少女を買った日
奴隷市場へと足を運ぶ。1人の生活に限界を感じた為である。
魔王との戦いにより俺の両腕には麻痺が残った。全く動かすことができない訳ではないものの、スプーンを持つことも容易ではない。剣を持つことなど、夢のまた夢...。戦士としてのプライドはそこで終わった。勇者フールはそんな俺を気にかけ、時折訪問し、手伝ってくれることもあるがそれさえも俺にとっては屈辱的であった。
しかし現実問題一人でどうにかしようにも限界だった。魔王討伐により王から受け取った使い切れないほどの財産が俺の手元にはある。俺はその金で奴隷を買うことにした。
「よぉ兄ちゃん。奴隷を買いに来たんだろう?うちで買うといい、どんな物がほしい?」
薄汚い奴隷商人が声をかける。振り返れば無精髭の汚らしい面、それなのに服は豪勢と...。如何にもと言った感じである。
「知性と品性、そして家事ができる程度の力を持った男だ」
せっかくなのだ、少しでも良い人間であればいい。
生涯関わりうる人間であるのだからまずは精神的に強い人間であればいい。この奴隷世界を生きた人間だ。それなりに「強さ」を持った人間であろう。
「そうかいそうかい!良いのがあるわい!それなら...ん?」
不意に俺の顔をまじまじと見る商人。なるほどな、顔をある程度隠していたが仕方がない。おそらく身の上を知ってしまったのだろう。
「あんた...まさか戦士ドーマンか?」
「そうだな...まぁその名は捨てたがな」
「は、ははっそりゃあいい、金はあるんだろう?良い物を連れてきてやる!32番を呼べ!99番!」
呼びかければ隅から汚れた少女が現れ、コクリと頷いた後、どこかへ歩いていった。
数分ほど待てば、少女と背の高い男を連れてきていた。
「お待たせしました...」
「こいつがお前に向いているだろう。どうだ?」
「どうぞ、よろしくお願いします」
頭を下げる男、しかし体が震えている。おそらくここでの買い手はろくでもない奴らばかりなのだろう。聞けば男は重労働と暴力に…女は慰めと暴力に...。俺はそんなものに興味は無い。とはいえ、俺自身はあまり良い噂はされない側の人間だ。信頼は後で勝ち取るとして...この男は役立てるだろうか...?
見れば程よくガタイもいい、労働をさせるのには丁度いいだろう。うむ、この男としよう
「その男にしよう。いくら必要だ?」
「50万スターでいかがかな?」
「分かった。手が上手く使えないものだから腰にある金貨を取ってくれないか?釣りは要らない」
「へへっまいどあり」
そうして金貨を受け取ろうと商人が私に近づいたその刹那、男奴隷は走り出した。全速力で駆け抜けるその姿には命の輝きを感じざるを得ない。生きようとする心こそ、生物の本能なのだろう。
その様子を焦ることなく見つめ続ける商人。
深く溜息をついた。
「そこまで逃げちまったら仕方ねぇよな」
瞬間、商人は短筒を取りだし、奴隷に向けて発砲した
「あ」
鈍い音が鳴ったとともに銃弾が発射される。その銃弾は頭へと命中した...が、しかし彼は歩みを止めることなく走り続ける。何たる生命力であろうか、しかしその銃弾は確実に彼の命を捉えていた。数秒、とぼとぼと歩いた後、彼は息絶え...た。
「あっちゃーしまったなぁ...せっかくの商品を壊してしもうたわい...。」
何の罪悪もなく短筒を戻す。商人の目もまた死んでいる。もはや感情を捨てたか。
「ま、代わりはいくらでもいるかぁ」
今まで行く度と悪魔と出会い切り結んできた。しかし人間の悪意に比べればなんと、なんとちっぽけなものなのだろうか。本当の悪魔、もとい魔物は人間ではないのかとそう錯覚した。
「さて、悪りぃことしたな。他がいたはずだ。待ってろ」
商人は暫しの間、席を離した。困ったものだ。胸糞悪い。ある程度覚悟していたが...月が悪かったか
...俺も同じようなものか、それならばこの感情は同族嫌悪か...?
