潮騒を追う夜雨   作:竹河参号

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第六幕 千里の猛襲(2)

 猛然と襲い来る残像潮に、“夜”の隷属たちのような既視感を覚えた追跡者を、どう咎めるべきか。

 少なくとも今回は、多勢に無勢ではない。武装した多数の兵士たちが残像の群れを受け止め、討ち取り、押し返す中、漂泊者と追跡者は縦横無尽に戦場を駆け回った。後顧の憂いが断たれた戦場は、全身に躊躇なく力を漲らせることが可能だ。目の前の敵を斬り伏せ、迫りくる攻撃を回避し、即座に斬り返して打倒する。終わりの見えない連戦に、必要以上に力んでは、途中で疲弊してしまう。二人とそれをサポートする秧秧(ヤンヤン)と熾霞(シカ)は、最小限の労力で次々に残像を打ち倒していく。

 だが――

 ひゅるりと風が泣くような旋律とともに、漂泊者を囲うような雷電がぱりばりと生じた。三角模様を描くそれに気付き、咄嗟に身を捻りその場を飛びのくと、一瞬遅れて強い電撃が墜落した。寸でのところで致命傷を回避した彼女は、しかし続いて足元が闇色に汚れたのを見、さらなる回避を強要された。

 ゆらりと浮かび上がった闇の塊に、追跡者が横から割り込み、その大剣によって叩き潰した。ごろごろと転がるように回避し、すぐさま起き上がった漂泊者の視線の先には、長い帯を模した体毛を揺らめかせる、楽手のような残像たち――“宣諭の楽手”と“金鈴の楽手”が浮かんでいた。これまでの戦士たちや狩人たちのような水風級より一段上、“巨浪級”の強敵だ。捉えどころのない回避能力、脆弱そうな体格に見合わない耐久性、そして音階とともに襲い掛かる強烈な遠隔攻撃は、北落野原の激戦区でも脅威度が一際高い。

 ワイヤークローを飛ばし、いち早く突撃した追跡者の目の前で、宣諭の楽手が笛を鳴らし、その周囲に三つの電導弾を生じさせた。反射的に身を捩らせた追跡者の目の前で、ぐるぐると渦巻くように旋回する三つの電導弾が、宣諭の楽手を守り突撃を阻む。さらに宣諭の楽手が念を込めるように周波数エナジーを収束させると、さらに生じた電導弾、合計四つが一斉に射出された。弾速は――さして速くない。輝石の流星程度がせいぜいだろう。出現、加速、射出の瞬間まできっちり捉えていた追跡者にしてみれば、避けるのは実に容易く――

 

 

(――しまった!)

 

 

 身を捻った追跡者の視界の隅に、負傷し蹲る兵士の影が見えた。今まさに回避した追跡者の向こう、四つの電導弾の射線上にいる。脚をやられたようで、満足に動けない状態だ。辛うじて構えられた小銃では、電導弾を一つ相殺できるかどうかといったところだろう。庇うべきか、いや己の装備では防御に不安が――

 

 

「私が守る!」

 

 

 そこに、桃色の影が割り込んだ。

 桃祈(タオキ)だ。長刃を片手にまっすぐ立ち、左手で空をなぞるようにすいと払う。そこに消滅の周波数エナジーが収束し、彼女を守るように三つの小盾が現出した。赤銅色の小盾は襲い掛かる電導弾と衝突し、一つ、二つ、三つ――とその身を弾かせながら対消滅する。最後の一撃は、桃祈(タオキ)自身による力強い薙ぎ払いで掻き消された。

 

 

「あ、ありがとうございます!」

「気にしないで。今、衛生兵を呼ぶからね」

 

 

 這いずりながら礼を述べる兵士に対し、桃祈(タオキ)は柔和に微笑みながらそれを抑えた。流れるようにデバイスを取り出して支援要請を送ると、そのまま身を翻し戦場に戻ってい

 

 

「――桃祈(タオキ)!」

 

 

 その瞬間、漂泊者が叫んだ。今まさに、彼女と相対していたはずの金鈴の楽手が姿を晦ませ、桃祈(タオキ)の傍に転移したのだ。戦線復帰の出鼻を挫くように、金鈴の楽手がからりからりと鈴を鳴らし、闇色の波動を押し広げ――

