Fate CROSS strange FAKE 作:N40
幻術・黒暗行の術。それを受けてしまった者たちは瞬く間に術の影響下に置かれる。
(目が……!)
(見えん!)
(何が起こった!)
視界から光を奪われ、黒く塗り潰された世界しか映さない。一瞬でも盲目となってしまったことに声は出さなかったが内心で驚く。
セイバー、シド、偽アサシンたち程のレベルならば視覚以外に頼らなくとも相手の気配を探ることが出来るが、その感覚すらなくなってしまった。三人は共闘している相手の位置も把握出来ず、下手に動けない。ただ、仮に気配を感知することが出来ても扉間相手では厳しい。扉間のクラスはアサシン。視界が機能していない状態で『気配遮断』のスキルを使われればまず見つけることは不可能だろう。
そして、黒暗行の術の影響は他の者たちにも及んでいた。
「これは……!」
強制的に閉ざされた視界。何度も瞬きをし、目を擦るなどしても変化は訪れない。屋敷から戦いの動向を観察していたシグマだったが思わぬとばっちりを受けてしまう。
「安心しろ、失明した訳じゃない。幻覚、催眠術のようなものだ」
視界が黒く染まってもウォッチャーである船長の姿だけはハッキリと見えた。ウォッチャーの影法師はシグマの脳内に投影されたものなので、例え視界を奪われたとしてもシグマには見え続ける。
「視覚だけでなく気配で探るのも妨害しているな。嫌らしい術だな」
黒暗行の術の効果について船長は既に把握していた。シグマはこの失明が一時的なものだと知って少し安堵する。見ていただけで視力を奪われるなど、感情が希薄なシグマでも堪ったものではなかった。
「監視しているならお前たちにも影響はないのか?」
「ウォッチャーにこの幻術は通用しない。これは対人間用みたいだからな。ウォッチャーは脳、というより精神の構造が違う」
ウォッチャーがまるで人外のような言い方である。もしかしたら、本当にそうなのかもしれないが、シグマがそれを知る術は無かった。
「何!? 何!? 急に暗くなって……二人共何処!?」
アヤカも物陰に隠れながら戦闘を見ていたので扉間の術の発動を見てしまった。突然目の前が真っ暗になり、自分すらも見えなくなってしまりパニックになって声を出してしまう。
視覚以外は影響が無いのでアヤカの声は暗闇の中でも聞こえており、それはセイバーとシドにとって非常に不味い。
今のアヤカを扉間から守るのは難しい。目の中が暗闇で覆われている間に暗殺されるかもしれない。
だからこそセイバーは行動を起こす。
「聞いているか、忍の者よ!」
いつ暗殺されてもおかしくない状況でセイバーは民衆の前で演説でもしているような声量を出す。
セイバーの行動にシドも偽アサシンも、そしてアヤカも驚く。扉間も眉根を寄せていた。
「そこに少女──アヤカはこの聖杯戦争に偶然巻き込まれ、事故で俺たちを召喚しただけに過ぎない! パスは繋がっているがあくまで一時的なもの! 厳密にはマスターとは呼べない一般人だ! 彼女は聖杯戦争で戦うことを望んではいない! もし、英霊としての誇りと矜持があるのなら一般人である彼女には手を出さないでくれ!」
英霊が英霊にマスターを見逃してくれと直球で頼む事態に言葉を失ってしまう。
(馬鹿なことを堂々と……だが)
扉間もセイバーの馬鹿が付くぐらいの真っ直ぐさに呆れてしまうが、その真っ直ぐさが
(──いいだろう。マスターを倒しても他のマスターと契約したら意味がない。英霊を倒した方が手っ取り早く済む)
合理的ではなく相手の事情を組み過ぎているが、扉間とて非情になる必要性が無ければある程度の情は見せる。ただし、それは手加減を意味するのではない。望み通りターゲットを定めただけである。
