連「……ふぅ。どいつもこいつも、胃袋のキャパシティ(最大容量)だけはプロゲーマー並みだな」
クラスメイトたちが残していった、嵐の後のようなダイニングルーム。暁連はソファーに深く身体を沈め、天井の豪華なシャンデリアをぼんやりと見上げていた。
椚ヶ丘駅前までの送り狼ならぬ「送りメイド」として、漆黒のリムジンを走らせていった夜兎が戻ってきたのは、それから三十分ほど経った頃だった。
パタパタ、と静かなスリッパの音がリビングに響く。
お仕着せのメイド服のまま、ツインテールを少し揺らして戻ってきた夜兎は、連の姿を見るなり、いつものように抑揚のない声で毒を吐いた。
夜兎「ただいま戻りました、坊ちゃま。皆様、無事にお送りいたしました。前原様という方が、車のシートの触り心地に感動して『ここに住みたい』と泣き喚いておりましたので、危うくロータリーに不法投棄してくるところでした」
連「……あいつならやりそうだな。お疲れ、夜兎。ババアのカード、ちゃんと引落としの処理しておけよ」
夜兎「言われずとも、すでに限度額の心配がないことを確認の上で決済を済ませております。……さて、無能な主人の夜食の片付けも終わりましたし、私も少し『燃料』を補給させていただきますね」
夜兎はそう言うと、手際よくキッチンへと向かい、やがて二つのグラスと缶を持ってリビングのローテーブルへと戻ってきた。
彼女が連の前に置いたのは、氷がぎっしり詰まったグラスと、琥珀色の缶――赤い牛が二頭、激しく角を突き合わせて交差している、ゲーマー御用達の超高濃度エナジードリンクだった。
そして、夜兎自身が手にしたのは、美しい江戸切子のグラス。中には、琥珀色のウイスキーが炭酸水の中でシュワシュワと黄金色の泡を立てている。レモンピールが一片、涼しげに浮いた特製のハイボールだ。
連「……お、わかってるじゃねえか。丁度この後に格ゲーのオンラインマッチの予定が入ってたんだ」
連はパキッと小気味良い音を立ててエナドリのプルタブを開け、グラスに注ぐこともせず、缶のまま豪快に喉へと流し込んだ。特有のケミカルな甘みと強烈なカフェインが、修学旅行の疲れが残る脳の細胞をパチパチと強制起動させていく。
カラン、と夜兎がグラスを傾け、氷の涼しげな音を響かせながらハイボールを一口含む。
夜兎「お酒を飲む前に、坊ちゃまのその健康をドブに捨てるような飲料のチョイスを見るだけで、私の肝臓が悲鳴を上げそうです。24歳のピチピチのレディの前で、14歳がエナジードリンクで晩酌とは、暁不動産の未来も随分とサイバーパンクですね」
連「うるせえよ。これが俺の『仕様(ステータス)』だ。それに、お前だってメイドのくせに仕事上がりにハイボールとか、おっさん臭えだろ」
夜兎「これはおっさん臭いのではありません。『大人の嗜み』です。中卒でこの狂ったお屋敷に就職し、玲奈大奥様と巌斬大旦那様の理不尽なコンボを9年間ガードし続けた私への、唯一のシステム報酬(ボーナス)ですよ」
夜兎はソファーの対面に腰掛け、ふぅ、と小さく溜息をついた。その表情は、渚たちの前で見せていた完璧な「家政婦の鉄面皮」から、少しだけ肩の力が抜けた、連だけが知っている「素の城崎夜兎」へとシフトしていた。
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エナドリの缶をテーブルに置き、連はソファーの背もたれに頭を預けた。
連「……なぁ、夜兎」
夜兎「何でしょうか。ゲームの課金代の無心なら、玲奈様の直筆サイン(却下)を提示しますが」
連「違うわ。……お前、京都の支部に行った時、重月さんに何か言われたか?」
その問いに、夜兎はハイボールのグラスを回す手をぴたりと止めた。
夜兎「……葉月社長ですか。相変わらず、アメリカ仕込みの過剰なハグで連坊ちゃまを窒息させようとしていた、と報告は受けておりますが」
連「重月さんのノリはいつものことだけどさ。……重月さん、俺がハッキングして京都の監視カメラをクラックした時、一瞬だけ、本気で怯えた顔したんだよな」
連の紫の瞳が、鋭く光る。
連「普通の14歳が、国家レベルのセキュリティを数分でブチ破って、化け物(スマッシュ)を退治しにバイクで爆走したんだ。……いくら暁不動産の御曹司だからって、あの『異常性』に気付かないわけがねえ」
夜兎は静かにグラスをテーブルに置くと、ツインテールの毛先を指先で弄りながら、少しだけトーンを落として言った。
夜兎「……気づいているでしょうね。葉月社長はギャルで寂しがり屋な性格ですが、本部の副社長推薦を蹴って京都の景観を守るために前線へ赴いた、本物のエリートです。坊ちゃまの肉体に刻まれた『傷跡』の意味も、おそらくは……」
