京都の夜風を切り裂き、マシンビルダーを旅館の裏手に滑り込ませた連が、何食わぬ顔でロビーへと戻ると、そこにはすでに烏丸、殺せんせー、そして渚たち班の面々が、張り詰めた空気の中で待機していた。
渚「連君……!」
渚が真っ先に駆け寄ってくる。その表情には、神崎たちを救出した安堵よりも、目の前で起きた「怪物の顕現」に対する純然たる恐怖と戸惑いが色濃く残っていた。
業は壁に寄りかかり、いつもより鋭い目で連を凝視している。茅野や神崎、奥田も、まだショックから立ち直りきれていない様子で、連の姿を見て小さく息を呑んだ。
烏丸「暁君」
烏丸が、その屈強な体躯から重圧を放ちながら一歩前に出た。
烏丸「生徒たちの安全を優先して私への報告を後回しにしたことは不問にするが……説明を求めたい。渚たちから聞いたぞ。人間が化け物に変質し、君が奇妙な装甲を纏ってそれを一撃で粉砕したと」
殺センセー「ヌル、フフ……。連君、先生も驚きました。あの漆黒の蝙蝠のような男、そして変貌した生徒。先生の触手でも、あの奇妙な蒸気には干渉しきれなかった。あれは、一体……」
部屋にいる全員の視線が、ワインレッドの髪を気怠げにかき上げる連に集中する。連は深く溜息をつき、ポケットに手を突っ込んだまま、冷徹な紫の瞳で一同を見回した。
連「……一回しか言わねえから、よく頭に叩き込んでおけ」
連の声は、中学生のそれとは思えないほど低く、絶対的な事実として響いた。
連「あれは『スマッシュ』。本来、この世界には存在しちゃいけないはずの、純然たるバグの権化だ」
茅野「バグ……?」
茅野が小声で繰り返す。
連「そうだ。仕様外のイレギュラーだよ。お前らが持ってる対殺センセー用のナイフだのBB弾だの、あるいは警察の使う本物の拳銃だろうが、あの怪物には傷一つつけられねえ。物理法則のレイヤーが違うんだ。見つけたら、どんなプライドも捨てて即座にその場から全力で離れろ。……いいな?」
連は特に、血気盛んな業と杉野を睨みつけた。
連「スマッシュってのは、理性を失った破壊衝動の塊だ。まともに会話が通じる相手じゃねえ。もし遭遇したら、自分でどうにかしようとせず、マッハで俺に連絡しろ。……あのクソゲーどもを『全クリ』してデバッグできるのは、俺の中にいるシステム(力)だけだ」
渚「……連君の中に、いる……」
渚の脳裏に、あの時連の背後で吠えていた蒼き龍の幻影が過る。
しかし、連のそのあまりにも迷いのない、そしてクラスメイトの命を守るための冷徹な警告に、烏丸もそれ以上の追及を一度保留せざるを得なかった。
烏丸「……分かった。防衛省側にも特異災害として警戒を促す。だが暁、君自身も無理な単独行動は控えてもらう」
連「善処するわ。……じゃ、飯にするぞ。腹減ってゲームのコンボ精度が落ちるわ」
連はそれだけ言うと、まだ硬直しているクラスメイトたちを置いて、食堂へと歩き出した。業だけが、その背中を見つめながら、不敵に、しかしどこか楽しげに口角を上げていた。
「へえ……。連には、まだ俺たちの知らない『最高難易度のステージ』が見えてるわけだ」
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豪勢な夕食が終わり、他の班もそれぞれの観光から戻ってきて、旅館内は修学旅行独特の開放的な「自由時間」へと移行した。
昼間の拉致事件と化け物の騒動は、烏丸と殺せんせーによる徹底的な情報統制(および殺せんせーによるクラスメイトへのマッハ精神ケア)によって、他の生徒たちには単なる「他校の不良との小競り合い」として処理されていた。
連「あー、疲れた。ちょっと息抜きしに行くか」
連は部屋の喧騒を抜け出し、旅館の地下にある薄暗いゲームコーナーへと足を運んだ。
昭和の香りが残るクレーンゲームや、型落ちした数世代前の筐体が並ぶ空間。平日の夜ということもあり、生徒たちの姿もまばらだった。
その空間の隅で、一台の音楽ゲーム――いわゆるリズムアクションの筐体の前に、一人の女子生徒が立っていた。
長い黒髪を揺らし、上品な私服に身を包んだ少女。神崎有希子だ。
連「……ん?」
連が何気なくその手元に目をやった瞬間、彼のゲーマーとしての直感がピクリと反応した。
画面上を、常人では視認することすら難しい速度で降り注ぐ無数のノーツ。最高難易度の楽曲。
しかし、神崎の細く白い指先は、まるで流れる水のように滑らかに、かつ正確無比なタイミングでボタンを叩き割り、完璧な「PERFECT」の文字を量産していた。
ババババババババババッ!!!
