コンキリエ枢機卿の優雅な生活   作:琥珀堂

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金のない平民など、飢え死にすればいいのじゃ。

「よし、昼メシにするのじゃ」

 午前中の仕事(うろ覚えの説教を、無駄に広い教会に集まったアホ群集どもに適当にしゃべり聞かせる)を終え、我は厳かに宣言した。

 仕事というものは、ストレスが溜まるものじゃ。それが、自分が馬鹿にしとる相手の機嫌うかがいをせねばならん仕事じゃと、特に肩が凝る。

 その疲れを癒してくれるのが、美味くて栄養のあるメシなのじゃー。

 特に今日の昼メシはすごいぞー。今朝、普段から便宜をはかってやっておったゲルマニアの牧場から、デカイ牛が一頭まるごと送られて来たんじゃよ。

 乳牛ではないぞ? 脂ののった、ステーキにして美味しい最高級の肉牛じゃ!

 届いてすぐに、肉屋を呼んで解体させたから、今は立派なブロック肉となって、我が家の食料庫におさまっておる。

 料理人には、仕事に出る前に言っておいたから、帰った頃には四サントの厚みのサーロインが、ミディアムに焼き上がった状態で我を待っていてくれるという寸法よ!

 ……あん? 誰じゃ、聖職者がなまぐさを食うてええのか、などと言う奴は?

 ええんじゃよ。ブリミル教会は別に、肉食を禁じとらんからな。

 とゆーか、ハルケギニア人はみんなブリミル教徒なんじゃから、肉食NOならハルケギニア人全員ベジタリアンになっとるわ。

 貴族の子女が集まる魔法学院の食堂じゃ、朝から鳥の丸焼きが出るくらいじゃし。見苦しくがつがつしなけりゃ、聖職者だって、ちょいとぐらい食うてもよかろ?

 たとえ禁止事項だったとしても、いい肉の美味さには抗えんぞー。ニンニクのフライと、赤ワインのソースがたっぷりかかったぶ厚いお肉……焼けた鉄板に乗って、ジュウジュウ言っておるのを想像するだけで……あー、ヨダレがとまらんのじゃー!

 いてもたってもいられんくなった我は、法衣のすそを指でつまんで持ち上げると、たったかさっさと我が家への道を急いだのじゃ。

 今思うと、この走り方は少々はしたなかったじゃろか……? ま、途中で誰にも会わなかったから問題はあるまい。

 コンキリエ家の邸宅は、我の勤めし教会から三百メイルも離れておらんゆえ、通勤も帰宅も徒歩じゃ。

 それはステーキを食べるための待ち時間が短いというのと同義であり……ええい、短くても待ちきれんもんは待ちきれん!

「シザーリア、ただ今戻ったぞ! 昼餉の準備はできておろうな?」

「おかえりなさいませ、ヴァイオラ様。――万事滞りなく。どうぞ、正餐室へお越し下さい」

 玄関で我を出迎えた、メイドのシザーリア(十七歳なのに、我より頭ひとつ分以上背が高い、いけない金髪娘じゃ。胸とかも目に見えてでかい。……我は百五十サントを越えん上に、体型も幼児のごときじゃというのに……ブリミルが不公平過ぎて呪い殺したくなる)が、優雅な礼とともに我を正餐室へ――ステーキのもとへ導いてくれる。

 いつお客様が来ても安心な三十メイルのロングテーブルを、我一人で占拠し、我のためだけに用意された極厚のサーロインステーキを、アルビオンの赤ワインとともに味わう。

 ……ううむ、見事な霜降り……ナイフが何の抵抗もなくズブズブ入っていきよる……。

 口に入れれば、おう、噛むまでもなくとろけよるわ! そして広がる、脂の甘みと肉の旨味……ふはー、これぞ至福なのじゃよ〜。

 もきゅもきゅ。んぐんぐ。……おーいシザーリアー、ワインおかわりー。

 ………………。

 ――うん、聖職者にも関わらずがつがつ食ってしもうた。しかし後悔はしていない。

 すっかり満足したお腹をさすり、椅子の背に体重を預ける。

 今日はサーロインじゃったが、明日はヒレ肉をカツレツにして食べたいのう。ちなみに今日の晩は、煮込んだタンのシチューで既に決定しておる。

 水魔法で冷凍した内臓肉は、トマトや豆と一緒にコトコト煮込んでもらう予定じゃし……ううむ、夢が広がりまくってとまらんぞ畜生め!

