北王は辛の上体を支え起こし、グラスを口元へ運ぶ。
辛は促されるまま、冷たい水を喉へ流し込んだ。
「仕事は?」
乱れた呼吸を整えながら、辛は視線を逸らして尋ねる。
「お前の容態を診るのが仕事だ」
北王が短く返す。
半妖という特異な構造を持つ辛の肉体。その管理には、専門的な見地が必要不可欠だった。
その時、玄関のチャイムが電子音を鳴らした。
北王がグラスを置き、部屋を出ていく。
「六大路ー!」
「大丈夫かー!」
玄関先から響いてきたのは、騒がしい声。
ドアの向こうに立っていたのは、一年A組の面々――
「あ、煩くしてすみません。ちょっと男子、落ち着いて」
葵が頭を下げながら、志紀とレイヴンの背中を叩く。
雫とこころも、申し訳なさそうに身を縮めていた。
「あの、お見舞いに来たのですが……邪魔でしたら帰りますんで」
樹が周囲を制しつつ、冷静に要件を切り出す。
「いや……丁度さっき目が覚めたところなんだが、少しなら大丈夫だぞ」
北王は僅かに目元を緩め、彼らを招き入れた。
足音が廊下を進み、辛の部屋の扉が開かれる。
「……お前ら」
辛の目が、僅かに見開かれた。
「黒川と紺野も行きたかったみたいだけどね、ちょっと別行動」
レイヴンが、不在の二人の動向を短く補足する。
「六大路、あんま無理すんなよ」
志紀がベッドに近づき、辛の頬を指先で突いた。
「いや、紅桔梗君は離れて?」
葵が志紀の肩を掴み、強制的に引き剥がす。
「煩くてごめんね、あ……これ今日のプリントだよ」
雫が鞄を開け、クリアファイルを取り出してサイドテーブルに置いた。
「お前ら病人の前で……もう少し静かにしろよ」
樹が溜息混じりにたしなめる。その背後に隠れるように、こころが視線を彷徨わせていた。
「ノート見るか!?」
「お前のノートに価値あるのか!?」
「授業中寝てるもんね」
ベッドを囲む騒音。
無表情を崩さない辛の視界で、平穏な日常の断片が再生されている。
静かな自室を満たすその喧騒を、辛はただ黙って見つめていた。
扉の傍に立つ北王の目元も、僅かに和らいでいる。
過酷な検査と絶望的な疲労の底。
その暗闇の中に差し込んだ僅かな光を網膜に焼き付け、辛は静かに呼吸を整えた。
その日の夜。
ⅩⅢの実験棟。白く無機質な廊下に、重く鋭い足音が響き渡る。
四月レンの双眸は、周囲の空気を凍てつかせるほどの冷たさを帯びていた。