回転扉の裏側は、外の光が一切届かない真っ暗な空間だった。
――三人が完全に中に足を踏み入れた、まさにその直後。
ヒュンッ! ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュッ!!!
暗闇を切り裂く鋭い風切り音が響き渡り、奥から無数の『何か』が彼らに向かって飛来してきた。
「ひぃぃぃっ!?」
暗闇にシアの情けない悲鳴が響く。
だが、うみは全く慌てることなく、スッとユエとシアの前に立ち塞がった。
直後、暗闇から射出された無数の矢が、雨霰となって三人へと殺到する。
しかし、それらの矢が彼らを貫くことはなかった。
すべての矢は、うみの身体の数センチ手前で、ピタリと完全に停止し、ポトリ、ポトリと無力に石畳へと落ちていった。
「すごいです!うみくん、無敵すぎますぅ!」
「……当然」
腰を抜かしているシアと、なぜかドヤ顔をするユエをよそに、うみは足元に散らばった矢を足で軽く小突いた。
「……随分古典的なトラップだね」
うみが呆れたように呟いた、その時だった。
ぽわぁっ、と。周囲の壁がぼんやりと光りだし、暗闇に包まれていた辺りを照らし出した。
そこは、石造りの四角い部屋だった。
そして、部屋の中央には一つの石板がポツンと立てられており、外にあった看板と同じあの丸っこい女の子文字で、とある言葉が彫られていた。
『ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ
それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ』
「「…………」」
ユエとシアの顔から、スッと表情が抜け落ちる。
静寂が満ちる部屋の中で、うみはゆっくりと片手でこめかみを押さえた。
(ああ……やっぱり悟さんの同類なのか。勘弁してよ……)
前夜に「あんなめちゃくちゃな人がそうそういてたまるか」と捨てたはずの思考が、今ここで完全な現実味を帯びて蘇ってきてしまったのだ。
「……うみ」
「うみくん」
「ん?」
頭痛を堪えるうみの袖を、ユエとシアがツンツンと引っ張った。
見下ろすと、二人は先ほどまでの緊張感はどこへやら、据わった目で石板を睨みつけながら、非常にむかつくといった顔でうみを見上げていた。
「……これ、壊していい?」
「粉々にしていいですか?」
普段は温厚なシアでさえ、ウサミミを怒りでピンと逆立たせている。
どうやら、このふざけた煽り文句は二人の琴線に触れたらしい。
「いいよ。どうぞ」
うみが軽く許可を出すと、シアは手に握られた『千鈞』を一気に膨張させた。
「こんな悪趣味な石板、粉々にしてやるですぅぅぅ!!」
ゴギャァァァッ!!
裂帛の気合と共に振り下ろされた大槌が、凄まじい破壊音を響かせて石板を粉砕した。
よほど腹に据えかねたのか、シアは親の仇とばかりに何度も何度も大槌を振り下ろし、石板をただの砂利に変えていく。
ユエもまた、その横で無表情のまま「……砕け散れ」と、念入りに砂利を踏み潰していた。
「……二人とも、もういいんじゃない? 粉々だよ」
うみが呆れながら声をかけると、シアは肩で息をしながら大槌を止めた。
だが、砕けた石板の跡、地面の部分にさらに何やら文字が彫ってあるのが見える。
「……ん?」
三人が視線を向けると、そこには……。
『ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!!』
「ムキィーーーーッッ!!!」
隠されていた煽り文を見た瞬間、シアのボルテージが限界を突破した。
「とことんムカつく性格してますねこの作者ぁぁっ!」
ズドォォン! ガァァァァン!! と、部屋全体が小規模な地震に見舞われたかのように揺れ、シアが再び激しく大槌を振り回し始めた。
ユエも「……絶対、見つけて殺す」と、明確な殺意を滾らせている。
だが、二人が怒り狂う中、うみだけは別のことに意識を向けていた。
(自動修復……? 魔法の分解作用がこれだけ強い環境で、どうやって……魔法ではないよね?)