 牛肉というロマンに想像の翼を羽ばたかせながら、我は食後の紅茶をちびちびすすった。

 午後の仕事に戻る前の、リラックスタイムじゃ。レモンとハチミツをたっぷり垂らした紅茶は、そのまま昼寝したくなるくらい、ノンビリした気分になれるんじゃよー。

 そうして、とろりんと垂れた時間を過ごしていると、シザーリアが寄ってきて、我にそっと耳打ちをした。

「ヴァイオラ様。今、裏口に難民の方が見えられました……聖マリオ教会の庭に滞在しておられる方々の代表だそうです」

 その途端、ステーキの美味さの余韻も、紅茶のまったり気分も、一瞬で台なしになってしもうた。そのはかなさときたら、真夏の夜の夢の如しじゃ。

 聖マリオ教会っつったら、我の教会じゃ。広くてでかいことにかけては、有名な聖レミ大聖堂にも引けをとらん。

 その広い庭の一角に、十人ほどのボロクズどもが住み始めたのが、一週間ぐらい前のことじゃったか。

 一応教会は門戸を広く開いとるし、比較的裕福な信者どもも、貧しい奴らは助けるべきだ的な考え方をしよるもんだから、個人的に嫌でも無理矢理追い払うことができず、正直困っておったのじゃ。

「で、何用じゃと?」

「助けを求めておられます。栄養失調による病人が増えてきたと……。死者が出る前に、食料を分けてもらいたいそうです」

「またか……まったく、図々しい奴らじゃ……」

 三日前に、見習いコックが作った焼きそこないの黒パンを、カゴいっぱいにくれてやったばかりじゃろが。

 けっこうな量だったはずじゃが……あれもう全部食ったんかい。

「いえ。それが、あのパンは堅すぎて、衰弱の激しい病人やお年寄りでは、食べることができなかったと申しておりました。

 ですから、できれば弱った人でも食べられる、柔らかいものがいいと……」

 呆れてものも言えんとは、このことじゃ。

 施しをねだるだけならまだしも、注文までつけてくるとは。寄生虫でもそこまで恥は捨てとらんぞ。

 弱って食うこともできんなら、素直に死んでしまえばええんじゃ。強い者が生き残るように、この世はできとる。それにわざわざ抗うなど、始祖の意に反しとるわ。

 一度、きっついお灸をすえてやらにゃいかんの。我の金で食って、我に何の利も返さぬその性根、叩き直してくれる。

 なあに、死んでしまったところで、しょせんは平民、しかも根無し草。衛士にいくらか握らせれば、最初からいなかったことにしてくれるわい。

 まずは裏口のタコ助から折檻してくれる。どんな魔法でいじめてやろうかの……。『念力』で、すねに小石を延々とぶつけ続けるとか……?

「…………お。そうじゃ」

 いーいことを思い付いちまったわい。

「シザーリア。今朝、牛をバラした時、骨がたんまり出たな。あれはどうした?」

「骨でございますか? 全て大鍋に入れて、厨房に運んでありますが」

 よし、まだ捨てとらんかったな。

 肉をとった後の要らんゴミじゃが、物乞いいじめのために役に立つなら、少なくとも裏口にいる奴よりは価値があるのう。

「では、その骨を全部、待っている奴に施してやれい」

 これぞ、我の考えたゴミクズどもの心を折る必殺技! 『パンより柔らかいものをねだったら、硬くて食えない骨が出てきたでござる』の巻じゃ!

