当店では美味しいお茶を必ずご堪能いただけます(他は微妙です) 作:ShilonkS
1月1日。
「あけましておめでとー!」
と朝っぱらから言った記憶がある。
いや、ごめん嘘ついた。昼を回ってた。夜勤明けの脳みそには朝も昼もないのだよ。
ルームシェアをしている相棒の顔を見て、勢いだけで元気をこねこねと捏造して、年明けテンションを演じた。
その瞬間だけはなんとなく、今年こそ少しはマシな一年になるんじゃないかなぁ、という気がした。
んで、死んだ。
いや、死んだ、というのは不思議と理解できたんだ。
状況がよく分からないのに、結論だけが先に来る感じ。
事故だったのか、事件だったのか、急病だったのか。記憶はぷつりと途切れてる。
ただ、気がついたら死んでた。
死んじゃったのかー。
新年あけたら即死でごめん。相棒よ、君の今年一発目の大仕事は、どうやら僕の死体処理のようだね。残念ながらクレームは受付しておりませぬ。なんせ僕、死んじゃったみたいだからね。逃げ得ってやつだね、わはははは。
「笑ってる場合じゃないのにこりゃウケる」
と、僕は思った。
思った、というか、今の僕には口がない。
舌もないし、喉もない。
それなのに、頭の中だけが妙に軽くて、勝手にくだらないことを考えてしまう。
僕、志摩 真澄(しま ますみ)は、今、なんとも不思議な空間にいた。
いた、というか、ぷかぷかしていた、というか。
そうそう、「漂う」だ。
どこを見渡しても真っ白な空間。
クラゲみたいに、ふわふわぷかぷか漂っていた。
なんぞこれ。
意味わからんのマッカラン。
腕はない。脚もない。頭も体もありゃしない。
僕という意識だけが、ドライアイスの煙みたいにふわふわしている。
はえぇ、ふしぎー。
いや、ふしぎーじゃないだろ。死んでるんだぞ僕。
怖くないのかって?
いや怖いよ。
怖いけど、怖いって感情の置き場がない。
叫ぶ喉もないし、震える手もないし、泣く目もない。
だから代わりに、脳内でふざける。
僕は昔から、そういうやつだった。
「キミは、志摩 真澄、と呼ばれている者か?」
そんなホワイトアウトした不思議な空間で、ふと僕の名前が呼ばれた。
誰だろう、と意識を向ける。
はて、目玉なんてないはずなのに、僕の視界と呼べるものには確かに “彼” が映っていた。
「……おっちゃん?」
男性、だと思う。
女性に見えなくもないけれど、僕の直感が「おっちゃん」だと告げている。
子どものような、はたまた老人のような、もしくは青年のような、年齢の概念がぐちゃぐちゃで、とにかく人型の不思議な存在。
とりあえず推定性別男性の、坊やからおじいちゃんまでのレンジで、暫定「おっちゃん」ということにしよう。
しようと言うか、考える前におっちゃん呼びしてしまっていた。あら失礼。
そのおっちゃんは、僕の前、いや前なのか後ろなのか上なのか横なのかも分からないけれど、僕の近くに音もなく、ふわーっと寄ってきて。
「ごめーん、間違ってキミ死んじゃった」
「おっちゃん!?」
なんか凄い軽い調子で謝ってきた。
え、これ。
あれか? あれなのか?
このおっちゃんは神様とかそういう存在で、手違いで殺しちゃったからチート能力くれて異世界で生き返らせる系の漫画や小説やアニメ的なやつなのか?
最近は図書館に置かれているライトノベルでも、そういう系統が幅を利かせているよね。僕も読んでた。夜勤明けの脳みそにちょうどいいから。
「はぁ、“チート能力” とかいうのを貼り付けて、“生き返らせる” 感じで良いのか。“異世界” とかいうのは、うーん、こういうタイプの世界って自然発生に無理があるんだよねぇ……」
「おっちゃん?」
あれ、何も喋ってないのに。
おっちゃんが当たり前のように僕の心の中を読んで、勝手に話を進めていく。プライバシー保護法案はどうなってるんだ、天界。個人情報ダダ漏れじゃん。いや死んでるから個人情報とか関係ないのか?