「あ、あぁ...なんてこと、うあ、あぁ」
少女が涙を流し嗚咽を零す。
......その姿に俺はこの少女への怒りを向けた。
俺は女の泣き声が嫌いだ。耳を劈く声、ぐしゃぐしゃにした顔、どれをとっても不快にさせる。聞き飽きたのだ。
「黙れ」
「え...?」
「聞くに絶えない。少なくとも俺の前でその声と面を見せるな」
「ご、ごめんなさい、な...泣き止むので...」
益々と怒りが溜まる。何故ここまで脆く弱い。奴隷になった人間達はここまで死んだような目で…檻にいる奴隷共は死体を眺め、それをなんだ、羨ましそうに見つめているというのに。此奴は何故、目が死んでいない?それが弱さだと恥を知るべきであるのに。
「...時に女、お前は何故奴隷になった」
「え、えと...親に女に生まれたので…捨てられて」
「はは、はっはっは!!」
「ははは、なんと、なんと面白い!」
「......」
つくづく、男に生まれ落ちて良かった。
俺は運が良かっただけ、そう考えるのならば
「...結局俺はお前と変わらないのかもな」
「え...?」
「...何でもない忘れてくれ」
数分後、商人が戻ってきた。
「いやぁ申し訳ない、次のやつ連れてきたからよ、これならお前さんの願いも果たせされるじゃろ」
これまた同じような背丈の男を連れてきた。もうあの光景はあまり見たくは無いものだ。
「...あぁ、その男にしよう」
「っと...その前に」
商人は99番と呼んでいた少女に近づいた。
「本当に使えないなぁ99番?あいつが逃げたのはお前が仕組んだんじゃあないのか?」
商人は短筒を再度取り出した。また人を殺める気なのだろう。
「ち、違うんです、何でもします。どうか、こ、殺さないで...」
「居るだけ迷惑なら居ない方がいいのさ。恨むならその遺伝子を継いだ自分を恨みな」
引き金を引こうとする、先程と同じ既に見た仕草。
誰が死のうと、俺には関係のない……事だろう。
けれど、既に消し去った……いや、消し去られた情がふつふつと湧き上がる。
別の未来では、何かが違ったら。
俺もあの少女の様に、無謀で惨めな逃亡を測り。
地に這いつくばっているかもしれない。
そんなありもしない可能性がふと、頭をよぎった刹那。
椅子をガタッと鳴らしながら、俺は飛び起きる。
商人の腕を咄嗟に掴むと、驚いた様にこちらに目線を向ける。
自分でもわからない。
本当に『咄嗟』の判断をした。
短筒が落下したのを確認したのち。私は掴んでいた商人の腕を離す。俺は見殺しにしようとしたはずだったというのに。...腐っても俺は戦士なのか。
それはともかく俺の腕から手にかけて麻痺していたはず...まさか治ったのか...?
手を再度動かそうとする。しかしぎこちない。...一時的なものか
「これ以上の殺しは見ていて気分の悪い勘弁願おうか」
「はは、嘘つきめ...そうもいかねぇ...疑いの余地がある以上は排除しなければならねぇ...」
「ならば仕方ないな、私があの少女を買う。それなら問題ないな?」
「え...」
少女の声が不意に漏れる。自分自身何を言っているのか理解するのに時間がかかった。
「...お前さんがあの少女を買うのか?」
「お前にとって厄介者がいなくなればいいのだろう?何の問題もあるまい」
「そうだが...」
「値段も同じでいい、金貨もやる。それで終わりにさせてもらう」
「...分かった」
商人は金貨を男から受け取り建物の中へと入っていった。ポツンと一人立たされた少女は口を半開きにしたまま固まったままである。
「着いてこい、女」
「はっはい...!」
女を連れて俺は帰路へと歩き出す。俺はとんだ間違いを犯してしまったのかもしれない。自らの正義感によって自分の首を絞めることになるとは…。実に愚かとしか言いようがない。
これでは俺はあの男と一体何が違うというのだろうか。
俺は深く悩んだ。