 

 

「引っかかった?」

 

 

 しかし、桃祈(タオキ)の守りに防がれた。

 すいと身を屈め、長刃に身を隠すような独特の構え。金鈴の楽手による闇色の波動がそれに触れた瞬間、ごぉんと重厚な壁に衝突したかのような音が響いた。金鈴の楽手のエナジーと桃祈(タオキ)のエナジーが衝突し、防波堤に遮られた波のように砕け散る。

 

 

「やあっ!」

 

 

 押し返したその勢いに乗せて、桃祈(タオキ)がぶおんと長刃を振り上げた。得物の重さを最大限に活かすような乱撃が、ごりごりごりと金鈴の楽手の体躯を薙ぎ払い、鈍い悲鳴を上げさせた。まるで誰(・)か(・)の大盾のような頑健さだ。必殺の好機を突いたはずの襲撃者は、しかし盤石の守りに阻まれ、戦士の残像たちに紛れるように逃げ帰った。

 そして当然、それを見逃す理由はない。

 

 

「――ちょっとだけだぞ?」

 

 

 ふわぁ~、と大あくびをした桃祈(タオキ)は、その長刃にありったけの周波数エナジーを溜め、踏み込みとともに力いっぱい薙ぎ払った。新月を描くような強烈な一閃が、周囲の残像を巻き込んで深い斬痕を叩きつける。ぐらりと残像の一集団が体勢を崩したところに、ひゅんと追跡者が飛び込んだ。

 

 

「潰れろ」

 

 

 ガァン! という轟音とともに、左腕の弩状の機構が爆熱を解き放ち、残像たちに叩きつけられた。横からの斬撃と上からの爆撃に挟まれた残像たちは、その強烈な暴力に蹂躙され、次々に音核を砕かれて消滅していった。炸裂の反動を利用して空中で受け身を取り、だんと着地する追跡者の気迫に、周囲の残像たちが恐れをなしたか、どうか。少なくともその寸隙は、戦争において決定的な仇となった。

 

 

「響け!」

「風よ起これ!」

「火力全開っ!」

 

 

 漂泊者の光気が、秧秧(ヤンヤン)の烈風が、熾霞(シカ)の熱霰が、そして兵士たちの銃弾が、大津波のごとく残像へと押し寄せ、轟音とともに押し流した。そのあとに残ったのは、無数の攻撃の流れ弾を受けて傷だらけになった地形。そこにいた無数の残像は、例外なく消滅させられていた。

 衝突の均衡が崩れた。がらがらと雄叫びを上げる獅子の咆哮とともに、兵士たちが速やかに突撃し、銃弾を浴びせながらぐいぐいと戦線を押し上げていく。もとより本能のままに戦うだけの残像たちと、個の貧弱な力を組織行動で補う人間の兵士たち――気勢を制してしまえば、その結末まで決したようなものだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 かくして、残像潮の次なる一波を堰き止めることに成功した夜帰軍。

 

 

「相変わらずやるなー! これならどんだけ敵が来ても余裕だね!」

「まだだ。破壊された建材を積み上げて、障害物を作るぞ」

 

 

 ふーと息を吐く熾霞(シカ)の隣で、しかし追跡者が鋭く叫んだ。目に見える敵がいなくなった程度で、気を緩めてはいけない。彼が戦ってきた“夜”と照らし合わせれば、その尖兵となる残像はまさに雲霞のごとく湧いてくる。いわば、次なる攻勢に出る前の小休止――であれば、こちらも有効活用するに越したことはない。

 

 

「バリケードってこと?」

「『ばりけーど』? それでいい。奴らが歩いてやってくるのなら、それで堰き止めろ」

「工兵中隊、構築急いで。装甲中隊は部隊再編し、第三防衛ラインを設置して」

『はっ!』

 

 

 二人のやり取りを聞いていた桃祈(タオキ)が、速やかに指令を下した。追跡者としては、「残像によって破壊された施設を、手早く再利用できれば」程度の思い付きだったが、やはり文明の発達した国では、そんな発想を作戦化する方法論も先進的であるようだ。あっという間に工兵部隊が到着し、破壊された廃材を運び出している様子を見るに、部隊間連携も上々といったところか。