筐体から鳴り響く爆音と、神崎の放つ圧倒的なシンクロ率。普段の清楚でおっとりとした彼女からは想像もつかない、研ぎ澄まされた「動体視力」と「指先のフレーム管理」。
最後のノーツを叩き終えた瞬間、画面には『ALL PERFECT / NEW RECORD』の文字が眩しく輝いた。
連「……へえ」
連は思わず、感心したような声を漏らした。
連「お前、かなりやるな。その譜面、初見じゃまず指が追いつかない仕様のはずだけど?」
神崎「あ……連君」
神崎はハッと我に返ると、いつもの清楚な微笑みに戻り、少し恥ずかしそうに髪を耳にかけた。
神崎「見られてたんだね。……恥ずかしいな。私、昔ちょっと……こういう場所に籠ってた時期があって」
連「隠す必要ねえだろ。才能だよ。……それだけ指が動いてフレームが見えてるなら、作業ゲーのリズムアクションじゃ物足りないだろ」
連はニヤリと不敵に口角を上げると、その隣にある、少し年季の入った対戦格闘ゲームの筐体を指差した。
連「……神崎。こっちの『ガチ暗殺ゲーム』、付き合えよ」
神崎は一瞬目を丸くしたが、連の紫の瞳の奥にある純粋な挑戦の光を見て、くすっと悪戯っぽく笑った。
神崎「格闘ゲームは、あんまり手加減できないよ? 連君」
連「ハッ、望むところだ。お前のその『裏のスペック』、俺が全部引き出してやるよ」
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二人は対面式の筐体へとそれぞれ座り、コインを投入した。
連が選んだのは、コンボ火力が高く、圧倒的な攻め性能を誇るラッシュ型の主人公キャラクター。一方、神崎が迷いなく選択したのは、間合いの管理が極めて難解だが、一撃の破壊力と「当て投げ」の性能がイカれている、トリッキーな暗殺者タイプの女性キャラクターだった。
ラウンドワン……レディ、ゴー!
電子音声の合図と同時に、連は最速のダッシュで間合いを詰め、小パンチからのコンボを仕掛けた。
だが――。
シュッ。
神崎のキャラクターは、連の攻撃が発生するわずか1フレーム手前でバックステップを繰り出し、その攻撃を完璧にスカ(空振り)させた。
連「なにっ!?」
連の目が鋭く細まる。攻撃の硬直を狙われ、神崎の超高速コンボが連の画面を襲う。
ヒット、ヒット、コンボ成立、技の繋ぎに一切の迷いがない。
連「嘘だろ……コンボルートの選択が最適解すぎる」
エボルト『ククク……連、お前がいつも言っている「わからせ」というやつを、逆に食らっているじゃないか!』
脳内のエボルトが大爆笑する。
連「うるせえ、まだ始まったばかりだ!」
連はレバーを激しく叩き、ガードからの切り返しを試みる。
しかし、神崎のプレイスタイルは、まさに「暗殺」そのものだった。
攻めが単調になった瞬間を見逃さず、ガードを崩すための下段攻撃と投げの二択を、人間の反応速度の限界値で仕掛けてくる。
神崎の画面の向こう側の顔は、いつものおっとりした表情のままだった。だが、その瞳は画面のドットの動き一つ、光の明滅一つを完璧に捉えている。
神崎「ふぅ……。連君の攻め、凄く直線的で分かりやすいね」
神崎の声が、筐体のスピーカー越しに聞こえる。
連「……チッ、ナメられたもんだな。だがな、格ゲーってのは、相手の癖を『学習(ダウンロード)』してからが本番なんだよ!」
第二ラウンド。
連の動きが完全に変質した。ハザードレベルの上昇に伴い、彼の脳内処理能力が神崎のレバー入力の「癖」を完全に解析し始める。
神崎が再び間合いを詰め、得意の「当て投げ」を仕掛けようとした瞬間――。
連はあえて後ろに下がらず、無敵時間のある昇龍拳系の必殺技をぶっ放した。
ズバァァァンッ!!!