「大鍋に入れてあると言ったな? その鍋ごとくれてやれ。調理用具はあれば便利じゃからなあ。向こうもいらんとは言うまい」

 施されたもんを拒否れば、それは施した側への侮辱になる。重くてでかくて持ち運びに不便な鍋でも、ひーこら言いながら持ち帰るしかないというわけじゃ。

 クズどもを苦しめることができるなら、鍋一個の損失程度は安いものよ。

「………………」

 おーおー、我の深謀遠慮を察したか、シザーリアが目を丸くしたぞ。

こいつは歳のわりに落ち着いとる奴じゃから、こんな表情を見れるのは珍しいことじゃわい。

「よろしいのですか? その、」

「かまわんかまわん。遠慮なしにくれてやればええんじゃ」

 我は、心配そうに何か言いかけたシザーリアに念を押した。

 たぶんこいつは、貧民相手に無体なことをして、我の評判が傷つかないかと考えてくれておるのじゃろ。

 しかし、そんな心配はメイドの領分ではないな。

 虫以下の貧乏人どもの支持など、教皇を目指す上でなんら重要ではないし。

 多少悪い噂が立っても、こっちにゃあ金とツテがある。賄賂と密談で人を動かして、噂を揉み消すことも、逆に良い噂を流させることも自由自在じゃ。

 ま、よーするに底辺の平民をどんな風に扱おうが、我の自由と言うわけじゃな。

 うむ、下の立場の者を踏みにじるというのは、気持ちのいいものよのう。

 ストレス解消用いじめプランもしっかり立って、気をよくした我は、わざわざ裏口まで顔を出して、難民代表だという男に挨拶などしてやった。

 焦げ茶色の髭や髪を伸ばし放題にした、老けた顔の男じゃった。鍋と中の牛骨をくれてやるといったら、驚きに口をあんぐり開けておった。ざまあ。

 で、施し品引き渡しのついでに、ちょっとしたイヤミも言ってやったら、神妙な顔をしておった。頭の悪い平民なりに、自分の行動を今さら恥じるようになったのじゃろか?

 しかし、残念じゃったの、恥を知ったところで貴様が薄汚いのは変わらんのじゃ。

 骨のたっぷり入った鍋は重く、男ひとりでは持ち上げられなかったので、仲間を何人か呼んで、えっちらおっちら運んで去っていった。

 きっと奴ら、食えもせん骨と、でかすぎて使い道のない鍋をどうすりゃいいか、途方にくれておるじゃろの。 

 我のいじめとプレッシャーに耐えかねて、さっさと聖マリオ教会から――我の目のとどかないところまで、速やかに失せるがいい。

 ふふふ……くっくっく……のじゃーはっはっはっ!

 と、心の中で三段階に分けて笑っておると、シザーリアが妙な目で我を見とることに気付いた。

 なんじゃ、その我が子の成長を見守る母親みたいな、慈愛に満ちた眼差しは。貴様のようなボンキュッボンを母に持った覚えはないぞ。

「いえ……ヴァイオラ様のお慈悲を目の当たりにして、あなた様のような方にお仕えできる幸せを、再確認しておりました」

 ? 何をわけわからんことを言っとるか。

 あ、そうか。あのたかり野郎をぶち殺さんかったことを、慈悲深いと言うとるのじゃな。

 しかし残念、奴らは余計な荷物を背負わされて生きて、底辺を這い回り続けて、ゆっくり死んでいくのじゃ。それは一思いに殺されるより辛かろう。

 それがわからんとは、やはりまだまだ、シザーリアも世間知らずの小娘にすぎんようじゃ。

 ま、何も知らずに我を崇拝し続けるがいいわ。あの貧民どもの悲惨な行く末など、お前のような純粋な奴が知る必要はないのじゃからな。

 

 

 俺がゲルマニアで事業に失敗し、物乞いとしてロマリアに流れてきて、もう三年も経つだろうか。教会からの炊き出しに並んだり、ただで飲める川の水で腹を膨らませたり、神官や貴族の家の裏口を叩いて、残り物を恵んでもらう暮らしにもすっかり慣れてしまった。

