【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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case.8「入部試練Ⅱ」

 入部試練は継続していた。

 

「まだ終わりじゃない」

 

 (くろ)が警戒を強め、声を張り上げた。

 再生を終えた魔物が、脚部を縛る影と氷の拘束を力任せに粉砕する。即座に標的を切り替え、最も至近に位置する爪戯(つまぎ)へ向けて凶悪な爪を振り下ろした。

 

 迫り来る圧倒的な質量。

 爪戯は即座に氷の障壁を構築し、接触の角度を操作して魔物の軌道を物理的に逸らす。

 (かのと)はその隙を見逃さず、死角から白刃を一閃させた。

 魔物の脚部が的確に切断され、宙を舞う。

 

「!?」

 

 だが、切断面から赤黒い肉芽が膨れ上がり、瞬時に新たな脚部が形成されていく。

 

「キリないね、これ」

 

 玄の表情から普段の緩みが完全に消え失せ、冷酷な光が瞳に宿る。

 彼は足元の影を無数の刃へと変質させ、魔物へ向けて一斉に射出した。

 

 影の刃が魔物の巨躯を細かく断裂させる。しかし、中心に位置する赤い核が脈打つと同時に、再び闇の肉体が泥のように集束し始めた。

 

 圧倒的な熱量、あるいは致命的な物理破壊。

 辛は脳内で高速の演算処理を行う。導き出された盤面の駒は、自身を含めて三つ。

 

 単独での撃破ではなく、部隊としての殲滅。

 それが現在の最適解。

 

「爪戯! 水を!」

 

 辛は最短の言葉で指示を飛ばした。

 

「よし来た!」

 

 爪戯が即座に異能を励起させ、空中に大量の水を展開する。

 

「玄はオレが合図したら影でこいつを囲め!」

 

 間髪を容れず、辛は玄へと次なる行動を指定した。

 

「りょ〜か〜い」

 

 玄は右手で軽く応え、影の面積を拡張して包囲の態勢を整える。

 

 魔物は足元に広がる水を嫌うように、上空へと大きく跳躍した。

 その軌道を冷徹に見据え、辛は自身の異能を解放する。狙いは魔物そのものではなく、爪戯の展開した水塊。

 生成する物質は、水に対して極めて激しい反応を示すアルカリ金属──セシウム。

 

「今だ!」

 

 辛の鋭い声が響く。

 同時に、玄の影がドーム状に隆起し、水と魔物を完全に密閉した。

 

 直後、水に触れたセシウムが劇的な化学反応を引き起こす。

 莫大な熱量の膨張、そして爆発。

 視界を揺るがす轟音。

 

 第一訓練場の基盤を軋ませるほどの破壊エネルギー。

 だが、玄の構築した影の防壁が衝撃波と熱線を内部に封じ込め、外部への余波を完全に遮断していた。

 

「すご……」

 

 爪戯の口から、感嘆の息が漏れる。

 

 影の結界が解除される。

 内部では急激な熱膨張によって魔物の肉体が跡形もなく消し飛び、再生の起点となる赤い核すらも完全に霧散していた。

 

「核ごと破壊させてもらった」

 

 辛は剣を納め、事実のみを淡々と告げた。

 

「そこまで! 入部試練を完了とする」

 

 監視にあたっていた教師の宣言により、入部試練の全行程が終了した。

 

「爆発を最小限の被害にするために影を、ねぇ」

 

 玄の表情から鋭さが抜け落ち、いつもの緩やかな空気が戻る。辛の描いた戦術の全容を理解し、呆れたように肩をすくめた。

 

 爪戯が二人の元へと歩み寄ってくる。

 

「ってか辛、五行使いなら自分で水出せたのでは? オレの存在意義……」

 

 爪戯はがっくりと肩を落とし、根源的な疑問を口にする。

 

「オレの異能は満遍なく使いこなせる訳ではない。水は特に不得手だ。無から生成はできない」

 

 辛の予期せぬ回答に、爪戯はわずかに目を見開いた。確かに異能測定の際も、辛は自身の能力ではなく、爪戯の作り出した水を触媒として利用していた。

 

「それ言ったら金属で壁だって作れるわけじゃん!」

 

 玄がすかさず論理の穴を突く。

 辛の出力であれば、爆発から身を守る強固な金属の防壁を構築し、単独で魔物を殲滅することも十分に可能であったはずだ。

 だが、彼はその選択を取らなかった。

 

()()()で勝つんだろ……」

 

 辛の声には、平坦な中にも確かな熱が帯びていた。

 彼は独りではない。力を貸してほしいと告げたのは他でもない自分であり、それに応えたのは目の前の二人なのだ。

 

 辛の表情は鉄面皮のままだ。

 しかし、その短い言葉に含まれた意志を受け取り、玄と爪戯の口元には自然と笑みが浮かんでいた。

 

「そうだね、オレ達の勝利だね」

 

 玄が笑い混じりに返し、爪戯もまた満足げに頷く。

 単独行動の放棄。それが、六大路辛(ろくおおじ・かのと)がこの学園で導き出した、新たな戦術の形であった。

 

 ◇

 

 ⅩⅢ(サーティーン)監視棟の一室。

 

 四月(しづき)レンは、モニター越しに第一訓練場での戦闘を観察していた。手には単語帳が握られているが、その視線は画面に固定されている。

 

「一人で勝つのではなく、みんなでか……」

 

 レンは冷徹な眼差しの奥で、試練を突破した彼らの戦果を静かに評価していた。

 彼女は単語帳を閉じ、机の上に置く。静かな足取りで窓辺へと歩み寄り、ガラスに映る自身の輪郭を見つめた。

 その口元が、微かに自嘲の形に歪む。

 

 私は無力だ……。

 

 彼女には、ⅩⅢという組織の中枢で生き残らなければならない明確な理由がある。だが、上層部に属しているからこそ、己の持つ権限と能力の限界を誰よりも痛感させられていた。

 

「『魔』に対しても……(かれ)のことにしても……」

 

 窓ガラスに触れるように、レンが弱々しく呟く。

 事件の根源たる見えない脅威である魔。そして、組織によって囚われている辛の弟、(ひのと)

 現在の彼女の力では、そのどちらに対しても有効な手を打つことができない。

 

 窓の外では雨が降り始めていた。

 無数の水滴が、硝子の表面を音もなく滑り落ちていく。

 

 ◇

 

 切ノ札(きりのふだ)学園。レンの所属する学校。

 その屋上の縁に、一つの人影が立っていた。

 

「面白い……そうでなくては」

 

 右手に握られたスマートフォンの液晶画面には、黒川玄(くろかわ・くろ)の姿が鮮明に映し出されていた。

 

「少し遊んでもらえ……」

 

 虚空へ向けられた呟きは、強まる風の中に掻き消された。

 アスファルトを叩く雨音が、次第にその激しさを増していく。

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