スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
赤毛の少女と黒い日記帳
ジニー・ウィーズリーは、明らかに正気ではなかった。半分閉じた
セリクスはジニーが腕に抱えている物を見て目を
それにあの様子も気にかかる。ジニーの足取りは不安定で、まるで何かに引き寄せられるように、あの女子トイレへと向かっている。
ジニーはフラフラしながらも、たった今セリクスが出てきた女子トイレに入っていった。まさか用を足すためではないだろう。グリフィンドール寮にだって、さすがにトイレくらいはあるはずだ。セリクスは距離を取りつつそっと後を追った。
廊下の冷たい空気が頬を撫でる。トイレの扉の隙間から、微かに足音が聞こえた。
セリクスは扉に手をかけ、静かに中を覗く。
ジニーは先程、マートルが言っていた蛇口の前に立っていた。セリクスからは彼女の後ろ姿しか見えないが、どうやらマートルが指し示したあの蛇口をじっと見つめているようだ。小さな背中が微動だにしない。
[──ひらけ]
驚くことに、ジニーの口から飛び出したのはあの独特な掠れるような響き──パーセルタングだった。その言葉は、セリクスの耳に蛇の囁きのように届いた。
(まさかとは思ったが……。『秘密の部屋』の継承者は、ジニー・ウィーズリーか)
しかし意外だ。あの有名なウィーズリー家は、イギリスの純血貴族たちから『血を裏切る者』と呼ばれるほどのマグル擁護派のはず。その家の娘がマグル排斥主義? セリクスは違和感を覚えた。
セリクスがそう考えていると、蛇口が白く光り輝きやがて回転し始めた。石が石を削る低い音が響く。その回転が止まる頃には人1人が入れそうなほどの大穴が開いている。暗闇が口を開けていた。
ジニーはまったく
セリクスは、後をついて飛び込むかしばらく悩んだ。しかしその悩んでいる間に、穴は元通りに閉じてしまった。また少しの間待ってみたが、蛇口はもううんともすんとも言わなかった。
セリクスは浅く溜息をつくと、今度こそ女子トイレを後にして自寮へと戻ったのだった。
◆ ◆ ◆
翌日、朝食を摂りに来たセリクスは、グリフィンドールのテーブルへと視線を向けた。小柄な赤毛の少女を探す。朝の光が差し込む大広間は、いつもの喧騒に包まれていた。
ジニーは兄であるロン・ウィーズリーの隣に座っていた。セリクスがそちらへ足を向けるとほぼ同時に、パーシーが先にジニーへ何事か話し掛けて、ジニーは席を立ってしまった。
しかし幸いなことにジニーは大広間を出ようとしたのだろう、ちょうどセリクスの横を通ろうとした。
「失礼。ミス・ウィーズリー。少しだけいいだろうか」
「ひゃっ!」
セリクスが出来る限り柔らかい表情と声音を意識して声を掛けると、予想外だったのだろうジニーは小さく飛び上がっていた。顔を髪の毛と同じくらい真っ赤にして、こちらを見上げてくる。小さな口をパクパクとさせながら。その様子を見る限り、昨日のような魂が抜けた感じは全くなかった。
「君、昨日の──」
「セセセセリクスッ!? どうしたの!?」
セリクスが話を切り出そうとした瞬間に、横にいたコーウェンが素っ頓狂な声を出した。ついで袖をぐいっと引っ張ってきた。セリクスは僅かに煩わしそうな表情をして横を見る。
「……なんだ、コーウェン。話の途中なんだが」
「いやいやいや、おかしいでしょ! なんで!?」
「何がだ? 一旦、落ち着け」
半分パニックを起こしたようなコーウェンを持て余していると、ジニーの後ろから厄介な双子がものすごい勢いで走ってきた。靴音が乱暴に響く。そのままジニーとセリクスの間に滑り込んできたかと思えば、立ちはだかってきて杖を向けてきたではないか。
「おいおいおい。腐れスリザリンの仔猫ちゃんよぉ! 誰の許可貰って俺らの大事な妹に声掛けてんだよ!?」
「そうだぜ! うちの大事なお姫様を、お前みたいな陰険なスリザリン野郎にくれてやる訳にはいかないな!」
「……人の言葉を話してくれないか?」
セリクスには、双子がこのような過剰反応をする理由が分からなかった。まだ、ただ声を掛けただけなのだから。そして万が一あげると言われても困る。珍しく当惑したセリクスが周りを見回した。
大広間は不自然なほど、静まり返っていた。
周りの生徒は皆、口と目を開けてポカーンとこちらに注目していた。その中でも女子生徒は何故か絶望したように蒼白になっているのも相当数いることに、セリクスは一瞬呆気にとられた。泣きそうになっている女子までいる。
そこでやっとセリクスは、周りから今自分がどう見られていたのか気が付いたのだった。慌てて口を開く。