扉間は空中に立つセイバーへ苦無を投げる。苦無に描かれた記号。それが扉間が空間を跳ぶ為の目印となる。
″飛雷神の術″
それがこの忍術の名前であり、扉間自身によって開発された。
術の効果は至ってシンプル。目印をマーキングした場所に瞬間移動するというもの。何処までも速度を求めており、結ぶ印も一つしかなく場合によっては省略も出来る。反面、習得と運用は難易度が高く、手練れと呼べるものは扉間を含め歴代で二人しか存在しない。
扉間は投げ放った苦無目掛けて飛ぶ。一瞬にして苦無に追い付くと共に握り締めた苦無でそのままセイバーの喉元を突こうとする。
″飛雷神斬り″
飛雷神の術から派生する技。一瞬にして接近し、相手の急所を攻撃する。黒暗行の術の影響下にあるのでセイバーは目の前に扉間が現れても気配を感じられない。
全ては刹那の出来事。
セイバーの喉元に苦無の先端が僅かに触れる。その瞬間、セイバーは電光石火の反応で体を動かす。
突き刺す筈の苦無は先端で首の表皮を削りながら首筋を裂く。しかし、傷は浅い。
セイバーは避けると同時にカウンターのフックを前方に繰り出していた。見えず、気配を感じなくとも攻撃をされたのなら敵はそこにいる可能性が生じる。例え、空振りに終わったとしても反撃しておくことに意味がある。
セイバーの鎌のような振るわれるフックに扉間は咄嗟に片腕で防御。骨まで響く衝撃に片腕が痺れるが、扉間は呻き声一つ漏らさない。
一方でセイバーは拳の感触でそこに扉間がいると分かると、すかさず弾丸を彷彿させるジャブを繰り出した。しかし、扉間はフックを受けた時点でセイバーから離れており、セイバーのジャブは空振りになる。
(恐ろしい奴よ)
空中から落下しながら扉間は先程のセイバーとの攻防を冷静に分析していた。
(
苦無の刺突に対する異常なまでの反応速度。予め攻撃される箇所を予想し、そこに全神経を集中させていたと見る。
セイバーは手足、胴体を白銀の鎧で覆っており生半可な攻撃では鎧を貫けない。唯一露出しているのは首元から頭部まで。狙うとすると自然とそこになる。
喉、目、額など狙う箇所はあるが額は中に骨があるので一撃で仕留められない可能性がある。残すは目か喉。攻撃をするのならどちらでも良かったが、裂けば絶命は免れない喉を選んでしまったのは暗殺者にして忍の性だったのかもしれない。
決して少なくない箇所に当たりをつけておくなど狂気の沙汰。それでも成功してしまうのはセイバーの箍が外れた精神力と幸運が為せるもの。
地面に着地した扉間。その時、僅かに地を踏み締める音が聞こえる。落ちてきた高度を考えれば最小と言える音だが、英霊たち相手に居場所を教えるには十分過ぎた。
シドが音の方へ走る。目が見えない状態だというのにその走りには一切の迷いも恐怖も無い。そして、その走る速度は扉間も舌を巻くものであった。
(こやつも速い!)
聖なる力を秘めたエクスカリバーの一閃が扉間に正確に振るわれる。それを後ろに跳んで避けるが、胸に付けた防具に僅かに傷が出来ていた。
(躱し切れぬとは……鋭い剣だな)
シドの剣から感じられる殺気。それに触れた時に感じるのは濃密な血のニオイ。セイバーもそうだがシドからも戦場を駆け抜けてきた者が纏う気配がある──扉間と同様に。
初撃は躱されてしまった。しかし、シドの耳は扉間の足音をまだ捉えている。剣を払った体勢から手首を返し、エクスカリバーを地面に突き刺す。
シドの剣気は凍てつく冷気となり、地面を突き破って無数の氷柱と化し扉間へと迫った。
(こんな技も!)
