三人を急かしながら走る
“
そうして駐屯地に辿り着いた四人を、意外な人物が出迎えた。
「将軍殿。お帰りなさい」
「――
黒白陰陽を象った道士服に、黒い髪を二つ結びにした若い女――
「
どうやら前線を直に見た衝撃、そして
「先の戦いで、北落野原の残像潮に異常を確認した。
“
「俺たちは、ただの戦士だ。
「それでいい。定石に囚われては、怪物狩りなど出来はしない」
四人の不安を代表した追跡者の言葉を、しかし
◇ ◇ ◇
ちなみに漂泊者の予測に反し、追跡者はホログラムに何の疑問も示さなかった。円卓の備品の一つに“写身の地図”という秘宝がある。時空の歪んだリムベルドへと出撃するにあたり、来訪のたびに姿を変える地形と建物の配置を正確に映し出すことができる秘宝であり、即興で行程と作戦を組み立てるのに重宝した――それと同じようなものだろう、と理解していた。
余談が、過ぎた。
さて、戦場となる北落野原――大彫像とその正面の大きな崖。巨大な砲撃で丸ごとくり抜かれたような峡谷の先に、旧時代の廃墟が足場のように浮遊しているらしい。“
作戦室は、
だが――
「――……いいや。駄目だ」
それまでずっと沈黙を守っていた追跡者が、ふと口を開いた。
作戦室の視線が、一斉に追跡者へと集中した。彼はホログラムの地図を食い入るように見つめている。それが断じて物珍しさによるものではないと、誰もがすぐに気付いた。
「と言うと?」
作戦室の端に立っていた彼は、大彫像の背後から戦場を俯瞰することができた。そこから主戦場となる峡谷を、『裂空』なる巨大な砲を、夜帰軍の基地をも一望できた。
「この崖は――このルートは、鳴式の真正面を通る。奴にとっては、格好の的だ」
追跡者は、
今にして思えば、『酒の席』などというのは、かの人物にはいささか不似合いなように感じる。
――暗殺に最も必要なのは、類稀な技術でも驚異的な視力聴力でも、ましてや未曾有の霊感でもない。
「このルートは見晴らしが良すぎる。鳴式からは、突撃してくる俺たちの姿がよく見えることだろう。
奴からすれば、蠅たたきを振りかぶっている最中に、当の蠅が真正面から突撃しているようなものだ。簡単に撃ち落とせる」
「そうだ。だからその蠅たたきを振り下ろされる前に、懐に飛び込もうと――」
「何も、万全の力で振るう必要はない」
――彼ら夜渡りが相対してきたのは、“夜の王”という具象化された脅威ではない。“
“夜”は予告なく襲い来る。夕暮れとともに襲い掛かり、驟雨とともに全てを焼き尽くし、朝日とともに消え失せる。何もかもが唐突で、何もかもが常識外れ。呆れるほどに理不尽で、忌々しいまでに暴力的。もしもそれが、鳴式にも適用されるのであれば――
「何も今すぐ、今州全体を滅ぼす力が必要なわけではない。俺たち五人を叩き潰すのに、奴はほんの指先程度の力があれば充分だろう。
――そしてそれだけの力は、もう溜まっている。それをほんの少し零すだけで、この作戦は総崩れになる」
「つまり、力を溜めているのを中断して、私たちの迎撃を優先する可能性が高いと?」
「そうだ」
漂泊者の推測に、追跡者は深く頷いた。
「そんな……」と顔面蒼白になった
「しかし、他のルートなど――」
「それこそ時間が――」
「待て」
焦燥のあまり興奮する幕僚たちを、
「……それで? 異論を唱えるからには、何か代案があるのだろうな?」
――これは賭けだ。一歩間違えれば、全てが破綻する。
だが迷っている暇はない。今動かなければ、“
ゆっくりと息を吐き、そして大きく吸うと、追跡者は顔を上げた。
「――信号塔があるだろう? あれの周辺に、陣地を張っていたはずだな」
「ああ」
追跡者の確認に対し、
ブラックショアによって開発された信号塔は、共鳴能力に干渉して肉体を治癒する浄化結界の他、付近の残像を追い払う排斥結界を展開している。正確には、残像の行動ルーチンを解析し、その無意識に干渉する音波を発生させ、圏内を避けるように行動させる。つまり『その気になれば容易く突破できるが、何となく近寄りたくなくなるバリア』を張っているような状態だ。今回のような大規模な残像潮に対しては、決して有効と言い難い結界だが、それと引き換えに『そもそも攻撃されない』という極めて強力な耐久特性を有するため、平時の軍事行動の起点とするには非常に都合がよく、各国でも広く活用されている。
であれば、防衛の要も信号塔に集約される。リムベルドに点在する“祝福”のようにはいかないかも知れないが――背に腹は代えられない。