 宿無しの貧民同士で、物を交換したりして助け合っていたら、いつの間にか仲のいい十人ぐらいのグループが出来ていて、俺はそのグループのリーダーにおさまっていた。

 その集団を率いて、色んな教区を渡り歩いてきたが、未だ安息の地には巡り会っていない。

 毎日、手に入る食料はわずかだし、道路や教会の敷地に不法に滞在する俺達への風当たりは強い。どこに行っても、それは同じだ。

 どこかに落ち着こうにも、貧民を住まわせてくれる家などないし、貧民を雇ってくれるような店もない。

 惨めな暮らしを抜け出すきっかけすら掴めず、だらだらとロマリア各地を放浪し……しまいにゃ、仲間の中から病人が出始めた。

 病人と言っても、栄養不足で体力が落ちて、風邪を引いた程度だ。

 しかし、それが俺らには致命傷になる。普通は、風邪なんて水と栄養を取って寝てれば治るが、俺達はまともに栄養を手に入れられない貧民だった。病気になった奴は、どんどん衰弱していった。

 特に、年寄りがやばかった。歯の弱いじいさんは、もらったパンも噛むことができないくらい弱っていた。

 このまま、何も食べないでいたら死んでしまう……。焦った俺は、パンをくれた神官様……コンキリエ枢機卿様のお屋敷に、再び物乞いをしに訪ねた。

 短い期間に、同じお屋敷に二度も物乞いをしに行くことは、今までなかった。相手の印象が悪くなるからだ。昔、同じ屋敷に何度も食事をもらいにいった物乞いが、四度目で無礼討ちされたという話を聞いたことがある。

 俺だって、そんなたかられるような真似をされたら怒ると思う。だから、やらないでいたが……今回は切羽詰まっていた。何か年寄りでも食えるものを手に入れないと、葬式をやることになってしまう。

 裏口の扉を叩いた時、俺は急に後悔の念に襲われた。二度目の物乞い……相手が歓迎してくれるわけがない。

 しかも、前にもらったものより柔らかいものをという注文付き。図々しいにもほどがある。

 これで何かもらえたとしたら、それこそ幸運。普通に考えて追い返されるか――四度目でもないのに叩き殺されるか。まず、いい目は見られないだろうな、と思ってしまった。

 しかし、ああ、しかし。

 そんな俺の目の前に運ばれてきたのは、大鍋いっぱいに入った牛の骨だった。

 しかも、入れ物の鍋も、一緒にくれるという。

 貧民相手に、このような大盤振る舞い……俺は夢でも見ているのだろうか?

 夢ではなかった。実際、この骨と鍋のおかげで、俺達のグループは救われた。

 子供でも知っていることだが、動物の骨を煮込めば、美味くて栄養たっぷりのスープがとれる。

 だからスープ用に、肉屋では普通に骨を売っているが、平民の手に入るのは、大抵は鳥の骨だ。

 平民ではまず手に入れられない牛骨、しかも今日ばらしたばかりのような新しい骨――それを、こんなにたくさん――買えば、かなりの値段になるはずだ。

 コンキリエ枢機卿という方は、どれだけ太っ腹なのだろう。

 鍋と骨を持ち帰ると、すぐに森で枝を拾ってきて火を起こし、川の水を鍋に張って、じっくりコトコト骨を煮込んだ。

 丁寧にアクをとり、枝を火にくべ続け、数時間後には、琥珀色の濃厚なスープが大量にできており、俺達はその美味さに舌鼓を打った。

 歯の弱い年寄りや病人たちも、これなら口にできた。堅いパンも、スープでふやかして粥状にすれば、楽に飲み込める。さらに、煮込んだ骨をナイフで割って取り出した骨髄はとろとろで、これも病人食として振る舞われた。大量にあったスープは、三日でなくなってしまったが……その頃には、風邪を引いていた奴らは全員、健康を取り戻していた。