 せわしなく兵士たちが往来する最中、秧秧(ヤンヤン)があるものに気付いた。

 

 

「漂泊者さん……あれ……」

「――ここからということだな」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)が指差す先――どろどろと滲んだ月がその相を濃く見せ、偽りの輝きを強めている。漂泊者と追跡者は、鋭い視線で睨み上げた。ブラックショアの推測が確かなら、鳴式の復活は近い。

 

 

「湾刀の戦いの時の月とほぼ同じ……あまり時間は残されていないようね」

 

 

 桃祈(タオキ)の言葉に、二人の胸中で緊張感が高まった。これまでは多数の兵士たちによる組織行動で凌いできたが、人智を超える鳴式が降臨してしまえば、その全てが破砕される。そうなる前に、決定的な一手を打たなければ――

 とそこで、桃祈(タオキ)のデバイスがぴろりと電子音を鳴らした。応答のスイッチを押すと、ホログラムとして現れたのは、上等な絹の衣装に身を包んだ白髪の少女――今汐(コンシ)だ。

 

 

『戦況報告を』

「はい。バリアの修復、市民の城内への避難共に完了しました。負傷者の数は最小限に抑えています」

『うむ。よくやった』

 

 

 桃祈(タオキ)の報告に、今汐(コンシ)は鷹揚に頷いた。ここまでは想定通り――むしろそうでなければ、この終わりなき持久戦に耐えることができない。

 今度は広域放送ではない。見知った顔の登場に、漂泊者が手を振った。

 

 

「久しぶり、今汐(コンシ)。状況はどう?」

『お久しぶりです。漂泊者、追跡者。

 ええ、おおむね順調ですよ。先に対策は打ってありますから』

「それも“角”の指示か」

『今州が危険に晒されている今、いつまでも“角”に頼っているわけにはいきません。これは余の決断であり余の責任なのです。

 以前瑝都へ行った時、今州への実質的な支援を約束してもらいました。すでに天工と研究員の方で準備が行われているはずです』

 

 

 追跡者の確認に、今汐(コンシ)はやや意外な答えを返した。万能の歳主に縋らず、人間の政治で片付けられることを片付ける――表面的には人間主義的とも言え、しかし他ならぬ令尹(レイイン)、歳主の共鳴者たる彼女の判断としては、いささか不審なものがある。そんな今汐(コンシ)に対し、官僚や兵士が不審を抱いていられる状況でないことは、不幸中の幸いと言っていいか、どうか。

 ――漂泊者と追跡者は、一瞬だけ視線を交わした。

 おそらく今汐(コンシ)は、“角”を頼らなかったのではない。頼(・)れ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)のだ。残星組織(フラクトシデス)による歳主捕獲――あるいはそれ以前の根本問題に由来する、“角”の逐電。鳴式に対抗しうるおよそ最高の戦力が、しかし不可解な理由で封じられてしまった。そんな真実を公開してしまえば、今州は大混乱に陥る。市民は絶望し、夜帰軍の統制は崩壊するだろう。最悪の事態を避けるため、真相を伏せて「人間の力で解決する」というお題目を掲げて方々を動かした――というのが、本当の理由だろう。

 とはいえ、何も藪をつついて蛇を出すことはない。思考を切り替えた漂泊者を、今汐(コンシ)が見つめていた。

 

 

『――漂泊者。“角”のメッセージを覚えていますか?』

 

 

 今汐(コンシ)の言葉に、漂泊者は思わず心臓を跳ねさせた。

 追跡者が散華(サンカ)の案内でスカーを牢に入れに行った後、今汐(コンシ)から漂泊者へと伝えられた“角”の伝言――『地から天へと注ぐ滝の雨の刻、北落野原で夜帰軍将:忌炎(キエン)を見つけよ』。

 

 

『逆流する雨の帳は大地を覆う。そして夜帰の将軍は、いま北落野原の前線で、戦争の鳴式“無相燹主(ムソウセンシュ)”に最後の総攻撃を仕掛けようとしています。

 ――“角”の言う時(・)が、訪れました』

 

