卒業ライブ前、かぐやの贈り物の前に、いろはからがあったらの話。
何も言えなかった。あるいは、言いたくなかったのかもしれない。
どちらかも分からずに、かぐやが深夜にもかかわらず忙しなく卒業ライブの準備をしている最中、私は少しだけ部屋を抜け出して、ベランダに出た。
結局のところ、あの夜からかぐやは運命を受け入れたようだった。あの夜、空に大輪の花を咲かせた光の弾……スターマインの連弾を眺めながら「綺麗……」と漏らしていたかぐやの口元。彼女は知っていたのだろうか。自分がいつか、あんな風に一瞬だけ輝いて消えてしまう運命であることを。まぁ、隠し事が得意な性質ではないし、事の顛末は彼女が語った通り。今はラストライブへ向けた準備へ勤しんでいる最中だ。
「でも……だからって……」
結局はこうなるしかなかった。それは分かっている。その筈なのに、あの日、彼女が「えへへ、彩葉の真似~」とはにかみながら、本当は寂しくて堪らなかったはずなのに、最後まで大人びて笑おうとしていた……その横顔を思い出す度に。なぜだろう。どうしようもなく、心が急いて仕方がないのは。
「……わかんないよ。」
かぐやの口癖をなぞるように呟く。確かな道標であったはずの月明かり、私を助けてくれた月明かり。それが今や、夜が明けようとしている。まだ、私の夜は明けていないというのに。
「……いろは、もしかして、泣いてくれるの?」
「泣かないよ」
「そっか」
「うん」
泣けたらどんなに良いだろうか。「寂しい」という本音を隠しきれず、けれども「ハッピー」にこだわるかぐやの前だと、不思議と私の涙腺は働いてくれないらしい。
私にとって、かぐやはきっと初めてできた「譲れない大切な人」だった。その輝きを失う喪失感は、言葉の裏に底知れない寂寥感として沈んでいる。
間もなく太陽が地平線から登る。夜風と明るみを帯びた薄い月光の中で、私ははくるりと回ってかぐやに向き直る。
「かぐや、渡したいモノがあるの。少しジッとしていてくれる?」
「えー……何かなぁ?」
少し頬が紅潮したかぐやは、嬉しさを隠しきれないかのように、何かを期待するかのような目で私を見つめる。ここぞとばかりに仕事を果たそうとする涙腺を静止させながら近寄る。
そっとガラス細工に触れるように、私はかぐやの首に手を近づける。瞼を固く閉ざしたかぐやは「待て」をされた犬のように微動だにせず、こういう些細なところからでも成長を感じてしまう。
なかなか上手くできないな。不器用な方ではないのだが、かぐやの肌に触れないようにすると意外と難しい。
「ひゃっ!」
「ごめん。もう少しだから」
上手くできずに顔を近づけ過ぎたのだろう。私の吐息がかぐやの耳か首筋に触れたらしく、かぐやが悲鳴を上げる。早めに済ませないと。
ようやく取り付けることができて、私はゆっくりと揺れる感情を抑制しながらかぐやから離れる。
「感謝の印。」
二の句は告げなかった。この言葉すら、まともに発することができたのか分からない。それでも、これだけは伝えたかった。
(私の、初めての『宝物』……)
信じられないと言った様子のかぐやは、思わずホッとしてしまう程度には嬉しそうに笑った。これから月へ帰ろうという彼女の胸に、新しい火が灯ったような、そんな表情だった。
「あははは。でも、だったら手渡せば良かったんじゃないかな?」
言われてみれば確かに、全く以ってその通りだ。というか、取り付けるにしても正面からではなく背後に回った方がずっと簡単ではないか!
思わず顔が真っ赤になりそうになり、私は慌てて反転する。こんな顔見られたら、妙に鋭いかぐやならば簡単に私の気持ちを勘付かれてしまう。この想いに気づかれる訳には行かないのだ。少なくとも今は。
「良い朝だね」
「そうだね。本当に……良い朝」
私の背中にかぐやも背中を合わせて、2人で一緒に薄明かりの月を見上げる。
「忘れないで。『私』を忘れないで」
「忘れないよ。かぐやは憶えてるよ」
きっと、太陽が昇り、冷徹な真実を照らし出すのだろう。
それでも、今だけは。この場所で見る月は、どんな神秘よりも、ただただ綺麗だと思えた。