うーん、と悩むおっちゃんを、僕はぼーっと眺めた。
この空間はどこなんだろう。
僕の死因は何なんだろう。
おっちゃんは誰なんだろう。
疑問符が頭の中で元気に飛び交っているのに、なぜか落ち着いている。頭ないけどさ。
たぶん僕は、もう、色々考えるのに疲れてたんだと思う。
仕事は嫌いじゃなかった。
じっちゃんやばっちゃんの介護は、まあ、嫌いで始められる仕事じゃないしね。
でも、毎日が綱渡りで、息をするだけで精一杯で。
明日も生きてるかな、なんて、冗談じゃなく思ってた。
だから、まあ。
死んだなら死んだで、まあいっか、みたいな。
そんな投げやりが、僕の中にあった。
それが怖い。
怖いけど、今さら直せない。
うーん、これが弊社直伝、ダークネス企業のブラック精神。社畜根性が染みついてて泣ける。
しばらく悩んでいたおっちゃんが、ぽん、と手を打った。
「よし、じゃあ、その “チート能力” みたいなのお詫びにつけて、生き返らせたげるね」
うん軽い。
羽根より軽い。
ふわっふわなお詫びの表明だ。
でもなんか、生き返らせる、とか軽く言ってくれる感じからして、たぶん神様的な感じの存在だよね、このおっちゃん。
ほえぇ、神様って本当にいたんだなぁ。
そんでもって、宗教絵画とかだと神様ってどれもこれも人間の形で描かれていたけれど、本当に神様って人間の形なんだなぁ。クトゥルフ神話的な、見るだけで発狂するやつじゃなくてよかった。
「あ、どんな能力がいい?」
そんな人型の神様が、ファミレスでドリンクバーの種類を聞くみたいに尋ねてくる。
ちゃんと個人の要望を聞いてくれる神様とか、顧客満足度高すぎでしょ。
僕はちょっと感動して、呟きかけた。
「おっちゃ――」
「オーケー、お茶ね。んじゃ、生き返っても車には気を付けるんやで―」
「おっちゃん!?」
違う!
おっちゃんに呼びかけようとしただけで、別にお茶って言おうとしてない!
いやおっちゃんに呼びかけようとしただけなんだけどな!?
別にお茶なんて一言も言おうとしてなかったんだけどな!?
個人の話を聞いてくれる神様とかめっちゃ多忙そうだっていうのは容易に想像できるけど、アイドルとの握手会だってもうちょっと尺あるよ!?
こっちは今、人生(死んでる)かかってんだよ!?
凄いバッサリ話を打ち切って、おっちゃんは片手を振って、気楽に別れを告げた。
それじゃ、と。
え、終わり?
神様との対話、これでフィニッシュ!?
いや対話成立してないよねこれ!?
視界がぼやける。
景色がゆがむ。
真っ白な空間が、ゆっくりと暗転して。
「おっちゃあああんっ!?」
叫びが届くわけもなく、世界が落ちた。
「あけましておめでとうございます」
「いや真澄、半日くらい早ぇよ」
そして僕は生き返ったみたいだ。
生き返ったというか、うん。
12月31日。
時刻はお昼時。
つまり、僕が死んだ日から一日くらい巻き戻されて、僕が死んだという事実は「なかったこと」にされたらしい。
証拠隠滅、ってことかぁ。
僕はテーブルに突っ伏して寝ていたようで、がばりと顔を上げたら、親友がいつもの呆れた顔でツッコミを入れてくれた。
僕の家だ。
僕らの家だ。
ああ、生きてる。
ちゃんと、地面がある。
息を吸う。空気が冷たい。
肺が痛い。痛いのが、嬉しい。
僕、ほんとに死んでたのかもしれない。
見慣れた風景にほっとして隣を見たら、見慣れた仏頂面の榊原 蒼一郎(さかきばら そういちろう)が隣に座っていた。
僕の親友。ルームシェア相手。ツッコミ担当。生活力の神。
蒼一郎の仏頂面を見て、さらに安堵がこみ上げる。
「おはよう、蒼一郎」
「昼だけどな。真澄も夜勤お疲れさん」
「大晦日に夜勤明けで元旦に夜勤ねじ込んでくるダークネス業界は滅べばいいよね」
「年の瀬に物騒だなお前。あと、明日の真澄の出勤は午後だから元旦じゃねぇよ」
寝起きの頭でぼんやりと素直な言葉を口にする僕に、蒼一郎がスマホを見ながらいつものテンポでツッコミを入れてくる。
それだけで、現実が戻ってきた。
やっぱり僕、生きてるね。死んでない。
同じテーブルについている蒼一郎の顔をまじまじ見てから、僕は肺の空気を全部入れ替える勢いでため息を吐き出した。
「いや、人の顔見てため息すんなよ」
「どうして異世界じゃないんだ……っ!」
「なに真澄、また頭の悪い夢でも見たのか?」
