スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~   作:如月斎

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第3章 第21話 完膚なき敗北

 

完膚なき敗北

 

その日は寒かったが、雨も雪も降らず快晴だった。1月の風が頬を刺すように冷たく、息を吐けば白い(もや)となって空に溶けていく。クィディッチ競技場の観客席に座ったコーウェンは朝からそわそわと落ち着きがなく、膝の上で組んだ手指をせわしなく動かし続けていた。

 

「落ち着け。さっきからどうした」

 

セリクスが静かな声で問いかける。隣に座るコーウェンの薄いブルーの瞳は、まるで嵐の前の湖面のように不安に揺れていた。

 

「だって、この試合でグリフィンドールが勝っちゃったら、首位になっちゃうんだよ! ハッフルパフにはなんとしても勝ってもらわないと」

 

コーウェンの声が上ずる。マフラーの奥で震えるように続けた。

 

「……でも、さっきからなんか胸がざわざわして落ち着かないんだ。嫌な予感がする……」

「分かったから落ち着け。君が慌てても仕方ないだろう」

「うん……。分かってるんだけど……」

 

セリクスは口ではそう言ってコーウェンを落ち着かせようとしたが、予知の才能があるコーウェンの言葉に、微かに眉間に皺を寄せた。彼の直感は(あなど)れない。ピッチを見下ろすと、ちょうど選手たちが入場してくるところだった。黄色と赤のローブが、緑の芝生に鮮やかなコントラストを描いている。

 

「セド——————! 頑張って!!」

 

コーウェンが立ち上がり、声の限りに叫んだ。その声は冷たい空気を震わせ、ピッチまで届いたようだった。セドリックがこちらを向いて、大きく手を振っているのが見える。

 

その様子を見ていたのだろう。ハッフルパフチームの向かい側で、ウィーズリーの双子がこちらを向いて盛大に顔をしかめてきた。しかも片方──どちらかは分からないが──が舌を大きく出して挑発している。

 

「あの男は何を下らないことをしているんだ……?」

 

セリクスの心底呆れ果てたような呟きが、周囲のスリザリン生たちのブーイングにかき消された。寒風に混じって飛び交う野次と歓声が、競技場全体を包み込んでいる。

 

甲高いホイッスルの音と共に遂に試合が始まった。

 

開始直後にクアッフルを奪ったのはハッフルパフだった。女子のチェイサーが赤いローブの選手をかわし、右側を飛ぶまた別の女子チェイサーへと素早くパスを回す。

 

『ハイディ・マカヴォイからタムシン・アップルビーへ! ハッフルパフ、鮮やかな連携です!』

 

リー・ジョーダンの実況が競技場に響き渡った。アップルビーがゴールへ向けて腕を振りかぶった、まさにその時だった。

 

鋭い笛の音が鳴り響く。

 

アップルビーは驚いてクアッフルを抱え直し、宙に停止した。スネイプ教授は、後方を飛んでいたグリフィンドールのチェイサーが彼女の進路を妨害したと判定したらしい。

 

「今の、普通に避けただけじゃない?」

「そのように見えたな」

 

コーウェンが困惑したように瞬きをし、セリクスも万眼鏡(オムニオキュラー)から目を離さずに答えた。

 

ペナルティ・シュートは成功し、黄色いマフラーの波が歓声を上げた。しかし、当のアップルビーは喜ぶよりも先に、グリフィンドールの選手の様子を、気まずそうにちらちらと(うかが)っている。セリクスは万眼鏡越しにその表情を捉えて、微かに眉をひそめた。贔屓(ひいき)というものは、される側の顔をああも曇らせるらしい。

 

グリフィンドールがクアッフルを奪い返した時も、ブラッジャーがハッフルパフの選手の近くを通り過ぎただけの時も、スネイプ教授の笛が鳴った。

 

箒は何度も空中で停止し、選手たちは困惑した表情で教授を見下ろしている。

 

「あれではハッフルパフも調子が狂うだろうな」

「うん……。勝たせて貰ってるみたいで嫌なんじゃないかな」

 

