【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
崩落した瓦礫の陰。息を潜める
「オレ的には今回、爪戯君に右眼を使って欲しいんだよね」
玄の口から、警戒を緩めることなく平坦な声が発せられた。
「なんで、右眼のこと……」
爪戯の喉が強張る。
前髪で隠し、意図的に閉ざしている右眼。そこに宿る特異な魔眼の存在を、なぜ隣の男が知っているのか。
「とりあえずオレは青藤さんの安全確保に向かう」
玄は爪戯の肩を軽く叩き、返答を待たずに瓦礫の陰から飛び出した。
「お、おい!」
爪戯の静止を置き去りにし、玄の背中は炎の向こう側へと遠ざかっていく。
一方、戦場の中心。
「お前ら何をしている」
一切の熱を含まない低い声。
その威圧感に当てられ、アカハの足が一歩後退する。
「あ、あんたに助けられる気はないわ!」
背後でふらつく
辛は振り返らず、表情筋を微塵も動かさなかった。
「ずるい」
アカハの唇から、無意識の独白が零れ落ちる。
「は?」
朱美が顔をしかめ、眼前の少女を睨みつけた。
「私もA組だったら……庇ってもらえたり、構ってもらえたりしたのかな?」
アカハは視線を落とし、熱を帯びた声で呟く。
朱美は大きくため息を吐き出した。
「あんたさー、青藤襲ったり天竜解放したりさ……そんなことするより、別のことでアピールしなさいよね!?」
朱美が額を押さえ、呆れたように言い放つ。
「え?」
予想外の言葉に、アカハが虚を突かれた顔を見せる。
対峙する辛は、静寂を保ったまま二人のやり取りを見下ろしていた。
「問題行動起こせば好感度下がるでしょ!? 別のことで好感度上げなさいって言ってるの!!」
朱美は右手を突き出し、人差し指でアカハを真っ直ぐに指し示す。
「具体的には!?」
アカハが即座に食いつく。
「知らないわよ、自分で考えなさい」
朱美は冷ややかに突き放した。
「邪魔な女子を消すほうが早くない?」
「それ以外で」
悪びれる様子のないアカハの論理を、朱美が間髪入れずに叩き切る。
不毛な問答が交わされる中、上空で空気を切り裂くような轟音が響き渡った。
辛、アカハ、朱美の視線が一斉に天を仰ぐ。
その隙を突き、玄が音もなく
上空では、
「魔」の浸食。理性を完全に消失させ、その体躯は巨大な竜へと変異していく。
「ちょっ……」
規格外の質量を前に、朱美の喉が上下した。
「玄、火乃宮と青藤を頼む!」
辛は背後の玄へ短い指示を飛ばし、即座に地を蹴った。
強靭な脚力がアスファルトを粉砕し、その身体が空へと跳躍する。
「黒川?」
朱美が痛みに耐えながら振り返る。
視界の端で、玄が気を失った葵を抱え上げようとしていた。
「待って、逃げるなんて許さない」
アカハが右手を掲げ、再び異能の熱を励起させようとする。
「だーかーら!」
朱美が苛立ちを露わにして叫ぶ。
アカハの行動原理は明確だ。辛の周囲にいる女子生徒の排除。
「枯野さんだっけ? 辛君はクラスメイトに手を出す相手を許さないよ。つまり……今ここでオレ達に攻撃することは、キミにとってマイナスにしかならない」
葵を抱え上げた玄が、平坦な声で事実だけを告げる。
「でも、でも、でも!!」
アカハが声を荒らげる。
「邪魔だから排除じゃなくてさ、友達から普通に接する……その方がずっと良いよ」
玄の表情からいつもの緩さが消え去り、真剣な眼差しが向けられた。
アカハの指先から、異能の熱が微かに揺らぐ。
辛のクラスメイトへの嫉妬。しかし、玄と朱美の言葉が的を射ていることも理解できていた。
「今更……遅いよ」
取り返しのつかない自身の失態を自覚し、アカハは深く俯いた。
直後、空気が爆ぜるような轟音が連続する。