「信号塔の周辺まで、防衛線を下げてくれ。すぐに補給と治療ができるように。自分たちの安全を確保するよう、全軍に徹底してくれ」
追跡者の決断的な指示に、幕僚たちはがやがやと動揺した。
「しかし、それでは残像潮に突破されてしまう!」
「本末転倒だ! 残像から身を守るために、残像の突破を許すなど!」
「必要ない」
「――理由は?」
幕僚たちの反対に構わず、断言する追跡者。それに対し、
「兵士の命、ひいては今州そのものの存亡に関わる重大事だ。本当に有効なのか、はっきりさせておきたい。
防衛線を下げ、その代わりに何をする? 迫りくる残像潮に対して、どんな策を採る?」
「……詳しくは言えない」
仕方なく、あるがまま言うことにした。げっと目の色を変える漂泊者の様子は見なかったことにする。
馬鹿正直に説明してはいられない。そもそも、彼にとっても大博打の一手だ。吉と出るか凶と出るかは、打ってみなければ分からない。
「俺の――共鳴能力とやらに関するものだ。全開にすると、
おそらく、兵士たちは戦っている場合ではなくなる。前線維持どころではなくなる。被害を少しでも軽減するために、治療に専念させてくれ」
馬鹿な、と幕僚の誰かが呟いた。無理もない、と漂泊者たちは思った。世情に疎い
「合図をしたら、一斉に撤退を命じろ。そして、拠点の堅守と兵士たちの治療を最優先にしてくれ」
その言葉を最後に、追跡者は口を閉じた。ここから先は、戦士の役目ではない。兵士の役目でもない。兵士たちの命を預かり、右から順に使い潰し、もって今州の鎮護を果たす夜帰軍将の役目だ。
作戦室中の、縋るような視線に射抜かれながら、
「――分かった」
追跡者はその一言を聞き届けると、「詳細な配置は任せる」と言い残し、作戦室を出ていった。後に残されたのは、前代未聞の作戦に狼狽する幕僚たちと、
趨勢は決まった。前代未聞の大敵を前に、前代未聞の死闘を演じなければならない。その末路がどう語られるかは――その語り手を守ることができるかどうかは、始まってみなければ分からない。
合図はただ一つ――「青く燃える雨を待て」。
◇ ◇ ◇
作戦室を出た追跡者は、その足で砦を出、北東に聳え立つ崖へと突き進んだ。鉄筋コンクリートでできた頑丈な砦は、彼の記憶にも珍しい建物として映ったが、見物している場合ではない。物見遊山は、全てが落着した後にしよう。あるいは、
北落野原を望む切り立った崖は、その眼下の峡谷と同じく、巨大な砲撃によって抉られたような、歪な地形をしている。これが三年前の湾刀の戦いによるものなのか、もっと前のものなのか、はたまた鳴式すら関係のない戦禍によるものか――彼には推測する術がないし、そんな興味もない。
長い弧を描くような崖を登り切り、追跡者は“
追跡者は後ろを振り返り、崖下の巨大な砲に視線を遣った。曰く『裂空』なる旧時代の兵器であり、大彫像が展開する障壁“地波の気障”を破壊する唯一の手段であるという。いわば城塞をこじ開ける破城槌というところか。あれをいかに守り抜くか、そしていかに機能を発揮させ“地波の気障”を穿つかも、この戦争の大きな焦点となるだろう。
追跡者は少し視線をずらし、先ほど発ったばかりの砦に視線を向けた。武装した兵士たちが慌ただしく駆け回り、残像との戦いに備えている。彼らの奮闘は、将軍
(鳴式を――“
追跡者は少しだけ考え込んだ。悲鳴という災いに晒され、鳴式という危機に怯える
――本当にそうなのか?
他ならぬ自分の考えに、追跡者は違和感を抱いた。それこそ、
(……余計なことは考えるな。今に集中しろ)
追跡者はぶんと首を振った。彼が呼ばれた真の目的が何であれ、今この場を打破しなければ意味がない。余計なことに気を取られたまま戦えるほど、鳴式という相手は容易くはない。
追跡者は、懐から銀色の塊を取り出した。掌の中でとくとくと小さく脈打つ、銀の胚――豌ク驕?縺ョ驛ス繝弱け繝ゥ繝?がに伝わる聖遺物。悪しき流星によって滅び、“狭間の地”の地下深くに沈んだそれは、今は砕かれしエルデンリングの権能によって完成され、真価を発揮するという。詳しい理屈は、何でもいい。それに相応しい成果があることは知っている。
追跡者は一度だけ大彫像に視線を向けると、“銀の雫”をぐっと胸元に押し込んだ。途端、ぐるりと内臓を捲り上げるような不快感に飲み込まれ、彼はその場にがっくりと
◇ ◇ ◇
北落野原を望む断崖。
天を遡る雨の中、そこには何もなかった。兵士の影はおろか、戦場を闊歩する残像すらいない。
超常の雨すら降り注がず、あらゆる事物が存在しない空白の中に、ただ、銀色の闇だけが昏々と沈んでいた。
そして、
彼は、