機動戦士ガンダム 美味しんぼ ロンド・ベルの究極、ネオ・ジオンの至高 逆襲のシャア前夜、ロンド・ベル寄港中の補給食堂 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
3月を迎える直前、旧実習棟が港湾の補助リストへ正式に載った。
軍需余剰。民間端数。大学保管分。避難者支援物資。4つの血生臭い流通線が、たった1つの倉庫で絡み合っていた。
「旧実習棟は調理施設ではなく、仕分け保管場所です」
リィナが端末を覗き込み、苦虫を噛み潰したように眉を寄せた。
「食材は置けます。ですが、人へ出すには別の許可が要ります!」
「書類の性格、悪すぎない!?」
「性格ではなく、責任の所在です!」
「それを世間では性格が悪いっていうの!」
私は手帳を開きかけた。書けばエルがさらに調子に乗るので、思いとどまってやめた。
午後、港湾の中立業者から香辛料の木箱が届いた。連邦側の伝票では嗜好品。中立業者の控えでは低重量高単価品。出荷元のネオ・ジオン側資料では士気維持物資。
「同じ物なのに、名前が3つもあります!」
「本人は香辛料でいいと思ってそうだけどね」
「食材に意志を持たせないでください!」
木箱には、乾燥した葉と種を混ぜた小瓶が入っていた。封をわずかに開けただけで、鮮烈な青い香りと香ばしく焦げた種の匂いが室内へ一気に広がる。添付された仕様書には『単調な保存食へ香りの変化を与え、長期行動時の摂食量低下を防ぐ』と記されていた。
「100人を同じ食事で動かすための香り、か……」
エルが鼻をひくつかせた。ファは麦粥を2つの器へ速やかに分けた。片方には香辛料を1粒だけ砕いて入れ、もう片方はそのまま。
香辛料入りは、口へ運ぶ前から暴力的に食欲を刺激した! 1口目は実に鮮烈! だが! 後には強烈な辛みだけが残り、麦本来の繊細な甘味は完全に消し飛ばされてしまったのだ!
「な……なんだこれはーっ!?」
一方、無香料の方は一口目は頼りない。しかし2口目、噛み締めるほどに麦の淡い甘味が舌の上で素直に立ち現れてくる!
「女将! 香りを入れた方が圧倒的においしいよ!?」
「元気な人にはね!」
雷鳴のようなファの一喝!
「でも! 香りで無理やり顔を上げさせても、胃が受け付けなければ空腹感をより強くするだけよ! 今ここへ来る子には、食べたいと思わせることより、食べられなかった時に傷つけないことが先なの!」
「じゃあ、香辛料は悪者なの!?」
「違うわ! 保存食を何日も食べる人には、単調な味から逃げる救いの道になる! 食材の真の価値は強さではなく、誰にいつ使うかで決まるのよ!」
至高の食卓の真実! ファは小瓶の蓋を固く閉めた。
リィナが管理表を見た。麦。水。塩。香辛料1瓶。
「目の前にあるのに、使わない食材はどう記録すれば……」
「使わない『理由』を書けばいいのよ」
リィナは静かに鉛筆を走らせた。
『香辛料、本日使用せず。理由、香りが麦より先に立つため』
「……なんか詩みたい」
「ただの正確な記録です!」
「詩人の管理表だ!」
「破きますよ!?」
その夜、香辛料は白い布に厳重に包まれ、棚の上へ置かれた。
「臭み消しにも使えるんでしょ?」
私が尋ねると、ファは鍋を磨きながら首を振った。
「悪い匂いを強引に覆うだけなら、使わない方がずっといいわ! 香辛料は素材の欠点を隠すものではなく、そこにある真の味を立たせるものよ!」
私は手帳へ書いた。
同じ香り。違う皿。
すぐに線を引いて消した。きれいにまとめすぎていて反吐が出る。下へ泥臭く書き直す。
香辛料は、今日は使わなかった。理由、香りが先に勝つから。
エルが棚の小瓶を見上げた。
「100人を動かす食事と、1人の2口目を待つ食事。どっちが上なんだろうね」
「比べる相手が違うわ!」
ファは磨き上げた鍋をカチンと伏せた。
「大勢へ同じ変化を届ける料理も絶対に必要。でも、この厨房では1人ずつ違う『退き方』を残してあげるの」
「退き方……?」
「食べられなければ、途中でやめられることよ。香りに誘われたからといって、最後まで食べる義務なんて誰にもないでしょう?」
私は最後に、手帳の端へ大胆な題を書きつけた。
ロンド・ベルの究極。ネオ・ジオンの至高。
少し大げさで偉そうすぎると思った。けれど、使われなかったその小さな小瓶は、その夜のどんな麦粥よりも強く、食卓の持つ本当の意味を変えていたのだった。