連「だろうな。イリーナも、俺の体を見て『戦場を知っている』とか抜かしやがった。……隠すつもりはねえけど、世界(システム)のレイヤーがズレ始めてるのを感じるわ」
エボルト『ククク……恐れることはないぞ、連。世界の歪みが大きくなればなるほど、お前のハザードレベルは極限へと近づく。既存のルール(学校の秩序)など、お前の前ではただの紙屑に過ぎん』
脳内でエボルトが愉悦を叫ぶ。
連「黙ってろ、コーヒー豆。俺は自分のゲームを自分のコントローラーで操作したいだけだ」
連が心の中でエボルトを黙らせると、夜兎はそんな主人の微かな「揺らぎ」を察したのか、ハイボールをもう一口煽り、ツンとした口調で言葉を繋いだ。
夜兎「……まぁ、世界がどうバグろうが、私の仕事は変わりません。連坊ちゃまがどれほど強力な装甲を纏おうが、どれほどハザードレベルとやらを上げようが、部屋に脱ぎ散らかした靴下を洗濯機に放り込むのは私ですからね」
連「……お前、たまにはマシな励まし方とかできねえのかよ」
夜兎「家政婦の契約内容に『主人のメンタルケア』は含まれておりません。オプション料金をいただくか、あるいは格ゲーで私に3連勝でもしてみせることですね。もっとも、坊ちゃまは私にコマンド投げでハメ殺された過去をお忘れのようですが」
連「あ!? あれはコントローラーの遅延(ラグ)のせいだろ! フレーム単位でバグってんだよ!」
連がムキになって言い返した、その時だった。
カチャッ……。
静まり返った暁家の重厚な玄関のドアが、予告なしに開く音がリビングまで届いた。
大理石の廊下を、コツン、コツンと、小気味良いハイヒールの音がこちらに向かって歩いてくる。
連「――ん? この歩き方のテンポ(フレーム数)は……」
連が眉をひそめた瞬間、リビングの大型両開きドアが勢いよく左右に開け放たれた。
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玲奈「ただいまー! あらあら、なになに〜? 二人っきりで随分と楽しそうな『秘密のミーティング』じゃないの!」
圧倒的な華やかさと、世界企業のトップに君臨する者にしか纏えない強烈なオーラ。
暁不動産のCEOであり、連の母親である暁玲奈が、出張帰りのスーツ姿のまま、眩いばかりの笑顔でリビングへと乱入してきた。
夜兎「玲奈大奥様。お帰りなさいませ」
夜兎が一瞬で立ち上がり、完璧な角度の礼を披露する。
連「ババア……。京都支部の視察を俺に丸投げしておいて、随分と優雅なお帰りだな」
連はソファーに座り直したまま、ジト目で母親を睨みつけた。
玲奈「ふふ、重月から報告は受けてるわよ? 連がすっごく真面目に(途中でハッキングして飛び出していったけど)視察をこなしてくれたって。お姉ちゃん、感動しちゃった!」
連「お姉ちゃんって歳かよ。……っていうか、何しに来たんだよ」
玲奈「何って、決まってるじゃない! 息子と可愛いメイドちゃんが夜更かししてるのよ? 私も混ぜなさい!」
玲奈はスーツの上着をバサリと夜兎に放り投げると、すでに自分の手には、地下のワインセラーから勝手に持ち出してきたと思しき、一本の最高級ヴィンテージワイン(ロマネ・コンティ)と、クリスタルのワイングラスが握られていた。
玲奈「夜兎、オープナー。それと、私の分のソファも空けてちょうだい」
夜兎「かしこまりました」
夜兎は慣れた手付きでワインのコルクを抜き、玲奈のグラスへと深紅の液体を注いでいく。
玲奈は連のすぐ隣にどっかりと腰掛け、ワインの芳醇な香りを楽しみながら、息子のアゴを指先でクイッと持ち上げた。
玲奈「さーて、連。京都の修学旅行はどうだった? あのマッハ20の『タコさん』とは、仲良く暗殺計画(バケーション)を楽しめたかしら?」
連「仲良く暗殺ってなんだよ、意味不明な日本語使うな。……相変わらず仕様外のバグが多い学校だよ。今日だって、前原の奴らが高級寿司を天井知らずで食い散らかしていきやがった」
連は玲奈の手を鬱陶しそうに振り払いながら、残りのエナドリを飲み干した。
玲奈「あら、いいじゃない。暁不動産の資産から見れば、中学生が食べるお寿司なんて、ゲームの初期費用(初期投資)みたいなものよ。それより夜兎、この子、学校で女の子と『良いルート』に入ったりしてない?」
玲奈がニヤニヤしながらワインを煽り、夜兎に視線を送る。
夜兎はハイボールのグラスを片手に、無表情のまま冷徹に暴露し始めた。
夜兎「ご報告いたします、玲奈様。連坊ちゃまは京都の旅館において、大浴場の『男湯と女湯の切り替え時間』の張り紙を見落とし、女子全員が完全に入浴中の現場へと正面から堂々と突入(不法侵入)するという、特大のシステムエラーを引き起こしました」
プッ!!!
