【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
入部試練を無事に終え、三人は学校の門を潜り抜けて帰路についていた。
「祝いじゃ! コンビニでも寄ってく~?」
結果として、三人は近くのコンビニエンスストアへと立ち寄ることになった。
「ちょいと立ち読みもしていい?」
「何読んでんの?」
玄と爪戯が軽口を叩き合いながら、自動ドアの奥へと消えていく。辛も飲み物を買うため、二人の背中を追おうとした。
だが、視界の端が特異な光景を捉え、その足がピタリと止まる。
コンビニから少し離れた路地の入り口。そこに、黄色と黒の規制線が張り巡らされていた。
「辛?」
爪戯の戸惑う声を背に受け、辛は即座に地を蹴った。
規制線の手前には、すでに野次馬の人だかりができている。辛は滑らかな体捌きで人波をすり抜け、最前列へと躍り出た。
目に飛び込んできたのは、アスファルトの上に横たわり、救急隊員によって次々とストレッチャーへ乗せられていく複数の人影だった。
「何が……」
辛の口から無意識に声が漏れる。同時に鋭い視線を巡らせ、周囲の状況を脳内で処理していく。
何が起きたのか。事故か、それとも意図的な事件か。
単なる好奇心ではない。万が一、この事象が自身の目的や身近な存在へ波及するものであった場合、即座に対処するための情報収集であった。
「『魔』による事件だ」
辛の真横から、低い声が耳を打った。
視線を向けると、顔の下半分を黒いマスクで覆った大男が立っている。
「あんたは、確か……」
辛の脳裏に、記憶の断片がフラッシュバックする。
尋問室や監視棟の一室で目にした顔。
「『魔』の干渉反応を探知してきてみればこれだ。倒れていたのは全員異能者」
宮中は視線を現場へ据えたまま、淡々と事実を告げる。
サイレンの音が飛び交い、制服警官と救急隊員が慌ただしく行き交う中、一人の警官が宮中の元へ歩み寄ってきた。
「宮中さん、ダメですよ部外者に」
「良いんだ。構うな」
警官の制止を、宮中は短く切り捨てた。
「彼は未来のⅩⅢだ」
宮中の声には確固たる響きがあったが、その底にはある種の陰鬱な重さが沈殿しているように辛は感じ取った。
辛はわずかに目を見開き、その事実を静かに記憶へと刻み込む。
「……何があった?」
辛は単刀直入に問いを投げる。
宮中は依然として辛を見ることなく、重い口を開いた。
「さあ……ただ分かっていることは、被害者は全員一時的に異能が使えなくなっているということだけだ」
目に見えない脅威、『魔』の介在。
被害者がすべて異能保持者であり、その能力が一時的に失われているという事実。現在判明しているのはそれだけだ。
「『魔』によって暴走した誰かの異能のせい……か。封印系か、それとも──……」
辛は与えられた断片的な情報を組み合わせ、思考の海でシミュレーションを回す。しかし、決定的にピースが不足している。
背後の喧騒の中、玄と爪戯が辛の姿を探す気配を感じ取った。
「師ならすぐに分かるんだがな……あいにく別の事件を追って出払っている」
宮中が、わずかに苦渋を滲ませた声で付け加える。
彼の言う師とは、過去を視る異能を持つ
「『魔』因子や残滓は?」
辛の問いに対し、宮中は小さく肩をすくめた。
「干渉反応は探知したが、今のところ異常には引っかかってはいない」
宮中の分厚い掌には、ⅩⅢ専用の端末が握られていた。
ディスプレイに表示された波形は平坦であり、今のところ明確な異常値は示していない。
しばらくの後、人波を抜けた辛は二人の元へと戻った。
「辛!」
「どうだった?」
爪戯が安堵の声を漏らし、玄が状況を尋ねてくる。
「分からない。ただ『魔』による異常事態だ」
辛は余計な言葉を省き、冷徹な事実のみを告げた。
「ほ~! 『魔』となれば我々特別対策部、早速始動ですな!」
玄はいつもの緩い表情を崩さず、軽い調子で宣言する。
「でもあれは学校で起きた時のものだろ?」
爪戯が玄を見て、現実的な問題点を指摘する。
特別対策部、通称十三部は、あくまで学校内という閉鎖環境における治安維持組織に過ぎない。
外部の事件に介入する公式な権限はなかった。
「学内で起きた場合は勿論対応する……だが……」
辛は視線をわずかに落とし、言葉を継いだ。
学内での事案であれば、対策部として当然動く。だが、仮にこの不可解な事象が、自身の身近な場所へと波及した場合、いかなる制約があろうとも排除する。
その意思が、辛の内に確固として存在していた。
弟を取り戻すための実績作り。それはあくまで建前だ。
彼の奥底には、他者が理不尽に傷つくことを良しとしない、生来の性質が根付いている。
「分かってるって! 地道にできることから! もし学内でも同様のことが起こればその時は……」
玄が、辛の沈黙に込められた熱を正確に読み取り、笑みと共に頷く。
「分かった、分かったって! やってやろうじゃん十三部」
爪戯もまた、玄の言葉に背中を押されるように同意した。
辛はわずかに目を見開く。
自らの内に芽生えた理屈ではない意志を、彼らがここまで自然に汲み取り、受け入れるとは予想していなかった。
「でも地道にできることって何?」
爪戯が、もっともな疑問を口にする。
「ん~それは……」
「それは?」
「分かりませ~ん」
玄の完全に脱力した答えに、爪戯はがっくりと肩を落とした。
辛は再び、規制線の向こう側で点滅する赤色灯へと視線を向ける。
心臓の鼓動が、平時の一定のリズムからわずかにずれているのを感じていた。
胸の奥で燻る、微細な熱。それが冷めることのないまま、辛は静かに帰路へと足を踏み出した。