うみは砕けた石板の破片と地面をじっと観察した。
(形状記憶ってわけではなさそうだし……だめだ。まったくわからない……まあいいか)
この迷宮の仕組みに興味を惹かれながらも思考を切り替え、怒り狂う二人を放置し、部屋の奥へと続く脇の通路を覗き込んだ。
通路は幅二メートルほどで、レンガ造りのように無数のブロックが組み合わさって出来ている。
うみは『六眼』でその通路を観察し――壁や床を構成するブロックの極微小なズレや、隙間の奥に潜む金属部品の僅かな反射光といった情報から、
壁の奥や床下に巨大なからくり機構が張り巡らされていることを推測した。
「あー……そういう迷宮なの?」
うみが呆れように声を漏らすと、ある程度落ち着いたのか、後ろからついてきていたユエとシアが不思議そうに首を傾げた。
「うみくん? どうかしましたか?」
「いや……ちょっと、見ててね」
うみは二人の前に出ると、足元のブロックをわざと強く踏み込んだ。
ガコンッ!
重々しい音が響き、うみの踏んだブロックが沈み込む。
その瞬間。
シャァァァァッ!!
左右の壁のブロックの隙間から、高速回転するノコギリ状の巨大な刃が飛び出してきた。
右の壁からは首の高さ、左の壁からは腰の高さ。
回避困難なタイミングで、うみの身体を上下から両断せんと迫りくる。
「うみくん、危な――!」
シアが悲鳴を上げた、次の瞬間。
ピタッ。
巨大な丸鋸は、うみの身体の数センチ手前で完全に停止した。
「……シア、慌てすぎ。今まで何度も見てきたでしょ?」
うみは全く動じることなく、自身の首元で虚しく空回りしている丸鋸から視線を外し、呆れたようにシアを見た。
「それに、君自身も何回か経験があるんだし、そこまで慌てるようなことじゃないと思うんだけど」
「うっ……! そ、それはそうですけど! やっぱりこういうのは心臓に悪いんですよぉ!」
シアが涙目で抗議するのをスルーし、うみは再び丸鋸へ向き直る。
そして、呪力で強化した素手で、その丸鋸の刃を無造作に掴む。
バキッ!
そのまま握り潰すように力を込めると、丸鋸は嫌な音を立ててひしゃげ、壁の中の駆動機構ごと機能停止した。
うみはひしゃげた刃をポイと床に捨て、あっけにとられている二人の元へ振り返った。
「えっと……今ので分かったと思うけど。どうにもここは罠が主体の迷宮みたいだね。
しかも、魔法とか一切なしの完全な物理トラップ」
「ぶ、物理トラップ……」
「……だから、さっきから魔力の反応がない」
ユエが納得したように頷く。
この大迷宮には外よりも強力な魔法分解作用が働いている上、魔法が使われていない罠は、魔力に特化したユエでは事前に察知することができない。
必然的に、うみの『六眼』による視界情報からの予測に頼るしかない環境だった。
さらにうみは、周囲を探っていた『気配感知』の結果も踏まえて付け加える。
「おまけに、魔物もいないっぽいかなぁ。気配が全くない」
「っえ? 魔物がいないんですか?」
「うん。……本当は、この迷宮でシアが迷宮クラスの魔物にどれくらい通用するか、試験をするつもりだったんだけど……。これじゃあ無理そうだね」
うみは本当に困ったような、計画が狂って面倒くさそうな顔をした。
「仕方ない。シアの試験はまた別の機会にするとして、ここはサクッと抜けようか。
俺が前歩いて罠を全部潰してくから、二人は俺の後ろを付いてきて」
「えっ、でも、うみくん! さっきみたいな罠がいっぱいあるんですよね!? いくらうみくんが無敵でも、危なくないですか!?」