「──違う。ただちょっと話を聞きたかっただけだ」
「はあ? スリザリンの首席様が、いたいけな1年に何を聞くってんだよ」
「見苦しい言い訳はやめるんだな!」
全くこちらの話を聞く気がない双子に、セリクスは苛立った。眉間に力が入り、視線が冷たくなる。
「だから違う。そもそも彼女はポッターにポエム──」
「やめて!」
ジニーが悲鳴混じりに甲高い声をあげた。その顔は真っ赤で、今にも泣き出しそうだった。
今のはデリカシーが一瞬消し飛んだセリクスが悪い。セリクスは口元をもごつかせると、すぐにジニーに向かって口を開いた。
「すまない」
「あっ、いいえ。いいんです。今のはうちの馬鹿兄が悪いから」
「はあっ? ジニー、お兄ちゃんたちはお前のことが心配でだな──」
「貴様ら何をしておる」
ここだけ氷点下なのではないかと錯覚するくらい、冷たい声が降ってきた。セリクスが振り返ると、虫けらを見るような眼差しでウィーズリー兄妹を見下げるスネイプ教授がいた。黒いローブが
「ミスター・ゴーント。またこやつらに絡まれておるのか」
「絡まれて……まぁ、そうとも言いますね」
「おい、聞き捨てならねぇな! お前が先にジニーに絡んで来たんだろうが!」
セリクスは深い溜息をついた。何故彼らはこうも視野が狭いのだろうか。
「スネイプ教授。
「ほう? それは我輩も初耳だがな。それはともかくとして、ここで言い争われるのは他の生徒の邪魔だ。ゴーント、君は早く朝食を食べて授業に向かいなさい」
「承知しました」
セリクスはスネイプ教授へ一礼した。スネイプ教授は一つ頷くと、冷たい目でまた兄妹を見る。
「貴様らはさっさと立ち去れ。これ以上騒ぎを起こすようなら罰則だ」
「──ちっ」
「行こうぜ。ジニーも」
結局ジニーに詳しい話は聞けずじまいであった。注目され損である。ふと見るとスネイプ教授がまだ立ち去らずにセリクスを見ていた。感情の見えない黒い瞳にセリクスは一瞬たじろいだ。
「なにか」
「余計なお世話かもしれんが……。君は自分がどのような立場なのか、もう少し考えた方がいいだろう」
言葉の意味を噛み締める。セリクスは短く息をついた。
「……分かりました」
セリクスがテーブルにつこうと振り返ると心配そうなコーウェンと、好奇心が抑えられていない5人組が手ぐすね引いてセリクスを待ち構えていた。セリクスは面倒臭そうな予感がヒシヒシとしたのだった。
◆ ◆ ◆
その日の『魔法薬学』の授業でスネイプ教授から聞かされた知らせは、セリクスとブレッチリー以外のスリザリン4年生に衝撃を与えた。
「せ、先生。もう1回言ってくんねぇか?」
「敬語を使え。モンタギュー。もう一度だけ言う。学期末試験は通常通りある。この1年で諸君が何を学んだか見せてほしい。ダンブルドア校長のお達しだ。諦めろ」
「うっそだろー!」
モンタギューが悲鳴を上げて頭を抱えてしまった。ヒッグスとピュシーも蒼い顔をしている。ワリントンはもはや諦めの境地なのか、いっそ穏やかな顔をしていた。コーウェンも珍しく不服そうだ。
「あんな『DADA』の授業でまともな勉強が出来るって、先生は思ってるのかな? もしかしてスネイプ先生はご存知ない?」
毒まで吐いている。よほど不満が溜まっているのだろう。
長い長い『魔法薬学』が終わった途端、いつもの5人が一斉にセリクスに懇願を始めた。特にヒッグスとピュシーの必死さがすごい。
「神様、仏様、セリクス様! お願いします! 『DADA』の個人特訓をしてください!」
「僕もっ! ただでさえ実技は緊張するとミスるのに……! まさかテストがあるなんて!」
左右からガタイのいい男どもにまとわりつかれても、全くもって嬉しくないセリクスは、うんざり顔で視線を遠くに飛ばしていた。廊下の向こう、窓の外の晴天を見つめる。
「今から慌ててやってもあまり意味はなさそうだが……」
「そんな冷たいこと言うなよ〜。僕たち友達だろ?」
「縁起でもないな」
「……ゴーント君? いくら僕でも泣くぞ?」
ピュシーとセリクスが、いつかのヒッグスとの会話の再現劇をしている間に、
◆ ◆ ◆
またしばらく時が過ぎて試験3日前のこと、スネイプ教授から朗報がもたらされた。スプラウト教授が丹精込めたマンドレイクが、やっと成熟したと言うのだ。
「これで石化した生徒たちは、まもなく目覚めるだろう。そしたらこの下らない騒ぎも終わるはずだ」
スネイプ教授の重々しい言葉で大はしゃぎするスリザリン生はいなかったが、やはりどことなく皆浮き足立っているように見えた。なんだかんだで不安だったのだろう。