ハッフルパフの選手たちは、手を抜いてなどいない。それはセリクスの目にも明らかだった。しかし、せっかく温まりかけた試合の熱は、スネイプ教授の笛に遮られ、冷たい1月の空へすうっと吸い取られていくようだった。コーウェンのそわそわは、もはや落ち着く気配がない。

 

その後も試合は何度となく中断され、不自然な笛の音が響くたびに、観客席のざわめきは大きくなっていった。今もまたウィーズリーが教授を狙ってブラッジャーを打ったという言いがかりに近い理由で、ハッフルパフにペナルティ・シュートが与えられた。チェイサーのマカヴォイが、戸惑いを隠せないままクアッフルを受け取っている。

 

「えー。またペナルティ・シュート? ハッフルパフの選手たちやりにくそう……」

 

コーウェンの声に心配が滲む。確かにハッフルパフの選手たちは、贔屓されることへの居心地の悪さを隠せずにいるようだった。

 

「スネイプ教授はハッフルパフを贔屓してるつもりかもしれないけど、これじゃ逆効果だよ」

「明らかにクィディッチに詳しくなさそうだしな」

 

セリクスが冷静に分析する。上空ではセドリックがハリー・ポッターとは離れた場所を旋回(せんかい)し、小さなスニッチを探しているようだが、なかなか見つからない様子だった。

 

「……ん?」

 

万眼鏡を使って、競技場を見回していたセリクスが何かに反応した。レンズの向こうで、真向かいの観客席に赤いローブと緑のローブの生徒が小競り合いをしているのが見える。

 

「ドラコ……? あいつは何をやっているんだ」

 

深い溜息が白い息となって空に消えていく。その瞬間だった。

 

「あっ!! ポッターが動いた!」

 

コーウェンの声が弾けるように響いた。セリクスも釣られてそちらを見ると、ハリー・ポッターが地面に向かって物凄い速度で急降下しているところだった。風を切り裂くような勢いで、スネイプ教授のほんの数センチ脇を通り過ぎていく。

 

次の瞬間、グリフィンドール席から爆発的な歓声が上がった。ハリー・ポッターがスニッチを見事キャッチしてみせたのだ。それは試合開始からたった5分足らずでの出来事──ホグワーツの伝説になるであろう快挙であった。

 

その熱狂とは対照的に、ハッフルパフの観客席だけは水を打ったように静まり返っていた。

 

セリクスは万眼鏡を上空へ向けた。マカヴォイはクアッフルを抱えたまま固まり、アップルビーは口元を覆っている。無理もない。まだ体も温まりきっていないうちに、何もかもが終わってしまったのだ。

 

セドリックは顔から血の気を失い、しばらく箒に(またが)ったまま動かなかった。やがて、何も掴めなかった右手を見下ろし、ゆっくりと指を握り込んでいる。その仕草を万眼鏡越しに見てしまったセリクスは、そっとレンズを下ろした。あれは、あまり見ていいものではない気がした。

 

(英雄殿のシーカーとしての才能は本物らしい)

 

セリクスは内心で、素直にその実力を認めた。しかし、隣からは全く違う反応が返ってくる。

 

「あー! 負けちゃった! そんな……!」

 

コーウェンの嘆きようは酷かった。まるで世界の終わりでも来たかのように、両手で顔を覆って項垂(うなだ)れている。

 

ピッチに降り立ったハリー・ポッターのそばに、ダンブルドアが立っていた。白い髭を風になびかせながら、ポッターの耳元で何かを(ささや)いている。

 

それを見たスネイプ教授が、品のない仕草で唾を地面に吐き捨てた。途端、セリクスの眉間に深い皺が刻まれる。スリザリンの寮監であるならば、最低限の品位は保っていただきたいところだ。

 

「どうしよう……。セドのところに行って慰めた方がいい?」

「やめておけ。私たちスリザリン生が今行ったら、他のハッフルパフに袋叩きに遭うぞ」

「ああ……」

 

コーウェンが肩を落とす。しばらく沈黙が流れた後、ぽつりと呟いた。

 

「ポッターに《ロコモーター・モルティス(足縛り魔法)》でも掛けておけば良かったかな……」

 

セリクスが思わず、コーウェンの顔を二度見した。この普段、心優しい男は今なんと言ったのだろうか。彼の瞳には、真剣に呪文を掛ける算段を立てているような危険な光が宿っている。