シアが心配そうにウサミミを垂れ下げる。
しかし、うみは「大丈夫だよ」と軽く肩を竦めた。
「基本的に物理的な手段で俺の『無下限』を突破することは不可能。
可能性があるなら魔法だけど、ここの環境のおかげで、そんな大掛かりなものは機能しないだろうし」
そう、この魔法の分散作用という環境設定は、うみにとっては最強の防御である『無下限呪術』にとって好都合であった。
「じゃあ、行くよ。俺から離れないでね」
「……ん。頼りにしてる」
「は、はいですぅ! うみくんの背中、すっごく安心感ありますぅ!」
うみを先頭に、三人は通路を進み始めた。
そこからは、まさに『蹂躙』と呼ぶに相応しい光景だった。
ガコンッ! という音と共に頭上から無数の刃がギロチンのように降り注ぐがうみの頭上数センチで停止。
呪力で強化した腕で薙ぎ払う。
通路の床が突然消え、底に毒の沼が広がる落とし穴が出現すれば、
無下限を足元にも展開し、何もない空間をガラス板の上でも歩くように悠々と通り抜ける。
ユエとシアはうみに掴まって対岸へ。
通路の奥から、轟音と共に『溶解液を撒き散らす巨大な鉄球』が猛スピードで転がってくるも、
『蒼』による収縮で迫り来る鉄球を圧縮して壁の端へと弾き飛ばす。
次々と発動する殺意に満ちたトラップが、うみの前では文字通り『ただの作業』として処理されていく。
背後を歩くシアとユエも、最初は悲鳴を上げたり身構えたりしていたが、
あまりにもあっさりと粉砕されていく罠の数々に、次第に緊張感が消え失せ、最終的には設計者であるミレディに同情すら覚え始めていた。
しばらくいくつもの罠を潰しながら迷宮の奥へと歩みを進めたところで。
うみは、壁から飛び出してきた毒矢の雨を無下限で弾き落しながら、足を止め、周囲の壁を見回した。
「それにしても……」
うみは呆れ半分、感心半分といった声で呟いた。
「よくまあ、ここまでのバリエーションを次から次へと思いつくもんだね。
魔法を使わずにこれだけのからくり屋敷を作る技術と執念だけは、素直に評価できる。俺じゃなきゃそこそこ苦戦したかもね」
それは、迷宮の創設者に対する、規格外の呪術師からの率直な感想であった。
その後もいくつかの面倒くさそうなからくりを粉砕し、三人はさらに迷宮の奥へと続く通路を抜けた。
辿り着いた先は、奥行きのある広大な長方形の部屋だった。
壁の両サイドには無数の窪みが設けられており、そこには騎士甲冑を纏い、大剣と盾を装備した身長二メートルほどの石像がズラリと立ち並んでいる。
部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には一段高くなった祭壇のような場所と、荘厳な両開きの扉が鎮座していた。
祭壇の上には、菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。
うみは『六眼』で部屋の術式を瞬時に見抜いた。
(壁の窪みに仕込まれたゴーレム……中央付近まで踏み込めば一斉に起動する仕組みか)
「お出迎えだね。どう動くかは視えてるけど……まあ、この先何があるか分からないし、準備運動がてら体温めとこっか」
そう告げると、うみはあえて仕掛けを作動させるため、飄々とした足取りで部屋の中央へと歩みを進めた。
ユエとシアもそれに追従する。
――そして、三人が部屋の中央付近に達した、その時だった。
ガコン!