神崎「あ……!」
神崎のキャラクターが派手に吹き飛ぶ。
連「お前の間合いの詰め方、3フレーム早くレバーが前に入ってるんだよ。そこを読めば、潰すのはイージーモードだ!」
ここから連の猛烈なターンが始まった。
一度捕まえたら絶対に離さない。相手の起き上がりに合わせて、絶妙なタイミングで攻撃を重ね、神崎の防御をジワジワと削り取っていく。
レバーとボタンを叩く音が、静かなゲーセンに激しく響き渡る。
神崎「う、うん……やっぱり連君、強いね……!」
神崎のキャラクターの体力がドンドン減っていく。だが、彼女の瞳から光は消えていなかった。
体力ゲージが残り1割。絶望的な状況。
だが、神崎はレバーを一回転させた。
神崎「でも――これで、おしまいだよ」
連「なっ、ここでコマンド投げだと!?」
連が最大のコンボを叩き込もうと踏み込んだ瞬間、神崎のキャラクターが超必殺技の「掴み」を発動した。暗転する画面。
暗闇の中、神崎のキャラクターが連のキャラクターを完全にロックし、華麗な連撃でその体力をすべて消し飛ばした。
『K.O.』
連「……ま、負けた……!?」
連はレバーを持ったまま、呆然と画面を見つめた。
完璧に立ち回っていたはずだった。だが、最後の最後で、神崎の放った「絶対に勝てるという確信に満ちた、一か八かの暗殺の刃」に、自身の傲慢さを突かれたのだ。
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連「……ハッ、完敗だな」
連はシートの背もたれにドサリと寄りかかり、ヘトヘトになった指先をパチパチと鳴らした。
対面の筐体から、神崎がひょこっと顔を出した。その顔は、久しぶりに全力の勝負を楽しんだ後のような、非常に晴れやかで美しい笑顔だった。
神崎「ありがとう、連君。……私、こんなに本気で格闘ゲームをしたの、久しぶり。連君が私の動きをどんどん先読みしてくるから、本当にスリルがあって楽しかった」
連「お前、マジでE組の隠しボスだろ。昼間の不良どもが神崎を拉致したの、最大の自殺行為だったな。ゲームだったら、エンカウントした瞬間にパーティが全滅するレベルの強さだわ」
連が呆れたように言うと、神崎はクスリと笑った。
神崎「でもね、昼間……連君が『俺にしか倒せない』って言って、助けに来てくれたの、本当に格好良かったよ。……ありがとう」
神崎の真っ直ぐな、そしてどこか深い信頼を湛えた瞳に見つめられ、連は少しだけ決まり悪そうにワインレッドの髪をくしゃくしゃと掻いた。
連「……フン。俺はただ、自分のステージの難易度が下がるのが気に入らなかっただけだ。……おい、もう一回だ。次は俺が新キャラの仕様(隠しコマンド)でわからせてやるからな」
神崎「うん、受けて立つよ。……今度は、手加減しないからね?」
夜の旅館のゲームコーナー。
薄暗い画面の光に照らされながら、二人の天才ゲーマーは再びコインを投入した。
昼間の「バグ」との命懸けの戦いから一転し、連にとっては、このE組の仲間と過ごす「ゲームの対局」こそが、何よりも贅沢で、ハザードレベルを心地よく満たしてくれる、特別な時間なのだった。
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