ステラティア ~魔女狩りの剣士とエルフの神官と~   作:八月森

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15話 逸らした目

 あたしは切り拓かれた森の一角で、静かに輝き続ける月を見上げていた。

 

 あの魔女がここを飛び去ったあの時から、砦はバラバラに倒壊していた。年月を感じさせるように風化し、周囲の緑と半ば一体化している。

 

 いや、おそらくこちらが本来の姿なのだろう。どうやってかは分からないが、あたしたちが踏み込んだあの真新しい砦の姿は、『虚偽』の魔女デュエッサが見せていた幻のようなものだったのだろう。それも恐ろしいことに、触っても気づくことのできない物質的な幻……

 

 月から目を離す。傍には倒れて意識を失っているクレアとセシリアの姿があった。どちらもあたしが打ち込んだ《火の章》の法術で穢れを浄化してある。浄化されてる最中は苦痛に悶えていたが、今は静かな呼吸を繰り返している。と――

 

 

「ん……」

 

「! クレア!」

 

 

 先に浄化したからだろう。いまだ眠るセシリアを置いてクレアが目を覚ます。

 

 

「ティア……? ここは……」

 

 

 彼女は上体を起こして周囲を見回す。次にあたしと視線を合わせる。その瞳は本来の色である青色を取り戻していた。正気に戻っている、と思いたい。

 

 

「クレア、大丈夫? 身体に違和感は? 痛いとことかない?」

 

 

 浄化の際にあれだけ苦しんでいたので、心配して聞いてみたのだけど……

 

 

()いて言うなら、あんたに打たれたお腹が痛いけど」

 

「ごめん! そうだった!」

 

 

 浄化の炎を確実に当てるため、一撃打ち込んでゼロ距離から発動させたのだった。でもそれ以外に痛みがないのなら、無事に人間に戻せたってことで……

 

 

「って、あれ? もしかして……魔女になってた時のこと、憶えてる……?」

 

「……一応ね」

 

 

 あたしの問いに、クレアはバツが悪そうに顔を背けつつ肯定する。

 

 

「……悪かったわね。ひどいこと言って、あんたたちを襲ったりして」

 

「あ、うん。それは別に構わないけど」

 

 

 頬を赤く染めながら告げられた謝罪を、あたしはなんでもないように受け取る。実際、あの時の彼女らは正気じゃなかったんだから、そんなに気にしなくてもいいと思うんだけど。

 

 

「どうかしてたわ。あふれてくる力に酔いしれて、膨れ上がる悪意を抑えられなくなって……。あれが魔族や魔女の感覚だっていうなら、人を襲わずにはいられないでしょうね。……魔女なんておとぎ話の存在だと思ってたのに、まさかほんとにいるなんて」

 

 

 クレアは若干遠い目をした後、こちらに視線を向ける。

 

 

「にしても驚いたわ。あんた、あんなに実力あったのね。なんで神官なんてやってるの?」

 

「え、あぁ、うん。昔、魔物に襲われそうなところを、アスタリアの神官に助けてもらったことがあってね。それ以来憧れてるんだ」

 

「それだけで神官になったの? 信仰の形も常識も違う人間社会で?」

 

「あたし考えるの苦手だし、飛び込んでみたほうが早いかなって」

 

「ちょっとは考えなさいよ。いや、それは置いといて。うちが気になるのは、なんで神官のあんたがあんなに格闘術を使えるかってことなんだけど」

 

 

 それはもっともな問いなんだけど、あたしとしてはこう答えるしかない。

 

 

「いや、だってしょうがないじゃない。憧れてるあの人が、拳で魔物を殴り倒してたんだから」

 

「……神官が?」

 

「そう、神官のお姉さんが。手に法術の盾を(まと)わせて」

 

 

 そこでクレアが、ハっとした顔を見せる。

 

 

「……それ、もしかして〈聖拳(せいけん)〉? 〈プロテクション・アーツ〉の?」

 

 

〈聖拳〉――それは、今から十数年前の魔王討伐で勇者と共に旅をした、一人の人間女性神官の異名だ。その戦い方は今あたしが言ったように、法術によって生み出した光の盾を拳に纏わせ殴り倒すという、従来の神官にはあるまじきものだったらしい。

 

〈プロテクション・アーツ〉と呼ばれるその戦闘法は彼女が編み出したもので、神官としての研鑽と同時に格闘術も修める必要があるという高い壁のため、使い手はあまり多くないとも聞く。

 

 

「どうなんだろう……噂に聞く〈聖拳〉だとしたら、若すぎた気もするけど。あたしより何歳か年上、ぐらいに見えたし」

 

「ふーん……? まぁ確かに、そんな英雄がこの辺まで来てたらもっと噂になってたでしょうし、別人かもね」

 

 

 あたしもそう思う。

 

 

「でもその〈プロテクション・アーツ〉の使い手に憧れてるなら、なんでうちらと戦う時にそれを使わなかったの?」

 

「あー……その」

 

 

 あたしは少しの気まずさに頬をかきながら答える。

 

 

「あたし、術の細かい操作、苦手でさ。身体の一部に纏わせる、『きてんしてい』、ってやつ? それができなくて。〈プロテクション・アーツ〉は上手く覚えられなかったんだ」

 