毎度お馴染みの、からくりが作動する重々しい音が響いた。
壁の窪みに並んでいた五十体近い石像たちの兜の奥、眼窩の部分がギンッと赤く光り輝く。
ガシャガシャと金属の擦れ合う音を立てながら、窪みから騎士たちが抜け出てくる。
彼らはスッと腰を落とし、盾を前面に掲げつつ大剣を突きの型で構えた。現れた時点で、すでに三人を包囲する陣形が完成している。
「……うみ、どうする? 壊す?」
ユエが、指先に魔力を集めながら尋ねる。
「そうだね。でも先のことも考えてユエは魔力温存ね。ここは、シアをメインで行こうかな」
「……むぅ」
「ええっ!?」
不満そうに首を傾げるユエと、驚愕の声を上げるシア。
(……ギリギリまで魔力使って、うみの血をいっぱい吸おうと思ったのに……)
ユエが内心で密かな企みを崩されて唇を尖らせる中、シアは慌てて両手を振った。
「む、無理ですよぉ! あんな数相手に、私一人なんて!」
「"一人で"なんて言ってないでしょ」
うみはシアの背中に手を当てて、グッと前へ押し出した。
「俺たちが全面的にバックアップするから、危なくなったら絶対助けるよ。……だから、かっこいいとこ見せてよ、お姉ちゃん?」
ピタッ。
『お姉ちゃん』という魔法の言葉。
それを聞いた瞬間、シアのウサミミがピンッと垂直に逆立った。
「――お、お姉ちゃん……っ!」
感動に打ち震えるシアの顔つきが、先ほどまでの弱気なウサギから、歴戦の戦士へと劇的な変貌を遂げる。
「任せてくださいっ!! 私が、頼れるお姉ちゃんですよぉぉぉ!!」
裂帛の気合と共に、シアは手にした『千鈞』を一気に最大サイズへと膨張させた。
そして、大地を砕くほどの強烈な踏み込みで、動き出したゴーレム騎士たちへと真っ直ぐに突撃していった。
「そぉいっ!!」
ドガァァァァンッ!!
シアの振るう超重量の大槌が、先頭のゴーレム騎士の胴体に直撃する。
魔力を分解する装甲だろうが、純粋な物理的破壊力の塊である『千鈞』の前には何の意味もない。
直撃を受けたゴーレムは、木端微塵に砕け散った。
「いけます! お姉ちゃん、絶好調ですぅ!」
調子に乗って次々とゴーレムを粉砕していくシア。
だが、相手は五十体近い石の騎士だ。感情を持たず仲間の死を恐れることなく、残るゴーレムたちが一斉に大剣を振り被り、シアを包囲するように殺到する。
「ひゃっ!?」
一体の攻撃を弾いた瞬間、シアの完全な死角――背後から、別のゴーレムが大剣を無慈悲に振り下ろした。
回避は間に合わず、受けの構えをとった、その瞬間。
シュパンッ!
「え?」
シアの頭上を越えて飛来したレーザーのような高圧の水流が、背後のゴーレムの首を綺麗に両断した。
振り返ると、ユエがうみの『カゴ』から取り出してもらっていた大型の水筒を構えていた。
空気中の水分を集めるのではなく、最初からある水を圧縮して放つことで、魔力消費を最小限に抑えつつ『魔法分解』の環境下でも確実に威力を発揮する、水系魔法『破断』による支援だ。
「ナイスカバー、ユエ」
「……ん。弟子の面倒は見る」
「あはは、頼もしい限り。じゃあ、俺も動くかね」
うみはユエの的確なカバーを称賛しつつ、自らも前線へと踏み出した。
「あっ、まだまだお姉ちゃんも、頑張りますよぉ!」
ユエのカバーに勇気づけられたシアが再び大槌を振るうが、ゴーレムたちの波は止まらない。
複数体が連携し、シアを囲い込むように殺到する。
パンッ!
後方から迫る大剣の群れを前に、うみが軽く両手を打ち鳴らす軽快な音が響いた。
「え?」
大剣が振り下ろされる直前、シアの視界がぐらりと反転する。
気がつけば、彼女はゴーレムに囲まれていたはずの包囲網の外――安全な位置へと移動していた。
そして、彼女が元いた場所には。
ガァンッ!!
