【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.7「入部試練」

 放課後の刃ケ丘(はがみおか)異能高等学校。

 特別対策部への入部試験、実質的な入部試練の場となる第一訓練場には、乾燥した空気が漂っていた。

 

 広大な施設内に存在する人影は二つのみ。六大路辛(ろくおおじ・かのと)と、監督役を務める教師の姿だけであった。

 

「誰もお前と組みたくないようだな」

 

 教師が冷徹な視線を辛へと向ける。

 対する辛の表情筋は一切動かないが、彼の内心には安堵の感情が広がっていた。

 自身に向けられる悪意や恐怖は許容範囲内である。他者をこの危険な領域に引き込まずに済む現状は、被害を最小限に抑えるための最適解であった。

 

「お前は既に入部が決まっているが、一応儀式としてテストは受けてもらう」

 

 特別対策部は辛を中核として発足する機関であるが、ⅩⅢ(サーティーン)の管轄下にある以上、様式化された手順を踏む必要があった。

 

 辛は視線を前方に固定し、無機質な態度で目前の試練に向き合おうとした。

 

「待った待った待った~!」

 

 静寂な空間を、全く緊張感のない声が叩き割る。

 

 辛がわずかに首を巡らせると、紺野爪戯(こんの・つまぎ)の襟首を掴んだ黒川玄(くろかわ・くろ)が、訓練場の入り口から駆け込んでくるのが見えた。

 

 想定外の事態に、教師の眼球が見開かれる。

 

「お・待・た・せ!」

 

 玄は息一つ切らすことなく、普段通りの気の抜けた顔で宣告した。

 

「まさか、入部希望者がいるとはな」

 

 教師の口から疑問符の混じった声が漏れる。辛が学園内で完全に孤立しているという情報を把握していたが故の反応だった。

 

「ちょっと! なんでオレまで!」

 

 襟首を掴まれた爪戯が、腕を振り回して抵抗しながら声を荒らげる。

 

「なんでって、辛君へ羨望のまなざしを送ってたから?」

 

 玄は一切の悪意を含まない声で回答した。

 

「オレの様な下民では……!」

「最初あんなに近づいてたのに? 今更?」

「最初はその……」

 

 玄の的確な指摘に、爪戯は言葉を詰まらせる。

 入学当初、爪戯は辛の特異性に惹かれて接近を試みた。しかし、その圧倒的な実力差を目の当たりにする過程で、自身の存在が並び立つには不適格であると判断し、物理的および心理的な距離を意図的に設定していたのだ。

 

「友達助けると思ってさ! ね?」

 

 玄は爪戯を解放すると同時に、その背中を力強く叩き、無防備な笑みを向けた。

 

「……うん」

 

 逃走を諦めたのか、爪戯は首を縦に動かした。

 

「お前ら……」

 

 辛が声を震わせる。

 

「言ったでしょ、一人より二人。そして三人目! 辛君は素直にこう言えばいいのさ」

 

 玄は右腕を辛の正面へと差し出し、はっきりとした口調で言い放った。

 

「『チカラを貸してくれ』って!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、辛の両眼がわずかに見開かれる。

 

 弟を取り戻すため、彼はこの学園へ独りで足を踏み入れた。異端の存在として排斥され、周囲との断絶を前提として生きていくはずだった。

 単独での戦いを覚悟していたにもかかわらず、自身の領域へ踏み込んでくる存在が二つも現れたのだ。

 

「どうして……」

 

 予測不能な事態に対する疑問が、声となって無意識に漏れ出た。

 

「う~ん、なんとなく知り合いに似てる気がして……放っておけないって言うか……それにやっぱり皆が言うほどの違いってないと思うんだよね」

 

 玄の認識において、辛は処理すべき脅威でも観察対象でもなく、対等な一人の人間として定義されていた。その基準に基づき、彼は協力を選択したのである。

 

 その言葉を受け、爪戯の姿勢にも明確な変化が生じる。

 

「避けててごめん! あまりにもすごい奴だったから……こんなオレでも良ければチカラになるよ」

 

 爪戯は前髪で隠れていない左眼で、辛を真っ直ぐに捉えて言葉を紡いだ。

 教師は腕を組み、即座に次の段階へ移行するよう無言の圧力をかけている。

 

 辛の口は閉ざされたままであった。

 

 思考の超高速演算が行われる。自身に味方が加わることによる戦術的メリット、そして彼らを未知の危険に晒すリスク。

 だが、目の前の二人は無力な一般生徒ではない。生存競争を勝ち抜く能力を保有している。

 

 辛は両手の指を内側へ折り曲げ、拳の形を作った。そして、最適化された結論を導き出す。

 

「二人とも、オレにチカラを貸してくれ」

 

 飾りのない、真っ直ぐな言葉だった。

 

「任せろ~」

「うん!」

 

 玄の気の抜けた返答と、爪戯の力強い肯定が重なる。

 

「では入部試験、いや入部試練を始める」

 

 教師が懐から小型の端末を取り出し、側面のスイッチを入れた。それを宙へと放り投げる。空間に歪みが生じ、大気が微かに震えた。

 

「これはⅩⅢから支給された召喚・喚起の異能を内包した端末でな……今から出てくる魔物を倒してもらう」

 

 ⅩⅢ所属の狙撃手、宮中潤(みやうち・じゅん)が保有する異能を端末に定着させた、使い捨ての召喚機構である。

 

 空間の歪みから、一つの実体が這い出てきた。

 光を呑み込むような禍々しい闇の塊。鋭い爪、赤く発光する眼、そしてむき出しの牙が、三人を明確な獲物として捉えていた。

 

「これが魔物……!」

 

 爪戯の顔が緊張に染まる。玄の表情からも緩みが消え去った。

 

「大丈夫だ、オレ達ならやれる」

 

 辛の短く、だが確信に満ちた声が空気を引き締める。

 

「オレ達ね! 良いね!」

 

 玄の口角が再び持ち上がる。

 

「やってやる!」

 

 爪戯が腰を落とし、迎撃の体勢をとった。

 

「開始する!」

 

 教師が右腕を振り下ろした。

 合図と同時に、魔物が強靭な脚力で床を蹴り、三人へ向けて直線的に距離を詰める。

 迎撃は即座に行われた。玄が操る影が床を這って魔物の脚を拘束し、同時に爪戯が生成した氷の塊が魔物の関節を覆い尽くし、その動きを完全に止める。

 

「辛君!」

「辛!」

 

 両サイドからの声に合わせ、辛は前傾姿勢で一気に間合いを詰めた。

 掌から高密度の金属刃を生成し、対象の急所を正確に捉えて振り抜く。

 刃は抵抗なく魔物の胴体を通過し、対象を二つに切り裂いた。

 

「よっしゃ」

 

 爪戯が歓声を上げる。

 しかし、戦闘は終わっていなかった。分断された魔物の残骸から、赤く明滅する球体が空中に浮上する。それを核として、周囲の闇が急速に集まり始めた。

 

「まだ終わりじゃない」

 

 玄が警戒を強めながら告げる。

 再生を終えた魔物は、脚部を縛っていた影と氷の拘束を力任せに粉砕した。

 そして、標的を再設定すると、もっとも距離の近い爪戯へ向けて、その凶悪な爪を振り上げた。

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