 俺達は救われたのだ。コンキリエ枢機卿のご厚意によって。

 あの、紫色の髪をした、小柄な女枢機卿が、わざわざ裏口までお越しになって、俺ひとりのために説教をしてくれた時のことを思い出す。

『よいか、かつて始祖は、貴族に魔法をお与えになった。

 その恩恵は今の社会を作り、人々が食料を奪い合っていた過去を、安定した生産、交換、売買によって、皆が苦労せずに食事にありつける現在へと変えた。

 そんな今、食うに困るのは、始祖がお主に与えたもうたものを、正しく使えておらんからじゃ。

 いや、魔法ではない。平民に与えられたもの、それは知恵と工夫と、腕っ節じゃ。

 メイジが魔法の力で社会に貢献するなら、平民は相対的に、それ以外の分野を活かすべきじゃろう。

 この骨と鍋を持ち帰り、考えよ。始祖は皆に、平等にすべきことを与えられた。お前のすべきことを知り、行動せよ。その時、初めてお前たちは救われるであろう』

 なんと徳の高いお方だろう……なるほど、若くして枢機卿に上り詰めただけはある。

 枢機卿様のおっしゃる通りだ。俺達は人からものをもらうのに慣れて、かつての、貧民生活から脱却してやる、という気概を忘れていた。

 ゲルマニアにいた頃の、バリバリ働いて、出世してやろうと夢見ていた――あの情熱も。

 確かに、人にすがらず、自分たちの力で生きていけるなら、それが一番いいに違いない。

 住める場所がない? 雇ってくれる店がない? ならば、その条件でもできることを考えればいい。知恵と工夫で、メイジができないことをする、それが俺達平民だ。そんな簡単なことを忘れていたとは……。

 俺達のグループの連中は、みんな元気になった。これからは、再び社会に戻るための仕事を始めよう。

 もう、惨めな生活を続けなくてもいいように……コンキリエ枢機卿のご厚意を、無駄にしないように。

 …………え? なに? 施しに鍋と骨って、役に立ったとは言え、斜め上過ぎやしないかって?

 図々しい貧民への嫌がらせじゃないかって? 適当言って、ゴミを俺達に押し付けたんじゃないかって? ……馬鹿野郎!

 そんな考えこそ穿ちすぎたろ! 骨と鍋でスープって、ごく自然な連想だぞ!?

 いくらお金持ちの神官様で、家事を召し使いに任せっきりで、料理のりょの字も知らない方だとしても……スープの取り方ぐらいは知ってるはずだろ! 枢機卿が、まさかそんな無知な人なわけがない!

 持って帰る途中で、枢機卿の家にいたおっぱいの大きいメイドさんが追ってきて、「教会の森に自生しているローリエを一緒に煮れば、臭み消しになりますよ」って教えてくれたんだぞ! そんなアドバイスをくれるんだから、嫌がらせなんてことは絶対ないね!

 なに? そのメイドさんは美人かって? おっぱいでかいって、具体的にどれくらいかって?

 そうだな、すごい美人だったぞ。おっぱいのサイズは……ええと、だいたい、(以下の発言は省略されました)

 

 

 アホ貧民に嫌がらせをしてやって、すでに十日が経つ。

 死に際の足掻きで、我の悪い噂でも流すかも知れんと、討伐用に聖堂騎士を五十人ほど待機させとったのじゃが、その気配は毛ほどもない。

 奴らは、我の嫌がらせについて、愚痴を言って憂さを晴らすという真似はせんかったらしい。

 何も言わず、我が教会の庭から、ひっそりと去ってくれるなら、まだしもその潔さを賞賛してやってもよかったのじゃが……。

 奴ら、もっとろくでもない方法で、我に報復しよった。

 前に見た時は、十人くらいのゴミどもがたむろしておった、我が教会の庭。

 うん、十人くらいじゃったはずなんじゃ。

 それが…………。

 ワイワイ ガヤガヤ 

 ……なして増えとる……?(´・ω・`)

 三十人ぐらいおるように見えるんじゃけど、目の病気か? 眼科専門の水メイジに見てもらった方がええんかの?