鈍い衝突音が響いた。
シアを攻撃しようとしていたゴーレムの大剣が、あろうことか『味方のゴーレムの背中』に深く突き刺さっていたのだ。
「……え? なんでゴーレム同士で……」
呆然とするシアの横を、黒が疾風のように通り抜けた。
うみの術式『不義遊戯』。
本来は呪力を持つものしか入れ替えられないが、魔力消費の縛りを科すことで、 術式対象を魔力にまで拡張している。
うみは拍手でシアと別のゴーレムの座標を入れ替え、見事に同士討ちを誘発させたのである。
「よそ見は厳禁ね」
うみは超高速で戦場を駆け抜けながら、同士討ちで体勢を崩したゴーレムの関節や装甲の隙間へと、呪力で強化した打撃を的確に叩き込んでいく。
パキィンッ!という音と共に、巨体が次々と崩れ落ちる。
シアの絶大な物理破壊力。
ユエの低燃費かつ的確な死角への魔法支援。
そして、うみの『不義遊戯』による絶対的な空間制御と、無駄のない体術での粉砕。
三人の見事な連携の前に、ものの数分で五十体のゴーレム騎士はすべてただの瓦礫の山へと変わった。
「ふぅ……やりました! 見ましたか、うみくん!」
「うんうん、お疲れ様。このくらいだったら何の問題もなさそうだね」
うみが称賛を送った、その時だった。
カチャ……カチャカチャ……。
「……え?」
シアが顔を引き攣らせる。
完全に粉砕したはずのゴーレムの残骸が、眼光と同じ光を一瞬全身に宿すと、瞬く間に元の巨大な騎士の姿へと再構築されてしまったのだ。
それも、倒した数だけでなく、壁の窪みから新たなゴーレムが続々と湧き出して戦列に加わってくる。
「再生かぁ……」
「そ、そんな!? キリがないですよぉ!」
「……めんどくさい」
狼狽えるシアとは対照的に、うみとユエは冷静だった。
「……うみ、ゴーレムなら核があるはず」
「いや……残念ながらないみたい」
うみは『六眼』でゴーレムを視透かしつつ、同時に『鑑定』のスキルを発動させた。
空中に浮かび上がったUIウィンドウには、こう表示されている。
======================================
名称:感応石
ランク:B
カテゴリ:(鉱石) (魔道具)
品質:65
属性:無2
特性:『魔力定着』『遠隔同調』
超特性:なし
解説:魔力を定着させる性質を持つ鉱石。
同質の魔力が定着した二つ以上の感応石は、一方の鉱石に触れていることで、
もう一方の鉱石及び定着魔力を遠隔操作することができる。
======================================
「なるほどね。『感応石』って鉱石を使って、どこか安全な場所から遠隔操作で形を整えてるわけか」
うみは感心したように口角を少しだけ上げた。
「……にしても、これだけの数のゴーレムを全部遠隔操作して、しかもそれぞれに個別の動きをさせてるのか。
これの主は並列思考能力と演算能力は相当なもんだね。素直に評価するよ」
五十体……今ではそれ以上の数だが、それだけのゴーレムを個別に操るこの迷宮の主の力量がよく分かる。
「ど、どうするんですかぁ! 感心してる場合じゃないですよ! このままじゃジリ貧ですよ!」
ワラワラと迫りくる無限湧きのゴーレムたちを前に、シアが悲鳴を上げる。
「どれだけ壊してもキリがないし、めんどくさいから……強行突破と行こうか」
うみはそう言うと、自身の魔力を練り上げ、両手に魔力の刃を二本生成した。
そして、それを遥か前方――部屋の奥にある祭壇の前へ向けて投擲した。
シュンッ!!