 

 符号は揃った。機は熟した。ならば、そこから導き出されるのは――鳴式との決戦。

 緊張に言葉を失う漂泊者へ、今汐(コンシ)が気遣うような視線を向けていた。

 

 

『……心中をお察しします。漂泊者。余にも、突如として現れた理不尽に向き合わなければならない時がありました。

 この戦いが終われば、あなたは今州を救った英雄として後世に語り継がれることとなるでしょう。あなたが長き夜を越え、無事の帰還を果たすよう願っています』

 

 

 なすべき者が、なすべき時に、なすべきことをなせ――そんな叱咤激励は心の底にしまったまま、今汐(コンシ)は通信を切り、ホログラムが消失した。後に残されたのは、緊張で思うように身動きが取れない漂泊者と、それを見守ることしかできない追跡者。

 

 

 機は熟した。役者は揃った。舞台は整った。――だが戦えるかどうかは、まったくの別問題だ。決戦の刻に至るまでの、全ての献身と期待を背負って立つのは、立ち続けるのは、刃を握って戦うのは、勝利を奪い取るのは――そのいずれも、並大抵の重責ではない。恐怖と緊張の重圧を耐え抜き、立ち向かい、そして勝ち取る。その歩みこそが『勇気』と呼ばれるものであり、今の漂泊者に求められているものだ。

 そして、追跡者にできることはない。憤怒、憎悪、悔恨、贖罪――その正体が何物であろうと、『自分自身を衝き動かすもの』がなくてはならない。彼はそうだった。全てを奪った“夜”への復讐、災厄を終わらせる不変の渇望。それこそが彼を衝き動かし、四肢に力を与え、滅びても滅びても滅びても滅びても滅びても滅びても滅びても滅びても滅びても滅びても滅びても滅びても滅びても諦めることなく、その執念を燃やし続け、戦い抜いてきた。

 同じ決意と覚悟を漂泊者に強制するか、はたまた別のモノを植え付けるか……いずれにせよ、『彼女自身の戦う理由』は、それを宿らせることができるのは、他ならぬ彼女自身であり、追跡者が肩代わりすることはできない。

 すべてを擲ってでも――彼女がそう思うことができなければ、物語はそれでおしまい。頁(ページ)の繰り手はいないまま、全ての希望が断絶するだけ。

 

 

 

 

 所詮、この世は修羅の巷。

 胡蝶の羽搏きとともに消える一夜の夢。

 雷光よりもなお儚い、瞬きの間にすべてを懸ける意味など、

 自分自身が見つけられないのなら、そこでおしまい――

 

 

 

 

 その様子をずっと見守っていた桃祈(タオキ)が、ふぅと溜息を吐きながら、どろどろと滲む月相を見上げた。

 

 

「はあ、長雨ね……嫌になっちゃう」

 

 

 天へと昇る溯洄雨(そかいあめ)を忌々しげに睨みながら、しかし桃祈(タオキ)は、長刃を握りしめる手を脱力しない。言葉ほどに疲れているわけでもないらしい。泰然自若を体現する彼女の姿を見、漂泊者の思考に小さな隙が生まれた。そんな漂泊者に、桃祈(タオキ)は言葉を続けた。

 

 

「各地の関所に、あなたたちのことは伝えておいたよ。今後は今州のどこでも自由に通行できるわ。

 ――漂泊者のことは任せたよ、秧秧(ヤンヤン)。踏白のあなたにね」

 

 

 そして桃祈(タオキ)は、漂泊者の隣に立つ秧秧(ヤンヤン)に向かってウィンクをした。

 緊張に呑まれた漂泊者を間近で見、しかし何もできなかった秧秧(ヤンヤン)は、目をぱちくりとさせた。漂泊者ともども、しばらく桃祈(タオキ)の命令の意味を理解しかねた。何となく察知した追跡者に遅れること一瞬、二人はただ互いの顔を見合わせた。そうして初めて、二人は桃祈(タオキ)の気遣いの意味を悟った。