 ……いやいや、やっぱりおる。小汚いのがわんさか。

 しかし、小汚いと言うても、それなりに髭とかあたっとる奴も多いし……物乞いでなく、日雇い労働者みたいな奴らが増えとるんか?

 で、連中の集まっとる中心点には、火にかけられた大鍋があって……その中身を器によそって、配っておるのか?

 ははあ、わかった! こりゃメシ屋じゃ! 料理を作って、それを日雇い労働者どもに売っとるんじゃな!

 試しに、近くにいた奴に聞いてみたら、やはりそうじゃった。

 始めたのは、我が骨と鍋をやった貧民どもじゃ。

 まず、若くて体力のある男どもが手近な森に入り、手作り弓矢や罠で、鳥とか野兎とかを狩ってくる。

 女は食える野草を集め、男たちの捕まえた獲物をさばく。子供は薪を拾ってきたり、鍋に水を入れたりする。 

 あとは集まった材料を煮込めば、美味い具入りスープが出来上がる。味付けは海水、野生のショウガにニンニク、唐辛子だそうじゃ。

 それが、木の器にたっぷり盛られて、一杯2ドニエ。安いのか高いのかわからんが、こんだけ人が集まっとるっちゅうことは、満足感はあるんじゃろう。

 実際、匂いはめちゃくちゃ美味そうじゃった。この我が、ついふらふら〜と引き寄せられてしまったくらいじゃ。

 で、気付けばスープ売りをしておる貧民野郎の前におった。うちの裏口に来た、あの老け顔男じゃった。

 向こうも我に気付き――なんか、土下座せんばかりに感謝された。

 あなた様のおかげで、再び自立した生活に戻れそうです、とか言われた。どういうこっちゃ。嫌がらせした我へのイヤミのつもりか。勝手に教会の庭で商売しよって、それを我が許可したことみたいに言うつもりではあるまいな。

「我は何もしておらぬ。お前たちの行動は、お前たちの精神が、自ら決断して起こしたものじゃ。

 誰も何も言わずとも、いずれお前たちは、同じことをしたじゃろうよ」

 そう言って、我に責任のないことをほのめかしてやると、泣かれた。

 女も子供も、代金受け取りをしとったじいさんも泣いた。周りの労働者どもにいたっては、我を拝み始めた。これはイジメか? 史上初の、神官に対する平民たちの集団イジメか?

「代金は頂きません。いや、頂けません。どうぞ、我々の自活の味を、一杯召し上がっていって下さい」

 そんな風に言われて、スープの盛られた粗末な木の器とスプーンを渡された。

 うん、間違いなくイジメじゃな。高級料理を食い慣れておる我に、こんな平民のエサをどうぞとか。馬鹿にしとる。

 ……でも、いい匂いなんじゃよなー。

「…………ぱくっ。もきゅもきゅもきゅもきゅ…………」

 でかい肉がいっぱい入っとるとはいえ、これ、得体の知れん森の鳥や兎じゃろ? ちと抵抗があるというか……いや、味が染み込んどって、めちゃくちゃ美味いんじゃけどな。

「はふはふ、むぐむぐ……むしゃりむしゃり」

 あ、はしばみ草とムラサキヨモギが入っとる……我、これ苦手なんじゃよなー。こいつは煮込んであるから、あんま苦くないんで助かるが。

「ずずず〜〜〜〜っっっ」

 野草と肉の旨味がたっぷり溶けたスープは、まあ確かに幸福感満載な気分にさせてくれるが……塩加減もしっかりしとって、我好みではあるが!

「…………も一杯よこせ」

 貧民メシのくせに、普通に美味いとか――けしからん過ぎるぞコンチクショー!

 

 

 これは、ヴァイオラが自分の望みを叶えるために奮闘し、邪魔する者たちを無情にも蹴散らしていく……そんな物語である。

 しかし、彼女の足はとても小さい。

 だからときどき、蹴散らし損ねることもある。そんな物語である。


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