二本の刃がゴーレムたちの頭上を飛び越え、祭壇の階段に到達した瞬間。
うみは両手を一度打ち鳴らす。
直後、ユエとシアの身体がフッと消え、次の瞬間には祭壇の階段上に立っていた。
飛んでいったスコーピオンと、二人の座標を『不義遊戯』で一気に入れ替えたのだ。
「わわっ!? ビックリしましたぁ!」
「……うみは?」
ユエが振り返ると、うみは祭壇の階段から少し離れた前方に陣取り、殺到してくるゴーレムの群れを一人で押し留めていた。
『ユエは扉の術式の解除をお願い。シアはユエの護衛と、俺の撃ち漏らしの対処を』
うみの『念話』が二人の頭に直接響く。
『……ん、任せて』
ユエはすぐに扉へと向き直った。祭壇には、黄色い正双四角錐の水晶を使った立体パズルのような封印が施されている。
彼女は卓越した魔力操作で水晶を分解し、扉の窪みに合わせて組み直そうとし始めた。
だが、そのパズルを解きながら扉を観察していたユエの動きが、ピタリと止まった。
扉の表面に、よく見なければ気づかないほど薄く、例の丸っこい文字が彫られていたのだ。
〝とっけるかなぁ~、とっけるかなぁ~〟
〝早くしないと死んじゃうよぉ~〟
〝まぁ、解けなくても仕方ないよぉ! 私と違って君は凡人なんだから!〟
〝大丈夫! 頭が悪くても生きて……いけないねぇ! ざんねぇ~ん! プギャアー!〟
「…………」
ユエの顔から、一切の表情が消え失せた。
静かに、しかし間違いなくこの迷宮で一番凶悪な怒気と殺意が、彼女の小さな体から立ち昇る。
「……絶対に、砕く」
凄まじい怨念を込めながら、ユエはパズル解読を恐ろしいスピードで進めていく。
一方、うみとシアは防衛戦の真っ最中だった。
「さて、どれくらいできるかな?」
うみは祭壇へと続く階段の下に陣取ると、自身の足元を中心とした一定範囲に『簡易領域』を展開した。
そして、両手に練り上げた魔力を一つにまとめ、穂先のない槍のような――『長棍』の形へと整形する。
最前列のゴーレムが領域内へと踏み込んだ。
その瞬間。
「ふっ!」
ドゴォォォォンッ!!
『簡易領域』の
領域内に侵入した対象への全自動反撃プログラムに従い、うみの身体が最適なモーションで魔力の長棍を振るった。
遠心力を乗せた凄まじい横薙ぎの一撃が、巨大なゴーレムの胴体にクリーンヒットする。
物理法則を無視したような強烈な反発力により、ゴーレムの巨体は遥か後方の壁際まで激しく弾き飛ばされた。
「次っ!」
ドガンッ! バキィンッ!! と、次々に押し寄せるゴーレムたちを、うみは流麗な棒術の捌きで対処していく。
下段からの跳ね上げで巨体を浮かせ、鋭い横払いでまとめて吹き飛ばし、脳天への打ち下ろしで石の兜ごと粉砕する。
四方から迫る殺意の波を、まるで演舞でもするかのように涼しい顔で弾き返していく。
だが、相手は五十体以上の無限湧きだ。
同時多発的に四方から殺到されれば、いくらオートカウンターが機能していても、うみの体は一つしかないため物理的に処理しきれないタイミングが生じる。
「シア! 打ち漏らし、三体そっち行った!」
うみが階段の上へと叫ぶ。
「任せてくださいっ! そぉいっ!!」
祭壇の上に陣取ったシアが、抜け出してきたゴーレムの頭部を『千鈞』で的確に粉砕する。
「うみくーん! やっぱりキリがないですよぉ! ドパッと魔法か術式でやっちゃってください!」
シアが大槌を振り抜きながら、階段の下に向かって大声で頼み込む。
「無理! この辺結構トラップいっぱいあるからね。どんな効果があるかわからない以上、下手に発動させられない」
うみが魔力の長棍でゴーレムを捌きながら叫び返す。
「うっ、ピンポイントで性格悪いですねこの迷宮……!」
ミレディの性格の悪さを体現したような悪辣な仕掛けだ。
結局、うみが『簡易領域』による近接戦闘で押し留め、抜けてきた個体をシアが処理するという地道な防衛戦が続く。
「……はぁっ! そぉいっ!!」
息を上げながらも、シアは的確にゴーレムを処理していく。
その顔には、絶望や焦りではなく、充実した笑みが浮かんでいた。
(ほんの少し前まで、逃げることしかできなかった私が……こうして一緒に戦えてる……!)