セリクスは一刻も早く、ジニーからあのノートを見せて貰わないといけない思いに駆られた。あの夜のジニーは、心ここに在らずであった。セリクスはあのノートに何かしらの闇の魔術が宿っていて、ジニーを操っているのだろうと考えた。このままでは、おそらく罪のない1年生が退学か、もっと悪くすればアズカバン行きになる可能性がある。
それはさすがのセリクスも後味が悪かろうと思ったのだ。
(グリフィンドール寮に忍び込むのはさすがに厳しい。しかも女子寮だ。どうするべきか)
セリクスが考えるよりも、他寮の下級生と人知れず接触するのは難しい。打開策がなかなか浮かばなかった。セリクスが内心カリカリしていると、突如マクゴナガル教授の拡大された声がホグワーツ中に響き渡った。
「生徒は全員、それぞれの寮にすぐに戻りなさい。教師は全員、職員室に大至急お集まりください」
魔法で増幅された声が石造りの廊下に反響する。
一瞬だけ場が鎮まり返り、しかしすぐにざわめきが戻った。生徒の誰も彼もが、何があったのかと不安そうに話し合っている。4寮の中では1番結束力と生存本能が高いスリザリン生たちは、すぐさま集団となって帰寮した。ほとんどの生徒が、個室へ戻らず談話室に残っている。
「何があったんだ。誰か知ってるやつはいねーのか?」
「知らないよ。僕だって知りたいよ……」
「しゃーねーな。ちょっと行ってくる」
「あっ! モンタギュー!」
コーウェンが引き留める間もなく、モンタギューはひらりと身を翻して寮を出て行ってしまった。しかし思ったよりすぐ帰ってきたので、コーウェンはほっと息をついた。
「やべーよ! ビッグニュース! グリフィンドールの1年生が、遂に継承者に連れ去られたってよ! しかもあのウィーズリーだ!」
「ええっ!?」
モンタギューのもたらした情報に、生徒たちはショックを隠せなかった。いくら『血を裏切る者』だとしても純血である。継承者は『穢れた血』を排除していたのでは? 自分たちも他人事ではないと、皆真っ青になっていた。
スリザリン生たちが不安そうな顔で沈黙する中、ふいにクスクスと忍び笑いが聞こえてきた。スリザリン生たちがそちらを見ると、小柄な少女2人が顔を揃えて楽しそうに笑っている。何が楽しいのだろうか。1人の純血の生徒が死ぬかもしれないのに。
「あなたたち……何が面白いの……?」
恐る恐る1人の女子生徒が呟いた。彼女は確か今年2年のトレイシー・デイビスだ。カロー姉妹を気味悪そうに見ている。
「えー、だって、ねぇ?」
「ふふ。うん。ねぇ?」
「笑っちゃうんだもの」
「仕方ないもの」
双子は両手をお互い繋ぎ合わせ、頬を擦り寄せてまだ笑い続けている。デイビスは口に手を当てて、背中を向けてしまった。ダフネが眉を下げて、デイビスの背中を優しく叩いてやっている。
他のスリザリン生たちも、双子のことは相手にしないことにしたらしい。少し距離取っている。カロー姉妹はそんなスリザリン生たちを気にせずに、まだ忍び笑いをしている。
コーウェンがセリクスのそばまでやってきた。非難するような口調で囁く。
「彼女たち、なんなの? 他寮とはいえ人が死ぬかもしれないのに……」
「……さぁな。笑ってはいけない場面ほど、笑ってしまう人間は存在するらしいが」
「……そういうことなのかな? あっ、モンタギュー、続報はきた?」
コーウェンはまた5人組の方に歩み寄った。情報共有をするようだ。
セリクスは1人深い思考に落ちていた。もう一刻の
セリクスは、音もなくすっと姿を消した。誰も気付かないほど自然に、影のように。
「セリクス……。どうしよう? この前セリクスが話してた子だよね? ……セリクス? え、セリクス……?」
コーウェンが振り返った時には、そこにはもう誰もいなかった。
【あとがき】
●全方向からの勘違い
ちょっと他寮の下級生の女子生徒に話し掛けただけで、何故か大騒ぎになるセリクス君。そして多分、原作のフレジョはここまでジニーに過保護ではない気がしますが、スリ末のフレジョは過剰反応します。これは相手が、いけ好かないセリクスだからということもあります。仔猫ちゃん呼ばわりしていますが、猫耳を強制的に生やさせたのはフレジョだったりします。皆様覚えておりますでしょうか(笑)
●爆モテ魔女ジニーちゃん
映画版とは違い、原作のジニーは学年が上がるにつれて、スクールカースト上位の爆モテ美女になっていきますが、1年生の時点では学校一の美形に声を掛けられて真っ赤になっちゃうくらいのウブさがまだあったりしますꉂꉂ(ᵔᗜᵔ*) ご安心ください。ジニーはセリクスに恋したりはしないはずです。多分(*´°∀°`)