忍術とは似て非なるシドの剣技に驚きつつ氷柱の範囲から逃れる。
シドの不動無明剣を躱した扉間であったが、間髪入れずに次の攻撃が来る。
「『狂想閃影』」
黒く艶のある髪が鞭のようにしなりながら刃の鋭さで扉間を斬りつけようとする。偽アサシンも黒暗行の術を受けている筈なのにその狙いは正確であった。
ギロチンの刃のように扉間の首を刎ねようとする髪をしゃがみ込みことで避ける。だが、避けた直後に纏まっていた髪が解け、網となって扉間の体に纏わりついた。
(狙いが正確過ぎる。まさか、
セイバーやシドも各々の方法で扉間を捉えていたが、それでも攻撃となると僅か狙いのズレが生じていた。しかし、今の偽アサシンの攻撃は完全に扉間を捕捉している。
扉間を考えは正解であった。偽アサシンの視覚は闇に閉ざされているが、別の方法で扉間を捕捉している。
『瞑想神経』。扉間のチャクラを感知し、土遁を見破った時に使用した御業。風の動きや魔力の流れ、水や電気といったエネルギーを体全体で視る高度な知覚能力。
歴代のハサンの使用するザバーニーヤの一つ──と言われているのだが、誰が使用していたのか資料が殆ど残されておらず、また技自体も記録として朧気に残っているに過ぎない。こういう御業があると聞いた偽アサシンが自分なりに解釈した御業であり、ほぼ彼女のオリジナルと言って良い。
暗闇に閉ざされた目でも『瞑想神経』中ならばエネルギーの流れが投影される。偽アサシンには扉間の体に流れるチャクラが見えていたのだ。
拘束することに成功したが、また先程のように爆破させられるかもしれない。そうなる前に偽アサシンは先手を打つ。
「『
小さな呟きの後に偽アサシンから発せられたのは歌声。常人の耳には聞こえない高音によって奏でられる歌声は、聞こえるのではなく体に染み込むように響く。
「うっ!」
「ぐぅ!」
扉間の動向を探る為に耳に神経を集中させていたセイバーとシドは突如聞こえてきた偽アサシンの歌声に顔を顰めながら耳を押さえる。
「歌が……」
アヤカもまた偽アサシンの歌の影響を受け、苦しんでいた。
「──っ!」
シグマも例外ではなく自分の魔術回路が異様な熱を持ち、内側から炙られるような痛みに小さく呻く。
「耳を押さえて出来るだけこの歌から離れた方が良い」
苦しんでいるシグマに蛇杖の少年が助言を送る。
「可聴領域を超えた声で脳を揺らし、対象の魔術回路を暴走させる技だよ。あまり聞いていたら彼女の支配下に置かれる。本来ならもっと対象を絞れるのだろうけど、あんまり余裕が無かったみたいだ」
蛇杖の少年が偽アサシンの『夢想髄液』について説明をしてくれた。扉間への攻撃だが、蛇杖の少年の言うように加減する余裕が無かったせいで無差別攻撃となっている。
そんな中、最も影響を受けていたのは──
(チャクラが乱される……! 脳に影響を及ぼすのかこの歌は……!)
攻撃対象となっている扉間に偽アサシンの歌声が偽アサシンの思惑以上に効果を出していた。
(このままでは……)
今の扉間には偽アサシン『夢想髄液』は弱点を突くもの。聴き続けていれば扉間にとって不利になる。
セイバーたちにとって扉間は未知なる存在であると同時に
(……止むを得んか)
扉間は決断を下し、拘束された腕を無理矢理動かして印を作る。次の瞬間、音を立てて扉間は消滅した。
「!?」
急に扉間のチャクラが見えなくなり、同時に髪の拘束からも抜ける。またもや怪しい忍術を使用したのかと偽アサシンは警戒するが、その警戒に反して何も起こらない。
やがて、扉間の黒暗行の術の効果が切れて全員の視界に光が戻る。
視界が正常になっても扉間のことを警戒していたが、ポツリとセイバーが呟く。
「もしかして……
その言葉に納得するのに更に数分の時間を必要とした。
「……本当に逃げたのか?」
呆気無い幕切れにシグマも疑ってしまう。
「逃げたと言えば逃げたと言えるな。或いは仕切り直しにされたか」
何かを知ったような口振りの船長。シグマははぐらかせるのを嫌がり、詳細を求める。
「ちゃんと答えてくれ」
「そう機嫌を損ねないでくれ。若者を揶揄うのは船長の悪い癖なんだ」
苦笑を浮かべる絡繰り翼の青年に変わり、シグマの疑問を彼が答える。
「あれはアサシン本体じゃない。彼が作った
「分身……? あれだけの精度の?」
感じた気配、威圧感、魔力などとても分身が出せるようには思えない。
「どうやら自分をほぼ完璧に再現出来る分身みたいなんだ。ウォッチャーが彼を見逃したのもそのせいだ。何せあのアサシンを複数確認したからね」
高みから見下ろすウォッチャーが見たのは、同時に行動している扉間。ウォッチャーの目でも全て本人にしか見えなかったので、新たに増えた分身を見逃してしまった。