 

「……それは……本当に、やめておけ……」

 

珍しくセリクスの声は、少しだけ震えていたのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

意気消沈してしまったコーウェンを連れて、セリクスはスリザリン談話室へと戻った。

 

石造りの談話室は普段より騒がしかった。あちこちでひそひそ声が響き、湿った空気に陰湿な雰囲気が漂っている。生徒たちは口々にポッターとセドリックの陰口を叩いていた。そのじめじめとした空気にセリクスは早くも嫌気が差し、コーウェンは僅かに蒼褪めていた。

 

「5分も保たなかったぞ」

「ディゴリーは何をしていたんだ」

「スネイプ教授にあれだけ有利な判定をして貰ったのに」

「ポッターの箒に何か細工があるんじゃないか?」

 

どこからともなく聞こえてくる陰口に、セリクスはうんざりと目を細めた。自分たちが負けた訳でもないのに、誰も彼もが被害者のような顔をしている。落胆ではなく悪意ばかりが漂う談話室は、湖底の水よりも冷たく感じられた。

 

セリクスはコーウェンを連れて、いつもの窓際のソファに座った。ここはもうほとんどセリクスたちの特等席になっているので、大抵いつも空いている。他の生徒はゴーント家が怖くて、誰も座らないのだ。例外はセリクスの友人たちと、入学したばかりの新入生くらいである。

 

「飲め。落ち着くはずだ」

「……うん……」

 

屋敷しもべ妖精に頼んで出して貰った、コーウェンの好物であるカモミールティー。少しはコーウェンの慰めになるといいが。コーウェンの顔色はまだ優れない。セリクスは友人を慰めるのが下手くそだった。

 

暖炉(だんろ)の火がパチパチと音を立てる中、談話室の扉が乱暴に開かれた。クラッブとゴイルを引き連れたドラコだった。3人とも制服がボロボロになり、ドラコに至っては目の周りに青あざが出来てしまっている。

 

下賎(げせん)なウィーズリーめ。僕に乱暴したことをいつか後悔させてやる……」

 

ドラコの声には怒りと屈辱が滲んでいた。

 

「でもウィーズリーのヤツも鼻血を出してた。ちゃんとやり返せてたぞ」

「俺はロングボトムの間抜けを気絶するまでボコってやったぞ」

「グレゴリー。お前のストレートパンチ早かった」

「ビンセント。お前こそ最後のロングボトムへのアイアンクローよかった」

 

クラッブとゴイルが得意げに報告する。しかも何故かお互いを称え合っていた。その様子を見て、セリクスは静かに立ち上がった。

 

「ドラコ、何してる。ボロボロじゃないか」

 

セリクスが近付くと、3人の会話が止まった。ドラコは口を引き結んで視線を()らし、クラッブとゴイルは間抜けのように口を半開きにし、セリクスのことを凝視している。まぁ彼らは正真正銘の間抜けなようだが。セリクスは無表情のまま杖を取り出す。

 

「……《エピスキー(癒えよ)》《レパロ(直れ)》」

 

短い詠唱と共に、3人の傷が癒え、破れた制服が綺麗に修復された。まるで魔法に掛かったように──正真正銘魔法だが──3人はピカピカになった。

 

「ありがとう、セリクス……」

 

ドラコたちは気まずそうに身動ぎした。セリクスのエメラルドの瞳が、静かに3人を見据えている。

 

「見ていたぞ。グリフィンドール生と殴り合いの喧嘩をしたのだろう?」

 

セリクスの声音は酷く冷たい。しかし、傷を治す魔法にはどこか温かみが込められていた。

 

「純血貴族の子息がやることじゃない。品がない行いは(つつし)むことだ」

「……向こうから先に手を出してきたんだ……。やられっぱなしじゃ舐められる」

 

ドラコがボソボソと小さく反論する。その声には悔しさが滲んでいた。

 

「君は魔法使いだろう。素手でやり返すんじゃなくて、もっと頭を使えと言っている」

「魔法で攻撃なんてしたら、すぐバレてマクゴナガルに怒られるだろ……」

「殴り合いも怒られるだろう。それより派手な攻撃魔法や呪いなんて誰が言った。もっと静かな、誰がやったかも分からない魔法の1つや2つくらい習得しておけ」

「……悪い先輩だ!」

「茶化すな。大体お前は常日頃から───」

 