「この展開なら異世界で目を覚ましてチートで適当に無双して可愛い女の子とイチャイチャできる感じだったよねぇっ!?」
「え、可愛い女の子とイチャイチャしたいのお前?」
「小学生くらいの可愛い女児に甘やかされたいねぇっ!!」
「急な性癖開示やめろオイ!? ドン引きすんだろ!?」
「蒼一郎だって幼稚園児くらいの幼女大好きだろぉ!?」
「普通に同年代の女が好きだよ俺は!? てかなんで今年齢のハードル上げたんだよ!?」
「年齢は下げたよ!!」
「法と倫理のハードルが上がったっつってんだよ!!」
バンバンとテーブルを叩きながら、うがぁ、と吠える僕に、蒼一郎も一緒に吠えてくれる。
そうそう。この感じ。
夢じゃない。
生きてるって素晴らしいね。
あと、ロリっ子も素晴らしいぞ。蒼一郎も早く目を覚ますのだ。僕らの世界が何者かに侵略されてるぞ。
とりあえず、すっかり目が覚めた僕は、座っていた椅子からがたりと立ち上がる。
足があるぜ。
地面を踏めるぜ。
そして、僕はふと思い出した。
白い空間。
おっちゃん。
「お茶ね」の一言。
神様が、チート能力と言っていた力をくれた。
理由は分からないのに、それだけは妙に確信がある。
最初からそこにあったかのように、頭の片隅に居座っている。
理由は、よく分からない。
これで僕の頭が良かったなら、色々と考察なんてできたのかもしれないけれど、残念ながら僕の頭のスペックはそこまで高くない。残念なのは僕のおつむの方だったな、がはは。
考えたって無駄なことは、考えない主義だ。
「よし、目が覚めた」
「何に目が覚めたんだ? ロリコンにか? もしもしポリスメン?」
「蒼一郎もなんか飲む?」
「梯子の外し方がえげつないな」
キッチンに向かって、電気ケトルに水道水をじゃーっと入れる。
スイッチをONにして、お湯が沸くのをじっと待つ。
急に冷静になるなよお前ー、と背後で呟きながらスマホへ再び目を落とした蒼一郎を確認してから、僕は自分の手の平を見つめた。
この手で。
何ができる?
いや、できるも何も、僕、基本的に何もできない。
仕事はしてきた。
でもそれは「できる」っていうより「やるしかない」だった。
褒められるのも得意じゃないし、将来の夢とかも特にない。
だから、神様がくれた力が本物なら。
それはたぶん、僕の人生を少しだけ、別の方向に転がせるはずだ。
怖さはある。
でも、ちょっとだけ。
ちょっとだけ、期待してしまう。
「チート、ねぇ」
独り言をこぼしつつ、電気ケトルへ目を向ける。
変な力が、僕にはある。
そんな確信。
たぶんこれが、神様がくれたチート能力なんだろう。
間違って僕を殺しちゃったらしい、あのぽんこつ臭漂う神様からの手土産だ。
こぽこぽとお湯が沸いてきたのを確認して、僕はマグカップを用意する。
僕の分と、蒼一郎の分。
ふふん、蒼一郎にはいつもお世話になってるからね。たまには労いの気持ちを込めて、神様から貰ったありがたーい祝福の力でおもてなしをしてあげようじゃないか。
人体実験とも言うけど。
完全にお湯が沸いてから、マグカップへと熱湯を注いでいく。
あれ、ヤバ、ちょっとお湯足りなかった。
なんだよ、もー、蒼一郎のマグカップ、無駄にデカいから分量が狂っちゃったじゃん。なんだこのマグカップ、筋トレ用か?
まあいいや、蒼一郎のは少な目でいっか。
「ねー蒼一郎ー、抹茶と煎茶とほうじ茶と緑茶と抹茶とウーロン茶と紅茶と抹茶、どれが飲みたいー?」
「コーヒー以外ウチにはどれもないだろうが」
「抹茶でいっかー」
「なにそのゴリ押し抹茶。3回くらい被ってた理由ってそれか?」
マグカップにお湯を注ぎ終わってから、電気ケトルを戻す。
さて、抹茶ね。
お茶、という分類の中で、最初にぱっと思いついたのが抹茶だった。それ以上に深い理由なんてない。
そもそも僕、お茶の種類をよく分かってない。
抹茶と煎茶とほうじ茶の違いって何。
葉っぱ? 製法? 気分?
さらに言えば僕自身、最後に抹茶とかいうのを飲んだのはいつだっただろう。
抹茶風味のスイーツだったら先週食べたけど、飲み物としての抹茶なんて、多分中学生くらいの時に飲んだのが最後じゃないだろうか。
中学生。
15歳より前か。
今の僕が25歳だから、ざっくり10年以上前。
噓でしょ、僕って中学卒業してからもう10年経ってるの!?
地味にショックだ。時の流れ残酷すぎない?