完全な竜へと変貌した天色と、辛の空中戦が開始されていた。
辛は空中に金属を生成して足場を構築し、火の異能による爆発的な推進力で肉薄する。
死角からの蹴撃。
しかし、「魔」の浸食によって硬度を増した竜の鱗は、物理的な衝撃を完全に遮断していた。
「硬いな」
辛の口から、冷静な分析が漏れる。
次の瞬間、天色の口腔から高圧の電流を帯びたブレスが放たれた。
辛は瞬時に金属の防壁を展開し、膨大な電気エネルギーを空へと受け流す。
相殺による余波が突風を生み、破壊された建物の瓦礫が地上へと降り注いだ。
その一つが、足を止めたアカハの頭上へと迫る。
「──……っ!!」
いち早く軌道に気づいた朱美が動こうとするが、蓄積したダメージが肉体を縛り付ける。
足がもつれ、地面に倒れ込んだ。
激突の寸前。
虚空から分厚い氷の盾が形成され、瓦礫を弾き飛ばした。
「こっち!」
爪戯の声が響く。彼が手招きし、退避を促していた。
玄は葵を抱えたまま、速やかに後退する。
アカハは動揺からか、その場に縫い付けられたように動かない。
朱美は奥歯を噛み締め、無理やり身体を起こすと、アカハの腕を強く引いた。
「なっ……なんで……」
アカハの顔に、明確な驚愕が浮かぶ。
「目の前で死なれたら気分悪いからよ!!」
朱美は前を向いたまま、乱暴に言い捨てる。
「後で青藤と六大路達に謝罪でもしなさいよね」
朱美の言葉に、アカハは引かれるがままに小さく頷いた。
上空では、辛と天色の激烈な衝突が続いている。
「爪戯君……」
安全圏である瓦礫の陰へ到達した玄が、葵を横たえながら声をかける。
「あんたがなんで、オレの右眼のこと知ってるか分からないけど……はー……正直一日の使用回数が決まってるから、あまり使いたくないんだけど……」
爪戯は深い呼気を漏らした。
視認した対象へ事象を転嫁する魔眼。その使用回数は一日数回に限定されており、彼自身、極力温存しておきたい切り札だった。
「こうなったら使う……けど、あの巨大な竜にどこまで通じるか……」
空を舞う規格外の質量を見上げ、爪戯が眼を細める。
「右眼で一発、それが入れば辛君は追撃するよ」
玄が爪戯の肩に手を置き、静かな確信を持って告げた。
爪戯は短く頷くと、前髪を払い、封じていた右眼を開放した。
視線の先に、竜の巨体を捉える。
同時に、自身の異能で生成した鋭利な氷の刃を、躊躇いなく自らの腹部へと突き立てた。
「ちょっ!」
合流した朱美がその異様な光景に悲鳴を上げる。
しかし、爪戯の肉体から血は流れない。
代わりに、上空を舞う天色の腹部が突如として深々と抉り取られた。
負傷の転嫁。それが彼の魔眼の理だった。
「ガアッ」
予期せぬ激痛に、竜の咆哮が空気を震わせる。
辛の思考が、その一瞬の隙を見逃すはずがなかった。
火の異能による最大出力のブースト。
音速を超えた踏み込みで天色の死角へ回り込み、生成した巨大な金属塊を、抉れた傷口へと直接叩き込む。
「オレのクラスメイトに手を出したんだ、オレはお前を許さない」
無機質な宣告と共に、金属塊が竜の肉体を内側から無残に食い破っていく。
鮮血が飛散し、天色の絶叫が大気を切り裂いた。
その直後、現場へ到着した
起動された封印装置から幾筋もの光の糸が射出され、竜の巨体を雁字搦めに拘束していく。
最後の抵抗として口腔にエネルギーが収束されるが、強制的な異能抑制によって熱量は霧散した。
「ロクオオジィィィ!!」
天色の怨嗟の声が響き渡り、やがてその巨体が重力に従って地面へと墜落する。
巻き上がる粉塵と爆風が、玄たちの髪を激しく揺らした。
沈黙する戦場。
無謀な暴走の果てに、天竜天色は再びⅩⅢの拘束下へと堕ちた。