セリクスが珍しく言葉を尽くして懇々(こんこん)と説教を始めた時、いつの間にか彼の後ろにいたセオドールがドラコを見て、クスッと意地悪そうな顔で(わら)った。

 

「セオ! なんだよ!」

 

ドラコが苛立たしそうに声を上げる。

 

「別に?」

 

セオドールが肩をすくめる。その黒い瞳には冷たい光が宿っていた。

 

「君とウィーズリーの喧嘩なんて、僕には関係ない。それでも一言言わせてもらうなら、セリクス先輩に迷惑を掛けないで欲しいね」

「うるさい! 君には関係ない!」

「ドラコ。話はまだ終わって───」

 

ドラコは悔し紛れにそう怒鳴ると、呼び止めるセリクスを振り切って足音荒く寝室へ去ってしまった。石床に響く足音が次第に遠ざかっていく。クラッブとゴイルはセリクスとドラコを交互にオロオロと見た後、そろそろと気配を消しながらドラコを追いかけて行った。そんな風にしても図体のせいで全くの無意味だったが、セリクスは彼らのことはどうでもよかったので、そのまま見逃した。

 

「はぁ……」

 

セリクスの深い溜息が、談話室のざわめきに溶けていく。

 

「セリクス先輩、ドラコのことは放っておいていいんじゃないですか?」

 

セオドールが見下したような表情でドラコが去った方向を見ながら、冷たく言い放った。

 

「先輩が気に掛けるほどの奴じゃないと思います」

「……」

 

セリクスはその言葉を無言でやり過ごした。ドラコのことを、そのまま諦めたい気持ちにはならなかった。彼なりに、同じスリザリンの後輩を気に掛けているのだ。

 

窓の方に視線をやると、先程の位置でコーウェンが暗い表情で沈み込んでいるのが見えた。薄いミルクティー色の髪が、暖炉の光に照らされて影を作っている。グリフィンドールがハッフルパフに大勝してしまい、スリザリンが首位でなくなったこと。親友のセドリックが、さぞかし落ち込んでいるだろうこと。その両方ともが、彼を苦しめているのだろうと思った。

 

たかがクィディッチで何故こうなるんだと、セリクスは内心苦々しい気持ちになった。周囲の陰湿な雰囲気、ドラコの幼稚な行動、コーウェンの落ち込み──全てが一つの試合の結果から派生している。

 

低いざわめきが、さざ波のように談話室を満たす中、セリクスは静かに息をついた。

 

───セリクスには、心底理解出来なかった。

 

 

 

 

 




【あとがき】
この試合、原作には載ってるんですが映画では丸々カットされているみたいですね。Prime Videoで軽く観返してみたら、見当たらなかったので( ᐕ)アレェ?ってなりました(笑)

今回初登場の、ハイディ・マカヴォイとタムシン・アップルビーのハッフルパフ女子チェイサーコンビ。この子たちは、私のオリジナルキャラクターではありません。2003年発売のゲーム『ハリー・ポッター クィディッチ・ワールドカップ』に登場するゲームキャラクターです。まぁ私はやったことありませんが( ̄▽ ̄;) この子たちを発掘するために、ここ数日は目を皿のようにして、ネットを深掘りし続けました。超疲れた(;´ρ`) もし知ってる方がいたら握手٩( ᐛ )( ᐖ )۶!

きっと試合の後は、談話室とかでスリザリン生たちがずっとハリーの悪口言ってんだろうな~って、想像しながら書きました。セオドールが思いのほか性格悪くなってしまいましたが、彼は尊敬している先輩がドラコに構っているのが気に入らないだけです。セオドールとドラコって、もっと幼い時は遊ぶこともあったんですけど、ホグワーツに来てからは微妙な距離感のようです。

セリクス的には「たかだかクィディッチ如きでなんでみんなこんなに情緒不安定になるの?」と理解不能です。最後はちょっとだけご機嫌斜めのセリクス君でしたꉂꉂ(ˊᗜˋ*)
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