 彼(・)女(・)が(・)『理(・)由(・)』に(・)な(・)れ(・)ば(・)い(・)い(・)。大義とか責任とか犠牲とか、そういう大きくて複雑なモノは一旦脇に置いて――目の前の、見知った友を護るために戦う。相手が何者であろうと関係ない。彼女たちのささやかな平穏を脅かすものは全部蹴散らす、そのためだけに戦えばいい。果てしない闇に飛び込むことになろうと、向こう側に突き抜けるまで戦い続ければ、光は必ず見えてくるのだから。

 それを理解した二人の顔からは、緊張も不安もなくなっていた。

 

 

「――はいっ!」

「背中は任せたよ、秧秧(ヤンヤン)」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)は力強く、そして漂泊者は軽やかに返答した。課題は山積みだが、ひとつ解決に成功したようだ。柔和に微笑む桃祈(タオキ)を見届けると、追跡者はくるりと背を向け、漂泊者と秧秧(ヤンヤン)に向けて「では、行くぞ」と急かした。

 

 

 ――彼は戦士だ。君主でも、将帥でも、英雄でもない。“夜”を屠るためだけに戦ってきた復讐者だ。他人を鼓舞し、陶酔させ、修羅道へと駆り立てることはできない。彼にできるのは、敵を追い、剣を振り下ろし、叩き潰すことだけ。

 だがそこに、価値を見出す者がいる。朋輩を守り支えんと、彼の隣に並び立ち、ともに戦うべく奮い立つ者がいる。

 

 

 迷いなく歩き出す追跡者に並んだ漂泊者と秧秧(ヤンヤン)は、一度だけ今州城を振り返った。

 あそこにも、守るべき人はいる。見知った友が、世話になった恩人が、未来を担う幼子がいる。

 ――一瞬だけ戻ってきた不安をかき消すように、熾霞(シカ)がぐっと拳を握り叫んだ。

 

 

「安心して! 今州城は、あたしたちが絶対守るから!」

「俺もいる」

「わ……私も……!」

「瑞獅団のみんなも!」

 

 

 熾霞(シカ)の言葉に、ヴェリーナが、瑞獅団の者々が、それぞれに呼応する。ほぐれた不安と入れ替わるように、暖かな気持ちが二人を満たした。

 そして、それだけには終わらなかった。

 

 

「――俺たちも!!」

 

 

 城門から、城壁から、街道脇から、無数の声が木霊した。見れば多数の兵士たちが武器掲揚し、三人を送り出すように見守っている。この今州城に、残像一匹とて通しはしない――そんな気迫に満ち満ちた兵士たちの様相に、桃祈(タオキ)はふっと笑みを浮かべた。

 

 

「ふふ……ここには頼もしい仲間がたくさんいるもの」

「漂泊者も追跡者も、秧秧(ヤンヤン)も安心して!」

 

 

 次なる残像潮まで長くはない。しかし、諦観には程遠い勇士たちの言葉に、漂泊者と秧秧(ヤンヤン)の不安は完全に吹き飛んだ。

 後顧の憂いはない。頼もしい仲間たちが、帰るべき場所を守っていてくれる――ならば目指すは一点、鳴式の打倒。

 

 

「忌炎(キエン)将軍にもあなたたちのことを伝えておいたよ。じきに彼とも合流できると思うわ」

 

 

 桃祈(タオキ)はそれだけ言い渡すと、夜帰軍でお決まりの送り文句を唱えた。

 ――それは、瑝瓏にずっと伝わる祈りの言葉。どれだけ暗い夜を彷徨おうと、必ず帰ってくることができますように。

 

 

「長き夜を越え、無事の帰還を果たす!」

 

 

 無数の声援を背に、追跡者と漂泊者と秧秧(ヤンヤン)は顔を上げて北を向き、揃って横に並ぶと、一斉に駆け出した。

 

 

 

 

 所詮、この世は修羅の巷。

 胡蝶の羽搏きとともに消える一夜の夢。

 雷光よりもなお儚い、瞬きの間にすべてを懸ける意味など、

 

 ――隣のあなたを護りたい。ただそれだけで、済む話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って誰だ――!?」

「俺は淵武。拳法道場の師範を務めている。この戦が終わったら、ぜひ遊びに来てくれ」

「あ、どうもご丁寧に……」

 

 

 

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