「術の起点指定ができない? 身体の延長上に置けばいいだけで、そんなに難しい技術でもないじゃない」

 

「なんかコツが掴めなくて上手くできないんだよー……」

 

「あんた、遠くの的に狙いをつけるのも苦手だったわよね……それで代わりに、殴ってから目の前に法術撃ってるわけ? だからうちらのパーティーに入った時も、前に出ようとしてたの?」

 

「うん……」

 

 

 クレアは半ば呆れたような、けれど同時に得心がいったというようなため息をつく。

 

 

「そりゃあんたの実力分からなくて当然だわ。苦手なことばっかりさせてたんだから。いや、実力が分かっても一緒だったかもね。ヴィルヘルムはパーティーメンバーに、決められた役割をこなすことを求めるから」

 

「あー……それ本人に直接言われた。自分のパーティーにあたしの居場所はないって」

 

「直接? ヴィルヘルムに会ったの? ……って、そうだ、ヴィルヘルムとゴルドー! あの二人、無事なの――」

 

 

 と、そこで――

 

 

「――はっ!?」

 

 

 あたしたちの話し声がうるさかったからか、気を失っていたセシリアが目を覚ます。

 

 

「あ、セシリア。おはよ」

 

「クレアさん……? ここは……」

 

 

 彼女は左右を見回した後、身体を起こしてあたしたちを見る。魔女にされていた時と違い、瞳の色は緑色になっている。こちらが本来の色なんだろう。

 

 

「セシリア、だよね。あたしのこと分かる? 身体に違和感は?」

 

 

 魔女化していた時のことを憶えているか、その後遺症はないか、確かめるために聞くと……

 

 

「身体は……殴られた腹部以外は、なんともありません」

 

「セシリア、それうちがもう言った」

 

「それで貴女は……ティアさん、でしたね。……! そうでした! すみません! 私たち、あの魔女に言われるがままに貴女たちを襲ってしまって……!」

 

「それもうちが言った」

 

「ああああ、申し訳ありません、我が神スリアンヴォス! 神を冒涜するような言葉をこの口から吐いてしまい、あまつさえ神官の身でありながら魔術を使ってしまうなど……! なんたる不敬! かくなるうえはこの命をもって……!」

 

「いやダメダメ! そんなの――」

 

「そうですね、ダメですね。自分から死を選ぶなど、死を世界にもたらした邪神に自ら(こうべ)を垂れる大罪です。……ああ、ですがそれではどうすればこの罪を(そそ)ぐことが……!」

 

 

 浮き沈み激しく苦悩するセシリア。これはこれで心配だけど、記憶もあるし、ひとまず無事に人間に戻せもしたようなので、そこはホっとする。が――

 

 

「それに、あの方――ステラさん!」

 

 

 その名を聞いて、胸がドキリと跳ね上がる。

 

 

「私がティアさんの邪魔をしたせいで、彼女は連れ去られてしまったのですから、その罪も償いを……! ……いえ、しかし。聞き間違いでなければ、彼女も魔女だと言われていたような……?」

 

「あぁ、それねー。まぁ、あのデュエッサって魔女が言ってたことだし、どこまで信じていいものだか分からないけど――」

 

「あ、あのさ!」

 

 

 そこであたしは、二人の会話を遮るように声を上げた。

 

 

「そのことなんだけどさ……ステラが魔女……かもしれないって話は、他の人には秘密にしててくれないかな……ほら、まだそうだって決まったわけでもないし……」

 

 

 弱々しく発したあたしの頼みに、二人は顔を見合わせてから答える。

 

 

「別にいいわよ。元から言いふらすつもりもなかったし」

 

「ええ。人々の不安を煽るのも本意ではありませんしね。まぁ、そもそも話したとしても、大抵の方は魔女の存在など信じられないでしょうけど」

 

 

 二人の言葉に、胸の内でホっと安堵する。

 

 

「そう……そうかもね。うん……ありがと、二人とも」

 

 

 あたしは礼を言い、その場で立ち上がった。

 

 

「それじゃ、二人とも起きたことだし、そろそろ移動しよっか。夜の森は危ないからね。立ち上がれる?」

 

 

 あたしの言葉に二人とも素直に立ち上がる。わずかな間、身体の具合を確かめた後に。

 

 

「少しふらつく気もしますが……大きな問題はないようですね」

 

「そうね。むしろそれ以外に異常がないのが不思議なくらい。……結構血を吸われたはずなのに、なんで平気なのかしら」

 

「分かんないけど、自分で歩けるならよかったよ。じゃあ行こう。最寄りの村で、ヴィルヘルムとゴルドーの二人も診てもらってるから」

 

「そうだ、あの二人! 無事なの?」

 

「ひとまず一命は取り留めたけど、油断は――」

 

 

 そうしてあたしたちは、森の出口に向かって共に歩いていく。

 

 暗い森の中を歩くには、月明かりだけでは心許ない。クレアが魔術で明かりを灯し、辺りを照らしてくれることで、ようやく周囲の闇が払われてゆく。

 

 けれど明るくなった視界とは裏腹に、あたしの心は暗く沈んだままった。彼女に関して、あたしはあえて目を逸らしていた。

 

 どうすればいいのか、分からなかったから。――あたしの気持ちが、分からなかったから。

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