「お姉ちゃん、まだまだいけますよぉ!」
気合を入れ直すシアに、うみが下から「その調子!」と声を飛ばす。
死闘の最中とは思えない、明るい空気が漂い始めた、その時。
「……仲間外れ、禁止」
そんなシアの隣に、ぬぅっと不満げに唇を尖らせたユエが顔を出した。
「あ、ユエさん。開きました?」
「……ん。はやく行く」
ユエの言葉通り、背後の扉は重々しい音を立てて開かれていた。
「ナイス、ユエ! シア、先に奥へ入って!」
「はいっ!」
うみの指示で、ユエとシアが先に扉の向こうへと飛び込む。
うみは殿を務め、ゴーレムの群れを長棍で弾き飛ばしながら後退していく。
その際、うみは足元に転がっていた『感応石』の破片を、靴の裏で器用に弾き上げた。
(遠隔操作できる石……術式の解析でもしてみるかね)
しれっと『カゴ』に感応石を収納し、うみはそのまま奥の部屋へと飛び込むと、
迫りくるゴーレムの目の前で扉をピシャリと閉め切った。
***
重厚な扉を抜けた先は、遠目に確認した通り何もない四角い小部屋だった。
てっきりミレディの部屋か、何かしらの手がかりがあると考えていた三人は拍子抜けして足を止める。
「何もないね」
「……封印だけしておいて実は何もない?」
「うぅ、ミレディめぇ。どこまでも人を馬鹿にしてぇ……!」
三人が周囲を見渡していると、突如、もううんざりするほど聞いているあの音が響き渡った。
ガコン!
「「「!?」」」
仕掛けが作動する重々しい音と共に、部屋全体がガタンッと激しく揺れ動いた。
直後、三人の体に急激な横向きの力がかかる。
「っ!? な、なんですかこれ! 部屋ごと移動してるですぅ!?」
予期せぬ方向からの力に、シアがバランスを崩してカエルのような無様なポーズで転倒している。
ユエも咄嗟の揺れに舌を噛んでしまったのか、涙目で口元を押さえてぷるぷると震えた。
ただ一人、うみだけは桁違いの体幹と呪力強化によって、床に根を張ったかのようにピタリと立ち、全く動じていなかった。
だが、部屋の移動はそれで終わらない。横へ移動したかと思えば、今度は急激に真上へと引っ張られるような猛烈な力が襲いかかってきた。
「ひゃあぁぁっ!?」
「……っ!」
方向を変えるたびに部屋中に叩きつけられそうになるシアとユエ。
そんな二人の様子を見たうみは、即座に術式を起動した。
「――『影法師』」
うみの足元から黒い影が急激に広がり、その一部が床にへばりつくようにしてうみの体をガッチリと固定する。
それと同時に、影が数本伸び、空中に放り出されそうになっていたユエとシアの体を、まるでハンモックのように優しく、しかし強固にキャッチした。
「わっ! 浮いてる! 浮いてるですぅ!」
「……うみ、これ」
「ちょっと我慢しててね。変に動くより、こうして空中に固定しといた方が安全だからさ」
影の触手に持ち上げられ、宙吊り状態で固定された二人。
部屋はその後も何度か方向を変えて激しく移動を続けたが、うみの影による拘束のおかげで、壁に激突したり酔いでダウンしたりといった惨事は回避された。
約数十秒後、慣性の法則を完全に無視するように、部屋の移動がピタリと停止した。
「ふぅ、ようやく止まったか」
うみは影の触手を解き、ユエとシアをゆっくりと床へ下ろした。
二人とも、特に怪我や酔いもなくピンピンしている。
「大丈夫?」
「……ん。平気」
「は、はいですぅ! うみくんがいなかったら、すごいことに……」
ホッとした様子で頷く二人を見て、うみは正面にある扉へと向き直った。
「さて、何が出るかな」
「……今度こそ、ミレディ?」
「どんなヤツが出てこようが、私のお姉ちゃん力と大槌で木端微塵ですよぉ!」
意気込むシアをよそに、うみは迷いなく扉を開いた。
そこは、別の部屋に繋がっていた。
部屋の中央には一つの石板がポツンと立てられており、左側に通路が伸びている。
「……とても見覚えがない? この部屋」
「……ものすごくある。特にあの石板」