心に深い傷を負いながら、僕はただのお湯が入ったマグカップに手を添えた。
左手で僕の、右手で蒼一郎の。
マグカップを上から、蓋をするように手を当てる。
神様がくれたチート能力。
使い方は、トリセツを読まなくても何故か分かる。スマホの直感操作みたいなもんだ。
チート能力の内容は、まあまあシンプル。
液体を、好きなお茶に変えられる能力。
「美味しい抹茶になーれ」
どういう抹茶が美味しい抹茶か、なんて全く知らないけれど、細かいことは気にせず僕はマグカップの中のお湯に向かって念じる。
抹茶になるのだ。
美味しい抹茶になるのだ。
どんな味か?
知らないよ。
知らないけどいい。神様がくれたんだから、きっとどうにかなる。
とにかく全人類がひれ伏すような美味しい抹茶になるのだよ。
そうやって念じれば、不思議な感覚がする。
僕の体の、いいや、心の中心から、すぅっと両手に向かって暖かい何かが流れていくような感覚。
成功した。
手をマグカップの口からどけるよりも早く、そんな確信がふと浮かぶ。
そして、手をどけてマグカップを覗き込んでみたならば。
まろやかな香り漂う、極上の抹茶が出来上がっていた。
「え、うま―――」
「なにこれすんごい美味しいぃっ!? なんかよく分かんないけどお抹茶様ってこんな美味しいの最高じゃない!?」
「淹れたお前が一番驚くのかよ」
そして抹茶は、どちゃくそ美味しかった。
なんて言うか、その、うん、美味しい以外の言葉が出てこないレベルだ。
普段、蒼一郎が淹れてくれるコーヒーの豆の違いがどうとかメーカーの違いがどうとか、それどころか蒼一郎のコーヒーと自販機の缶コーヒーの区別すらつかない馬鹿舌の僕だけれど、神様がくれた魔法みたいな力で生み出したこの抹茶は、とんでもなく美味しい、ということだけは分かる。
抹茶風味のお菓子の、あの人工的な味とはまるで違う。
ザ・抹茶。
キング・オブ・抹茶。
駄目だ、僕の脳みそじゃ全然表現できない。言葉が追いつかないのが悔しいレベル。
「というわけで蒼一郎君、コメントをどうぞ」
「すげぇ美味い」
「蒼一郎も相当語彙力ないよね」
「真澄に言われるとただの罵倒じゃねぇか。ところで抹茶なんていつ買ったんだよ。ウチにはコーヒーしかないのに」
テーブルに置いたマグカップをまじまじと、なんだか驚愕の表情で見下ろしながら、蒼一郎が不思議そうに呟いた。
流石は蒼一郎、台所関係をちゃんと把握していらっしゃる。
そう、うちのキッチンは基本蒼一郎の支配下だ。僕は調理スキルが小学生レベルなので。
ぶっちゃけ、冷蔵庫の中になにが入っているか、僕は全然把握できていないんだよ。下手したら異世界の入り口とかあるかもしれない。
「こんだけ美味いなら買い溜めしとこうぜ。俺も金出すよ」
「あー……」
買ったんじゃなくて、貰ったんだよね、神様から。
顔を上げて提案してきた蒼一郎の言葉に、僕は歯切れ悪く返事をごまかしつつ視線を逸らした。
でも、蒼一郎の言う通りだ。
こんなに美味しくできるなら、毎日飲みたいくらいだよね。
これって抹茶以外もできるのかな。
紅茶とか、ウーロン茶とか、麦茶とか。
……うん、やれそうな気がする。
と言うか、やれる確信が何故かある。
その確信が怖いくらい自然で、僕は逆に考えるのをやめた。
考えたって無駄なことは、考えない主義だ。
僕の人生、だいたいそれで回ってきたから。
水道水から直接美味しいお茶を生み出せる力。
なんだか、随分としょっぱいチート能力だ。異世界で無双してハーレム築けそうな類の力ではない。
んー、と僕は小さく唸る。
「これって、売れると思う?」
「いや売れるだろ、美味いし。え、これ売りもんじゃねぇの?」
「ふーん……」
マグカップの中の抹茶を見る。
すごい美味しい。
水道水だけで作れるから、めちゃ激安。
しかも抹茶以外でも、お茶だったら何でも作れそう。
ふむ。
「よし、喫茶店を開こう!」
「は?」
「喫茶店を開くよ!」
「なんで2回言った? 喫茶店って、え、お前が開くの? 今の仕事はどうすんだ?」
「辞める!」
「え?」
そして1か月後、僕は喫茶店をオープンさせた。
「そうはならんやろ……」
名誉ある第1号客である蒼一郎が、死んだ目でそう呟いていた。
なっとるやろがい。
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【トピックス】
“チート能力”
→無事に付与された。
“生き返らせる”
→死ななかったことにされた。
“異世界”
→どこかの家の庭と、異世界のダンジョンが接続された。