【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
入部試練は継続していた。
「まだ終わりじゃない」
再生を終えた魔物が、脚部を縛る影と氷の拘束を力任せに粉砕する。即座に標的を切り替え、最も至近に位置する
迫り来る圧倒的な質量。
爪戯は即座に氷の障壁を構築し、接触の角度を操作して魔物の軌道を物理的に逸らす。
魔物の脚部が的確に切断され、宙を舞う。
「!?」
だが、切断面から赤黒い肉芽が膨れ上がり、瞬時に新たな脚部が形成されていく。
「キリないね、これ」
玄の表情から普段の緩みが完全に消え失せ、冷酷な光が瞳に宿る。
彼は足元の影を無数の刃へと変質させ、魔物へ向けて一斉に射出した。
影の刃が魔物の巨躯を細かく断裂させる。しかし、中心に位置する赤い核が脈打つと同時に、再び闇の肉体が泥のように集束し始めた。
圧倒的な熱量、あるいは致命的な物理破壊。
辛は脳内で高速の演算処理を行う。導き出された盤面の駒は、自身を含めて三つ。
単独での撃破ではなく、部隊としての殲滅。
それが現在の最適解。
「爪戯! 水を!」
辛は最短の言葉で指示を飛ばした。
「よし来た!」
爪戯が即座に異能を励起させ、空中に大量の水を展開する。
「玄はオレが合図したら影でこいつを囲め!」
間髪を容れず、辛は玄へと次なる行動を指定した。
「りょ〜か〜い」
玄は右手で軽く応え、影の面積を拡張して包囲の態勢を整える。
魔物は足元に広がる水を嫌うように、上空へと大きく跳躍した。
その軌道を冷徹に見据え、辛は自身の異能を解放する。狙いは魔物そのものではなく、爪戯の展開した水塊。
生成する物質は、水に対して極めて激しい反応を示すアルカリ金属──セシウム。
「今だ!」
辛の鋭い声が響く。
同時に、玄の影がドーム状に隆起し、水と魔物を完全に密閉した。
直後、水に触れたセシウムが劇的な化学反応を引き起こす。
莫大な熱量の膨張、そして爆発。
視界を揺るがす轟音。
第一訓練場の基盤を軋ませるほどの破壊エネルギー。
だが、玄の構築した影の防壁が衝撃波と熱線を内部に封じ込め、外部への余波を完全に遮断していた。
「すご……」
爪戯の口から、感嘆の息が漏れる。
影の結界が解除される。
内部では急激な熱膨張によって魔物の肉体が跡形もなく消し飛び、再生の起点となる赤い核すらも完全に霧散していた。
「核ごと破壊させてもらった」
辛は剣を納め、事実のみを淡々と告げた。
「そこまで! 入部試練を完了とする」
監視にあたっていた教師の宣言により、入部試練の全行程が終了した。
「爆発を最小限の被害にするために影を、ねぇ」
玄の表情から鋭さが抜け落ち、いつもの緩やかな空気が戻る。辛の描いた戦術の全容を理解し、呆れたように肩をすくめた。
爪戯が二人の元へと歩み寄ってくる。
「ってか辛、五行使いなら自分で水出せたのでは? オレの存在意義……」
爪戯はがっくりと肩を落とし、根源的な疑問を口にする。
「オレの異能は満遍なく使いこなせる訳ではない。水は特に不得手だ。無から生成はできない」
辛の予期せぬ回答に、爪戯はわずかに目を見開いた。確かに異能測定の際も、辛は自身の能力ではなく、爪戯の作り出した水を触媒として利用していた。
「それ言ったら金属で壁だって作れるわけじゃん!」
玄がすかさず論理の穴を突く。
辛の出力であれば、爆発から身を守る強固な金属の防壁を構築し、単独で魔物を殲滅することも十分に可能であったはずだ。
だが、彼はその選択を取らなかった。
「
辛の声には、平坦な中にも確かな熱が帯びていた。
彼は独りではない。力を貸してほしいと告げたのは他でもない自分であり、それに応えたのは目の前の二人なのだ。
辛の表情は鉄面皮のままだ。
しかし、その短い言葉に含まれた意志を受け取り、玄と爪戯の口元には自然と笑みが浮かんでいた。
「そうだね、オレ達の勝利だね」
玄が笑い混じりに返し、爪戯もまた満足げに頷く。
単独行動の放棄。それが、
◇
「一人で勝つのではなく、みんなでか……」
レンは冷徹な眼差しの奥で、試練を突破した彼らの戦果を静かに評価していた。
彼女は単語帳を閉じ、机の上に置く。静かな足取りで窓辺へと歩み寄り、ガラスに映る自身の輪郭を見つめた。
その口元が、微かに自嘲の形に歪む。
私は無力だ……。
彼女には、ⅩⅢという組織の中枢で生き残らなければならない明確な理由がある。だが、上層部に属しているからこそ、己の持つ権限と能力の限界を誰よりも痛感させられていた。
「『魔』に対しても……
窓ガラスに触れるように、レンが弱々しく呟く。
事件の根源たる見えない脅威である魔。そして、組織によって囚われている辛の弟、
現在の彼女の力では、そのどちらに対しても有効な手を打つことができない。
窓の外では雨が降り始めていた。
無数の水滴が、硝子の表面を音もなく滑り落ちていく。
◇
その屋上の縁に、一つの人影が立っていた。
「面白い……そうでなくては」
右手に握られたスマートフォンの液晶画面には、
「少し遊んでもらえ……」
虚空へ向けられた呟きは、強まる風の中に掻き消された。
アスファルトを叩く雨音が、次第にその激しさを増していく。