「っていうか、これ……」
シアが引き攣った顔で呟く。
そう、扉を開けた先は、つい先ほど彼女が親の仇のように粉々に砕いたはずの『ウザい煽り文が書かれた石板』が鎮座する、最初の部屋――つまり、スタート地点だった。
それが気のせいではないことを証明するように、扉を開いて数秒後、元の部屋の床に新たな文字がポワァァッと浮き出始めた。
〝ねぇ、今、どんな気持ち?〟
〝苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?〟
〝ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、ねぇ〟
〝あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに構造が変化します〟
〝常に変化するのでマッピングは無駄ですぅ! ひょっとして作っちゃった? 残念! プギャアー!〟
「「…………」」
床に浮かび上がった文字を読んだ瞬間、ユエとシアの顔からスッと一切の表情が抜け落ちた。
能面という言葉がこれほど似合う顔はない。
一方、うみは深い溜息を吐きながら、呆れたように周囲を見回した。
「……すごいな。この書き置き通りに迷宮の構造が変わるんだとしたら、まるで呪霊の『生得領域』だ。
ほんとにどんな仕組みで成り立ってるんだか」
「とことんふざけてるですぅぅ!! 絶対に見つけ出して百回殺してやるですぅ!」
「……同感。千回殺す」
限界を迎えたシアがウサミミを怒りで逆立てて絶叫し、ユエも静かだが絶対零度の殺意を立ち昇らせる。
大槌を構え、今すぐにでも再攻略に向けて突撃しかねない勢いの二人。
うみはやれやれと首を振り、二人の前にスッと手を出して制止した。
「落ち着いて、二人とも。こんな悪意の塊みたいな迷宮に、わざわざ真正面から付き合ってあげる義理はないでしょ」
「じゃ、じゃあどうするんですか! このままだと一生弄ばれたままですよ!」
食って掛かるシアに対し、うみはどこか楽しげな、悪戯を思いついた子どものような笑みを浮かべた。
「迷路にさ、ゴールまで直通の一本道があったらいいなぁ……って、思わない?」
「……え?」
「……一本道?」
頭に疑問符を浮かべるユエとシアをよそに、うみはある程度のあたりを付けて壁に向かい立つ。
そして、その方向へと右腕を真っ直ぐに伸ばし、静かに、呪詞を紡ぎ始める。
「――『轟雷』」
「うみ……?」
「――『絶影』」
「う、うみくん? なんか、とんでもない力が集まってる気が……」
呪詞の詠唱とともに莫大な呪力が超高密度に圧縮されていく。そして。
「――『崩天の奔流』」
ドゴォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
放たれたのは、極太の高出力の『呪力砲』。 純粋な破壊エネルギーの奔流が、
迷宮の分厚い石壁を、からくりを、罠を、すべてを紙くずのように粉砕し、蒸発させながら、一直線に突き進んでいく。
凄まじい轟音と振動が迷宮全体を揺るがし、やがてもうもうと舞い上がる粉塵が晴れた後。
そこには、うみの立つ場所から遥か奥までを真っ直ぐに繋ぐ、文字通りの『直通ルート』が完成していた。
そして、その開通した大穴の遥か先――そこには、あからさまに『ゴール』だと分かる荘厳な大扉が見えている。
「あ、ラッキー♪ 一発で当たった」
うみは満足げに手を叩いて笑った。
「……えっと、うみくん。もし今ので当たらなかったら、どうするつもりだったんですか?」
「え? 当たるまで四方八方に撃つつもりだったけど?」
「「…………」」
あまりのデタラメな破壊力と、迷宮のギミックを根本から否定する力技、
そして何よりその躊躇いのない脳筋っぷりを前に、ユエとシアは完全にドン引きして言葉を失っていた。
そんな二人をよそに、うみはパンパンと手の埃を払うようにして、振り返ると爽やかに笑った。
「よし。それじゃあ、行こうか」