連が思わず、口の中に残っていたエナドリを吹き出しそうになる。
連「おい、夜兎!! お前それ、どこで仕入れた情報だ!?」
夜兎「渚様たちが車内でお話しされているのを、私の高性能な地獄耳がすべてログ(記録)しておりました。さらに、神崎様という大変美しいお嬢様と、夜のゲームコーナーで2人きりで『濃厚な対戦(格闘ゲーム)』を行っていたことも確認されております」
連「な、何が濃厚な対戦だ! ただのガチマッチだろ!」
玲奈「あらあらいやだわ〜!!」
玲奈はワイングラスを大きく揺らしながら、狂喜乱舞した。
玲奈「連ったら、あんなに不愛想で戦闘狂のゲーマーのくせに、しっかり青春のイベントフラグを乱立させてるじゃない! さすが私の息子、攻略スピードが早くてお母さん嬉しい!」
連「ババア、お前本当に一回黙れ。……おい夜兎、お前明日からのお粥の仕様、全部激辛にしてやるからな」
夜兎「どうぞお好きに。私の胃壁は、暁家の毒舌に耐えるためにすでにサイボーグ化されておりますので」
---
深紅のワイン、黄金のハイボール、そして琥珀色のエナジードリンク。
三つの全く異なる色彩の液体が、ローテーブルの上でそれぞれのグラスに反射し、奇妙なコントラストを描いていた。
玲奈はワインのおかわりを夜兎に要求しながら、少しだけ真面目なCEOの顔に戻り、連の肩をポンと叩いた。
玲奈「……でもね、連。あなたが京都で動いてくれたおかげで、東都の『ファウスト』の残党の動きが少し掴めたわ。あの『ナイトローグ』とやら……私たちの世界(前世)から漏れ出したバグは、どうやらあの椚ヶ丘の『タコさん』の存在(エネルギー)に引き寄せられているみたい」
連「……あいつに?」
連の紫の瞳が、再びシリアスな光を帯びる。
玲奈「ええ。だから、あなたの『ハザードレベル』を上げるためのステージとしては、あのE組は最高の設定(環境)なのよ。巌斬も、あなたのその『肉体の完成度』には一目置いているわ。……だから、最後まで全力で駆け抜けなさい。私のカードは、いくらでも使っていいから」
玲奈はそう言うと、連のワインレッドの髪を、母親の優しい手付きで激しくぐしゃぐしゃとかき回した。
連「……チッ。わかってるよ。言われなくても、あのタコごと、世界のバグは全部俺のコンボでスクラップにしてやるよ」
連は髪を直しながら、フンと鼻を鳴らした。
夜兎「……まったく。玲奈様が帰還された瞬間に、リビングの騒がしさが一気に上限を突破いたしましたね。私の勤務時間外の残業手当、きっちりワイン代から差し引かせていただきます」
夜兎が冷ややかに言いながらも、自らのハイボールをぐいと飲み干す。
玲奈「いいわよ〜、夜兎ちゃんには特別ボーナスを支給しちゃう! さあ、夜はこれからよ! 連、あんたのその赤い牛のジュースがなくなったら、次は私のワインを一口飲みなさい!」
連「飲むかよ、未成年だぞ俺は。……夜兎、あいつ(エボルト)が『コーヒー淹れろ』ってうるせえから、ブラックの豆タンク持ってこい」
夜兎「坊ちゃまの脳内の居候(エボルト様)にまで家事を提供する義理はありません。ご自身で豆を挽いてください」
高級住宅街の静寂の中、暁家の広大なリビングだけは、深更を過ぎてもなお、ワインの香りと、エナドリの泡と、終わらない親子の毒舌の応酬によって、熱く、激しく、バグり散らかしたまま夜を明かしていくのだった。
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