「女性のアサシンの宝具のせいで何か不具合が出たのかもしれない。その不具合が致命的になる前に分身そのものを消したんだ」
扉間が消えたのは逃走ではなく消滅したから。船長の曖昧な答えの意味を知る。
「……また来るのか?」
「どうだろうね。少なくとも君の英霊がチャップリンではない可能性があることを報告する筈さ。その後は彼のマスター次第だ」
絡繰り翼の青年は蛇杖の少年になり、彼が答えた。
(フランチェスカは兎も角、場合によってはファルデウスはこちらを切り捨てるかもしれない)
扉間を差し向けて来た時点で向こう側からの信用は怪しい──そもそも最初から信用されていないかもしれない──だが、セイバー、シド、偽アサシンがこの屋敷に陣取っている間は下手に攻めては来ないだろう。
その辺りのことをセイバーたちと話すことになるが。事と次第によっては始末されるかもしれない。特に偽アサシンの方は最初から血の気が多い。理由さえあれば即座にこちらを排除しに来る可能性が高い。
「顔色が悪いな、小僧」
問題が山積みになって悩んでいるだろうシグマを船長が揶揄う。
「──ああ。睡眠時間と食事が少し足りなかったからな」
これからのことよりも日々を送る為の糧が不十分だったことの方が大事というシグマの回答。
「……そんなこと言える間は大丈夫だな」
流石に船長も一瞬言葉が遅れてしまった。
× ×
「ふぅ……」
術を解いた本体の扉間は短く息を吐く。疲労によるものではなく相手の能力を見誤ったことに対しての反省から思わず溜息を吐いてしまった。
(ああいった術を持つ相手もいることを想定すべきであった)
チャクラを乱す偽アサシンの『夢想髄液』。あの宝具のせいで危うく強制的に術を解かれる所であった。
扉間が分身を生み出す術の名は″影分身の術″。幻術により自分を複数いるように見させる″分身の術″の上位互換であり、自分自身を完全に再現した分身を生み出す術。
扉間はこの術により同時に行動ができ、今のようにガルヴァロッソ・スクラディオの暗殺に向かいながらもセイバーたちと戦うことを可能とした。
忍術として非常に優れた術ではあるがデメリットもある。影分身の術は自身のチャクラを分割して分身に与えるものであり、分身が倒されると分割したチャクラは消滅してしまう。
今回の場合、扉間はチャクラの消費を抑える為に自分から影分身の術を解除した。この場合はチャクラも本体に戻り、尚且つ分身の得た情報は全て本体にされる。
(全く不便な体になったものだ)
心の中で愚痴る。英霊になったことで肉体は魔力に置き換わっており、扉間はこの魔力と精神エネルギーを混ぜ合わせことでチャクラを生み出している。そのせいでマスターからの魔力供給が無いとチャクラが錬られないというデメリットが発生。
一方でマスターの方は扉間が魔力+精神エネルギーにより忍術を発動するので、術の威力、規模に反して消費する魔力が少なくて済むというメリットがあった。
『アサシン。聞こえていますか?』
「……何だ?」
ファルデウスからの念話が聞こえ、扉間は不機嫌な返事をする。露骨であり微塵も隠そうとはしない。少し前に同じような入りでシグマへの確認を命じられていた。
『彼との接触はどうでしたか?』
「上手くは行かなかった。屋敷の中に他の英霊が三体もいたからな」
念話越しにファルデウスは言葉を失う。
『……そうでしたか。それはこちらの確認不足でした』
「実際にあの小僧の英霊を見た訳ではないが、喜劇役者というのは若干疑わしいな。こちらが脅しても姿すら見せなかった」
『成程。姿さえ晒せば事は治まる筈なのに影も形も見せなかったと……余程頑固な英霊か、もしくは見せたら私に噓がバレると思ったのか』
「或いは見せたくとも見せられなかったのかもしれんな」
可能性は提示したがどれも推測に過ぎない。シグマに叛意があるのか確証するには至らない。
『彼の処遇については後回しです。貴方には緊急でやって欲しいことが出来ました』
「……ワシを顎で使うか?」
仕事を積み上げてくるファルデウスに扉間は若干殺意を込めた返事をした。
『貴方が便利──もとい信頼出来るので』
ファルデウスからすれば並行して行動出来る影分身の術は便利過ぎた。そのせいで扉間を酷使してしまう。
ファルデウスの隠そうとしない本音に枯渇死寸前まで魔力を使ってやろうか、と恐ろしいことを静かに考える扉間であったが、取り敢えず内容だけ聞く。
『スクラディオ・ファミリーの複合魔術工房の発動が確認されました。すぐに現地へ行って状況を確認してきてください』